第二十四章
いよいよ王都でペルソナフェスタが始まった。
フロンの街並みも賑やかに装飾され、いつもより人通りが多くなっているとロディアは言った。
数日研究所で一緒に過ごしていたノエルと共に、マスターのカフェに行くことになり身支度をしていると、螺旋階段の下から、リビングにいる二人の会話が聞こえてきた。
「ノエル、聞き損ねていたことがある。」
「・・・あ?」
「お前らしからぬ無茶をし続けていたように思う、今回やあらゆる件において。アレンティアが戦火に巻き込まれかねんと、懸念していたと言っていたが、そもそもお前が国の安否をいちいち気にするようにも思えない。」
「・・・ふん・・・。知りたけりゃ勝手に俺の記憶を覗けばいいものの、人でないのにお前はお人好しなのか?」
「悪態をつく元気が戻って何よりだ。」
「・・・はぁ・・・。小さな事を治めようと動いていると、それが思わぬ大きな事件を呼び寄せていただけのことだ。それと同時に、他国から来たという妙な魔術師に会ってな・・・。そいつは俺に、人間になりたいのなら叶えてやろうと言ってきた。」
「・・・・・ほう?」
「お前はどうだ?そんなことは出来うるか?」
「言っただろう、俺は医療魔術研究者であって、人体実験や獣人を実験体に使うなどはしたことがない。そういう研究結果を耳にしたこともないし、そもそも遺伝子や体の造り自体を魔術で変えるというのは、違法行為に相当する。」
「そうだろうなぁ・・・。」
「・・・・ノエル・・・・それが未だ渇望していることか?」
「・・・人であることを自ら捨てたお前にはわからないだろうな。俺は体の大きさ分の力しかない・・・だから自分の手に収まる程度の生きた証を築きたかっただけだ。もう・・・50年以上前に妻とは別れたがな・・・。お前が覚えているか知らんが、俺は・・・普通に家庭を持ちたかったんだけだ。」
「・・・覚えているとも。何もしてやれなかったことは申し訳なかった。」
「侮辱する気か?謝られたところで何にもならん!こないだも詫びだのとほざいて俺を治療したろ!お前が行使する医療魔術は免罪符なのか?俺は獣人だ、それ以上でもそれ以下でもない!だが人間になれると言われれば、藁にも縋る気持ちで・・・喉から手が出るほど実行してほしいと思ったまでだ。お前にわかってもらおうなどと思ったことはないし、もうお前の手を借りるつもりもない!」
黙って聞いていたけど、何だか居てもたってもいられなくなって慌てて階段を降りた。
「の、ノエル!」
彼はパッと私を見て、バツが悪そうに顔をそむけた。
「俺は一人でアレンティアに戻る。」
そう言ってノエルは踵を返して、人の姿のまま戸を開けて出て行ってしまった。
「・・・ロディア・・・あの・・・ノエル・・・大丈夫かな・・・」
彼の悩み方や考え方は、マスターが心配していた通り、なりふり構わず突っ走っているように思えた。
ロディアはコートに袖を通しながら、短くため息を漏らした。
「俺ではノエルの力になってやれることもなく、話をしようにも相当嫌われているようだな。」
二人の話を聞いた限り、過去に何か奮闘していたノエルは、ロディアに助力を求めたのかもしれない。
けれど上手くはいかなかった・・・。そして今も上手くいっていなくて、自暴自棄になってる・・・?
「アリス、俺は今日から3日間程本体は戻れない。カフェの仕事が終わる頃ドッペルをよこすから、そのつもりでいてくれ。」
「あ、うん、わかった。ありがとう。お仕事・・・・危険なことだったりするの?」
同じく玄関でブーツを履きながら尋ねると、ロディアは無表情なまま答えた。
「いや、特に問題ない。国家公務員らに任せると危険なことかもしれんが、魔術師にとってはそうでもない。まぁだが・・・ノエルが話していた通り、小さな事件の中から大きなものへと思惑が繋がっていることもある。祭りはフロンであろうとも異人が多く、犯罪も横行したりするからな。アリスも十分店の中にいようとも気を付けるんだぞ。」
「うん、わかった。」
小さなことが大きなことへ・・・かぁ・・・
ロディアにカフェまで送ってもらい、いつものようにマスターとオープン準備をしていた。
店の窓の外では、朝から王都の祭りに向かう人々の流れが見えた。
明日あさっては祝日のようで、片田舎のフロンから人々がごっそりいなくなる時期だと、マスターは言った。
前夜祭や後夜祭の時に少し賑わうこともあるみたいだけど、この街で宿を取っていた国外の人たちは、こぞって王都へ繰り出す。
「アリスさんも、お休みである明日はお祭りに行かれますか?」
コーヒー豆を補充していると、マスターの優しい声が降り注いだ。
「・・・そうですね・・・ちょっと行ってみたいです。ドッペルのロディアが付き添ってくれるなら行ってみようかな。」
以前図書館で祭りの話を聞いた時、私が一人で出歩くのは迷惑かもしれないと思ったけど、彼はドッペルと一緒ならいいと許してくれた。
今も状況が変わらないなら許可をもらえるかもしれない。
「なるほど、確かにアリスさんのようなか弱い女性なら護衛が必要ですね。」
開店準備を終えて、しばらく閑古鳥が鳴いていたけど、お昼前になるとチラホラとお客さんがやってきた。
休憩の時間にバックヤードで賄いを食べていると、リックさんが出勤してきた。
「お疲れ様です、アリスさん。」
「あ、お疲れ様です。・・・あのリックさん、ノエルを近くで見かけませんでしたか?」
「ノエルさん?いや・・・店の周辺にはいないみたいですけど・・・。ああ見えてたま~に店先で寛いで、女性の客引きしてくれたりするんですけどねぇ。」
「そうなの?」
「ええ、ま、女性限定ですけど。」
「・・・ノエルは人前で姿を変えたり話したりするのかな。」
「いえいえ、そんなことしたら噂になっちゃいますから・・・。猫の姿のままそれらしく愛嬌振りまいてくれていると、お客さん入ってくれるんですよ。でもまぁフロンの年配の方とかは知ってる人がいるかもしれませんけど。知っていても獣人だと他に言いふらすような人はいないと思います。」
「そうなんだね。」
制服とエプロンに着替え終えたリックさんは、ニコリと微笑んで質問を返した。
「ノエルさんのこと気になるんですか?」
「ん~・・・そうだね、何と言うか・・・危なっかしいというか・・・。」
「あ~・・・まぁ確かにこないだも怪我してましたしね・・・。」
「・・・リックさん、獣人が魔術で人間になったりって出来るのかな。」
私が徐にそう尋ねると、彼は腕を組んで難しそうな顔をした。
「姿を変えるとかじゃなくてですか?・・・ん~~~そういう質問はロディアさんの方が詳しいはずですけど・・・。でも長いことロディアさんが常連さんではありますけど、そういう話は聞いたことないので・・・。俺も大学の科目で基本魔術を取ってるんですけど、人間も魔術師も、獣人もその性質が元々違うので、生き物の存在を変えるっていうのはご法度だし、難しいんじゃないですかねぇ。」
「そっか・・・そうだよね。」
ノエルは100年近く生きながら、ずっと人間になりたいと思っていたんだろうか。
食べ終わってお店に戻ると、マスターからお使いを頼まれた。
手渡されたお財布を握りしめて、近くの青果店に向かうことにした。
街は賑わいを見せて、通りには多くの出店が軒を連ねていた。
色とりどりの店の屋根に文字が躍って、子供たちの声が走り抜けて、いい匂いを漂わせたり、他に負けじと呼び込む店主の声が響いていた。
それらを横目に見ながら、人込みを避けるように街路を抜けて、いつものカラフルな野菜が並ぶ店を目指す。
なかなか辿り着けそうにはないけど、こんな道のりを年配者であるマスターに行かれては困ると思いながら、また奮闘して歩を進めた。
その時さっと足元を一匹の猫が走り抜けた。
「え・・・ノエル?」
その細くて灰色の背中が一瞬視界に入って、私は慌てて猫が消えて行った路地をパッと覗いた。
その奥の曲がり角にわずかだけど足が見えて、反射的に私は追いかけた。
細い路地裏、レンガの壁に触れながら走って曲がり角までたどり着くと、その猫は排気口に上り悠々と毛づくろいしていた。
「あ・・・・・違った・・・・」
毛並みの色は似ていたけれど、その猫はお腹は白かく瞳も黒かった。
やがて器用に住宅の屋根へと上って走り去っていった。
「人違い・・・じゃなくて猫違いだったぁ・・・。早く戻って買い物しなきゃ。」
踵を返しすと目の前にあったものに顔をぶつけた。
「いた!」
「もし・・・お嬢さん、よろしいですか?」
「へ・・・?」
目の前にローブを着た男性が立っていた。
男性と言っても、その低い声からわかるだけで、目深にかぶった帽子で人相は見えない。
「珍しい猫を探していましてね。体は灰色、瞳は深い青色をしていまして・・・お見掛けしませんでしたか?」
ノエルのこと・・・?
「・・・・・さぁ・・・・わからないです。」
その人の口元が、横にくいっと広がった。
「ふふ・・・答え方がよろしくありませんね。」
その直後目の前に靄が広がって、私の視界は閉じていった。




