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8. 図書館の利用案内

 それから数日、あたしはマーヤの家で、助手兼ペットとして過ごさせてもらった。


 マーヤはオーダーメイドの薬作りを生業なりわいとしていた。顧客とじっくり面談をし、その人の症状にピッタリの薬を作る。まあ漢方薬? 作り方は家伝の秘法と、養成所で習ったことのごちゃまぜ、とのことだった。


 作り方も漢方薬そのもの。庭で摘んできた草花とか戸棚から取り出した乾燥させた爬虫類らしきものなどを擦り混ぜ、時にはったり煮込んだり。


 ただ、明らかに漢方薬と異なるのは、途中途中でマーヤの手かざし工程が入ることだった。その手かざしが何をしているのかは解らない。解らないが、マーヤが手をかざすと、粉の色が変わったり、澄んだ液体が急に泡立ったりした。


 ……いや、一つだけ明らかに手かざしの効果が解ったものがあった。


 マーヤがバットに蒸した穀物を敷き並べ、手をかざすとその穀物から白い糸状のものが伸び、ふわっと綿状に穀物を覆った。あきらかにこうじであった。


<これ、少しもらっていい?>


「いいけど、何すんの? これ、薬には使うけど普通は捨てちゃうカビだよ」


 不思議そうな顔をするマーヤを尻目に、あたしはマーヤが残した蒸かした穀物(たぶんお米かそれに似た植物)に水を加え、かき混ぜたあと麹を加えてさらに混ぜ、暖炉の傍の適当に暖かそうな場所に置いた。


<あたしが元居た世界ではこれでお酒を作ってた。さすがにここでお酒を作るのは難しいけど、ちょっと美味しいものができるから待ってて>


「へえ、お酒って葡萄ぶどうでしかできないと思ってた」


 マーヤが好奇心をくすぐられた時の表情は、新しいおもちゃを見つけた少年そのものだ。憎たらしいほど可愛いい。


 数時間後、出来上がった甘酒をマーヤにふるまうと、マーヤは穀物に何も加えていないのにどこからか沸いた甘味に驚いた。


「なにこれ、びっくり。ナナちゃんが元居た世界の食事ってきっと美味しかったんだね」


<そんなことないけど……>


 実際、マーヤが作ってくれる食事はどれも優しい味で美味しかった。


<いくつか料理を覚えてるから、機会があれば作らせて>


「やったぁ。約束だからね」


 マーヤの目が期待で輝いていた。しまった、無駄にハードルを上げてしまった。あたしは元々そんなに料理は得意では……。


 ***


 初日に淹れたお茶がヘレやカミラにも好評だったことから、その後の来客へのお茶淹れは全てあたしの役割になった。


 あたしがお茶を薬屋の顧客に差し出すと、大抵の人は二度驚く。一度は豚がお茶を淹れてきたことに、そしてそのお茶がおいしいことに。


 なかには、


「このケモノ、マーヤさんが魔法で動かしてるの?」


 などと言う客もいた。高齢の婦人に多かったかな。(偏見かも)


「いえ、私の新しい友人です」


 マーヤがそう答えると、お客さんは三度みたび驚いた。


 ***


 イナリには、宮殿内に大きな王立図書館があった。


 あたしがそこの本を読みたいとマーヤに相談すると、マーヤはすぐに宮殿まであたしをほうきで送ってくれ、ヘレを呼び出してくれた。


 なんとなくは理解していたが、この世界では魔法使いは希少な存在で、特別な敬意を払われていた。


 なにしろこの世界で最も速い情報伝達手段は魔法使いが運ぶ手紙だし、医療はかなり魔法頼りだし、薪に火を灯すこと一つをとっても魔法なら一瞬で薪が発火する(マッチはあるのでこれは単なる無精なんだけど)。この世界の文明はけっこう魔法に依存していた。魔法使いが特別な存在になるのは必然であった。


 特に王宮で働く魔法使いは(何度も書いたけど)精鋭中の精鋭とのことである。イナリ王室に数百人いるスタッフの間には家柄による明確なヒエラルギーが存在したが、王室に4人しかいない魔法使いは別格であった。


 だから、ヘレと一緒にあたしが王宮の門をくぐると、門番達はケダモノが王宮内に入るの嫌そうに見つつも何も言わなかったし、一般庶民には難しいらしいあたしの図書館入室許可も、ヘレの紹介ということであっさり通った。


 ただ、図書館の司書達は豚が本を読むなどという戯言たわごとをハナから信じておらず、嫌そうな顔を隠そうともしなかった。


「しかしヘレ様、豚がひずめで本を扱いますと、貴重な本が傷つく恐れはありませんでしょうか」


 若い、気の強そうな司書がヘレに最後の抵抗を試みた。


 あたしは一応王宮を訪問するということでそれなりに正装っぽい服を着、前足を前足ではなく手であるように見せるため、両前足に杖……実質は超厚底靴……を持って(実は履いて)二本足で歩行しているように見せていたが、それでも一般人には豚はしょせん豚にしか見えないようであった。


「この豚は大丈夫。あたしが保証するから」


 ヘレがそう言っても、司書達の不信感は拭えないようであった。


「じゃあ……」


 何かをいいかけるヘレをあたしは前足で制し、テーブルに備えてあったペンで同じくテーブルに備えてあった紙にちょっと長い文を書いて見せた。


<本というものは特別に選ばれた字の上手い人が原稿を書き写して作成した、とても手間のかかる創作物であることは理解しています。細心の注意を払い丁寧に扱いますので、どうかあたしが本を読むことをお許しください。あたしはこの世界の成り立ちが知りたいのです>


 3人の司書は茫然とあたしが文字を書くところを見ていた。あたしが文章を書き終わると、3人でその文章を回し読みしたが、3人ともキツネに摘ままれたような表情でしばらくボーっとしていた。今、目の前で見た現象が信じられない、といった風情であった。


「これで納得した?」


 ヘレが言うと、3人の司書は魂を抜かれた人形のように黙って首を縦に振った。 


 ***


 翌朝からあたしは、マーヤの家事手伝いの合間に、一人で図書館に通った。


 ヘレが居ないと、門番はとたんにあたしに意地悪になった。王宮の門をくぐろうとしたら、つえで張り倒された。


「ここはおまえのようなケダモノが来るところじゃねえ。近寄るな」


 あたしを張り倒した門番が言った。


 ついでもう一人の門番が、地面に這いつくばるあたしの顔面におもいっきり蹴りを入れた。


「おら、とっとと失せろ。汚らわしい」


 どうやらあたしのことを、二足歩行を覚えただけの単なる豚だと思っているらしかった。


「なんで俺たちがあんな小娘の悪趣味に付き合わなきゃなんねえんだよ。むかつく」


 ぶつぶつと文句を言いながら門番達はあたしの体を門からある程度離れた場所まで何度も蹴って移動させると、自分達の本来の立ち位置に戻っていった。


 あたしはその間、痛みで気を失いそうになりながらも、繰り返しあたしを蹴る二人の名前を彼らの服の中に探していた。右の門番は腰回りの防具の内側に、左の門番は左の小手の内側に、それぞれ名前の刺繍ししゅうを見つけた。


 少し痛みが治まるのを待ってから立ち上がると、あたしは前足に持った杖で地面に大きく文字を書いた。


<ヒェルさんとクヌートさんですね。あなた達の名前は覚えました。ヘレにあなた達の行いは伝えます>


 二人の門番は最初、あたしの行動を侮蔑の目でちらっと見るだけであった。


 あれ? ヘレが怖い筈じゃ無かったっけ?


 あたしは二人の反応の無さが不思議であった。


 とりあえず、今日は図書館に行くのをあきらめよう、そう思ってあたしは王宮に背を向け、ヨタヨタと歩き出した。脇腹が強烈に傷んであまり早くは歩けなかった。もしかしたらあばら骨の一本や二本、折れているかもしれない。


 しばらくして、あたしの背後で門番達がざわざわし始めた。


「先輩……もしかしてあの豚が書いたあれ……文字じゃありませんか?」


「はぁ? 豚が文字を書くかよ。豚は地面を掘るもんなの」


「でも、あの形……文字ですよ、絶対。あの豚、意思を持ってやがる!」


「まさか……じゃ、何て書いてあんだよ?」


「解りません。アニータちゃんを連れてきます」


 門番の一人が突如、あわてて王宮の奥に走って行った。この世界では、すべての人が文字を読める訳ではないらしい。


 奥に走った門番は、昨日ヘレに反論した若い司書を連れて門から出てきた。


 あたしの背後で、司書があたしの文を音読していた。読み終えると、門番の一人は情けない悲鳴を挙げた。


 直後に門番二人がすごい勢いであたしに追いすがり、あたしの背後で土下座した。


「ごめんなさい」

「どうもすみませんでした。あなたがそんな特別な存在だとは知りませんでした」

「なんなら自分で指の一本や二本、折れと命じて頂ければ折ります。なのでヘレ様には内緒にして頂けませんでしょうか?」

「申し訳けございません」


 ……なんだこいつら。


 あたしが二人が土下座している前の地面に文字を書いて見せると、門番達は土下座を止めて頭を挙げ、あたしの書いた文字を見て困ったように顔を見合わせた。その顔は、血の気が引いて青白い汚い色……死人のような顔色になっていた。


 後ろから追い付いてきた若い司書が、あたしの書いた文字を音読してくれた。


「『今日のことはヘレには内緒にしてあげます。ただしあたしはネに持つタイプです。今日の恨みは忘れません』だそうです」


「「ありがとうございます」」


 二人がほぼ同時にあたしに再び土下座をした。


 門番二人を無視して若い司書が黙ってあたしの前に屈みこみ、あたしの顔を自分のハンカチで抑えてくれた。白いハンカチがあたしの顔を離れるとべったりと血に染まり真っ赤になった。


「ナナちゃん……だっけ? ごめんね、うちの門番がひどいことして」


 若い司書が心配そうにあたしの顔を覗き込んだ

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