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27. マドレーヌとスカート丈と望遠鏡

 ランスイエルフとの国境より若干内側、ランスイエルフとアービスコの二国間を繋ぐ主要街道のそばの丘の上にアービスコとイナリの合同軍が陣を張っていた。


「敗走すると見せかけてランスイエルフ軍をアービスコ国内側に引き寄せ、この狭い谷を通過する時に谷の上に待機していたイナリ軍が襲い掛かる、ねえ。この作戦、どう思う?」


 アンダースが言った。


 テント内ではイナリの3人の魔法使い、アンダース、オーレ、エリックがこの辺りの地形図を挟んで見つめ合っていた。一応もう就寝時間、ということになっていたが、明日はいよいよ決戦であり、かつその成否の行方が自分達にかかっているとなると、とても寝る気にはならなかった。


 その時、隣の大テントからわっと楽しそうな笑い声が聞こえてきた。さっきから隣は妙に楽しそうである。オーレはきっと一般戦闘員も眠れないのだろうと思ったが、エリックは苦虫を嚙み潰したような顔で時々声の方を睨んでいた。


「問題はやっぱりランスイエルフの魔法使い達を我々がおさえれるかっすよね」


 そう言うオーレに、


「さんざシミュレーションしたろ、大丈夫だって」


 エリックがあくびをしながら答えた。


 と、そのとき、女性の声がテントの外から聞こえてきた。


「エリック、あたしだけど、入っていい?」


 この陣内には女性は居ない筈である。が、まあこの人ならひょいっと現れても不思議ではない人の声。


「ヘレさん?」


 オーレがその声の主の名前を口にした。


「どうぞ」


 エリックが答えた。


「よっ」

「失礼します」

「こんばんわ~」


 魔法使いのヘレとオリビアがそれぞれ大きなリュックを、王女のクリスティーナが大きめの木箱を抱えて入ってきた。


 ***


 場面の都合上客観目線で状況を描いてみましたが、やっぱり慣れないのでここから自分目線に戻します。


 ***


 あたし達がテントに入るとアンダースは嬉しそうに、オーレは驚いた表情で、エリックは渋い表情を崩さずに出迎えてくれた。


「陣中見舞いで~す」


 あたしは箱からなんちゃってマドレーヌを取り出し男性陣にひとつづつ手渡していった。調理師達に手伝ってもらって大量に焼いたものだ。さっき訪問した一般戦闘員テントでは結構好評だった。


「ええ~っ。王女様自らこんな最前線に陣中見舞いっすか?」


 オーレが最も一般的な反応をくれた。


「うちのお姫様はどこかオカシイからね。僕はもう慣れたよ」


 アンダースが言った。


「ご理解、ありがとうございます」


 あたしはそう言ってアンダーズにマドレーヌを手渡した。


「王様は許してくれたんですか? 陣中見舞い」


 オーレが聞いてきたので、


「うん。お父さんはあたしを信頼してるから」


 と、答えると、


「うそおっしゃい。フレデリック王は絶対に自分で行くなって言ってたでしょ」


 と、ヘレに笑いながら否定されてしまった。あたしはちらっと舌を出し、笑って誤魔化した。


「あの、エリック?」


 あたしがおずおすとマドレーヌを差し出すと、エリックはぶっきらぼうに受け取った。それだけで十分嬉しかったが、あたしは勇気を振り絞ってエリックに話しかけた。エリックと話をするのはあの出陣式以来である。怖くてまともに彼の顔が見れなかった。


「あのね、クッキーってなんか固いじゃない? だからメレンゲを効かせてマドレーヌ風に仕上げてみたんだけど、どうかな?」


 あたしがそう言うと、エリックはあたしをにらんだ。


「あ、もしこの前のあたしの『エリックが欲しかったのはペットの豚』発言をまだ怒ってるんなら、あたしは謝らないからね。あたしは本気でそう思ってるんだから」


「おまえさ……」


 あたしが挑発すると、やっとエリックが口をきいてくれた。ただ…… 何を言うのかと思えば、


「スカート、短い」


 え? そこ?


「全然短くないよ。生前のあたしはもっと短いスカート履いてたもん」


「こっちの世界じゃ……あ、いや、生前って、何言ってんだお前」


 あれ? エリックが普通に話してくれる。……この時のあたしは驚きと喜びで少々ハイになっていたかもしれない。


「何言ってるも何も、オリビアもあたしの転生前の話、知ってるもんね」


 あたしが話を振るとオリビアがうなずいてくれた。


「うー、自由な。とにかくそんな短いスカート履いてるやつ、この世のどこにもいないから止めろ。ましてやこんな男ばっかりな所でそんなカッコしてたら襲われるぞ」


「大丈夫、あたしは王女様だから。王女様を襲うような勇気のあるヤツなんて居ないって。あ、エリックが襲ってくれる?」


「てめえ……」


「きゃあ、襲われる」


「姫、もしイチャイチャされたいのでしたら後ほどいっくらでもお二人だけにして差し上げますので、先ずは要件を済ませて頂けませんか?」


 嬉しくなってつい浮かれてしまったら、ヘレに嫌味を言われた。


「あ、あのねエリック、これ使って」


 あたしはヘレが抱えたリュックからそれを取り出し、エリックに手渡した。人海戦術+突貫工事で今日の日に完成を間に合わせた望遠鏡だ。


 この世界の魔法使いの魔法が届くのは“見える所まで”だ。だとすれば、遠くが見えればそれだけ遠くに魔法をかけられることになる。


「へえ、意外と良く見えるじゃん」


 望遠鏡を覗いたエリックが言った。


 アンダースとオーレにも手渡すと、二人は不思議そうに手元の筒を観察していたが、やがてエリックのマネをして筒を覗き、驚きの声を挙げた。


「なんだこれ?」


 そう言ってオーレはテントを出て行った。


 望遠鏡ぐらい簡単に作れるだろうと思っていたが、計算機の無い世界で望遠鏡を作るのは死ぬほど大変だった。


 以前、フリントガラスを用いると凄いことができると書いたが、一般にレンズは色により焦点距離が異なるので、単純に普通のガラスでできたレンズだけを組み合わせて望遠鏡を作ると像の色がにじんでしまう。そこでここにフリントガラスを用いる。フリントガラスは普通のガラスより色による焦点距離の差が大きいので、普通のガラスで強めの凸レンズを、フリントガラスで弱めの凹レンズを作って合わせると、色による焦点距離の差の無い凸レンズが出来上がるのである。


 理屈はそれだけだが、実際には開発したフリントガラスと通常ガラスの色分散を計測して、3次収差と色収差の補正設計をしなければならない。その為には何本も光線追跡をしなければならず、球と直線の交点を求める為に平方根の計算をしなければならないが、これが電卓が無いと大変な計算になるのだ。更に光線の屈折を計算する為にはスネルの法則を使う訳だがここで三角関数が出てくる。電卓無しに三角関数の計算を行うのがどんだけ大変だか……。


 更に、設計ができても次は所定の曲率半径のレンズを作らなければならない。そのためには曲率半径の計測手段も開発し……。


 そんな感じで今回はレンズと鏡筒を作るのがやっとで、残念ながら反射防止膜までは手が回らず、フレア、ゴースト出まくりの昼間は使いずらい望遠鏡になってしまった。もう一つ残念なことに、望遠鏡は視野を広く瞳径を大きくするためケプラータイプを採用したが、プリズム開発も手が付けられなかったのでイメージが反転する使いずらい望遠鏡になってしまった。接眼レンズもシンプル設計のためアイポイントは超近いし。


 それでも……


「おおっ! 凄げえ!」


 オーレがテントの外で大声を上げていた。


 その場にいた全員が望遠鏡を一人一本持って外へ出た。

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