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18. 一杯のお茶を注ぐ迄に

 翌日。宮殿内のエリックの部屋。


「我々が入れ替わる計画を立てていたアンナさんは結局、ずいぶん前に処刑されていたようです」


 オリビアという名の若い眼鏡の魔法使いが淡々と収集した情報を報告していた。


「処刑者は……ガイルさん……」


 オリビアはそこだけ涙ぐみながら小さいな声で報告書を読み上げた。


「やはりエリックさんを逃した罪による刑のようです」


 魔法使い達は控室を持っていたし、宮殿内には会議に使える部屋も多数あったが、いつの間にかエリックの部屋が魔法使い達の会議室になっていた。


 あたしとアニータは魔法使い達にお茶とお菓子を配った。ただ、ヘレには受け取ってもらえなかった。


「あれ? お茶が美味しいからここを会議室にしようって言い出したの、ヘレさんでしたよね?」


 オーレという若手が余計なことを言った。


「あたしは今、こいつのお茶を飲みたくないの」


 ヘレは、余計なことを言わすな、という顔でオーレを睨みつけた。ちなみに“こいつ”とはもちろんあたしのことだ。


「どういう意味だよ」


 エリックがヘレの言葉に反応した。


「ほら、話がややっこしくなる」


 ヘレは更にきつい目つきでオーレを睨みつけたが、オーレは鈍いのか、不思議そうにキョトンとしていた。


「なんでもない。気にしないで」


 ヘレはエリックにそう言ったが、エリックは承知しなかった。


「何でヘレがナナのことを『こいつ』呼ばわりするんだと聞いている」


 エリックの声には明らかに怒りが込められていた。この態度に、逆にヘレの堪忍袋の緒が切れてしまった。


「何であたしがこんな家畜に気を使わなきゃなんないんだよ。こいつのせいで何人死んだと思ってんのさ。アンナだってマーヤだってまだこれからの人生だったのに。あんただってたがが豚一匹の為に何人の人間殺すんだよ。おかしいだろ」


 あたしも実はヘレと同意見だ。死ぬのは嫌だが、あんなに大勢の命と引き換えにしなければならないほど価値のある命とも思えない。


 その時あたしの前足に柔らかなものが触れた。アニータが優しくあたしの前足を握ってくれていた。


「ナナは人間だ、家畜じゃない。知能だって魂だってちゃんとした人間の女の子だ。ナナを侮辱するやつは、たとえ友人でも恩人でも許さん」


「あんた、マーヤが死んだらその翌日にもう女を乗り換えるの?」


「はあ? ヘレてめえ、そんなに殴られたいか?」


 エリックが立ち上がった。その肩に、アンダースというベテラン魔法使いが手を乗せた。


「君たちその話は後でやってもらえるか。僕はクリスティーナ姫救出の方の話がしたいんだが」


 アンダースが言った。


「俺はエリックさん派っすよ。もしも今開発してる蒸気機関が成功すれば、ナナさんはたがが豚一匹から大博士じゃないっすか」


 オーレが言った。


「オーレ、頼むからしばらく黙っててもらえるか」


 エリックが言った。オーレの空気を読まない発言で、かえって冷静を取り戻したようだった。


「ええっ!? 何で俺が怒られるんすか? 俺、エリックさんの肩を持ったんすけど」


「え~」


 オーレの言葉を遮るように、眼鏡のオリビアが大きな声をだした。


「昨日ヘレさんは3人の魔法使いの遺体をランスイエルフに引き渡し、帰りにアンナさんのお墓参りをされた訳ですが、何か報告はありますか?」


「普通、魔法使いは王族に次ぐ立派な墓を立てるものだし、実際、墓地に行った時も3人の魔法使い用には大きな墓の準備をしてた。けど、アンナの名前は罪人用の共同墓に一行彫り加えられてるだけだった。たぶん遺骨なんかもロクに管理されてなくて、墓の下に埋まってるゴミ箱みたいな大きな骨壺に、他の罪人の骨に混じって放り込まれてるんだと思う」


 ヘレが小さな声で語った。つい感情的にになりエリックを挑発してしまったのが恥ずかしかったようであった。


「エリック、ランスイエルフにいるときはあの3人とも仲良かったみたいね」


 ヘレがエリックに話しかけた。


「ああ。あの中のベンテってばあさんは世話好きで、よく食事に招いてもらってた」


「親族が、恩を仇で返しやがってって、あんたのこと恨んでたよ」


 ヘレがエリックにそう言った時、部屋のドアがノックされた。来客対応のため、アニータがあたしの手を放し、ドアに駆け寄っていった。


「さて、話をまとめよう。内部情報提供者からも、我々が実際に街や王宮に潜り込んで探しても、クリスティーナ姫の所在に関する情報は得られなかった。王宮の模型も作ってみたが、隠し部屋を作れそうな空間も見つからなかった」


 ベテラン魔法使いのアンダースが話を始めた。


「こうなると組長クラスの魔法使いが何か強力な魔法でクリスティーナ姫を隠しているとしか思えないが、我々が有力な作戦だと考えていたヘレちゃんがアンナに化けてガイルから情報を聞き出す方法は、アンナの死亡で使えなくなった」


「もしかしてアンナみたいに、クリスティーナ姫も……」


 オーレが言った。


「それはない。強い手札を意味もなく切るプレーヤーはいないだろう。こうなるともう……」


 アンダースの発言中、部屋のドアの方からアニータが大きな声を出した。


「エリックさん、王様から直々のお呼び出しだそうです」


 アニータはこの部屋を訪ねてきた伝言者の言葉をエリックに伝えた。


「みなさんすみません。ちょっと席を外します」


 エリックがそう言って立ち上がろうとすると、アンダースが止めた。


「王様に会うなら伝えてもらえるか。我々がクリスティーナ姫を探すのはもう無理だ、と」


 エリックはそう言うアンダースに笑顔を見せた。


「アンダースさん。クリスティーナ姫救出は俺が引き受けた仕事です。アンダースさんは俺をサポートしてやってくれと王様から言われている筈ですが、付き合いきれないと思ったらいつでも降りてもらっていいですよ」


 エリックの言葉にアンダースは黙ってしまった。


 エリックはドアを出る際、もう一度部屋の中を振り返った。


「みなさん、俺はなるべく早く戻るつもりですが、すぐ戻れない場合は誰かに伝言を頼みます。その場合はこの打合せの続きは後日とさせてください」


 そう言うとエリックはペコリと頭を下げて部屋を出て行った。


「ナナ」


 エリックが部屋を出て行くと、ヘレがあたしに話しかけてきた。


「さっきは酷いことを言って悪かった……いや、ちがうな。さっきの酷いセリフがあたしの本音だから、あんたもあたしのこと嫌いな」


 あたしはメモ用紙を取り寄せた。


<あたしのせいで、酷い状況を招いてしまってごめんなさい。ヘレに憎まれ、恨まれるのは仕方ないと思ってます。あたしはヘレのことを勝手に大好きだけと、気にしないで>


 そう書くと、ヘレに茫然ぼうぜんとされてしまった。


「やっぱりお茶、もらおうかな?」


 しばらくしてヘレが言った。

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