22.2
私はその後、サロアの言う通り、ロビンがいる場所に向かった。そして、サロアは私に魔法を見せた――
――――エレナ、俺は君が好きだ。君のことが好きなんだ
心の中が激しく揺れ動く。私はどうすればいいのだろう。いや、どうすることもできない。何故サロアはこんなことをしたのだろう。
雪と木とそして炎の匂い。村が近い。気付けば私はサロアの丸太小屋にいた。玄関の前に人影。サロアだ。
「お帰り、エレナ。ロビンとは会えましたか」
「――うん」
サロアの足元は泥だらけだ。彼女はきっとこの災厄から、一人でも多くの命を救うため、限られた時間と制約の中で必死に走り回ったのだろう。
「また早速で悪いのですが、ロビンが今どこにいるかわかりますか?」
「たぶん村の中、ロビンの家」
「ありがとうございます。では、私は行きます」
「待って!――――待って……行かないで……ロビンは無事。あなたならわかるでしょう?あなたが行けば、ロビンは死ぬかもしれない」
「そうですか……でも、私は今のあの子を一人にはできない」
私はサロアの身勝手な理屈にかっとなって言い返した。
「どうして!?あなたが関わらなければロビンは絶対に死なない。絶対に帰ってくる。今日は、今日だけは確信がある。だから、お願い、サロア」
サロアに声を荒らげて、反発したのは初めての事だった。見えない明日が怖い。彼を失うかもしれないと思うと、胸が張り裂けそうになる。サロアだって帰ってくる保証はない。私はあの日、森で大熊の爪に貫かれたサロアの事を思い出していた。
「ごめんなさい。でも私は行きます。明日が見えないことは当たり前のことです。見えない明日の為に、私は今出来ることをしたい」
「っ…………!」
でも私は言い返すことができなかった。凍てつく冬の寒さが唇を凍らせて、合わない歯ががたがたと揺れた。
「エレナは私の家でしばらく暖まっていてください。まだ暖炉の火は落としていません。大丈夫。私の家は安全です。人除けの術をいくつか施しましたから」
私を追い越したサロアが、背中越しにそういった。私は何も言えない。まるで何かの術にかかったみたいに、指一本身体が動かせなかった。
「ごめんなさい、少しだけ待っていてください。必ず戻ります」
彼女は去っていく。見えない何かの為に――――
私はサロアの見えない手に誘われるかのように、ふらふらと丸太小屋の玄関の扉を開け、暖炉の柔らかい火が灯る、リビングのソファに縮こまるように横たわった。外套に付着した雪と泥がぽたぽたと溶け出して、泥水となって清潔なリビングの床板とカーペットを汚す。私は自分がこんなにも汚れていることにようやく気付いた。
泥水の中に私の目から溢れ出した水滴が混ざる。私はサロアの隣にいるときだけは自由だった。私はその自由がたまらなく好きで、その時間は掛け替えのないものだった。さっきも同じだった。私はなんでもできた。もちろんロビンの元へ向かうことも。サロアを全力で引き留めることも。でも私は何もできなかった。こうして、怯えて、震えて、身を竦ませることしかできなかった。
――――私を好きだと言ってくれた人
きっと、サロアならば彼を連れて、帰って来てくれるだろう。でも帰ってきた彼に私は、なんと声を掛けて、どんな顔をすればいいのか、わからなかった。
ソファに身を縮こませて、ぱちぱちとはぜる炎を見る。ただただ、私は見えない明日に祈りを捧げた。




