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雷さまと猫ちゃんの傘

作者: さくや

 7月の4連休3日目の天気を激しくして初日に持ってきたフィクションです。

 バサッ


 目の前で大きなビニール傘がひっくり返り、傘の持ち主が元に戻そうと濡れながら奮闘している。

 私は風が来る方向に傘を向けてなんとか踏ん張った。 


 今日の私の傘は小さな折り畳み式。傘一面に大きく描かれた不敵な表情の猫が雨に打たれながらのんびりくつろいでいる。


 家を出る時には既に大雨だったから、レインコートにレインブーツも装着している。

 コートと靴は去年買ったお気に入り、折り畳み傘は先月購入したばかりの更にお気に入り。


 雨がひどすぎて誰も見てくれないが、いいのだ。こんな雨の日の外出は自分のテンションが一番重要なのだ。


 そして私は今、大雨の中でたたずんでいる。


 待ち合わせは午後6時。


 今ですか?


 ふ。7時過ぎてますねえ。



 横殴りの雨のなか、傘がひっくり返らないように風向きを読んで強風に立ち向かう遊びが楽しくて時計を見ることなく一時間。

 家から出る時は、来ないし連絡もないだろうことを確認したら気がすむかしらと軽い気持ちで、失恋をドラマチックに楽しもうと思っていた。


 まさかこんなことに夢中になるなんて。ドラマチックもセンチメンタルもどこに行った?


 待ち合わせの場所が私を世間体から解放したのが悪いのだ。

 思わず公園の時計を睨んでしまう。

 ひっくり返った傘と格闘していた人を最後に、誰一人として公園内に現れなかった。きっと皆軒が雨を和らげてくれる商店街を通っているのだろう。


 人目がないのを良いことに足を開いて腰を落として、本格的に風に立ち向かってしまったのだ。



「晴れたら駅前の時計、雨だったら駅から一番近い公園の時計にしよう」


 そう言ったのは私。雨の日の駅前は迎えの車を待つ人たちが雨の降らないスペースから出ようとしないため密集・密接な気がして。


 4月に引っ越した私の新居に彼が来るのは初めてで、私は二人でこの街を歩けるのを楽しみにしていたし、この大きくて夜でも綺麗な公園を自慢したかった。


 公園の遊歩道を抜けるとすぐのところにある愛らしい新築のマンションは毎日私のテンションを上げてくれる。



「バルコニーがね、ベランダじゃなくバルコニーなの」


「ん? どう違うの?」


「丸くなってるの」


「なるほど。バルコニーだ」


 テンションが高い私を笑いながら彼も同意をくれた。



 半年ぶりに会う彼の顔を早く見たい、マスクから少しでも早く解放してあげたいという思いもあった。

 大きな公園だから暑くなってからというもの公園内ではマスクを外している人も増えてきた。だから彼もそうするかなって。



「いつも公園通って帰るの? 夜は危なくないか?」


「人通り結構あるよ。電灯もムードより明るさ重視!みたいなのが暗がりが出来ない間隔で並んでてね。凄いのは高さが低いの!」


「電灯が? 低いのが凄い?」


「うん。なんか怖くない!」


「ふぅん」


「見たらきっと分かるよ!」




 私は7月の4連休をとても楽しみに待っていた。


 まさか一人で風向きと戦うなんてね。

 



 私を正気に戻したのは稲光だった。


 ビカビカッ と遠くでギザギザの光が縦に延びているのが目に入って、思わず傘を浮かせてしまい、風に煽られて一瞬体が宙に浮いた。

 そしてバキンと音をたてて傘が折れた。

 ひっくり返るのではなく、折れた。不敵な猫ちゃんの折り畳み式の傘は骨折状態。


 でも私を雨の中で棒立ちにさせているのはお気に入りの傘ではなく、雷さま。

 おそらくまだ遠いのだろう。光と音の時差がかなりある。


 ビカビカッ ビカビカッ 






 ドーン ドーン


 何故か目が離せなくて、遠い地を転々と襲う稲光を探しながら待った。



「ごめん。連休行かれない」


 メッセージじゃなく通話で彼が言ってきたから。






 ああ。終わるんだな。


 嫌な予感が働いた。


 彼が転勤してからは、やり取りの始まりはいつもメッセージで、話が盛り上がったら通話になるのが日常だった。

 だからメッセージの前置きもなくコールするスマホを見て違和感を抱いた。

 二年付き合ったうちの半分以上は遠距離だったから知ってる。言いにくいことほどメッセージで済ませられないんだよね。

 深刻な口調から口に出す前に十分過ぎるほどに悩んだことも察して、ただ単に連休の予定変更を告げるものではないことを理解させられた。


 真剣に悩んで、私を傷つけることを選んだんだね。



 翌日から日課となっていたことが私を苦しめた。

 朝も夜も「おはよー」「ただいまー」のメッセージを送れない生活に慣れることが出来なくて、毎日スマホを構えては喪失感を味わう。



 ピカッ


 ドドーン!


 雷がだんだん近付いてきて恐怖心を覚えた。慌てて徒歩5分の帰路につく。



 実のところラブラブとか熱愛とかの状況はとっくに終わっていて、メッセージも日課となった会話以外ほぼ無くなっていた。共通の話題もなく、日常のささやかな出来事だけでは盛り上がりにも欠ける。週に一度も声を聞かない日々が続いていた。



 ピカッ

 ゴロゴロゴロドーン


 凄い。視界が青く照らされるほどの光が私を追いたてる。



 北海道と東京。3月も5月も、そして7月も。連休のたびにたてた計画は自粛の波に飲まれた。

 社会人として大人な行動に囚われた結果が私たちの距離を広げたのか。

 わずかにあった移動が許された時に、たとえ一泊二日でも会いに行かなかった情熱の薄さがこの結末を呼んだのか。


「好きな人が出来たんだ。だから、もう」


 しばらく口が聞けなくて、少し間をおいてから「うん。分かった」そう言って通話を終えた。


「ごめ」プチ。

 あ、、、


 なんていうか、まだ謝り足りなかったところ申し訳ないというタイミングだったかな。


 あの時はショックからか諦めからか聞けなかった疑問が頭をよぎる。


 いつから裏切っていたの?

 7月に自粛の風が吹かなかったら、知らん顔で会いに来てたの?

 毎日のメッセージは鬱陶しかった?



 マンションのオートロックを微かに凍える指で開けて入り、運良く一階にいたエレベーターに乗り込む。あれ? 雷鳴ってる時ってエレベーターに乗らない方が良いんだっけ? エレベーターが動き始めて気がついた。

 雷さま、少しの間大人しくしててね。



 この4連休を共に過ごすことでまた会話が弾むかな。

 期待に胸を膨らませて計画を練った。

 水族館やバンクシー展、閉園前の盛り上がり最中にあるとしまえん、話題に事欠かなくなって、通話も増えてたのになあ。


 チケット取る前に自粛の影がまたチラついて。




 無事に部屋に着いたので駆け込んで、玄関にレインコートを脱ぎ散らかして急いで窓に向かう。

 何故か雷が気になって仕方ないのだ。


 カーテンを開けた瞬間、光と音が同時に襲ってきた。 













 ピカッ! ガラガラドッシャーン!















 視界が真っ白になり、音が消えた。






 少しだったのか長かったのか分からない時間が過ぎて、自分の鼓動が聞こえ始める。




 ああ、恐かった!

 間一髪じゃない?


 


 終わる前に交わした約束なんて果たされるはずもないのに、未練たらたらでスルー出来なかった私はどこかに吹き飛ばされた。



 スッキリしている。



 さて「傘」「修理」で検索しよう。


 猫ちゃん。私は骨折くらいで捨てたりしないからね。


 他の人を選んだ男に勝った気がした。



読了ありがとうございました!

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― 新着の感想 ―
[良い点] 『真剣に悩んで、私を傷つけることを選んだんだね』  地味にエグられました笑 良い表現ですね★  2020年の7月の背景が、しっかり書かれているところも良かったです。タイムリーで、題材が旬…
[良い点] 拝読しました。 夏の光企画より参りました。 失恋ですね。辛いです。けれど主人公、芯が通った女性のように思えます。雷を、未練を断ち切るためのきっかけにしようとしたのでしょうか。そこに強い…
[良い点] 「夏の光企画」から参りました。 土砂降りの雨、激しい風に立ち向かい、さらに失恋にまで立ち向かう姿、応援したくなりました。 雷の轟がかえってすっきりさせる手伝いをしているような気がしました。…
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