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12. いんだすとりあるれぼるーしょん

「とにかく、私とナナちゃんがあなたを守るから。あなたは事態が治まるまでここに居なさい」


 しばらく誰もが黙ってしまった後、マーヤがエリックを放し、椅子に座りなおしてそう言った。


「いや、それはまずい」


「遠国に逃げてもランスイエルフはどこまででも追ってくる。何の解決にもならないでしょ」


「ランスイエルフの魔法使い連中の力は並大抵じゃない。とてもマーヤの手におえるような相手じゃ……」


 バン! ……と、テーブルが大きな音を立てた。マーヤが手のひらを叩きつけていた。


「あのー」


 ヘレがエリックとマーヤの間に割って入った。


「フレデリック王が……この国、イナリ国があんたを欲しいって言ってるんだけど、どう?」


 ヘレが言った。


「王宮内にあんたの部屋も用意したよ。女中付きで」


「ヘレが交渉してくれたのか?」


 エリックは驚いてヘレを見た。


「うにゃ。あんたの話題になった時にあたしが友達だって言ったら、王様自らあんたを捕まえるように言い出したってのが真相。あ、ただし、寝室、キッチン、ウオークインクローゼット付きの広くて明るい、王族並みの部屋を用意させたのはあたしだから、そこは感謝するように」


「はーっ」


 エリックが思わずため息を漏らした。


「……ありがとう、ヘレ」


 マーヤが何か言葉を飲み込んだ後、そう言った。


「ありがたいけど、俺みたいな下っ端魔法使いに待遇良すぎだろ。おまえ、俺のことどんだけ高く売り込んだんだよ」


 エリックが素朴な疑問を口にした。


「逆、逆。世界は今、ランスイエルフの支配下に置かれようとしている。言い方変えると、ラーシュ王と同じ価値観を持つ人々には、世界は住みやすい場所に変わろうとしてる。ただし、そうじゃない人……あたしなんかは住む場所が無くなろうとしている。


 この流れを止められるかもしれない唯一のカードがあんたなの。いわば世界のジョーカー? 劇薬? だから本当ならあんたはいくらでも好待遇が要求できる立場にいる。むしろイナリは資金が無いから、今のあんたの価値に見合う支払いはできないって感じ?」


 ヘレはそう答えた。


「けど、ランスイエルフの周辺5ヵ国中、4ヵ国は……イナリ以外の国では門前払いだったぜ」


「あんたを雇うということは、ランスイエルフに対する明確な宣戦布告だからね。フレデリック以外の王は腰抜けだから、ランスイエルフの属国になってもいいと思い始めているみたいよ」


「けどイナリは国力で……露骨に言えば資金力で圧倒的にランスイエルフに負けてるだろ。5ヵ国の中でも最下位なんじゃないか? 戦争の勝ち負けは、最後は金の力だ。そんな弱小国が圧倒的強国に宣戦布告して大丈夫なのか?」


「少し国家機密をばらしちゃうと、フレデリックは5ヵ国共同でランスイエルフに対抗する構想を持っている。今のところ他の国は全然乗ってこないけど、あんたがイナリの手中に収まったとなれば話が違う」


「ちょっと待て、一人でランスイエルフの魔法使いに対抗できるほど俺は凄い魔法使いじゃないぞ」


「あたしもたぶん実態はそうだと思う。少なくともあのガイルさんはあんたより格上だしね。でも世間の評判は違う。イナリとしてはこのインフレ評価を交渉に有効活用するしかない」


「危ない橋を……とにかく状況は判った、ありがとう。ヘレの提案に乗るよ。俺にはそれしか選択肢が無さそうだしな」


 エリックは、イナリ王フレデリックの覚悟に驚嘆するしかなかった。その肝の据わった王様が全額をエリックにベットしてくれているのだ。これに応えなければ男じゃない。(……と、この時思ったんだそうな。ガキなので)


「あと、この話を受ける場合、あんたの最初の仕事はランスイエルフに人質に取られているクリスティーナ姫の救出ね」


 ヘレが言った。


「それは……まあそうなるな。人質を救出しない限り、人質を犠牲にしないと開戦できない。けど、逆に言えば救出に成功したらそれこそ明確な宣戦布告だから、事前に国内の開戦準備が必要なんじゃないか?」


「そっか、たしかに。フレデリックと相談……あ、でも、あのオヤジ、クリスティーナに関してはバカだからなぁ」


「さっきから気になってたんだけど、ヘレあなた、王族の方々に対する態度、おかしくない?」


 マーヤが口をはさんだ。


「そんなことない。常に敬意を持って接してるって」


「そうかぁ?」


 エリックがマーヤに同意した。


「ええと、話を戻すと、フレデリックにとってクリスティーナは特別なの」


 ヘレが言った。


「ほら呼び捨て……たく。そりゃ誰だって自分の娘は可愛いだろ」


「そうじゃなくて……自分の跡継ぎは彼女だと思ってる」


「あれ、王子は? あの王様、長男が居たろ」


「あそこの兄弟は、末娘がとびぬけて頭が良くて、ついでに勇敢だからね。知ってる? 子供を一人捕虜によこせとラーシュに言われた時に、自ら進んで『私がいきます』とか言い出したんだよ。まだ17歳のガキのくせに。しかもうろたえるフレデリックに笑顔でウインクしおって。あの子の最大の欠点はあの自信過剰だな」


「ヘレ!」


 マーヤがたしなめた。


「そんなわけで、なんとかランスイエルフ側にバレないよう、こっそりクリスティーナを取り戻せないかな?」


 ヘレはマーヤを無視して話を続けた。


「きつ……ただ最終的にイナリはランスイエルフとの全面戦争は避けられないが……そもその避けるつもりは無いか」


 エリックはイナリ国国王の性格を理解したようだった。


「そういうこと」


「そうなると、どうしても資金力の話は避けられない」


 エリックが何度も同じ疑問に戻るので、あたしは立場上あまり出しゃばらない方がよいだろうと我慢していたが、つい我慢しきれなくなってしまった。


<それはなんとかなると思う>


 あたしがそう書くと、その場にいた4人が振り向いた。


<この世界にはまだ蒸気機関が無い。この世界では石油は使ってないようだから内燃機関の導入は難しいけど、燃料を選ばない蒸気機関なら導入できると思う。蒸気機関を使って紡績ぼうせきだの石炭採掘などの機械化を進めれば、イナリは18世紀のイギリスになれる>


 そう書くと、エリック以外の3人はポカンとしてしまった。


「楽市楽座に産業革命で対抗か。そうか、俺達にはその手があったか」


 突然、エリックが楽しそうに笑い出した。


 エリックの反応にマーヤが驚いた。


「エリック、ナナちゃんが書いている言葉の意味、判るの?」


「薪さえくべておけば風が無くても人が漕がなくてもいくらでも進む船とか、薪さえくべておけば人が居なくても勝手に生地を織り続ける機械とか、薪さえくべておけば人や馬が働かなくても勝手に水を汲み続ける装置とか、そんなものがあれば、世界が劇的に変わるのが想像できるか?」


「……?」


 エリックの説明はマーヤを混乱させるだけであった。


「ナナはそれをイナリが実現できると言ってる」


「ずるい。なんでエリックだけ判るの? いつの間にナナちゃんとそんな深い話をしたの?」


「ナナがいろんなことを知っていること自体は驚かないのか?」


「だってナナちゃんは転生者だもん。ナナちゃんが生まれ変わる前の世界では、遠く離れた人と会話できる、ポケットに入るサイズのカードまであったんだって」


「私はナナちゃんが前、言っていた、食品を冷やして保管する箱が欲しい」


 カミラが会話に加わった。


「あ、あたしも。薪で動く船よりそっちがいいな」


 ヘレが言った。


<その辺りの機械は“電気”をつかうんだけど、電気製品は複数素材の電気的な性質が解らないと作れないから難しい>


 書いてもエリック以外解らないだろうな、とは思ったが、文字を書いている間に会話がどんどん先に進んでしまうので取り急ぎそう書いた。トランジスタに代表される半導体なんか、素材の微妙な電気特性を究極まで利用したものだし、バッテリーなどは未だに究極の素材探しが行われている。とても短期間で資金に結びつけられる技術ではない。


 エリックはしばらくあたしを黙って見つめていたが、しばらくして口を開いた。


「……よし。じゃあ産業革命、行ってみっか」


 エリックの言葉にあたしはうなずいた。


「ねえヘレ」


 カミラがヘレに話しかけていた。


「私、もしかして、とんでもないお茶会に出席してない? 私達、下手したら世界の情勢を書き換える相談をしてるよね?」


「それどころか、人類史を書き換える相談をしてると思うよ。特にそこのお茶名人」


 ヘレが答えた。

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