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アリス イン マジカルキングダム  作者: 理春


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第十一章

それから数日リーベルに滞在して、本来の仕事も終えたロディアと共にまたアレンティアに戻った。

ロディアの研究所兼自宅に帰って、買ってもらった新しい靴を紙袋から取り出し、靴箱に入れた。


「あの・・・」


「・・・なんだ?」


私は靴を入れる手を止めて、荷物を取り出しながら視線を返すロディアを見やった。


「私・・・このままここで暮らしていていい?」


行きの船で話していたことを思い出しながら、恐る恐るそう尋ねた。

故郷のエデンでの一件からして、自宅があるなら一人暮らし出来ないでもないように思えたけど、到底戻りたいと思えなかった。


「そうだな・・・。現状では一時的にアリスを保護していることになっているから、特に国籍を移す必要性もなかったが、正式にここに住むということになると、アレンティア国民としての登録が必要になるな。」


「それはまた面倒かけちゃうことにはなるんだけど・・・。書類上のことじゃなくて・・・ロディアは、私がここに居て迷惑じゃない?」


そう尋ねると、彼は無表情なまま改めて私の顔をじっと眺めた。


「わからん・・・。迷惑と感じることが今のところはない。ただアリスが俺と同居することで、もし普通の一般男性との同居を想定しているなら、たぶん期待には沿えない。俺は人から見て20代の若者の見た目をしているが、中身は350年以上生きている賢者だ。人間としての感覚は違っているから、アリスが望んでいる暮らしが出来るかは疑問だ。だから一緒に暮らして迷惑と感じることがあるのは、アリスの方かもしれない。」


「そ・・・」


彼が説明することがわからないわけではなかった。

現に同じ部屋の一室で私が寝ていてもロディアは何も気にしないし、たぶんだけど私が目の前で着替えだしても特に何とも思わないだろう。


「あの・・・私は住まわせてもらえるなら贅沢を言うつもりはないし、衣食住が保障されてるならありがたくて・・・ロディアに対してどうとか・・・そういうことは求めてなくて・・・えっと・・・ホントに普通に同居人として認めてもらえるならここにいたいな、と思って・・・ます。」


私が改めてそうお願いすると、何を考えているのか彼はまた無表情なまま少し視線を逸らせた。


「そうか。アリスがそれでいいならいいだろう。ブルームに国籍を移してもらえるよう連絡しておこう。」


「ありがとう。」


いまいち態度で彼の考えを推し量ることは出来ないけど、以前聞いた話を考えるならこれが彼にとって普通なんだろうな。

ロディアが言いたかったのはもしかして、自分は人としての心を持たないから、色々食い違うことがあるけど一緒に暮らして大丈夫か、という意味なのかもしれない。


寝室への螺旋階段を上り、キッチンでグラスに水を入れた。

一口飲んで、ボーっと透明なそれを眺める。

するとタンタン、と階段をあがる音が聞こえた。


「アリス、食料品をそこにしまっておいてくれ。後・・・少し用事があるので今から出る。そこまで時間はかからず戻る。」


「あ、うん、いってらっしゃい。」


食糧が入った袋を受け取って、彼が降りていく背中を見送った。


「フィオーネ、テレーゼ・・・。テレーゼはここに残ってくれ。留守を頼む。」


私は一先ずシャワーを浴びるために服を準備することにした。

バタン、と玄関の扉が閉まる音を聞きつつ、箪笥を開けて服を探った。


「もう夕方だし・・・部屋着でいいかな・・・。」


そう呟くと、どこからか少し冷たい空気が体に触れて、キョロキョロと部屋を見渡した。


『可愛くない。』


空気に溶け込んだ澄んだ声が耳に届く。


「え・・・?わっ!!」


すぐ側に同じように服を覗き込む誰かがいた。

透明な姿のそれは、物色するように私の下着を手に取る。


『なんだか地味な下着ばかりね・・・。せっかくロディアと同居するというのに、彼を誘惑する気はないの?』


「へ・・・あ・・・・えと・・・どちら様・・・ですか。」


幽霊のような女性は三角帽子をかぶり、ローブを纏った服が何となく見える。


『テレーゼよ。彼と契約した元魔女。もうちょっと可愛らしい服を買ってもらったら?色気がないったらありゃしない・・・。貴女そんなに美しい見た目をしているのに、身にまとう物が地味なんて・・・宝の持ち腐れよ?余計なお世話かもしれないけど、貴女を見ててくれと頼まれたんだもの。うんと可愛くして彼を出迎えるのはどうしかしら。』


「えっと・・・でももう外に出ることもないし・・・ご飯を食べて寝るだけなので・・・」


改めて部屋着を手に取ろうとすると、透明な彼女の手が重なった。


『不憫な子・・・男性経験がないのね?大丈夫よ、彼は冷たく見えるけど実はとても優しい人なの。今度街へ出たら思い切って大胆な下着を買いましょ?いくら人の欲求を失くした賢者と言えど、貴女ほど可愛らしい子がセクシーな下着で誘惑したら、さすがのロディアも何を求められてるかくらいわかるはずだわ。』


「いえ・・・あの、別に誘惑するつもりはなくて・・・。」


困惑しているとテレーゼさんはパッと顔を上げて窓の方を見た。

しばし黙ると、また微笑んで下着を取る。


『シャワーを浴びたいのでしょ?これになさい、一番ましだわ。着る服は選んで出しておいてあげる。さ、彼が戻る前に。』 


急かされて立ち上がると、ふわりと冷たい空気が背中を押す。

何だかよくわからないまま、私はシャワールームへ歩いた。

チラリと振り返ると、彼女はふわふわ体を浮かせながらクローゼットの中を眺め、服を見定めている様子だ。

精霊とか幻獣とか・・・元魔女とか・・・ロディアに仕えてる人が色々いるのかな・・・。

悶々と考えつつ軽くシャワーを浴びて、髪の毛を丁寧に洗った。

記憶を失くしている影響もあって、あまり身だしなみに気を遣っていなかったけど・・・もっといい物を使った方がいいのかな。

でも高い物を買ってもらうなんて気が引けるし・・・どこか近くの町で働ける所を早く見つけなきゃなぁ

その前に一般的な知識がそもそも欠けている気がするし、まずは大きな図書館とかに通って勉強するところからかな・・・

考え事が色んな方向に派生しつつ、シャワールームを出ると、脱衣所のテーブルに下着と一緒に洋服が置かれていた。

手に取って広げると、シンプルだけど女性らしくてちょっと大人っぽいかな、と思っていた白のワンピース。

テレーゼさんがどういう存在かまったくわかってないけど・・・とりあえず着替えよう。

私がワンピースに着替えてダイニングに戻ると、ソファに腰かけていた透明な彼女はスッと私の方へ飛んできた。


『ふん~・・・・いいじゃない?』


上から下まで眺めてテレーゼさんはニコリと微笑むのが見えた。


『ロディアが帰ったら言うのよ?このワンピース似合う?可愛い?って』


「そ・・・えっと、どうしてですか?」


テレーゼさんはふわふわ辺りを漂いながら続ける。


『だって彼はもう男性としての感覚なんてないのよ?人間の姿をしているけどね、彼は魔力の塊のような存在なの。あれで人の姿を保っているなんてどういう理屈かわからないわ。だからこそ人としての、男としての感覚を呼び覚ましてみたいじゃない?じゃないとつまらない人だもの、私はそういうロディアを見れた方が楽しいわ。貴女はどう?見たくない?』


彼女の顔が目の前にやってきて、わずかに緑色の瞳がゆらゆら揺れていた。


「えと・・・」


そう言われて考えてみた。たまにふと微笑む瞬間があるものの、彼は自分が言っていた通り喜怒哀楽が乏しい。

それは生きて来た年数と魔術の関係にあるのかもしれないけど、声を上げて笑う様や照れた表情なんかを引き出せたり出来るんだろうか・・・。


「男性としての感覚って・・・どういう・・・」


私がそう言うとテレーゼさんは呆れたように肩を落とす。


『あら・・・彼が帰ってきたみたい。』


そう言うと彼女はふわっと空気に溶けて消えてしまった。

ガチャリと玄関が開く音がして、少し考えたけどそっと階段を降りた。


「おかえりなさい・・・。」


「ああ、ただいま。」


ロディアは私を一瞥するも、ブーツの砂を払って部屋の奥へと歩いて行った。

するとロディアの後を追うようにテレーゼさんがスッと移動するのが見えた。


『はぁ~~まったく最低ねぇ・・・乙女が着飾っているというのに・・・張り合いないったら・・・。』


私が慌てて階段を降りて向かうと、ロディアはテレーゼさんと私を見比べて不思議そうにした。


「あ・・・あの!テレーゼさん、お気遣いはありがたいんですけど・・・その、私別に期待してこれに着替えたわけではないので!買ってもらったものだし、着れるだけで嬉しいので・・・。」


『・・・貴女もつまらない子なのね。』


そう言ってテレーゼさんが消え入りそうになると、ロディアは俯く私を見て言った。


「テレーゼ、俺の同居人に何を?」


ロディアがそう静かに問いかけると、テレーゼさんはまたふわふわと辺りを漂った。


『少しからかっただけじゃな~い。こんな子供が貴方と暮らす意味も理由もわからないもの。面白い反応もしないし・・・ロディアも相変わらず無感情だし・・・。ちなみに貴女、そのワンピース似合ってないわよ?自分で選んだのかロディアが選んだのか知らないけど・・・金髪で真っ白なワンピースって・・・ふふ、まるで聖歌隊の子供みたいじゃない・・・ふふ。』


テレーゼさんは可愛らしく右手を口元にあてて笑うと、ロディアはさっと手を振りかざした。

するとその透明な手がスッと消える。


『・・・何のつもり?』


「退屈なのはわかるが、人を侮辱していい理由にはならないし、お前がわからないように、俺にはアリスをからかう気持ちも、お前の意地悪の目的もわからんな。無感情の俺にもわかるように説明してくれるか?」


『あらぁ・・・怒ったの?面白いこともあるものね、この子がそんなに大事?』


テレーゼさんはニコニコして私の後ろに回って肩を掴んだ。


「国民の命は大事だ。この子がうちにいるのは身寄りもなく、行く当てがないからだ。自立するまでの助けをしている。」


『変なの・・・。身寄りがなく行く当てのない子供なんてアレンティアには五万といるわ。この子の何が特別?』


「アリスは違法薬物で魔力の制御と記憶を失っている。症状の経過が分からない以上は、普通に生きていけるまで時間がかかる。」


『まぁ!わかったわ、貴方はこの子を研究対象として人体実験するために引き取ったということね!』


ロディアは小さくため息をついて私を見た。


「俺は医療魔術研究者であって、薬物研究者ではないし、人体実験を賢者が行うことはない。お前が疑問に思う理由はわかるが、縁あってこの子を引き取ることにしたんだ。言うなれば俺の気まぐれだ。」


そう言い放つロディアの言葉を受けて、黙ってしまったテレーゼさんの横顔をそっと横目で見た。

透明な彼女の表情はよくわからないけど、じーっとロディアを見定めるように見つめ返していた。


『何か隠してるのね・・・。貴方はいつもそうねぇ。同じ生き方を続けて飽きないのかしら・・・。』


「テレーゼ、お前も俺の気まぐれで生かされているようなものだ。左手まで消えると杖も持てなくなるぞ?」


『ふぅ・・・つまんない人・・・』


テレーゼさんはそう言い残して静かに消えてしまった。


「気を悪くしたなら謝る。」


「へ!?いえ!全然・・・。」


そう言いつつ何だか気まずくなってワンピースのスカートをぎゅっと掴んだ。

似合ってないんだ、これ・・・

エリーさんに勧められるがまま買ってもらったけど、私の見た目で服が悪く見えてしまうのは忍びなかった。


「・・・俺はアリスに似合っていると思うがな。好みの問題かもしれんが。」


ロディアは背を向けて、胸元のタイをスルリと外しながら何気なく言った。

私を気遣ってのことなのか、単純に褒めてくれたのか・・・いずれにしても、何だか少し嬉しかった。


「あ、あのロディア・・・。」


ベストを脱いでクローゼットにしまう彼に声をかけた。


「今度街に行く日があったら、図書館に行きたいんだけど・・・連れてってもらえない?」


「図書館・・・ああ、わかった。じゃあ・・・明日王宮に行く用事があるから、道中寄るか。」


ロディアはそう言って私の横を通ってソファにつく。

その時、一瞬彼から海の匂いがした。

何だろう、と思ってロディアの後ろ姿を見たけど、私は寝室に戻って部屋着に着替えることにした。



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