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アリス イン マジカルキングダム  作者: 理春


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第十八章

カフェ「グロウ」で働き始めてひと月程が経った。

お店の業務にも慣れて、時々賑わう時間帯に働いていても、上手くマスターやリックさんと連携して仕事をこなせるようになってきていた。

グロウは朝からお昼過ぎまではカフェ、夕方から夜中まではバーとしてお酒も提供している。

けれどロディアが言う通り、田舎町なこともあって、夜中でも見知ったお客さんたちしか来ず、皆マスターを慕っている知り合いが多いので、そこまで接客が大変ということもなかった。

マスターは女性は危ないからと、遅くても21時頃までしか仕事は入れてもらえず、ロディアが外で仕事をして戻るのを待っている時間であっても、遅くなる前に上がっていいと言われる。

夜中は基本的にマスターしか店に立っていないので少し心配だけど、夜は飲み物しか提供しないからそこまで煩わしいことはないと、手伝いをあしらわれてしまうのだった。


そしてある日、朝からお昼過ぎまで働いた私は、夜に戻ってくるロディアをカフェのバックヤードで待っていた。

図書館で借りた本を持ち込んでいた私は、マスターがサービスで淹れてくれたコーヒー片手にそれを読んでいた。

すると裏口の扉がガチャっと開いた。


「・・・ようアリス。」


「ノエル・・・。」


人の姿で突然現れた彼は、少し疲れた様子で髪の毛をかけ上げて、私の隣に腰かけた。


「・・・怪我はもう平気?」


私が彼の足を見ながら尋ねると、彼はふっと鼻で笑った。


「あんな怪我2、3日で治る。」


「そうなんだ、すごいね。」


「・・・何を読んでるんだ?」


私は本を持ち上げて表紙を見せた。


「・・・カフェバー好きのススメ・・・ふっ、なんだそれ、勉強熱心なのか?」


ノエルはそう言いながら嘲笑していたけど、笑顔が何とも可愛らしかった。


「勉強というか、結構面白いんだよ?色んなカフェバーの情報が詰め込まれてるから、どんどん興味が湧くし、コーヒー豆のこととかお酒のこととか、全然知らなかったことに詳しくもなれるから。」


私がそう答えると、ノエルは口元を持ち上げたまま、意地悪な笑顔を浮かべて、私の頬に触れた。


「そうか・・・。じゃあ獣人の本も読んだらどうだ?不思議に思うことがあれば、目の前の俺にいくらでも尋ねられるわけだし、興味が湧いたらどんなことにでも応えてやるよ。」


「ホント?じゃあ今度読んでみようかな。ロディアのうちにもたくさん本があるの。その中に獣人に関する本があったんだよ。図書館でも借りられるし、読めるものがたくさんあってありがたいな・・・。」


ノエルは瞬間真顔になって、その指でゆっくり私の頬を撫で続ける。


「あの・・・なあに?」


「ロディアをここで待っているのか?」


「うん、彼が外で仕事がある時は待ってるの。一人で出歩くことは許してもらえなかったから。」


「あいつ・・・過保護だな・・・。だったらドッペルを残すか遣わせたらいいだろうに。」


「ノエル、ドッペルのこと知ってるんだ。」


彼は撫でる手を離して、今度は私の長い髪の毛の先をつまんで持ち上げた。


「知っているさ、あいつの魔術のことならそれなりにな。俺は元々野良猫同然だったが、アレンティアに居ついて長いし、昔馴染みであるマスターから散々ロディアの話は聞いていたさ。」


「そうなんだ、やっぱりマスターもロディアと親しいんだね。」


ノエルは私の髪の毛を弄びながら、少し眉をしかめた。


「・・・鬱陶しい髪だな・・・。」


「働いてる時はちゃんと束ねてるよ?」


ノエルは横の髪の毛をぺい!っと払っては戻ってくるのをまたつまんだりしている。


「ふふふっ!人の姿で猫みたいなこと・・・ふふ・・・。」


私が思わず吹き出すと、ノエルはキョトンと見つめ返した。

銀髪に映える綺麗な青い瞳がまん丸に見開かれる。

そしてまた長いまつげをゆっくり伏せて瞬きした。


「猫のことをどれ程知ってるか知らんが・・・じっと見つめて瞬きする意味はわかるか?」


ノエルは今度は子供に語り掛けるように優しい口調で言った。


「え・・・何だろう・・・ん~・・・。こっちにおいで、みたいな?」


「いいや、単なる挨拶だ。」


「そうなんだ!知らなかった・・・。ごめんね、たぶん私全然猫に詳しくない・・・。」


「ふ・・・生きてきた年数が違えばそんなものだ。人間流の挨拶はこうだろ?」


ノエルはそう言って私の肩に手を置くと、さっと頬にキスをした。

ハッとして間近で目を合わせて彼は、意地悪そうに笑っていた。


「・・・挨拶じゃないってわかっててからかってるでしょ・・・。」


「ふ・・・国によっては挨拶さ。アレンティアは移民が多い国だし、そうするものもいるにはいる。ところで・・・アリスは俺を買う気はないのか?」


「買う・・・?」


私が首を傾げると、ノエルはまたニコリと微笑みながら同じように首をもたげた。


「そ・・・買ってくれるならいかようにでもしてやるさ。ペットにしたいなら猫のまま、恋人になってほしいなら人のままな。」


いまいち彼の意図がわからずに少し考え込んだ。


「それは・・・ノエルに何の得があるの?」


「妙なことを聞くなアリスは・・・。まぁ単純に家がある方が落ち着くというのと、さびれた路地や屋根の上で眠るより、女と寝る方が俺は好きだな。」


「そ・・・でも私、ロディアと一緒に暮らしてるんだよ?」


ノエルは呆れたように今度はため息を落とした。


「だから言ってるだろ、賢者と関わること自体をやめろ、と。良いことなど起きないぞ。自分が世間知らずだと自覚しているなら尚更だ。お前は何も魔術師のことをわかっていない。俺の提案は、その暮らしをやめて俺と家を持てばいい、って話だ。」


私は益々ノエルの話すことがわからなくなってきた。


「確かに世間知らずではあるんだけど・・・。・・・あのね、私は育ての親だった人に薬物を飲まされて記憶が曖昧になってるの。副作用でちょっと魔力が変になっちゃったり・・・だからロディアが心配して魔術をかけてくれたり、診察してくれたりしているの。一般常識的なことがまだまだわかってないから、まずはここで働いてみようってなったんだけど・・・これから自分で生きていけるようになるまで色々・・・」


明確な自分のゴールがわからず、そこで言葉は詰まった。


「・・・それでどうして、ロディアと一緒に暮らす必要が?診察をしてもらうためなら、医療魔術師を紹介してもらって、そこに通院したらいい話じゃないのか?お前に施したロディアの治療とやらは、そんなに難しいものには見えない。」


「それは・・・私を引き取ってくれたのは・・・ロディアの気まぐれであって・・・私はそれに甘えてお世話になっているというか・・・。」


ノエルはソファの上で胡坐をかいて、頬杖をついた。


「気まぐれねぇ・・・。」


「その・・・私、ロディアが何か訳があって私に話していないことがあるっていうのは何となくわかってるよ?でも受けた恩はちゃんとお返ししたいし、そのために自分がどう生きて行くか考えなきゃいけないって思ってるの。こうするべきだなんて、ノエルみたいにハッキリすぐに判断出来ない・・・。」


ノエルは頬杖を突いたまま、視線を逸らして黙って何か考え込んでいた。

そしてまたその丸い瞳で私を射貫くように覗き込んだ。


「そうか。まぁいい。だがこれだけは教えておいてやろう。例え一国の賢者であろうと、どれ程長命な魔術師であろうと、奴らは万能じゃないし、神様でもない。自分を助けて救ってくれる存在であり続けることはない。奴らに依存し、共存し、期待して自身の人生を棒に振るなどということがないようにな。」


彼のその言葉は、意地悪でも身勝手でもない、私を真に心配して言ってくれているように感じた。


「うん、わかった。ありがとう。」


ノエルはさっと靄を纏って猫の姿になった。


「少し話疲れた・・・。ここでしばらく寝かせてもらう。」


「うん、おやすみ。」


灰色のその体をそっと撫でた。

大きな目を閉じて喉を鳴らして、ひげを少し揺らしながら、彼は尻尾を丸めてパタパタ動かした。

マスターが言っていた通り、きっとノエルはいい人・・・いい猫?なんだろうな。


その後2時間程経った夕方頃、静かだったお店の方から話し声が聞こえて来た。


「も~~!やってらんな~~い!」


女性の声だ。すると側で眠っていたノエルがピクピク耳を動かして、うっすら目を開けた。

バックヤードに置いてある柱時計を見ると、まだ夜の営業は始まる前だ。

私は本も切りの良いところまで読んだので、気になってそっとお店のドアを開けた。

するとカウンターに座っていた女性と目が合った。


「あら?え~!可愛い子がいる~!マスター!もしかしてお孫さん?ご親戚?」


マスターも私を振り返って、いつものように穏やかに笑う。


「ほっほ・・・こんな可愛らしい孫がいたら嬉しいでしょうなぁ。」


少し派手なドレスを纏った女性は、纏められた茶髪の髪の毛と、グリーンの瞳が綺麗だった。

お得意様かな・・・私が挨拶しようとカウンターに出ると、立ち上がった彼女はニッコリ微笑んで私の手を取った。


「こんにちは、騒いじゃってごめんなさいね。私はエレナ、王都の繁華街でホステスをしているの。」


「あ・・・こんにちは、あの・・・ついひと月前からこちらに勤めています、アリスです。よろしくお願いします。」


真っすぐな目をおずおず見返すと、綺麗にお化粧されたエレナさんは間近で見ても見惚れる程美しかった。


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