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19. リンドウのお引越し

 王様がエリックを呼び出したのは、周辺諸国との交渉の下打ち合わせの為であった。


 ランスイエルフに対抗する為、以前よりフレデリック王は周辺5ヵ国の連合を作ろうと動いていたが、その交渉の席にエリックを同席させることで説得力を上げようとしていた。


 本当はクリスティーナ姫を救出した後に動き出したかったようなのだが、情勢から時間切れと判断したようだ。イナリがランスイエルフに明確に対抗する姿勢を見せることで、交渉のカードとしてランスイエルフ側がクリスティーナ姫を出してくるのではないかとの期待もあるようだが、逆に、急にクリスティーナ姫の遺体が送り付けられてきても不思議ではない。


 いずれにしても必然的にリスクは上がるので、クリスティーナ姫救出は可能な限り急がねばならない。エリックとしてはガイルに直談判という方法も考えていたが、その方法は危険だということでフレデリック王に止められた。


 ***


 そんな訳で最近エリックは泊りがけの仕事が増えた。


 それに対してあたしは、蒸気機関開発にしても装置加工そのものは手伝えない為、最近は開発がトラブった際の相談役ぐらいしか仕事が無く、結構時間を持て余していた。


 そこで、蒸気機関以外の新商品を開発すべく、あたしとアニータは今回知り合いになった職人さんを訪ね歩くことにした。何故か王室の調理室に鉛が置いてあったので、今日はそれを持ってガラス職人を訪問してきた。


 ガラスに若干鉛を混ぜるとフリントガラスと呼ばれるガラスになる。この鉛ガラス、こちらの世界では装飾用としてしか使われていないが、実はすごいことができるのである。


 帰りに調理室にお礼に立ち寄ると火力の弱いコンロが一つ余っているというので、あたしも一品、作り置き料理を作らせてもらうことにした。食材を煮込んでいると、ヤンさんという料理長がおずおずと話しかけてきた。


「良い匂いですね。スープですか?」


<いいえ、煮物です。柔らかく煮た肉に甘辛い味を付けると美味しいんですよ>


 あたしはアニータが差し出してくれたメモ帳に書きつけた。


「あの……、この肉……」


 ヤンさんは言いにくそうに言葉を探っていた。


「豚肉です。やっぱり気になりますよね」


 アニータが会話に加わった。


<角煮はやっぱり豚肉が美味しいです>


「実はエリック様のお部屋には、豚肉を使った料理は極力お出ししないようにしていたのですが、もしかしたら杞憂きゆうでしたか?」


 ヤンさんの質問は、その意図が良く解らなかった。


<?>


 あたしはメモ帳にクエスチョンマークを書きつけた。


 ヤンさんに困った顔をされてしまったが、あたしも困ってしまった。


「あ、平気みたいです」


 アニータが言うと、ヤンさんは安心したように笑顔でうなずいた。


 あ、そういうことね。 ……あれ? ヤンさんには以前「そういうの、あたしは気にしない」って、言わなかったっけ?


 ***


 イギリス風の草花で彩られた庭は、毎日世話をしないとあっという間に荒れ果てしまう。マーヤの庭も例外ではなかった。


 マーヤの家はマーヤのご両親が引き取ることになっていたが、何故が庭の方は何日か経っても誰も手入れをする気配が無かった。そこで、たまたま今、時間が取れることもあり、あたしが勝手にマーヤの庭の手入れをすることにした。


 これでも一週間暮らした家である。だいたいの勝手は判っている。


 どう考えても王宮の仕事ではないが、なぜかアニータも手伝ってくれた。


<こんなことまで手伝ってもらっちゃって大丈夫? あたしは手が効かないからすごく助かるけど、アニータの仕事って、本当はエリックの部屋の管理でしょ?>


「冷たいこと言わないの。大丈夫、許可はもらってるから。そもそも二人とも全部自分達で片づけちゃうからヒマじゃない」


 最後は笑われてしまった。


 しかしある日、庭の手入れをしているとマーヤのお母さんが来て、ここの庭の植物は大半植え替える予定だから好きなだけ持って帰って良い、と言われてしまった。うすうす判っていたとはいえ、悔しかった。


<では、ここにあるリンドウを数株頂きます>


 あたしはマーヤのお母さんにそう伝えると、アニータに手伝ってもらって花を鉢に移した。


「ナナちゃんは大人しいお花が好きなのね」


 そう言うお母さんの前であたしはメモを書き足した。


<マーヤが好きだったので、あたしも好きになりました>


 お母さんは意外そうな顔をしていた。子供のころのマーヤは今と趣味が違ったのだろうか?


 持って帰った鉢植えは、エリック部屋の一番明るい窓際に置いた。エリックはこれがマーヤの庭に生えてたリンドウだって判るかな?


「明日も庭の手入れ、行く?」


 リンドウに手を合わせていると、あたしの横で手を合わせていたアニータが聞いてきた。


 あたしはアニータの方を振り返り、大きく縦にうなずいた。


 ***


「お、美味いな、これ」


 豚の角煮を一口食べて、エリックが言った。よし。


「それ、ナナちゃんが作ったんですよ」


 アニータが解説してくれた。


 エリックの部屋で、エリックとあたしとアニータの3人での夕食。一日の中で一番落ち着く時間だ。


 アニ―タの立場は女中なので、本当は給仕だけをして一緒には食事をしないことになっている。ただそれではアニータの時間がもったいないし、なによりあたしたちがくつろげない。


「バレたらさずがに私、怒られます」


 そう言って渋るアニータを


「大丈夫。俺はゲストを自由に招いて良いことになってるから」


<アニータが一緒じゃなきゃ、ヤダ>


 そんな感じでエリックとあたしはなかば無理やり食卓に座らせた。


「うん、美味い。これ、他の人達にも食べさせたいな」


 エリックが豚の角煮をナイフで切り分けながら言った。


「たくさん作ったので、ヤンさんが王族のみなさんにも配膳していると思いますよ」


 アニータが答えた。


「そりゃ……明日、フレデリック王にも感想を聞いてみるよ。しかし、この味がまた食べられるとは思わなかったな。和風の調味料は無い筈なのに、よくこの味が出せたな」


 エリックがあたしに話しかけてきた。“和風”の所は当然こちらの世界に対応する単語が無いので日本語だ


魚醤ぎょしょうはあるから、しょうがで臭みを取れば、なんとなくそれっぽくなるよ>


 食事中に書き物とは若干お行儀が悪いが、あたしにはそれしか手段がないのでここは大目に見てもらうことにする。


「時々思うんですけど、お二人っていろんなこと知ってますよね。お二人の会話を聞いていると、まるで別世界にいるみたいです」


 アニータがしみじみ言うので、あたしとエリックは目を見合わせた。エリックが苦笑したのであたしもちらっと舌を出して同意を示した。


「あれ? 私、何か変なこと言いました?」


 アニータが不思議そうにあたし達を見ていた。


--- Memo ---


リンドウの花言葉は「悲しんでいるあなたを愛する」です。

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