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アリス イン マジカルキングダム  作者: 理春


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第二十章

ペルソナフェスタが近くなってきた頃、徐々にカフェにはお客さんが増えてきたように感じていた。

マスターによれば、城下町で催し事を行う職業の方たちが、半月程前から詰めかけて、こちらに滞在して練習やリハーサルを行うらしい。

いつもより少し賑やかさを感じる街中と店内、私はいつものように飲み物を運んではお客さんを案内していた。


「おや・・・困りましたねぇ・・・。」


カウンター内でコーヒー豆を補充していると、マスターが小声で呟きため息をついた。


「どうしました?」


「いえね、予想以上にサンドイッチが出ましたので、レタスが少なくなってきていまして・・・。申し訳ありませんが、アリスさん買い出しをお願いしてもよろしいですかな。」


「はい、もちろん。」


すくっと立ち上がってマスターからお金を預かり、エプロンを解いて裏口から外へ出た。

路地を抜けて大通りを歩いていくと、徐々に賑やかな音が聞こえてくる。


「何だろう・・・」


遠くの方で人だかりが出来ている。

私はいつも買い出しで利用しているお店に入り、レタスを手に取った。

気になっていた外の人だかりの方から、わっ!と歓声のようなものが聞こえる。

会計を終えて店を出て、好奇心に駆られてしまい、少しだけ・・・と思いながら賑わう人並みに近づいた。

するとだんだんと快調な音楽が聞こえてきて、取り囲まれている集団がバンドであることがわかった。

マイクスタンドの前で歌う男性がチラリと見えて、そのワクワクする音楽に自然と引き込まれていく。

すると私の前で盛り上がっていた人たちの体がぶつかって、思わず後ろによろけた。


「きゃ・・・!」


買い物袋を持ったまま更に後ろにいる人にぶつかった。


「ごめんなさい!」

「アリス、大丈夫か?」


私の肩を掴んで支えたのはノエルだった。


「ノエル!え・・・どうして?」


困惑したまま尋ねると、彼は長い銀髪の前髪をかき上げながらニヤリと笑う。


「俺が街中にいたら不思議か?うろついてる魔力の中で、一際目立つアリスを自然と見つけただけだ。」


「・・・そうなんだ。」


どう目立つのかピンとこないけれど、彼は私と同じように奏でられる音楽の方へ視線を向けた。


「人間はああいう音楽が好きなのか?祭りにはまだ早いのに・・・練習ついでのライブか何かか・・・。」


「そうなのかな。私たぶん初めて聞いたの。ちょっと見てみようかなって・・・」


すると歌を歌っていた男性が話し始めた。


「皆ありがとう!ペルソナフェスタまでまだ日はあるけど、俺たちも祭りを楽しみにしてるよ!じゃあ・・・最後に、せっかくアレンティアに来れたし、女王陛下に敬意をもって、国歌を歌いたいと思う。良かったら一人、俺と一緒に歌ってほしいんだけど・・・」


そう言いながら男性は皆の顔を確認するように見渡す。

皆少し照れくさいのか、手を挙げる人はおらず、ざわざわと一様にお互いの顔を見合う。

するとふと、歌い手の男性と人波の隙間で目が合った。

そしてかき分けるようにこちらにゆっくり近づいてきた。


「美男美女のカップル発見。彼氏さん、彼女をお借りしても?」


「へ!!」


一緒にいたノエルは男性に声をかけられて、小首を傾げながら困った私と交互に見比べた。


「ああ、構わん。」


「ええ!!あの!私国歌なんて!」


「大丈夫、俺も覚えたてだからきちんと譜面は用意しているよ。メロディが怪しくても、他の楽器に合わせてなぞるように歌ってくれたらいいから。さ、おいでお嬢さん。」


「アリス、野菜は俺が持っといてやるぞ。」


困る私をよそにノエルは買い物袋を奪い、男性は意気揚々と私の手を引いてバンドの中央へと引き連れた。

ど、どうしよう!国歌どころか歌を歌えるかもわからないのに!

混乱しながら男性と一緒に譜面台の前に立ち、怯えながら渡されたマイクを受け取った。


「ああ・・・あの・・・」


困り果てて男性の顔を見上げるも、ニコリと優しく微笑まれる。


「緊張しなくても大丈夫。皆何となくしか覚えていなくても自然と歌えるから。いいかい、ここからがメロディだよ。パートを分けたりはしないから、俺と一緒にね。」


そう言われて見慣れない白い楽譜を見た。

音符が五線譜に並んでいる。その時、何か頭の中で感覚が研ぎ澄まされたような気がして、周りの空気が変わった気がした。

ううん、違う・・・周りの人たちは何も変わってない。


やがてゆっくり楽器の人たちが前奏を奏で始めた。

歌い手の男性が、テンポを取れるように私の背中をトントン叩く。

歌い始めの掛け声を小さくかけられて、私は深呼吸するように息を吸い込んだ。

マイクを通した自分の声が、後ろのスピーカーから聞こえてくる。

男性の歌声も合わさって聞こえたけど、どうしてか私の耳にはその声をかき消すように歌っているように聞こえる。

知らないはずの歌を歌えてる。

メロディの音符を一度見ただけでわかる。なぜ・・・?

何の不安もなく、当たり前に呼吸をするように歌声が口から流れていく。

体がまるで浮いているような感覚ともとれるそれは、何か別の空気が周りに広がっていく気がした。

いったいどうして?こんな感覚知らない・・・


やがて静かに流れるように演奏が終わると、わ!と割れんばかりの拍手と歓声が襲い掛かった。

ビク!っと体を強張らせて我に返ると、目の前のお客さんたちが驚きと感激の表情で盛り上がっている。


「すごいね君!もしかしてプロの歌手?圧倒されちゃったよ!」


隣で一緒に歌っていた男性がそう言いながら私の顔を覗き込む。


「え・・・いえ・・・そんな・・・」


自分でも訳が分からず有り余る賛辞に困っていると、人込みをかき分けてノエルが目の前にやってきた。

その表情は少し困ったような顔だった。


「アリス・・・行くぞ。」


「ああ!待ってくれよ!どこかでライブ経験ある?もしかして君も祭りに?」


興奮した様子で尋ねる男性に、ノエルはギロリと睨みつけた。


「アリスに触れるな。・・・ほら、行くぞ。」


私はそのままノエルに手を引かれて連れていかれてしまった。

私の買い物袋を持ち、片手で私の手を取り、ノエルはそのままずんずんカフェの方へ歩き進めていく。


「ノエル・・・どうしたの?」


彼の様子を不審に思い恐る恐る尋ねるけど、ノエルは何も言わない。

やがて店の裏口までやってくると、ノエルは私を隠すように壁際に追い詰めて手をついた。


「アリス・・・どういうつもりだ・・・。」


「え・・・・?」


澄んだ蒼い瞳が、射貫くように私を睨んだ。


「さっきの歌声は幻術の類だろう。一般人に気安く聞かせていい物じゃない。現に一番側で聞いていた男は、お前に対して誘惑の魔術が作用してた。俺が去り際に解いてやったからいいものの、人を意のままに操る術だぞ!」


「・・・そ・・・そんな・・・私何も・・・」


ノエルの言い分と真剣な表情に、次第に自分が何をしでかしたのかわからず怖くなってきた。

次に彼が口を開こうとしたとき、私からさっと離れて背後を振り返った。


「ノエル、裏口と言えど人目がないわけじゃないぞ。」


そこには仕事に行っているはずのロディアがいた。

けれどその瞳は赤かったので、彼がドッペルだとすぐに理解した。


「・・・・ロディア・・・。貴様知っていたのか?アリスの力・・・」


問いただすように睨む彼に、ロディアは特に表情を変えず私をチラリと見た。


「いや・・・知らなかった。話をさせてくれ。ノエルは俺とアリスが一緒に住んでいることを、よしとしていなかったのだろう?今はそうとも言えなくなった状況に思えるはずだ。」


ノエルはまたパッと私の顔を怪訝な表情で見つめた。

そして何かをくみ取るように目を閉じて、ため息をついた。


「アリス、責め立てるような言い方をして悪かった・・・。突然起きた事に動揺したんだ、許してくれ。」


「う、うん・・・こちらこそごめんね、気を遣ってくれてありがとう・・・。」


ノエルは少し安堵したような目をして、一つ私の頭を撫でて、私に買い物袋を手渡しその場を後にした。


「ロディア・・・私・・・その・・・変な感覚になったの。楽譜を見たらそれが全部頭の中で理解できて、メロディを歌うと・・・何もしてないのに周りの空気が変わった気がして・・・。」


困惑しながら拙い説明をすると、側に歩み寄ったドッペルのロディアは、静かに肩に手を置いた。


「大丈夫だ、落ち着け。何も周りに被害はないようだったし、アリス自体が得体のしれない物に変化したわけでもない。何も意識することなく、それが作用してしまったのなら、生まれ持った魔力で起こす魔術なんだろう。ある一種の才能に長けている者は、人間であろうとそれを瞬間的に発動させることがある。それは異質なことでも何でもない。言い換えれば、アリスは歌唱の才能があるということだ。」


「けど・・・ノエルが・・・人を操る危険な術だって・・・」


ロディアは少し黙って私の体の中を見透かすように目を透明にさせた。


「感情の起伏と同時に歌うと強い魔術になってしまうのかもな。何でもなく口ずさむ程度なら、魔力を持った歌声にはなりえないだろうさ。アリスはまず・・・自分の中にある複雑な魔力をコントロール出来るようにならなければな。そのために未だ薬物の影響でかき乱されている状態を安定させて、いずれはその成分の全てを体外に排出することを目標としよう。帰ったらいくつか検査をさせてくれ。」


「う、うん・・・。わかった。」


「とにかく・・・今はマスターのところに戻るといい。俺はこのままバックヤードでドッペルを待たせておく。」


頷いて二人して店の中へ戻った。

ロディアがどこでお仕事をしていたかわからないけど、遠く離れていても私の異変に気が付いたのかな。

彼の気遣いに感謝しながら、一抹の不安を抱えたまま私は仕事に戻った。


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