第十七章
ロディアの行きつけだというカフェに来た私は、まったりした時間を過ごさせてもらった後、早めに店を閉めてくれたマスターに面接してもらうことになった。
ブルームさんに国籍を移してもらっている最中なので身分証がないけど、書類上の手続きは後からでも大丈夫と、あっさり雇ってもらえる運びとなった。
そして翌日、ロディアにカフェまで送ってもらい彼が仕事から戻るまでの日中、カフェでの仕事をお手伝いすることになった。
その日も同じく働きに来ていたリックさんに制服を渡され、ドキドキしながら袖を通した。
「あ、あの・・・」
「あ、着替えました?おお!似合ってますよ。バッチリです。」
「そうですか?良かった・・・。あの、私髪色とか珍しいみたいでロディアに保護魔術をかけてもらっていて、自分では見た目がどんな感じなのかわからないんですけど・・・。」
魔術をかけられている状態で鏡を見ても、自分からはいつも通り金髪と青い目にしか見えないのが不思議だ。
リックさんは口元に手を当てて小首を傾げた。
「見た目・・・そうですね、俺からは暗めの茶髪に同じく瞳も茶色く見えてます。目立たない無難な感じですね。まぁでもアリスさんそもそもめちゃくちゃ美人だし、すぐ看板店員になりそうですけど。」
リックさんはそう言いながら手元の書類に目を落とす。
「とりあえずマスターから預かってたマニュアルお渡ししておきますね。後、俺のことは気軽にリックって呼んでください。敬語も特に使わなくて大丈夫です。」
にこやかにそう言う彼は、私に対しては敬語で話し続けている・・・。
「あ・・・はい。えと、リックはここで働いて長いの?」
「ん~まぁでも丸一年くらいですかね。俺大学生なんで、ここの近くに学校があって通いやすいというか。」
「あ、そうなんだね。」
「じゃあとりあえず、そこに書かれている仕事を順番にお願いします。まずは掃除とか雑用多めですけど、どこに何があるか覚えてもらいながらやってもらって、豆の補充とか慣れたら頼むと思います。」
「はい、わかりました。」
改めてマニュアルを眺めて手順を確認しながら、バックヤードの整頓を始めた。
しばらく片づけを進めて、その後お店が込んできた時間帯に少しだけホールで食べ物や飲み物を運んだ。
慣れないことの連続で戸惑うこともあったけど、リックさんやマスターにフォローされながら何とか数時間働くことが出来た。
「ふぅ・・・。」
お客さんが引いて休憩をもらうことになり、バックヤードのソファに腰かけた。
持ってきていた水筒に入れた紅茶を飲んで一息つく。
すると裏口の向こうからガタン、と物音が聞こえた。
何だろう・・・。
気になったのでゆっくり裏路地へ続く扉を開けた。
外は昨夜の雨で濡れた路地と、隣には二階への外階段が店に繋がっている。
ゴミ箱やペールが並んだ向こう側で、わずかに何か動いたのでそっと物陰を覗いた。
「あ・・・!」
そこにはノエルさんが猫の姿でぐったり倒れていた。
慌てて抱きかかえてまたバックヤードに入る。
「ノエルさん!大丈夫ですか?!」
うっすら目を開いた彼は、体は汚れて足から血が滲んでいた。
「大変・・・どうしよう・・・。」
体が濡れていたので、とりあえずその場にあったタオルを敷いてソファに寝かせてあげた。
片づけをしていた時に見かけた救急箱を引っ張り出してきて、テーブルに置いて包帯や消毒液を探す。
ノエルさんは尚もぐったりして言葉を発することもない。
「アリスさん、マスターが賄い作ってくれましたよ~。」
「あ、リックさん!ノエルさんが・・・」
何とか包帯を見つけて彼を振り返ると、ソファに横たわる彼を見て慌ててテーブルにお皿を置いた。
「どうしたんすか!ノエルさん!」
「外で見つけて・・・怪我してるみたいなんです。とりあえず包帯巻いて・・・あの・・・獣人の方って動物病院でいいんですかね・・・。」
「あ~・・・どうなんだろう・・・。」
私たちは右往左往しながら、慣れない応急手当をして丁寧に拭いてあげた後、寒くないように新しいタオルで包むように彼を巻いた。
「アリスさん、とりあえずご飯食べてください。マスターに報告しときますんで。」
「うん、ありがとう。」
ソファに座って、穏やかに寝息を立てているノエルさんをそっと撫でる。
体の毛は短くて、灰色の毛並みはとても気持ちのいい手触りだった。
マスターが作ってくれた賄いを食べながら、ふとロディアのことを思い出す。
ロディアはお医者さんだし、ちょっとした怪我ならすぐに治せるって言ってたから、戻ってきてくれた時にノエルさんを診てもらえれば安心かも・・・。
しばらくして食べ終わる頃、静かなバックヤードでノエルさんの様子を伺った。
すると彼はうっすらと目を開いて、その綺麗な青い瞳を覗かせた。
「ノエルさん!・・・大丈夫ですか?」
「・・・何だその呼び方・・・ノエルでいい。」
彼はよろよろと体を起こして、自分の手をペロペロ舐めて顔を洗う。
包帯が巻かれた足元を見やって、またその大きな宝石みたいな瞳で私をじっと覗き込んだ。
「まだ痛みますか?」
「・・・その話し方やめてくれ。俺を年寄り扱いしてるのか?」
「え!?いえ・・・そうじゃなくて・・・ごめんね?」
ノエルは少し呆れたように目を伏せて、尻尾をくるりと巻いてそっぽを向いた。
「手当してくれたことは礼を言う。」
「全然大した手当が出来たわけじゃないから・・・あの、仕事が終わる頃にまたロディアが迎えに来るの。その時に傷を治してもらえるか聞いてみるね。」
ノエルはゆっくり視線を向けて、今度は瞬きもせずに私を見た。
「アリス・・・お前正気か?賢者と一般市民が関わりを持つこと自体異例だ。アリスはあいつのなんだ?」
そう問われて私の脳内は答えを出そうと考えるも、まともに返答出来るものはない。
「・・・私は・・・たまたまロディアに助けてもらったの。ロディアからしたら・・・可哀想な野良猫を拾った感覚なのかも。」
私が彼にした行為も、可哀想だと思ったからかもしれない。
ノエルは目を伏せる私に、黙ってまたソファに体を沈めた。
「まぁ・・・警告してやる義理もない。ただこうして少しでも恩を受けた以上、死なれては目覚めが悪い。奴が人格者であることは、国民を見ていれば十二分にわかる。だが魔術師というのは皆それぞれなもので、特殊で特異な思考を持つ者ばかりだ。何も知らず、何も尋ねず、ただ同じように生活を共にしているというのは、いささか問題だと思うぞ。」
「・・・それだけお話しできるなら、もうあまり心配ないみたいだね。」
そっと手を伸ばして彼の頭を撫でると、青い瞳は少し怪しく光った。
その瞬間彼に靄がかかって晴れると、人の姿をしたノエルが私に顔を近づけた。
「女は可愛い猫の姿だと、気安く触ってきてかなわんな。」
さらりと銀髪が青い瞳を隠すように揺れて、彼が私の頬に手を伸ばす。
「あ・・・ノエル、腕も少し擦りむいてるみたい。ちゃんと手当しとかなくちゃ。」
私がさっと救急箱に手を伸ばすと、彼は諦めたように背もたれに体を置く。
「・・・調子狂うやつだ。」
足の傷も深くはないようだけど、包帯には痛々しく血が滲んでいた。
何があったのか聞こうにも、彼はのらりくらりと話題を変えて、結局真実を教えてくれることはなかった。
休憩の後またお仕事の手伝いに戻り、今度は食器洗いやお店の掃除をした。
時々バックヤードに戻ると、ノエルはソファから動かずじっと体を休めていた。
バタバタと忙しい時間を過ごして、ふとテーブルを拭きながら店外を見ると、オレンジ色の夕日が街に落ちて来ていた。
体に多少の疲労を感じながらも、一生懸命働いた充実感を覚えて、何だか一層に夕日が綺麗に見えた。
やがてお客さんもいなくなって、カウンターテーブルを最後に拭いていると、マスターが私に声をかけた。
「アリスさん、今日一日いかがでしたかな?」
「はい、とっても楽しかったです。」
素直にそう答えると、マスターはまたにこやかにカップを手に取った。
「体験程度に色んなことをお手伝いいただきましたが、思いのほかご満足いただけたようで安心しました。ロディア様のご紹介でなくとも、是非うちで働いてほしいと思う程の手際の良さでしたよ。」
思いもよらない褒め言葉に安堵と高揚感で満ちていく。
「本当ですか?・・・良かった。お役に立ててたならこれからも頑張ります。」
マスターは満足気に微笑んで頷いた。
その時店のベルがまたカランコロンと響いた。
「おや、ロディア様、おかえりなさいませ。」
「ロディア、お疲れ様。」
私がウキウキしたまま彼に駆け寄ると、顔を見て僅かに口元を緩める。
「仕事は十分にこなせたか?」
「十分かはわからないけど、褒めてもらえたの。自信が持てるようになるまで頑張って働いていこうと思ってるよ。」
「そうか。」
彼はそっと私の髪の毛に触れた。
「・・・束ねていないと邪魔にならないか?」
「あ、そうだね。食べ物運ぶのに髪の毛長いのはあれだし・・・。」
するとバックヤードから戻ってきたリックが額の汗を拭いながら言った。
「ふぅ・・・。残念なことに男性スタッフしかうちはいないんで、髪をまとめられるゴムとか用意がなかったんですよねぇ、申し訳ない。」
「いえそんな!私がちゃんとしとくべきだったのにすみません。」
ロディアはまたゆっくりカウンター席に腰を下ろしながら言った。
「また買ってこよう。今日は二人とも・・・アリスが世話になったな。これからもよろしく頼む。」
「いいえ~こちらこそ、よろしくお願いしますね、アリスさん。」
リックがまたニカっと可愛らしい笑顔を向けてくれた。
「はい、お二人ともこれから改めてよろしくお願いします。」
「ところで・・・」
ロディアは変わらず静かな声で、バックヤードへの扉に視線を送る。
「何かあったのか?血の匂いがするが・・・」
「あ・・・」
ロディアにノエルのことを説明すると、具合を診よう、と了承してくれた。
バックヤードへの扉を開けて二人で入ると、ノエルはさっと体を起こして、ロディアを見て牙をむく。
「おい・・・それ以上寄るな。」
「ノエル、俺はそこまでお前に毛嫌いされる覚えはない。」
ロディアは構わずノエルの側に座り込み、包帯が巻かれた足をそっと取った。
「魔術師がまだ嫌いか?一括りにして毛嫌いするなら、お前を獣人だと利用しようとする奴らと変わりないとは思わないか。ノエル、お前はわかっているだろう、自分自身だからこそ受け入れてくれた魔術師や、人間の存在を。誰よりも種族を超えて理解しているだろう。」
ロディアは掌から淡い光を放って、ノエルの傷に当てた。
「ふん・・・。理解しているさ。だがお前にわかったような口を利かれるのはごめんだ。・・・これを貸しだと思わんぞ。」
傷の癒えた足を振って、ノエルはまたロディアを睨みつける。
「構わん。これは詫びだ。」
「・・・詫び?」
ロディアは少し黙って、何か小さくノエルに落とすように呟いた。
けどそれは私には聞こえなかった。




