第三章
レンガ模様の歩道を歩きながら、人波を縫いように通り抜けていく。
彼からはぐれないように、取った腕にぎゅっと力を込めて進んだ。
つまずかないように、通行人の邪魔にならないように。
人の隙間から見える向こう側は、青空に映える大きな建物があった。
天に伸びる尖った屋根には、国旗がたなびいていた。
私がそのアレンティアの国旗をじっと見つめながら歩んでいると、やがて人の波を抜け、城下町の広場に出た。
「アリス、そこの役所に入るぞ。」
ロディアの視線の先に目を向けると、厳かな雰囲気を醸し出す、白い建物があった。
大きな扉の両側には制服を着た警備員もいる。
私はロディアに促されるがまま建物に入り、その中の人の多さと沢山の階段に目を奪われた。
何やら聞いたことのない音が耳に入り、すぐ横を見ると機械に映し出された文字に触れる人々がいた。
「アリス、こっちだ。」
「あ、はい!すみません。」
あまりキョロキョロするのはやめよう・・・。
そう思いながら、たくさんある受付の一つに並ぶと、列の先で対応される人々は、何やら紙切れを受け取りながら工場のように次々流れていく。
やがて私たちの番になり、少し緊張感を抱えながら受付のお姉さんの前に立っていた。
「国籍掌紋の確認を頼む。」
ロディアが短く伝えると、機械を指先で動かしながら女性は目を伏せたまま答える。
「掌紋認証ですね、一階奥三番の部屋へどうぞ。」
そう言うと先ほどの人たちと同じように、何やら番号が大きく書かれた紙切れを渡された。
ロディアが受け取り、言われた奥の部屋へと一緒に向かった。
「お役所って・・・広くて複雑なんですね・・・。」
あっちではエレベーターが動き、整列した機械が動き、人がたくさんいるのに皆ぶつかる様子もなく、あちこちに流れていく。
「そうだな、一度に色んな手続きを行う所だからな。」
あれは何だろう、と思うようなものもたくさん目に入るけど、子供のように迷惑をかけたくなかったので、素直に彼の後を追った。
そこには警備員と、初めて見る機械がまたあった。
機械というより・・・色んな色を映す水晶のようなそれは、魔術の何かかもしれない。
ロディアは係の人に番号の紙を渡し、静かに私を見た。
「アリス、それに手をかざしてくれ。国民であれば掌紋が登録されている。そうでなければ、アリスは国外から来たことになる。そうなるとまた別の手続きが必要になる。」
私は頷いて、少し緊張しながら手をかざしてみた。
するとわずかにそれは淡く光って、小さく電子音を出す。
「掌紋、未登録です。」
聞いたこともない機械の声がそう言った。
私はちらりとロディアの顔を伺う。
「・・・もういいぞ。次の店に向かうか。」
「え、でも他の手続きがあるって・・・」
部屋を出ながらそう尋ねると、ロディアは自然に私の手を繋いで歩き出した。
「その手続きは俺個人で出来る。俺が保護するということは、王宮に申請しなければならないからな。」
王宮・・・?
私は不思議に思いながらも、繋がれた手が少し気恥ずかしかった。
ロディアの手は、白く長い中指に、宝石のような石がついた指輪をつけている。そして掌は冷たかった。
自分の手が熱を帯びていたからか、そのひんやりした手に熱が移っていく。
振りほどくのも失礼かと思いながら、彼の顔を見上げたが「こっちから出るか」とさっきと違う出口へと手を引かれた。
街に出ると先ほどまでは目につかなかった、仲睦まじく手を繋いで歩くカップルが視界に入る。
私はとうとう恥ずかしくなって、変わらず無表情で無言に歩いていく彼に声をかけた。
「あ、あの・・・アレンティアって歴史ある街並みですね。城下町以外も都会が多いんでしょうか。」
ロディアはちらりと私に視線を向けて、また歩く先に視線を戻した。
「そうだな、建国してから400年程だ。世界一の国土を誇る、魔術で発展した国の一つだ。」
「400年・・・。」
それはきっと他の国と比べると長いものなのだろう。
だけど常識的な知識の記憶も抜けているのか、それが偉大なことなのかピンとこない。
私が黙っていると、今度はロディアが言葉を続けた。
「アレンティアは代々女王が多くてな、その一族は強力な魔力を持ち、『制御』の魔術で均衡を保ってきた。何でもその特殊な魔術が覚醒するのが、一族の女児に多いらしい。元はこの土地を魔獣から救った英雄の末裔だと聞くが・・・。俺が確立させた医療魔術を含め、戦闘魔術、機械魔術など、あらゆる魔術の才覚あるものを王宮に集め、人々に広めていった。」
「へぇ・・・そうなんですね。・・・ロディアさんが医療魔術を確立させたって・・・お国の魔術師なんですか・・・?」
彼は立ち止って、次に入る店を見やった。
「その話は、帰ってからな。」