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23. 王女様みつけた!

 ガイルの部屋の上空に着くと、一つだけ灯りのついた部屋があり、その部屋の窓が割れていた。おそらくエリックが飛び込んだあとであろう。


 あたしがその窓を前足で指し示すと、ヘレはうなずき、その窓から部屋に飛び込んだ。


 おそらく本来は寝室なのであろう。大きくて頑丈なベットが部屋の中央に置いてあった。しかしその上に横たわっているのはまっくろコゲで全身から血を垂れ流し、意識を失ったエリックであった。そしてベッドの横には大きく太い剣を持った初老の大男が立っていた。


 初老の男は手にした剣の刃先をエリックの首に当てがっており、首を切り落とそうとして躊躇ちゅうちょしている……ように見えた。


「ガイル!!」


 ヘレが叫んだ。


 あたしはボウガンを初老の大男……ガイルに向けて立った。


 ガイルはあたし達が突然飛び込んで来たにも関わらず、全く動揺していないように見えた。ただ、何故かあたしを見て涙を流した。


「あなたに止めてもらえるとは光栄だ。ただし、そんなもの、私には効かない」


 ガイルはあたしに言った。ガイルの声は低くて響くものだった。


 あたしはボウガンを持ち替え、銃の先を自分の頭に向けた。ボウガンの銃先は思った以上に怖かった。豚の不器用な指先が間違って5mmでも動けば、太くて短い矢があたしの頭を貫くのだ。


 ガイルが動揺したのが解った。


 あたし自身はなるべく動揺を見破られないように無表情に、ここに来る途中ヘレのほうきの上で書いた3枚のメモのうち1枚をガイルに向けて投げた。


<エリックを殺したら、あたしも死にます>


 ヘレがガイルから目を放し、あたしのメモを食い入るように見ていた。


 ガイルはあたしとメモを交互に見ていた。明らかに狼狽ろうばいしていた。


 あたしはもう一枚、メモを投げた。


<あたしがクリスティーナなんですよね? ガイルさんがアンナさんの死を受け入れてまで守ってくれたのは、あたしなんですよね?>


「あなたは不思議な人だ。魔法使いでもないのに、我々魔法使いでもできないこと次々とやってのける。完璧に記憶を消した筈なのに、記憶が戻りましたか?」


 観念したようにガイルが言った。


 あたしは首を横に振り、最後のメモ用紙を投げた。


 運悪く最後のメモ用紙は裏返しになってしまったが、横でヘレの指が不思議な動きをすると、メモ用紙は自分で裏返った。


<どこを探してもクリスティーナが見つからないという事実と、ラーシュ王のたかが豚に対するものとは思えない異常な執着ぶりを合わせて考えると、自分でも信じられないけど、どうしてもあたしがクリスティーナだということになります。ガイルさんがアンナさんと引き換えにしてまで守ろうとしたものも、他に見当たりませんでした>


「さすがです」


 ガイルが微笑んだ。ガイルからは先ほどまでの殺気が消えていた。あたしはもう脅しの必要は無いだろうと考え、ボウカンをヘレに手渡し、メモ帳を手にした。ヘレは慌ててボウガンに安全レバーをかけていた。


<今のあたしにクリスティーナとしての記憶はありません。最初から、今回何が起きていたのか教えていただけますか?>


 あたしがそう質問を書くと、ガイルが淡々と語りだした。


「あなたが今記憶もなく、人間ですらない直接の原因はイナリの裏切りです。イナリは不可侵条約を破り、他国と戦争中で軍備の薄いランスイエルフの領土を侵略した……ということにランスイエルフではなっています。同じ戦闘をイナリ側は集団的自衛と言っていますが。


 この戦闘が泥沼化した為イナリとランスイエルフの間で改めて不可侵条約が締結されたわけですが、その追証としてあなたが人質としてランスイエルフ側に提供された。しかしラーシュ王は不可侵条約を守るつもりはなく、あなたを生かして返すつもりなど毛頭なかった。


 ラーシュは自分に歯向かう者を決して許さない男です。イナリの裏切りは彼を心底怒らせた。ランスイエルフに歯向かうとどうなるか、思い知らせるために彼は人質を要求したのです。


 当初、あなたはバラバラに切り刻まれ、そのバラバラの死体がフレデリック王の手元に届けられる予定でした。ところがラーシュはそれでは飽き足らず、もっと残忍な方法を思いついた。あなたをフレデリック王に食べさせるという方法です。


 あなたのお父様の好物は豚肉ですよね。だから私を含むランスイエルフのトップ4人の魔法使いはラーシュの命に従いあなたを豚にした。又、あなたが変に反抗しないよう、あなたが生まれてから蓄えた全ての記憶を封じた。我々の魔法は、私が言うのも何ですが、この世界のトップクラスです。一般の魔法使いに解ける魔法ではありません。


 この処置により、狼に育てられた少女が自分が人間であると自覚できないように、豚の肉体を持ち、豚として育てられたあなたに人間としての自我は生じない筈でした」


 ガイルはここまでを一気に語った後、一息つき、話の方向をすこしずらした。


「逆に私からもお尋ねしたい。あなたはどうやって今のその人格を確立されたのですか? 実は人と会話する不思議な豚がイナリに現れたという情報は我々もいち早く掴んでいたのですが、だからこそ、我々は当初、あなたを調査対象から外していた」


 このガイルの質問にどう答えようか少し迷いヘレを見ると、ヘレは首を横に振った。言わない方がいいよ、という意味だろう。あたしと同意見だ。


<それは内緒です。ガイルさんが完全に私達の敵でなくなったときにお教えします>


 あたしがそう書くと、不思議なことにガイルは嬉しそうに納得の表情を見せた。


「賢明だと思います。それでこそ私が惚れ込んだ王女です」


 ガイルが言った。


<あたしの一番の疑問はそこです。なぜあなたはあたしをそこまで高く評価してくれるのですか?>


 あたしがそう書くと、ガイルが再び淡々と信条を語りだした。


「私はこの戦乱の世が早く収まってくれることを願っています。おそらく現在の国際紛争を勝ち残り、最終的に全世界をべるのはラーシュでしょう。だから私はこれまでラーシュを支えてきました。


 しかしあるときイナリが始めた新政策を聞いて、私は横っ面を張り倒されたような衝撃を受けました。


 ラーシュが世界を統一しても、一人の王が人々を束ねる、人類が何千年と続けてきた社会の形は変わらない。頭がすげ変わるだけだ。


 しかしイナリが作りはじめた新しい社会の形、王でなく文書化され明示されたルールが国を支配し、王もこのルールに従うという形態、これは実質国民に王の持つ権利と義務を委譲するものです。国民にしてみれば、国が王様のものから自分達のものになるのですから、その国が強くならない筈はない。これぞ人類が目指すべき社会の形だと感銘をうけました。


 そこでイナリという国をもう少し詳しく調べてみると、なんとこの社会改革を中心になって進めているのは若干17歳の少女だという衝撃の事実に突き当たりました。つまり、あなたです。


 最終的に世界を支配するのはラーシュでも誰でも良い。しかし、あなただけは将来の世界の指導者の一人として、どうしてもこの戦乱の世を生き延びてほしい、いや、生き延びなければならない。これが今の私の……アンナと私の共通の意見です」


<ありがとうございます>


 あたしはそう書いた。想定外の重すぎる言葉を貰ってしまったが、謹んで受け取るしかない。


「そのためラーシュには、エリックの首と今のあなたに似た別の豚の死体を見せることで納得してもらう作戦をアンナと立てました。アンナの死はそのためにやむを得ないものでした」


 ガイルは話しながらはすすり上げた。


「人間、歳を取ると涙腺がゆるくなって……いけませんな」


 ガイルは誤魔化すように言った。


「ただ私はこのエリックという男、魔法使いとしての能力もさることながら、人間として好きでして、あなたに殺すなと脅されて、むしろほっとしています。クリスティーナ様ご本人に脅されたのでは仕方ないとアンナも納得してくれることでしょう」


 ガイルの言葉に、ヘレも涙を流していた。あたしは次の言葉が思い浮かばなくなってしまった。


 あたしが考え込んでいると、ガイルがヘレに笑顔を向けた。


「ヘレ、お前とは久しぶりだな」


「はい、先生。こんな形で再会したくは無かったです」


 ヘレが答えた。


「全くだ。しかしお前が活躍している姿を見れたのはうれしいぞ」


 ガイルが笑いながら言った。


「思い出しました。3週間ほど前にランスイエルフ側主催でイナリが招待され、お互いの腹を探りあう胃の痛くなるようなトップ会談がありましたが、あれには豪華な夕食会が付いてましたね」


 ヘレはクスクス作り笑いを始めた。


「私達はランスイエルフが国力を見せつける為の夕食会だろうと思っていたのですが、実はあのときラーシュ王は主菜に逃げられて困ってたんですね」


 パン!


 あたしは両手を叩いてヘレの不謹慎な笑いを止めた。


<さて、話もついたことだし、皆さんそろそろイナリに帰りましょう>


 あたしはメモをヘレとガイルに示した。


「皆さん? 私もですか?」


 心外なことに、ガイルに不思議そうな顔をされてしまった。


<今頂いたお話しでは、ガイルさんはラーシュ王よりあたしを選んでくれたんですよね? それに、エリックとあたしをどうこうせよというラーシュ王の命令はもうタイムリミットの筈です。もう明日にはイナリが対ランスイエルフ戦に参戦します。そのときあたしの身がラーシュ王の手元に無かったら、こんど処刑されるのはきっとアンナさんじゃありませんよ>


 あたしは自分が字を書く速度に自分で驚いた。最近、どんどん字を書く速度が上がっている。


 ガイルはあたしの顔を見て、寂しそうに首を横に振った。


「やっぱりあなたは生まれついての指導者だ。できることならこのままあなたについていきたい。しかし、私には部下がいる。今私がここで消えたら、彼らが今回の件の責任を取ることになるでしょう。それは私にはできない」


 ガイルが言った。


 あれ? どっかに似たようなバカが居たなあ。あたしはベッドの上の黒コゲ男を見てふと思った。


「お別れに、あなたに掛けた魔法解いておきましょう。もう二度とお会いできないかもしれませんので」


 最後にガイルが言った。


「重たい魔法ですので完全に解けるには半日ほどかかりますが、半日後にあなたは、記憶も含めて元のクリスティーナ様に戻っているでしょう」

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