表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
9/24

第九章

訪れた時は穏やかで平和な街中だったのに、私の家だったそこで、野次馬は集まり騒然となった。

ブルームさんを始め、国の役人が到着し男は連行されていった。

私の保護魔術も解かれ、人々は私の存在をチラチラ伺いながら口々に何か話していた。


「アリス、少し自宅の地下室を調べてくる。待っていてくれ。」


「・・・はい。」


私は尚も他人事のように頷いた。

故郷であるエデンで、実家を前にしても、私は何も思い出せない。

帰りたいと思わなかったのは、帰りたいと思える場所じゃなかったから?

連行されていった男が、ブルームさんに何か確認されるように話しているのが見えて、その後ろ姿を眺めた。

先ほどロディアと私の父であろうあの人が話していたことは、娘に酷い仕打ちをして最終的には海に捨てて殺そうとした話。

どうしてか助かった私を前にして、殺したはずなのに・・・とあんなに怖がっていたんだ。


「私・・・捨てられたんだ。」


そう言葉にして落とすと、じんわり目の前が歪んだ。


「アリス!!アリスなのか!?」


ハッと顔を上げると、若い青年が私を見て涙目で駆け寄ってきた。


「アリス・・・今までどこに・・・よかった・・・」


青年は涙を流しながら私を抱きしめた。


「あ・・・あの・・・?」


訳が分からず困っていると、その人は少し安心した笑顔を見せて私の頭を撫でる。


「親父さんが家出したっていうから・・・俺ずっと街に行く度にアリスのこと探してたんだ・・・。こんな騒ぎになってるし・・・いったい何があったんだ?」


彼の後ろでは、父親だった男が役人たちに車に乗せられて去っていくところだった。


「あの・・・私何も覚えてなくて・・・。ごめんなさい・・・。」


「何も・・・って・・・。」


不思議そうにする青年に気まずさを感じながらいると、ブルームさんが私たちの元へやってきた。


「やれやれ・・・嬢ちゃん、大変な目に遭ってたみたいだな・・・。親父さんは違法薬物の類を魔術で精製してたことを認めたよ。アレンティアではどうか知らんが、リーベルじゃ魔術師の薬物精製及び所持は重罪だ。恐らく執行猶予はつかないし、実刑が下るだろう・・・。」


私が目を伏せると、一緒にいた青年は信じられないといった様子で困惑していた。


「え・・・違法・・・薬物・・・?アリスの親父さんが?そんな・・・。」


「君は?」


「あ・・・俺はそこのペンション経営者の息子です。アリスとは幼馴染で・・・彼女の行方がわからなくなってから探していたんですが・・・まさかこんな・・・。」


当事者でない彼のほうが私よりショックを受けた様子だった。

ブルームさんは私を慰めるように肩を叩いた。

するとロディアが家から出て来て、さっきと同様灰色の瞳をしていた。


「ブルーム、薬品も精製レシピも、材料の仕入れ先まで何もかも残っていた。俺の映像の証拠は必要なさそうだ。」


「そうか・・・。さてどうしたもんかね・・・。えっと~とりあえず君・・・」


「あ、ケントです・・・。」


「隣人のケントくんね。とりあえず俺たちは色々とこれからお仕事の話があるからさ、彼女の無事が確認出来たならちょ~っとおうちに帰っててくれる?」


ケントと名乗った青年は、私を心配そうに見て『わかりました』とペンションに戻っていった。


「・・・ロディア、違法漁業の件だが、やっと俗の一見と思われる奴をとらえた。だが・・・目的について尋問中に妙なことを言っていた。」


ロディアは続きを問うように、瞳を紫色に戻して書類を取り出した。


「何でも奴ら・・・人魚を探してた・・・とかなんとか・・・。」


人魚・・・?

それを聞いてロディアはその無表情の瞳を少し見開いた。


「にわかには信じ難い話だが・・・そいつは違法漁業してる最中に見かけたんだと・・・。最初は大きな魚かと思ったらしいが、潜水して影を追うと腰から下が魚の尾で、胴から上は女性の姿だったと・・・。海底へと後を追おうとすると振り返って、目を合わせた途端に周りの小魚たちが一斉に視界を遮って、そのうちに消えてしまったみたいだ。」


「・・・そいつの証言が真実である証拠は?」


「ない・・・。まぁ尋問するにあたって自白剤を飲ませてはいるんだが・・・。そいつは捕まっていない仲間の何人かが、捕まえれば金になると言い出して探し始めたんだと。けどなぁ・・・実は何十年か前・・・、同じような目撃証言がこの近くの海域であったんだ。」


ロディアは書類に指先を走らせ、ブルームさんに手渡した。


「船の往来は確かに検知した。今回のアリスの件とその話は関連性がないと思われる。アリスの父親の事情聴取や処分も一任する。」


「まぁ・・・関連性はないだろうが・・・。お前は何か知らないか?350年以上生きてるんだから、人魚の噂の一つくらい。」


ロディアは空間からまた書類を取り出し、何かを書いていた。


「さてなぁ・・・。長く生きていようがいまいが、類似した噂など知らん。ほとんどおとぎ話のようなものだろうそれは・・・。」


ブルームさんはロディアが書いたものを受け取って目を通すと、呆れたような瞳を返す。


「ま、そうだわなぁ・・・。その件に関しては、また調査員たちと情報をすり合わせながら俗を追い詰めることにするわ。捕えた奴のおかげで仲間の人数や回っている海域に目星はついたからな。真相はどうあれ、一先ずの解決の目途は立ったわけだ。よし!お前さんら昼飯まだだろ?思いのほか早く用事は済んだわけだし、今城下町は出店で賑わってるから、適当にうまいもん食ってきたらどうだ?俺は当初の予定通りまだ仕事があっから・・・・。」


「ああ、わかった。今リーベルは祭りの時期だったな・・・。」


ロディアはそう言いつつ、私の様子を伺うようにそっと見つめた。


「夜の予定はキャンセルさせてくれ。慣れない船旅で疲れもあるだろうし・・・。」


「そうだな。」


何も返せないでいた私にブルームさんは目の前にきて、優しく微笑む。


「嬢ちゃん・・・家族のことは・・・残念に思う。だが、嬢ちゃんの人生はそれとは別物だ。俺もロディアも一生懸命生きようとしている国民の味方だ。何か困ったことがあれば、いつでも頼ってくれ。」


かけられた言葉が嬉しくて、私は俯きながら答えた。


「はい・・・ありがとうございます。お世話になりました。」


自分の身に起こったことは、確かに悲惨なものだったかもしれない。

けれどそれと同時に、どんな因果か自分を助けてくれる賢者様たちに出会えた。

私はきっと何も御恩を返せる程の人間じゃないのに・・・。


「それでは・・・アリス、行くか。ブルームまた何かあったら連絡を。」


「おう、気を付けてな。せっかく来たんだから観光して帰れ。」


快活な笑顔を見せて、ブルームさんは手を振って見送ってくれた。

集まっていた人たちもまばらになった自宅を後にして、私はまたロディアの背中を追った。


通り過ぎて来たエデンの街並みを辿るように戻る。

自宅にたどり着くまでは真新しい街並みを楽しむように眺めていたけど、今の私には何か張り付けられた背景のように感じていた。

歩く度に変わっていく景色を、自分とは到底関わり合いのないもののように。

きっと私はここで生まれ育ってきたはず。

けれど初めから何一つ、愛おしい思い出として蘇る物はなかった。

砂浜を歩いた靴は、少し砂粒がついて残っている。

足元ばかり見ていると、いつの間にか入り口を抜けてまた森の中を歩いていた。

淡々と歩き進めるロディアが立ち止ったのも気づかず、私はついに彼の背中にぶつかって我に返った。


「あいた!ご・・・ごめんなさい!」


ロディアは私を振り返ると、手を差し出す。

私が彼の掌と顔を交互に見つめていると、無表情のまま口を開いた。


「アリス、手を・・・。」


「え・・・はい・・・。」


誰もいない森の中、静かな道の真ん中、私はまた彼と手を繋いだ。


「少し昔話をしていいか。」


「昔話・・・?」


彼の冷たい手が、指先がしっかり私の手を握る。


「約330年前、アレンティアが戦火に飲まれようとしていた頃、俺は賢者になった。」


私は隣を歩きながら、彼の横顔をそっと見上げた。


「そこから100年程、周囲の国と戦争を繰り返していた。戦っていたのは俺のような国家魔術師、民間の魔術師や兵士たちだ。俺が賢者に任命されたのは26の頃だ。当時の状況からすると異例のことだが、国の者達はとりあえず魔力が多く、魔術も多く使える俺を頼ってのことだったのだろう。元々医者である民間の魔術師を、戦闘目的で賢者にするなんてのは暴挙と言えるしな。それだけ切羽詰まっていたとも言えるが・・・。」


「そうなんだ・・・。」


「100年戦って何が変わったかと言えば、国の領土が広がって、荒れ果てた隣国を己のものとして、また一から築き上げていく状況になり、たくさんの人たちが死んだ。最後まで攻め入られることなかった玉座で、女王は死んでいった部下たちを悼みながら、俺を見てわずかにほくそ笑んだ。『さて・・・こいつをどうするべきか』とな。」


「・・・それは・・・どういう・・・」


「俺は覚えていないが、最後の最後アレンティアが勝利を収めたのは、俺が魔力を暴走させて味方の犠牲を払いながら、相手国の敵を全滅させたからだそうだ。女王は制御の魔術で俺を止めて事なきを得たらしいが、誰もが俺をただの化け物だと思っていただろう。俺自身もそう思った。」


ロディアは自分のことなのに、さっきの私のようにどこか他人事のように話し続けた。


「厄介なのはその頃の俺は、まだまだ人間味が残っていたことだ。100年も戦い続けることが常軌を逸していることだし、暴走した原因は怒りの感情だった。ほくそ笑む女王を見て俺は思った。このまま賢者であり続ければ、いずれ俺は国の者達も殺してしまうだろうと。だが強力な魔力を持つ者を国が手放すのも惜しい。女王はそう思ったに違いない・・・だから俺は彼女の先手を打った。」


尚も無表情な彼は、もうすぐ元の広場につく足を止めた。

涼しい風が森の木々を抜けて、私たちを撫でる。


「俺は元来、形のない物を魔術で操ることが得意だ。空間、記憶、そして・・・感情。俺は自身の魔術で、感情を具現化した。同じ姿の自分を作り出し、それに人間の持つ喜怒哀楽の全てをしまい込んだ。代わりに戦争時代の記憶はほとんど失った。俺の怒りは無事消え去ったんだ。誰も俺の悲しみは覚えていないし、誰一人俺と同じ記憶を持つ者はいない。俺が殺してしまったのだから。だが・・・それをつらいと思う感情はもう、どこにも存在しない。」


ロディアの無表情の瞳は、それを物語っていたのだとわかった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ