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24. あたしの好きな場所

 イナリへの帰り道。意識を失った黒コゲ男と豚を抱えて飛ぶ魔女は……重そうにフラフラ飛んでいたが、異常に上機嫌だった。


「クリスティーナ、重いんだけど。あんた太った?」


 ヘレはそんなことを言ってはあたしの頭を楽しそうにポンポン叩いた。


 そりゃ、人間より豚の方が太いでしょ。つまらないこと言いおって。オヤジかっ。


「シェスティンがね……」


 唐突とうとつにヘレの口調がシリアスになった。


「ナナの丸っこくて妙に間延びした自由奔放な筆跡が妹そっくりだって言い出した時は、何言ってんだろうと思ったんだけど、あんたの前世の話をしたら、ナナがクリスティーナで間違えないって。仲のいい姉妹だなってつくづく思ったよ」


 ヘレが穏やかな表情になっていた。


「シェスティンからはあんたを守るようお願いされてたんだけど、やっぱりあんた、記憶が無くてもクリスティーナだわ」


<ヘレって、どこの馬の骨とも知れない豚に対しても王族に対しても同じ口調で話すんだね>


 あたしがそうメモを書くと、ヘレは心外そうだった。


「これ、どちらかというとクリスティーナの影響なんだけど」


 どうやら本来のあたしは相当自由奔放なヤツらしい。


 ***


 エリック……だか、生肉だか判らないものをベットへ横たえると、いつもエリックが寝ているなんでもないベッドがあっという間に血に染まった。


「エリックなら大丈夫。こいつの魔力は凄いから、意識さえ戻ればすぐに元に戻るって」


 ヘレが言った。


「けどあんたはどうすんの? 朝起きてもし人間に戻ってたら男と部屋で二人っきりはまずいでしょ。今夜はあたしん家に来る?」


 あたしは首を横に振り、日記帳に挟んだしわだらけのメモをヘレに広げて見せた。あの、あたしがエリックに見せた告白のメモだ。下には前述したエリックの文字も書いてある。くちゃくちゃな紙切れだけど、今のあたしには宝物だ。


「え? え? あ……」


 ヘレの目が言葉を探して泳いでいたが、あたしは構わずエリックの横に潜り込んだ。


<ヘレ、今日はありがとう。そういう訳であたしは今晩エリックに寄り添います。ヘレも今夜はゆっくり休んでね>


 エリックの横でメモを書いたらメモ用紙に少し血が付いてしまった。着ている服はもちろんすでにベトベトだ。


「あのねえ……困ったな。ツッコミ所が多すぎるぞ。とにかく、一国の王女がそれはまずいでしょ」


 ヘレが呆れたように言った。


<あ、解った。エリックは絶対ヘレにはあげないんだから>


「これ以上ツッコミ所を増やすな!」


 メモに余計な一行を追記したら、ヘレに怒られた。


 すったもんだの挙句、とにかくあたしはエリックと同じベットでは寝ない、という所で妥協し、ヘレは帰っていった。


 ヘレさえ帰ってしまえばこっちのものである。あたしはエリックの布団に潜り込んだ。


 エリックの布団はものすごく生臭くベトベトしていたが、疲れていたせいか、あたしはそのまますぐっすり寝入ってしまった。


 ***


「おい、いい加減そろそろ起きろ」


 気が付くとカーテンを通した柔らかな朝の日差しが部屋を明るく照らしだしていた。あたしはいつのまにか自分のベッドで寝ており、エリックが強くあたしを揺すっていた。


 あれ? 服は……と、手元を見ると、あたしは昨夜と違う服を着ていた。エリックが着替えさせてくれたのだろうか?


 ボンヤリした頭のまま上半身だけを前足をついて起こすと、目の前にメモ帳とペンが差し出された。


「夕べ、何があった? 何で俺は自分の部屋で寝てたんだ?」


 エリックに詰め寄られたが、寝起きでそんないきなりいろいろ聞かれても……。


「ナナちゃん、おはよう。体調は大丈夫?」


 アニータの声が聞こえたので振り返ると、アニータも同じ部屋の中に居た。髪を後ろで束ね、作業着に着替えて、血まみれの布団を部屋の外に運び出す所だった。


 あたしはアニータに首を縦に振って見せ、ガッツポーズを見せた。アニータは安心したように部屋を出て行った。


 改めてエリックの姿を確認すると、エリックは昨日の状態がウソのようにいつもの奇麗なエリックに戻っていた。しかし、なぜ正装?


 とにもかくにも……と、あたしはエリックからメモ帳を受け取ると、エリックの質問に答えた。


<ヘレはあなたの命の恩人です。後で会ったらお礼を言ってね>


「ガイルは俺にトドメを刺さなかったのか?」


 エリックの質問にあたしは首を横に振って応えた。しかし、“刺さなかったよ”の意味で首を振ったのだが“あたしには判らない”とエリックには受け取られてしまったようだった。


「そうか、解った。後はヘレに聞いてみるわ」


 あたしはエリックの勘違いを訂正しようと思ってメモ帳を一度手にしたが、エリックにトンチンカンな質問をされて目を白黒させるヘレを思い浮かべたら面白そうだったので、そのままにすることにした。


「さて、寝起きで悪いが急いで朝食を食べ、急いで正装に着替えてもらえるか?」


 突然そんなことを言われて、あたしは戸惑った。


<あたしが? なぜ?>


「今から出陣式があるが、いい機会だからそこで俺の婚約者を王や仲間に紹介する」


 エリックがまた大胆なことを言い出したので、あたしはうろたえた。


<いきなり『豚が婚約者です』って言って、みんな受け入れてくれるかな? 内輪から少しづつ伝えていった方がいいんじゃない?>


「大丈夫、そこは俺が説得する。それに、王は俺とシェスティンの婚約を進めたがっているから、断るなら早い方がいい」


<せめてシェスティンとは事前に……>


「そこは謝るしかないと思ってる」


 いやいや、事態はエリックが思っているより二回りほどややっこしいのだが、状況をじっくりエリックに説明する時間は無さそうであった。


 もうなるようになれ、と、あたしは腹をくくった。

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