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第二章

大木の研究所を出ると、木の階段を降りて彼は立ち止った。

先ほどと同じようにゆっくりくうに手をかざすと、目の前が揺れるような歪みを見せた。

そして彼は私を振り返り、軽く手招きした。

私が彼に近寄ると、静かに右手を取られ、軽い力で引かれた勢いで、彼の胸に転ぶように飛び込んでしまった。

小さく声をあげたが、抱きしめられた感触と、一つ瞬きした直後、目の前はもう先ほどの森の中ではなかった。


「へ・・・?あれ・・・?」


私がそう情けない声を漏らすと、頭上から彼の声がした。


「城下町の付近に着いた、魔術をかけているから目立たないようにはなっているが、はぐれないように気を付けてくれ。」


ゆっくり腕をほどきながらそう言うと、彼は手を差し出した。

少し離れた場所から雑踏が聞こえる最中、私は彼の手と顔を見比べた。


「・・・手を繋ぐのは嫌か?ならせめて腕を組んでいてほしい、ここは人が多いからな。」


「あっ・・・はい。」


私は慌てて彼の腕を取った。


「あの・・・ロディアさん、今日はどちらに?」


彼の顔を見上げてそう聞くと、私に歩幅を合わせて歩きながら答えた。


「ロディア、でいい。必要なものは食料と、雑貨と、後、アリスの服だな。」


季節は春先で、天気もいいけど、若干肌寒かった。

コートを着ているとはいえ、中は寝巻同然なので、それを気にしてくれているようだった。


「あの・・・私のせいで、買い物を増やしてしまってすみません。」


賑やかな繁華街が見えてきて、私は人込みと喧騒に少し物怖じした。


「気にすることはない。物が少ない家だし、多少増えても問題ない。」


人の往来が激しい城下町は、構える店も大きく、出店もたくさんあった。

色とりどりの看板、食べ物や菓子を宣伝する声、すぐそばを通り過ぎる人たちは、見たこともないファッションをしている。

歩道には等間隔に針葉樹が植えられていて、寄り添うように建つ街灯には、可愛いらしい街のシンボルが描かれた旗がついていた。

視線を変える度に、新しい情報が目に飛び込んできて、私はキョロキョロとしながら歩いていた。

するとふいに彼が立ち止って、私を見下ろした。


「ここに入るぞ。」


「は、はい。」


彼が立ち止ったそこには、少し薄暗いオレンジの明かりで満ちた店内がおしゃれな窓から見えて、装飾が施された木のドアには、歓迎を示す文字が可愛らしい字体で踊っていた。

転がすような鈴の音とともにドアが開くと、カウンターの奥に店主であろう女性がいた。


「・・・あら、珍しいお客様が来るものね。」


赤毛の綺麗な女性が私たちに歩み寄った。


「エリー、彼女の服をいくつか買いたい。」


私が緊張して店主を眺めていると、彼女は少し厳しい目つきをして、ロディアをにらみつけた。


「一応聞いておくけど、この子は貴方の何?もし奴隷や実験体、なんて言おうもんなら、女王様に言いつけるわよ?」


私がロディアの顔を見ると、彼は軽くため息をついた。


「俺に対するイメージどうなってるんだ・・・。」


店主は不敵な笑みを浮かべる。


「私は悪い方の貴方のイメージも考慮して聞いたの。・・・まぁいいわ・・・。」


そう言うと、私にニコリと笑顔を向け、「いらっしゃい」と店の奥へと歩きながら手招きした。

私はロディアの顔を見て、小さく頷かれたので店主の後を追った。


「流行の服は好き?」


店主は真っ赤なリップを塗った唇で、ニッコリ微笑んで聞いた。


「あ・・・あの、いえ・・・。あんまり似合うものが分からなくて。」


正直にそう答えると、店主はたくさん並んだ洋服からいくつか抜き取りながら私に合わせた。


「そうねぇ・・・。あら・・・?あなた・・・髪の毛と目の色・・・」


店主が首をかしげていたので、私の後ろにいたロディアは私に向かって手をかざした。

すると店主は私を見て目を丸くした。


「まぁ・・・。珍しいわね、金髪に蒼い目なんて・・・。美しいわ。」


「いえ・・・そんな・・・」


私は何故珍しいのかわからなかったが、再び店主が服を選びなおしているのを眺めていた。


「試着室があるわ、いくつか見繕った服、着てみて頂戴。」


そう言って渡された服を受け取り、促されるがまま試着室に入った。

高級そうな服を、目の前の鏡に写る自分と比較して気後れしたけど、カーテンの外にいる二人を待たせても申し訳なかったので、一つずつ着てみることにした。


「ロディア、正直なところあの子はいったいどうしたの?」


「保護した。国外の人間だと思うが、禁術や薬物の類で記憶を失っている様子で、何か事件に巻き込まれていた恐れもある。」


「はぁ・・・それで貴方はわざわざ調べようとしてるってこと?相変わらず自分の仕事を増やすのが好きねぇ。」


「調べなければ事の大きさがわからん。つまり俺の管轄内かどうかの判別がついていない状況だ。身元が判明して引き取る家族が現れたとしても、そうでなくとも、多少時間をかけて、事情を聴かねばならん。」


「ふぅん・・・どうして?」


「・・・彼女の記憶の失い方、外的要因の記憶障害ではない。体内の魔力の流れから見ても、意図的に狂わせるような魔術や、薬物を使われた症状だ。それが個人で行われたことなのか、はたまた集団に一斉に行われたことなのか定かではないが、いずれにしても軽視出来る事件に思えない。」


「・・・・なるほどねぇ。なかなか不可解な状態ってことね。」


私はようやく一着目を着替え終えて、ゆっくりカーテンを開けた。


「あの・・・」


小さく声をかけると店主はパッと笑顔を向けて歩み寄った。


「まぁまぁ!!素敵じゃない、私の目に狂いはなかったわね。澄んだ青が上品なワンピースでしょ?あなたの金髪が映えてとても似合ってるわ。」


「いえ、そんな・・・服に負けてる気がして・・・。」


「そんなことないわよ!ほら、ロディア!貴方が彼女の服を選ぶのよ!きちんと見て!」


そう声をかけられた彼は、改めて私の前に立ち、まじまじと見つめた。


「・・・いいんじゃないか?」


その言葉に店主は少し彼をにらみつけた。


「さ、他の服も着てみてちょうだい。」


そうして結局、私もロディアもどれか選ぶことも出来ず、彼は勧められた全てを購入してしまった。

そしてそのほか、下着や寝巻など、必要な衣類はすべてエリーさんが見繕ったものを買うことになった。


「ロディア・・・あなた本当にもう・・・。まぁいいわ、いい顧客が増えたととらえておくし!また来てね、アリスちゃん。」


大きな袋を抱えたロディアをよそ目に、エリーさんは笑顔で私の頭を撫でた。


「ありがとうございます。今度は自分で働いたお金で買いに来ます。」


そう答えると店主はまたニッコリと微笑んで、私たちを見送ってくれた。

店を出ようとロディアを振り返った時、大きな荷物を抱えていたはずが手ぶらの状態だった。

ポカンとしながら様子を伺ったが、彼は何食わぬ顔で店のドアを開け、私を促した。


「あ、あのロディア・・・さん、さっきの荷物は・・・」


私が困惑しながらドアを通ると、彼は町の喧騒の遠くを見ながら答えた。


「空間魔術でしまった。とりあえずその恰好では肌寒いだろうから、買った服とコートに着替えるといい。」


そう言いながら私の手を取り、人込みの邪魔にならない路地裏に入った。

どこで着替えるのだろう、と思いながらいると


「さっき買った洋服のどれがいい。」


そう聞かれ、彼を見るとしまっていた袋を目の前に広げられていた。

正直どれがいい、というのはピンとこなかったので、目についたワンピースと上着を指さした。

すると彼はそれらを手に取り、目を閉じるとわずかに洋服が白く光り、次に瞬きしたときには体に着せられていた。


「え!・・・すごいですね・・・。あれ、でも元の服は・・・?」


私がキョロキョロとすると、今度は彼の持つ袋に着ていた服が入っていた。

一瞬の魔術に目を白黒させていると、彼は私の上着の襟を確認しながら言った。


「うん、問題ないな。今から役所に向かう、その後は何店舗か回るから、疲れたら言ってくれ。」


「は、はい。」


再び歩き出した街中の雑踏にもまれないように、彼の腕を取り踏み出していった。


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