第十五章
「ねぇねぇロディア・・・好きな食べ物は何だった?本当にもう覚えてない?」
隣に座るドッペルのロディアに、私は凝りもせず質問を続けていた。
「・・・覚えていないな。」
「そっかぁ・・・。じゃあ紅茶は飲んでくれてたけど、飲み物は紅茶が好きだったの?」
「別に毒でない限り出された物は飲める。好き嫌いは覚えていない。」
「ん~・・そうなんだぁ・・・。」
私はまた手元の本のページに視線を落とした。
そして脇に積んであるものの中から、もう一つロディアに関する専門書を取った。
タイトルは『アレンティア国、賢者ロディア 偉大なる歴史』
次の質問に悩みながらそれを眺めていると、ロディアは徐に質問を返した。
「アリスはいったいどういう意図で俺に質問を?」
彼の顔を見ると、いつものロディアと全然変わりない。
「・・・感情の塊であるドッペルのロディアに尋ねれば、楽しいこととか好きなこととか、嫌いなこととか・・・感情が現れることについて聞けるかなぁって思って・・・。」
「つまり・・・感情的な俺を見たいという興味本位ってことか?」
彼はまた我儘を言う子供を見るような、優しい目をした。
私が静かに頷くと、彼は真正面を向いて、遠くにある大きな窓のもっともっと向こうを見つめた。
「長い月日で、もしかしたらこの状態でも感情は朽ちていっているのかもしれないな。だが感情というか、自分の中にある意志はしっかり残っていると思う。」
「意志・・・」
「戦争が嫌いだった。終わらせたかった。人を殺すことも嫌だった。国民を守ることが出来ても、他国民を殺し、それを肯定されて英雄になることが嫌だった。俺は医者だったのに、それでも殺し続けた。同じ国の者を護るために治療しては、敵国民を殺した。そこに命の違いなどないのに。それをわかっているから、医者をしていたのに。」
淡々と語られるそれは、ロディアの嫌いなことについてだけど、彼のその遠い目の中に感情が眠っているのがわかる。
「100年間もそれを続けていた。きっと最後の方では悲しみが怒りに変わっていただろう。気が付いたら女王の前で、本体の俺と別れ・・・呆然と立ちすくんでいた。俺は切り離されたんだ。全てを怒りで殺し尽くす前に、大切にしていた何かと、苦しみでしかなかった戦争の記憶も消して。女王はあの後俺に言った。お前の考えることはわかる、と・・・。それでも彼女は国民のためでなければならない、と国を再建した。何の意味があるんだと思った。だから仕方なく、足元にある尊い命を守りながら、多くの犠牲がまた出ないように、従って来たし、働いてきた。そこには感情などなかったと思う。」
ロディアの横顔を見つめながら話を聞いていたのに、私の視界はぼやけて滲んでいく。
「ドッペルの瞳が赤いのは、怒りの象徴だ。人間だった俺が最後に残した感情で・・・明らかな憎しみだ。」
ロディアが私に視線を返すと、驚いたように目を丸くしてそっと私の頬に触れた。
「なんだ・・・どうして泣いてるんだ・・・。」
ボロボロ零れる涙を止めたかった。
私如きが、彼の苦しみに寄り添えるはずもないのに。寄り添った気になっている自分が恥ずかしかった。
同調してしまうことは、何だか失礼じゃないかと思える程、私には計り知れないことだから。
「ごめ・・なさい・・・。」
頬に垂れる涙を拭いても拭いても、それは止まらない。
ロディアは取り出したハンカチを私に差し出す。
受け取ったそれをぎゅっと握ってまた涙を拭った。
「何を悲しいと思わせたんだろうな・・・。すまない。」
「ううん・・・違うの。勝手に気持ちを想像して、勝手に同調して苦しくなっただけなの・・・。」
「ふぅん・・・そうか・・・。そんなつもりなかったんだが・・・。困ったな・・・。」
「え・・・?」
彼の意外な発言に私の涙は止まった。
「困るって・・・?」
「いや・・・傍から見たら俺がアリスを泣かせているようにしか見えないしな。」
バツが悪そうに髪の毛をかき上げる彼は、お揃いに赤くなった私の瞳を慈しむように見つめて、また頭を撫でた。
「あの・・・ロディアは、私のこと・・・子ども扱いしてる?」
「・・・そりゃあ・・・俺にとっては国民は皆可愛い我が子同然だが・・・。何だろうな・・・子供だと思っているわけではない。」
彼の穏やかな笑顔を見ていると、少しずつ苦しい気持ちが溶けていく気がした。
「ロディア・・・好きなものについては、何か覚えているものない?魔術に関係することでも、生き物でも・・・。私、本ではわからないようなロディアのことがもっと知りたいから。」
「・・・知ってどうするんだ?」
ごく当然のようにそう返されて、一瞬返答に迷った。
「え・・・えっと・・・一緒に暮らしている人のこと、全然知らないのはダメなんじゃないかなぁって思って・・・。無意識に失礼なこと言ったりしたりしたら、申し訳ないし・・・何でもない話でも聞きたいというか・・・。」
「知らないことがダメということはないし、別に失礼なことをされても言われても、俺は普段さして感情がないから怒ることも無礼だと思うこともないぞ。相手に感情がないのはロボットと一緒にいるのと同じだ。特に気にすることはない。」
「そ・・・でも・・・」
ロディアが言うことも最もだ。
そもそも私は何でそこまで彼のことを詳しく知りたいと思うんだろう。
自問自答しても、また本の後ろの方のページをめくって読み進める彼を見ても、明確な答えが出なかった。
「ロディア、あの・・・さっき話してたお祭りっていつあるのかな。」
仕方なく話題を変えると、文章を目で追いながら彼は答えた。
「そうだな・・・あと・・・ふた月くらい先じゃなかっただろうか・・・。」
「そうなんだ・・・。ロディアはお祭り・・・参加したりする?」
「いいや、俺は祭りの時は仕事がある。魔術師が絡むような大きな事件を起こすテロ対策や、報告を受けている団体の監視、闇市に潜入して動向を探ったりだとか・・・。国家魔術師が少ないわけではないが、何分アレンティアは街の一つひとつが広いんでな、迅速な対応を求められる事件が発生した場合は、俺が一度に対処した方が早く収まることもある。」
「へぇ・・・それは警察のお仕事みたいな・・・?」
ロディアはパタンと読み終えた本を閉じる。
「もちろん警官は祭りの時も警護をするし、何か起きた時に一般人の誘導を行ったりする。俺が介入するのはあくまで魔術師が絡む事件のみだ。ま・・・警察上層部と王族共は犬猿の仲だから、管轄を間違えると後でうるさいがな。」
そう言ってロディアは呆れたようにため息を落とす。
「じゃあその・・・私は一人でお祭りを見に行っちゃダメ・・だよね・・・。」
すると少し感情が見え隠れしだしたロディアが、何かを企むような笑みを向けた。
「・・・俺と一緒ならいいぞ。ドッペルの本来の目的は感情の分離だが、警護や警備としても使っているからな。」
「そうなんだ、ありがとう。」
私が笑顔を返すと、彼は満足そうに本を戻しに立ち上がった。




