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第五章

ロディアに命を救われてから約ひと月後、私はその日初めて、ロディアと港へと出向いた。

きっと初めてではないであろう海を眺めて、青く澄んだそれに不思議と笑みが漏れた。

水平線には船が見えたり、近くで寄れば宝石のようにキラキラ光に反射した。


「綺麗・・・。」


「アリス、行くぞ。」


ロディアにそう短く声をかけられ、振り返って駆け寄る。

人並みが次々と客船の入り口へと歩いていく。

制服を着た船員に、ロディアが二人分のチケットを渡して、客船の入り口に繋がっている斜めになった橋を渡る。

荷物は全て預けているので手ぶらだけど、船に繋がるそれはわずかに揺れて、地面から離れる感覚がある。

すると前を歩くロディアが振り返り、手を差し出したので反射的に手を取った。

何も言わずスムーズに手を引かれて、すんなり客船へ入った。


「ありがとうございます。」


「今から一晩かけてリーベルに渡ることになる。保護魔術をかけているから目立つことはないが、出来れば客室に居てくれ。」


ロディアは私の手を握ったまま、船の中の様子を見ながらそう言った。

客船の中は開放的で華やかなランプが吊るされ、奥にあるバーで休憩する人もいれば、甲板の方へ海を眺めに行くお客さんもいるようだった。

私は内心ワクワクを抑えられずにいたけど、迷子になっても仕方ないので、黙ってロディアの後を追った。

わずかに揺れる船内の廊下を歩いていくと、綺麗な赤い絨毯が敷かれている広い場所へ出た。

ロディアは受付のような所にいる従業員の前に立つと、中指につけた指輪をさっと見せて言った。


「クロウフォードだ、客室の鍵を頼む。」


すると従業員はかしこまりました、と答えると札のついた銀色の鍵を差し出した。

そしてロディアと私は、船尾の方へ廊下を歩き、たくさんの扉が並ぶ一室の鍵を開けた。


「あの、地図で見た時はリーベルって近いように思いましたけど、結構時間がかかるものなんですね。」


「ああ、俺たちがいた森からは近いが、港は真反対側にあるからな・・・。加えてそこから南下して、東のリーベルに行くには海流が早く船自体の速度が遅い、そして複雑な地形を避けて大回りするから時間がかかるんだ。」


扉を閉めながらロディアはそう言うと、着ていたコートを脱いでハンガーにかける。


「そうなんですね・・・。あの、ロディアが私の素性について調査することは、視察を依頼した人は知ってるんですか?」


彼が仕事をする上での上司がどれ程いるのかはわからないけど、個人的な仕事を増やしてしまっていいのかな・・・。


「視察は依頼というより定期的に行うような・・・賢者同士の会合に近い。だから個人的な調査については、向こうの賢者に許可を取れば問題ないだろう。」


「そうなんですか・・・。」


客室にある荷物を確認して、ロディアは「座っていていいぞ」と言ったので、私は側にあった真っ白なシーツが敷かれたベッドに腰かけた。

ふとベッドを確認すると、大きな広い部屋に一つしかないようだった。

だいぶ大きいベッドだけど・・・


「あの・・・これってダブルベッドですか?」


テーブルの上に置かれたメニューのようなものを確認しながら、ロディアはチラリと私を見た。


「そうだな、二人で行く、と伝えたからこの客室になったんだろう。」


特に気にすることなく答えるロディアに、少し気まずさを感じた。

同じ家に住まわせてもらっていて、ロディアは私に寝室を貸してくれている。

眠ることはない、と言っていたし、ましてや私が寝ている時に寝室を訪れるようなことは決してなかった。

ただ・・・広い客室とはいえ、男性がいるところで眠れるのか不安だった。

そんな私の心配をよそに、彼は椅子に腰かけ、何やら魔術でふわふわと書類を浮かせて確認していた。

その時はその時として・・・私はとりあえず気になったことを聞いてみることにした。


「あの、さっきのクロウフォードって何ですか?」


「・・・俺の名前だ。正式なフルネームを、ロディア・ベル・クロウフォードという。国家魔術師として仕事で乗船していることを伝える時に、隠語としてそう名乗る。俺の場合は本人だが・・・。」


「へぇ・・・。他にも乗船される魔術師の方がいるかもしれないんですか?」


ロディアは浮かせた書類をまとめて、空間にしまった。


「いないだろうな。船全体は索敵範囲内だが、国家魔術師ほどの魔力を感知していない。まぁ終点の国までには誰か乗るかもしれんが、俺たちが降りるのは一番最寄りのリーベルだからな。」


「そっか・・・。あの、保護魔術をかけているなら、ロディアは賢者だってバレてないってことですよね?」


私がそう言うとロディアは苦笑しながら答えた。


「そうだな・・・。誰も賢者が一般の客船に乗船するとは思わない。魔術に移動手段の類を持つものは空間転移などするし、国御用達のジェット機などで国境を超える者が大半だな。」


「・・・私が一緒に居たら、ロディアは魔術で国境を越えられないってことですか?」


「いや・・・隣国程度なら無条件で国境越えは出来るが・・・。俺の場合は個人の魔力量が多すぎて、保護魔術で誤魔化すことは出来ても、国境に張られている不法入国を感知する魔術を騙すことは出来ないし、無理に入ろうとするのは余計に警戒される上に、相手国の混乱を招く。だから普通の国家魔術師程度に偽装して、事前に知らせを打ったうえで、一般人と同じく船などで入国する方が都合がいいんだ。」


「へぇ・・・。」


ロディアは色んな意味で例外な存在なのかもしれない。

少し考え込んだ矢先、唐突に自分のお腹が鳴った。

時刻はお昼前だった、するとロディアは立ち上がって、私にルームサービスのメニューを差し出した。


「食べたいものはここから選んでくれ、そこに電話がある。使い方はわかるか?」


「あ、はい・・・」


少し恥ずかしくなりながら答えると、ロディアはテラスの方を見やって、また私に視線を戻して言った。


「少し、甲板の方へ出てくる。すぐ戻るから好きに過ごしていてくれ。」


私が頷くと、ロディアは静かに部屋を出て行った。

一つ大きく息をついて、客室の中を見渡した。

煌びやかな装飾が施された赤い絨毯が、部屋一面に敷かれてある。

広い一室の奥には、バスルームと洗面所があった。

シャワー室とユニットバス、トイレが透明な四角い空間にまとまっている。

トイレには仕切りがついていて、入り口からは見えないけど、シャワーとユニットバスは外から見えるよね・・・

戸惑いながらとりあえず、他の細かい場所も覗くと、洗面所にはさまざまなアメニティが整列していた。

部屋に戻って奥に行くと、簡易なキッチンも備え付けられていて、入り口の反対側にはバルコニーまである。

一通りうろうろした後、私はドア近くに置かれている電話を確認して、メニュー片手にルームサービスを頼むことした。

名前の長い料理名はよく理解できず、読めない文字もあったので、とりあえずランチセットを注文した。

受話器を置くと同時に、客室のドアが開いた。


「あ、おかえりなさい。」


「ああ、ルームサービスは頼めたか?」


私が頷くと、ロディアは真っすぐ歩いてバルコニーの扉に手をかけると、海が広がる外へ出た。

そしてチラリと私を振り返って、ガラス戸に手をかけながら言った。


「見えないようにはするが、少しだけグレイドを召喚する。移動はしないから気にしないでくれ。」


ロディアはそう言うと、扉を閉めてバルコニーのテーブルの側に立ちながら、何やら口を動かして言葉を発した。

すると彼の影が丸くなり、またあの禍々しい雰囲気が漂った。

ロディアは銀色の金具で止められた自分の髪の束を掴むと、右手の指先で、後ろ髪を根元から切り落としてしまった。

私が驚いて凝視したままいると、ロディアは淡々と髪の毛を銀色の金具ごと、黒い影に落とし込んだ。

影がゆらゆらとうごめいて、そのまま薄くなっていこうとした時、姿はないのに、何故だか私はそれにまた睨まれた気がした。

胸の前にぎゅっと両手を重ねて、気配が消えるまで眺めていると、また鼓動が早くなり、酷く汗をかいていることに気がついた。

完全に気配が消えた頃、強張っていた足元がふわりと緩んで、すとんと座り込んでしまった。


「アリス、大丈夫か?」


素早く部屋に戻ってきたロディアが、しゃがみ込んで私の顔を覗き込んだ。


「あ・・・は・・・大丈夫です・・・。」


「・・・すまない、グレイドにアリスの素性を調べていることは伝えたんだが・・・。どうやら普通の人間じゃないんじゃないかと疑っているようだな。あいつが人に危害を加えるようなことはないし、そもそも俺が力を制御しているから大丈夫だ。」


ロディアはそう言うと、抱きかかえるように私を持ち上げた。


「ひゃっ!」


その時ドアをノックする音が聞こえ、私は静かにテーブル前の椅子に座らせられた。

ロディアが部屋のドアを開けてルームサービスを受け取る。


「救助したときも思ったが・・・アリスは年頃のわりに痩せすぎてるように思う。金のことは気にせず、もっとたくさん食べたほうがいいぞ。」


ロディアが目の前に置いてくれたランチセットは、色とりどりの野菜と、いい香りのスープ、美味しそうなソースがしたたるお肉が並んでいる。


「わ・・・・美味しそう・・・。」


ロディアは向かいの椅子に座って、また空間から書類を出して眺めた。


「いただきます・・・。」


美味しいご飯を口に運びながら、焼き立てのパン・・・スープに・・・野菜・・・と心の中で思いながらも、それぞれの詳細な名前はわからない。

私の記憶の問題なのか、そもそも知識がないのか・・・


「あ、あの・・・」


私は恥を忍んでロディアに聞いてみることにした。


「ん?」


「・・・メニューにある料理の名前から、どんなものかわからないものが多かったので、とりあえずランチセットを頼んだんですけど・・・これらに使われてる食材は特産物だったり、珍しいお肉だったりしますか?」


ロディアはさっとメニュー表を手に取って、何やらすごい速さで瞳を動かして確認している。


「ん~・・・特産物と言えばそうかもな、海が近い地域を回っている客船だからか、肉料理よりは海鮮料理の方が多いみたいだ。特に高級品や珍味を扱っている・・・という程のものもないな。富裕層向けの客船ではないし。珍しいメニューがあるとすれば・・・これか・・・海軍のメニューがあるな。」


「海軍・・・?」


「アレンティアは戦争時代が長かったからな・・・今こうして平和になった後では、逆に軍が戦時中に食べていた昼食メニューが話題になったりするんだろう。賄い料理のような在り合わせで作るもののアレンジというか・・・。市民に人気なのかもな。」


「へぇ・・・。確かにちょっと興味が湧くかも・・・。」


澄んだキノコのスープを口に運ぶと、芳醇な香りと共に何か懐かしさすら感じた。


「・・・料理が好きか?それとも食べることが好きか?」


「へっ・・・」


意外な質問がロディアから飛んできて、思わず綺麗な顔を見つめ返した。


「あ・・・えっと・・・そうですね、たぶん・・・?ロディアは、食事をしないって言ってましたけど・・・国家魔術師になる前は、どんなものがお好きでしたか?」


自分の好みまでも記憶にないので、そう質問を返すしかなかった。

すると彼は、時々見せる柔らかい笑顔を落とした。


「さぁな・・・。俺が産まれたのは350年程前だ。その頃どんな食事をしていたかというのは・・・到底思い出せるものじゃないな。」


「そ、そうですよね・・・すみません、余計な事・・・。」


そう言いながら、脇にあるサラダを取って食べた。葉物ではない赤い実が美味しい。


「・・・うまいか?」


思わず表情に出てしまっていたのかそう尋ねられた。


「・・・はい。」


ロディアは頬杖をつき、まるで子供を見守る親のように私を見ていた。

ん~・・・食事を眺められるのってなんか・・・

すると彼は席を立ち、キッチンへと向かった。

私はナイフとフォークでお肉を切り分けながら、ぼんやり考えた。

食事をしない彼は、体の中はどうなっているんだろう・・・。

人間だった頃があるなら、内臓はあるってことだよね・・・

私は考えても答えが出ないようなことを思いながら、もぐもぐと次々おかずを口に入れた。

あっという間に残りのパンとスープだけになり、いい感じに満腹感に包まれてきていた。

するとロディアがキッチンからグラスとボトルを持って現れた。


「酒があったな、飲むか?」


「お酒・・・。でも私・・・。」


あれ、自分の年齢がわからないから飲んでいいのかもわからない・・・。


「あの私、飲んでいいんですかね・・・」


「・・・一杯だけ飲むくらいなら何の問題もないように思う。そこまで度数の高いものじゃないしな。口にあわなければ、水でもジュースでも冷蔵庫にあったから飲むといい。」


そう言って彼は、綺麗な透明のグラスにワインを半分程注いでくれた。


「ありがとうございます。」


あ・・・美味しい。

ゴクリと飲み込んで一息つくと、満腹感も相まって、少し眠気を感じた。

ロディアはテーブルから離れたソファに座り、今度は何やら分厚い本を読みこんでいた。

食事を終えたら、私も甲板に出て海を見てみたいな・・・

故郷を訪ねる不安も忘れて、私は内心子供のようにはしゃいでしまっていた。


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