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21. 豚が魔法使いの婚約者じゃダメですか?

<どういうこと?>


 今日はアニータを早く帰してしまったためエリックと二人で食器を調理室まで運び、部屋に戻ったらエリックがいつものように風呂に入って寝ようとするので、ずーーーっと説明を待っていたあたしは痺れを切らしてエリックに詰め寄った。


「え? 何が?」


<なんで一国の王女様があたし達の部屋に居たの? 普通あり得ないでしょ>


 あたしはメモ帳に乱暴な文字を書きつけた。


「あり得ない?」


<当たり前でしょ。あたしが戻ってくるまで、部屋に二人きりって>


「実は……王様に王女との結婚を勧められてる」


 エリックは意外とあっさり口を割った。


 ある程度予想していた答えとは言え、改めて驚いた。次の字を書く時、あたしは自分でも驚くほど字が震えていた。


<それって王族入りってことじゃない? エリックってそんなにあの王様に気に入られてるの!?>


「どうも国家間交渉の時、俺の説得で向こうの王様が同盟に同意してくれたのが好印象だったらしい」


 エリックが恥ずかしそうに言った。


<で? 当の本人はどう思ってるの?>


「どうも彼女には気に入ってもらえたらしい」


<それはあたしも見ていて判る。じゃなくて、エリックがどう思ってるかを聞いてるんだけど>


「いい娘だよ。優しいし、話題が豊富で面白いし」


 ここまでさらりと返事をされてしまっては、あたしとしてはもう質問することが無い。


<おめでとう>


 あたしはメモ帳に丁寧な字でそう書いた。


「でも……お前だろ、あのリンドウ。あれってマーヤの庭にあったやつだろ」


 エリックが窓際のリンドウを指差しながら言った。


<そう、正解。よく判ったね>


「そりゃ判るだろ。マーヤもおまえもあのリンドウ好きだったもんな」


 エリックはそんなこと覚えてないかと思ってた。マーヤが生きている頃、エリックから花の話題が出てきたことはほとんど無かった。


「あのリンドウが言うんだよ、『うそつき』って」


<どういうこと?>


「シェスティン姫と話をしてると、楽しいんだよ、確かに。でもそれって、話が面白くて楽しい、というだけで、大好きな女の子と一緒に居て楽しい、という感じじゃない」


<贅沢なやっちゃ。モテないやつに殺されるぞ>


「俺だってそう思う。ただ、今の俺は明らかに、王族という大きなニンジンを目の前に出されてヨダレを垂らした馬だ。こんな俺をマーヤには見せられない」


 大丈夫、マーヤはそんなに心、狭くないから、と書こうとしてペンが止まった。


 これは、エリックなりのマーヤに対するとむらいなのだ。


 当然ながらエリックはまだマーヤの死を受け入れられていない。受け入れる為には人それぞれのステップを踏む必要がある。クソ真面目エリックのステップがメンドクサイものであるのは仕方ないことだろう。


「だから、王様に結婚の話はお断りしようと思う。ただ、どう言うかな? 『リンドウに言われました』じゃバカだしな」


 これはマーヤに対する俺なりのとむらいです、でしょ、と書こうとして再びペンが止まった。なんかそんなことを書こうとしている自分が哀しいのだ。


 結果的に、紙にペンを下したまま、あたしはしばらくじっとエリックを見ていた。たぶんエリックから見たら、言いたいことがあるけど上手く言葉が出てこない、という態度だ。


 エリックも言葉を止め、あたしの発言を待っていた。


<マーヤは器の大きい人だから……>


 そこまで書いて、あたしはペンを止めた。今ここで書くべき文は、こっちじゃない。


 あたしは書きかけた文を横線で消し、自分の中からあふれてくる気持ちに任せて別の文を書き始めた。


<一生に一回だけ、もう二度と書かないから、一回だけとんでもないことを書かせてください>


 あたしは本当にとんでもない文を書こうとしていた。


「え?」


 エリックが戸惑っていることは、顔を見なくても分かった。


<あなたが好きです。豚が魔法使いの婚約者じゃダメですか?>


「………」


 案の定、エリックは黙ってしまった。あたしは恥ずかしさで死にそうになり、慌ててそのメモ帳をくちゃくちゃに丸めた。


 無かった、無かった。こんなメモ用紙は最初から無かった。そう心で唱えながらくちゃくちゃに丸めたその紙を破こうと力を入れた時、エリックの手があたしの動きを止めた。


 エリックはくちゃくちゃに丸めた紙を広げ、あたしの文の下に文を書き足した。


<俺もおまえがいい>


 はい? 何を?


<好きだよ>


 エリックはそう書いたあと、凄い勢いで紙を四つ折りにした。


「うわ、文字で書くと恥ずかしいな、これ」


 だ、そうだ。


<ちょっと待った。なんだかんだ言っても、あたしは豚なんだけど>


 あたしは慌てて別の紙にそう書いた。


「何で気が付かなかったんだろ。俺がずっと一緒に居たいヤツは、すぐ傍に居たわ」


<ええと、シェスティン姫と結婚って話からこの会話は始まったハズだけど、結婚って話だと、あなたとあたしは絶対“夫婦”にはなれない>


「何で?」


<あたしが豚だから>


「だから何で?」


<子供が生まれて家庭ができてって展開に絶対なんないでしょ>


「子供の居ない夫婦なんていくらでもいる。語弊を恐れずに言えば、妻が身体障碍者なんて夫婦も珍しくない。七海ななみは身体障碍者じゃないけど、人間基準で考えればちょっと障害がある状態ではある。ただ、それは結婚の障害にはならない。だろ?」


 ……今更ながら、エリックの懐の深さに驚いた。


<ありがとう。すごく嬉しい>


 いつの間にかあたしは泣いていたらしい。エリックがあたしの涙をハンカチで拭き、その腫れ気味のまぶたに優しくキスしてくれた。


「今抱えてる仕事が一通り収まったら王宮は引退するよ。シェスティン姫とは会うのが気まずくなるしな。どこか田舎に引っ越して静かに幸せに暮らそうぜ」


 あたしはエリックの顔をまともに見れなくて、下を向いたままうなずいた。

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