第十三章
およそ400年の歴史を誇るアレンティアは、世界一の国土持ち、世界一の産業国家であることで知られている。
山では貴重な宝石や鉱石が発掘出来、豊な海のおかげで漁業も盛んだ。
かつて周りは小さな国々が寄り集まるようにあったが、中心にあったアレンティアは長い戦争の歴史の末、海に面するまでの全ての領土を勝ち取った。
代々続く女王が持つ制御魔術の元、能力の高い魔術師は束ねられ、国民のためになる営みの手助けをしてきた。
栄える程隣国からの移民も増えてきたが、またそれらが良い文化や刺激を与えることもあり、アレンティアにはさまざまな祭りが存在する。
その一つが、収穫祭『ペルソナフェスタ』だ。
「ねぇねぇロディア、ここに書いてあるペルソナフェスタって・・・毎年やってるの?」
国立図書館を訪れていた私は、読み進めていた歴史書の挿絵を指さしながらロディアに尋ねた。
「・・・そうだな。各国から祭り目当てで観光客が押し寄せる季節でもある。」
「へぇ・・・」
図書館の長机に気になった本を何冊か積んで、じっくり目を通していく。
読んでいるうちに興味のあることがどんどん増えて、それについて詳細に書かれている書籍を見つけて・・・となると、一日中図書館から動けない気がした。
大きな本棚が綺麗に沢山並ぶ空間で、同じく隣に腰かけて読書していたロディアが、やがて読みふける私にそっと声をかけた頃、いったいどれほど時間が経過していたかわからなかった。
「アリス、俺は王宮に用事があるから、そろそろ移動する。」
「あっ!うん・・・待ってね今本戻してくる。」
「いや、いい。アリスはこのまま好きなだけ読んでいるといい。」
彼はそう言って静かに腰をあげる。
「え・・・でも・・・」
一人残されることに不安を感じていると、ロディアは続けた。
「用事が済むまでドッペルをここに残しておく。俺が戻っても読みたい本がまだあるようであれば、それは借りて帰ろう。」
「・・・ドッペル・・・・?」
私が聞き返すと、ロディアは読んでいた本を隣の棚に戻しに行く。
「ドッペルは以前話した感情の具現化をした身代わりのことだ。俺独自の魔術のため正式名称はない。勝手にそう呼んでいるだけだが、姿形は俺と相違ないから、周りからはそのまま二人でいるように見えるだろう。もちろんアリスの保護魔術も解いていないから、奇異な目で見られることもあるまい。」
彼はそう言ってまた席につくと、改めて私の顔を見た。
「本体である俺が戻るまで身代わりと一緒にいてくれ。多少の簡易の魔術なら使えるし、アリスがもしも危険なことに巻き込まれそうになっても守ることが出来る。・・・何か質問はあるか?」
「あ・・・ううん、大丈夫・・・たぶん。」
ロディアは一つ頷くと、一瞬立ち上がる影がすっと見えて消えた。
残された彼を見ると、紫色の瞳が赤く染まっていた。
私がじっと見つめ返すと、そのロディアは優しい笑みを浮かべる。
「何だ?俺じゃなくて読みたい本を眺めるといい。」
「あ・・・うん。」
私がまた読みかけのページに手を置くと、彼は静かに立ち上がってまた本棚の前に立って物色し始めた。
目が深紅に変わっただけで、他には特に変わらないのかな・・・。
感情の具現化っていうことは、人間と同じように感情豊かな反応をするロディアってことなのかな。
開いた本の続きを読むこともなく、彼にチラチラ視線を流してそんなことを考えていた。
そのうちまたロディアが隣の席につき、分厚い本を開く。
手元に視線を戻して、歴史書の続きをゆっくり読み進める。
だいたいアレンティアの歴史や、情勢を理解することが出来た。
本の中では賢者であるロディアが度々例に挙げられ、女王の次に国の発展に貢献した魔術師だと綴られていた。
そしてどうやら、世界中でロディア以上の長命な賢者はいないみたいだ。
国民からは尊敬の念を抱かれることもあれば、その素性の知れなさから存在や能力を疑う者も多い、とも書かれていた。
私はアレンティアや隣国のことを始めとして、ロディアのことを詳しく知りたかったので、積み上げていた本の中の一冊を改めて取った。
そしてまたチラリと彼を見やる。
ロディアは静かにページをめくりながら、分厚い本をかなりのペースで読み進めている。
本人を目の前にして本人のことが書かれた本を読むのも不思議だけど・・・
ロディア・ベル・クロウフォード
生まれはセルディー国、田舎町のレンゲル。孤児院育ち。
18歳の時に地元で医師免許を取得。レンゲルの内科・外科医師として数年勤務。
その後戦場と化した地元を離れざるを得なくなり、国を移動しながら戦火に見舞われた村々の住人を救っていた。
アレンティアに赴き医療魔術を学ぶため国家魔術師の資格を志す。
その後魔術師としての才覚に芽生え、女王の目に留まり、国家魔術師としての資格を異例の速さで取得した。
その後アレンティア国の魔術師として貢献し、また研究員としてもあらゆる応用魔術を生み出したことで知られている。
主に医療技術における応用魔術の基盤を作り上げ、戦時中には最も死者が少なかった国とした功績が称えられ、医療魔術師としてその名が知れ渡った。
後にわずか26歳、史上最年少での国家賢者の認定を受ける。
同時に当時の国王であるヴァネッサ女王から、直々に魔術師としての名を与えられた。
本人が仮の名前として使用していた、ロディアはそのままに、ミドルネームのベルは容姿端麗な男性のこと、クロウフォードは神話内の神の名が由来。
禁術の類も易々と使えるほどの規格外の魔力量を持つが、私利私欲のために魔術を使わない人格者であることも知られている。
国民には慕われ称えられているが、国外の魔術師からは畏怖の象徴として名高い。
また、見目麗しい姿であることも有名で、アレンティア国立公園にある銅像や、肖像画などもたいへん美しく描かれていることが多い。
世界一長命な賢者だが、本人は人前に出ることを好まないので、姿を隠して生活している。
通常国家賢者は王宮に住むことが定められているが、特例として一人暮らしを認められている。
彼の姿は国のイベントでも見かけることが少ないため、市民間ではもはや歴史上の人物に等しく、伝説の賢者と化している。
国で行われる大々的なイベント事などでは、魔術で影武者を作り上げて出席しているように見せている。
今では「ロディア様が死ぬ時、アレンティアが滅びる時だ」と、誰もが信じるほどの存在になった。
そこまで読んで、また彼を横目でこっそり見た。
国民の誰もが彼の存在を疑う程にお目にかかることはないみたい。
こんなにすぐ隣にいるんだけど・・・
私はやっぱり、疑問に思うことが増えていった。
ロディアは病気になることもなければ、身を護ることも出来るから大きな怪我をすることもないと言っていた。
年を取らないっていうことは・・・不老不死なんだろうか・・・
その長い年月を、彼は無感情であるが故に生き続けることが出来たんだろうか。
なら今隣にいる彼の身代わりに、本音を聞けるかもしれない・・・




