異世界で底辺生活を送る俺の様子を見るため母親が来る
タカシへ
そちらの世界は過ごしやすいですか。こちらは暦の上では秋だけれど、まだまだ暑さが続きます。
タカシが異世界に転移してもう随分経ちましたね。調子はどうですか。厳しい世界だそうだけど、元気ですか。変な病気をしていませんか。ちゃんとご飯食べていますか。
こんど、様子を見に行こうと思っています。そちらの暦でいう三月の四十二日でどうでしょう。男子三日会わざれば、と言うけれど、きっとタカシも逞しくなっているのでしょうね。寂しいような、誇らしいような気持ちです。
会うのを楽しみにしています。 母より
「や、」
世界際通信の文面を眺めたタカシには、久しぶりに見る母語や肉親の筆致に対して感慨に浸るような余裕はなかった。周りを見回す。寝泊まりしている、申し訳程度の屋根と雨風しのぎの魔法がついたあばら家がある。なんとかして購入した奴隷少女が首を傾げる。乗り物の中型トカゲが虫を食っている。胸ポケットに手を入れると、銀貨二枚きりがあるだけだった。
「やっべぇ……」
大口を叩いて出た実家だった。一国一城の主になるんだ、そうでなきゃ勇敢な冒険家か王侯貴族と渡り合う豪商に、と。父にはめちゃくちゃ反対されていた。お前、王だ何だなんて誰でもなれるようなものじゃないんだぞ。野垂れ死なないようにするだけでも大変なんじゃないのか。この世界で当たり前に享受している生活水準は、異世界だと貴族でもなければ得られないようなものだろう。
口論のような交渉を続けて、ちゃんと高等教育で習うような現代文明の基礎を勉強したら転移していい、と条件付きの許可を得た。
自分なりに懸命に勉強した。異世界でどう活かせるだろうか、と考えながらだ。それほど苦にはならなかった。
さて、異世界に転移してどうだったか。例えば昨日やったことと言えば。
草をむしった。薬草の採取なんて高等なことはできない。元の世界の植物学など役に立たないのだ。
それから、小型の害獣を四、五人で囲んで叩いた。魔獣ではない。生活のためのちょっとした魔法は使えるが、そんな恐ろしいものには十人でだって立ち向かえない。今回討伐したのは、なんか野犬みたいなやつだ。今まで倒した中ではイノシシみたいなやつが一番でかい相手だった。
あとは冒険者ギルドで酒を飲みながら博打をやり、奴隷を性的にからかったりとかだ。
ダメだ。何一つ誇れるものがない。こんな生活を見せることができるか。いや、できない。
「おいタカシ! 賭け魔雀やろうぜ——ってどうしたんだそんなシケた面して」
落ち込んでいると、話しかけてくる者があった。悪友のラッドだ。没落貴族の末裔らしく、見た目はこ綺麗だがまあ俺と大差ない暮らしを送っている。こんなやつに相談してもどうしようもないのだが、悩んでいる時は声に出して人に話してみるだけでも少しは気が楽になるというものだ。
「ふーん——実家から様子を見に、ねえ」
ラッドはしばし思案して、言った。
「一芝居、打つか」
途方に暮れていた俺にとってそれは一筋の光に見えた。溺れる者は藁をも縋る。だが藁だからと縋らずに溺れ死んでなるものか。
「タカシ、俺たちは友達だからな。お前のためなら俺は従者だって演じて見せるぜ」
俺と同じく社会から落ちこぼれたラッドが、今ばかりは頼もしく思えた。
「さて、打ち合わせを始めるぞ」
冒険者ギルド一階ラウンジに六人の男女が集まっていた。俺とラッドと奴隷のミズキ、陰気なローブに小柄な全身を包んだ女呪い師のクルダ、スキンヘッドの大男である農夫兼冒険者のトラウ、髪を逆立てて軽薄そうな吟遊詩人のナラデの六人だ。ラッドは声をかければもっと集められると言っていたが、面白半分で信用ならない奴に参加されても困ると言って止めた。
ちなみに冒険者というのは大きく三種類いる。本当の意味で冒険をして未知や苦難に立ち向かう英雄たちはトップ層だ。その下に実質的に魔獣や害獣の駆除業者となっているような人々がいる。俺たちは最下層の、日雇い労働者だ。この世界のこの国の仕事というものは、世襲され内婚的職能集団たちに分業されるものだ。そこから外れた不定職者への目線というのは、元の世界のそれ以上に厳しい。
「まず、お前の実家というのは、何をやっている家系なんだ?」
そういう背景があるので、こういう答えづらい質問が出る。その他にも、従者とか家来としてより今のような対等な友人として接してほしいと言ってなかなか理解を得られなかったり、ミズキに恋人として振る舞うように命じて、というか頼んで、ぎこちない演技を指導したり、大変だった。なおミズキという名は俺が初恋の人にちなんでつけたものだ。母の前ではミイで通すことにした。あまり嘘を重ねるとボロが出やすくなるんだが、これは言い訳が効かないからな。
「……それにしても、大商人に英雄に王ね……。夢が大きいのはいいことだけど、分相応ってものがあるでしょ……」
「地元じゃそういう物語が人気だったんだよ」
「ふ、学を修めても解けない夢を見るとは、なかなか無邪気なことだ。なんとなれば、人々にとり学問は/尊ばれるべき神格にして/……」
吟遊詩人に夢物語を茶化されたくはない、と思った。
「では、大筋としてタカシはかつて武勇で鳴らしたが今は静かに暮らしている、という設定で行くのだな。ナラデに武勇をでっちあげて歌わせる。クルダ女史が呼び出しておいた召喚獣と戦ってみせて、適当なところで女史が送還することで倒したように見せる。ラッドはお忍びでタカシに会いにきた貴族役で、タカシが元の世界の知識とやらを披露して驚かせる。あばら家じゃ格好がつかないから俺が町外れに持っている相続財産の屋敷を使え。俺は農業でのお前の先達か」
「うまく行くかねえ」
発案者のラッドがここにきて懐疑の声をあげる。うまく行かせるしかねえんだよ。
「タカシ、随分がっしりした体格になって! それに顔つきも引き締まったねえ」
第一印象はクリアらしかった。この世界にきてから体を動かすようにはなったし、命の危険もたまにないではなかったのだ。
「あなたがタカシさんの母上ですか。私は農夫のトラウと申します」
荒くれ者の雰囲気を抑えつつ、トラウが自己紹介する。
「この人はスローライフを営む上で色々アドバイスをくれるんだ」
「まあ、息子がお世話になっております」
「とんでもない、このような偉大な方と並んで作業ができるなんて」
「偉大、ですか?」
「タカシさんの武勇については、あちらの切り株に座った詩人に聞かれるとよいでしょう」
かなり無理のある導入な気がするが、こうやってナラデにバトンを繋ぐ。事前のリハーサル通りだ。
「私は歌おう、聞きたまえ、勇士タカシの武勲の数々——」
異世界に来て浮かれているのか、母は怪しむことなく誘導されていく。吟遊詩人は全く同じ詩を使い回すのをどうしても好まないらしく、アドリブによるところが大きい。しかもノってくれば、もともと言うつもりでなかった事を歌い上げることすらある。さあ、どう来るか。
「魔獣の大量発生のおり、先頭に立って戦った——」
ここは良し。大量発生を一人で食い止めた、とかだととてもありそうもなく、さすがにバレるだろうからな。相手が人間でなく魔獣なのも先に言い含めておいた通りだ。人間を傷つけたなんて母に誇れない。
「西の峠を塞ぐ龍に、たった一人で立ち向かった——」
と思ったそばから何言ってんだよ。龍にたった一人で立ち向かうわけあるか!
「気品ある女性をめぐって騎士と決闘——」
人間と戦ったことにするなって言っただろうが! もうダメか。早速破綻か。
「勇ましいわね! 小さな頃は弱気だったタカシが、立派になって!」
セーフだった。結構いけるんだな。……人間と争ったことも「立派」にカウントしているのかな。少し気になったが、藪をつついて蛇を出すこともないだろうと思って黙っていた。
「女の子とお付き合いしてるの? 会ってみたいわ」
気品あるだなんてハードルを上げて来たが、大丈夫だろうか。とりあえず大筋の予定に変更はない。ナラデの語りで興味を持った方向によって戦いを披露かミズキを披露かに分岐するが、ここではミズキの方だ。俺の、ということになっているトラウの、家に案内した。
「お帰りなさい」
「ただいま、ミイ」
堂々と立っているのに慣れていない様子のミズキに出迎えられる。
「まあ、可愛らしい娘ね! 子供の頃仲よかったミズキちゃんに似てるわ」
心臓が止まるかと思った。動揺を隠せないでいる俺の方を見ていないのが幸いだ。
「えっ、えっ、私、えっ、ど、どういう」
いや幸いじゃなかった。奴隷のミズキの方もめちゃくちゃ動揺している。これは台本も頭から飛んだかもわからんね。
「緊張しているの? そりゃそっか! でもいじめたりするつもりはないから肩の力抜いてね」
とりあえず母は違和感を持っていないようだ。これ以後どうするか。ミズキを母から遠ざけると不自然だろう。もともとあまり設定を盛ってはいないが、「扱いがいい奴隷」としての日常を語られてしまい、後で女性との付き合いについてお説教食らうくらいは覚悟しておく。
「タカシ、軽食を取ろうか」
「そうだな。母さん、この世界の食べ物を振る舞うよ。意外とうまいんだ」
「自炊するようになったの! やるわね」
実家にいた頃は包丁を握ることなどほとんどなかった。そういう訳で、ここで元の世界の調理技術とこの世界のを組み合わせて最強の料理、みたいなのは無しだ。普通にやる。と言っても元の世界の舌を満足させるような料理を作るなんてできないので、だいたいトラウ任せだ。俺がやるのは葉っぱをちぎったりお湯を沸かしたり塩を振ったりなのだ。
「……出来上がりだ!」
肉野菜炒めのようなものと、種無しのパンだ。まあ、大したものではない。
「素朴な味わいね」
なんとか褒めているような言葉を引き出した。
「今ミイちゃんとも話してたんだけどね、やっぱりこの世界じゃ男の人の方が強いんだろうなって」
来たな。ここは演技などなしで誠実に対応した方がいいだろう。
「タカシも、周りにこう、舐められないようにとか考えながら、自分なりの一番いい塩梅っていうのを探してるんだろうな、って思うよ。でもさ、ミイちゃんのことは、大事に扱ってあげてね。女の子って、弱そうで強くて、でも傷つく時はちゃんと傷ついているんだからね」
「はい」
「うん! いい返事!」
あれ? これだけ? ミズキがうまく言ってくれていたのかな。
「昼からは何か予定とかあるの?」
「えっと、毎日昼は土地の見回りをして、害獣が来たら追い払って、時々来客があるかなってぐらいだね」
今日は両方来る予定だ。女呪い師クルダが呼び出した召喚獣を倒すところと、お忍び貴族のふりをしたラッドに助言を与えるところでアピールする。
「これが畑ね。何のお野菜かしら。それにこの恐竜みたいなの、おとなしいのね」
母は中型トカゲに乗せて移動している。この土地はトカゲに乗って回るほど広くないが、楽しいだろうと思ったのだ。
「タカシ、害獣だぞ! エレルだ!」
エレルはイノシシみたいなやつだ。自作自演のためにクルダが呼び出した召喚獣である。俺は腰から下げた延長式の槍を展開して、気合の叫びをあげ向かっていく。
「おおおおおおおお!!!!」
召喚獣はかなり速い。あと数秒で接触か。これちゃんとぶつかる直前に消してくれるんだろうな? 体当たりを食らったら普通に吹き飛ばされて怪我し、今までの嘘が露見するぞ。次の一歩で間合いというところで、突き出すために槍を引く。
すると、ぽんっと音を立てて召喚獣が煙と消えた。
槍はまだ突いていない。
クルダの待機位置を横目で見やる。膝をつき、肩で息をしていた。……魔力切れか! 本人としてはギリギリを狙ったところなのだろうが、ほんのわずか足りなかった。俺が槍を突いていないのに害獣が勝手に消えたという格好になった。どうすんだよこれ!
「今のは……」
母さんは呆気にとられたようだった。舞台裏まで見破られはしないにしても、さすがに何かおかしいことには気づいたはずだ。
「魔法かしら!?」
気づいていなかった! いい方向に解釈してくれている! 魔法なら槍を取り出す必要ないだろう、とかには気が回らないか。こんなに簡単に騙せて大丈夫かな。ふだん高い布団とか買わされてないだろうな。
「すごいわね! イノシシがドロンって! こんなこともできるのね」
できないが。まあ、何とかなってよかった。次のイベントに移るか。冷静な判断の隙を潰すように、畳み掛けよう。
「おお、タカシ! 我が友よ! こんなところにいたのか! 探したぞ」
屋敷の方からラッドが歩いてくる。普段よりもさらにこ綺麗な格好で、お忍びの貴族という設定に説得力を与えている。
「あの人は誰?」
「さる高貴な血筋の人で、普段は政務なんかに追われているんだけど、たまにふらっと遊びに来るんだ」
「えらい人なのね!」
「だけど今日はお忍びだから畏まらなくていいよ。……ラッド卿、ようこそ! 立ち話もなんです、屋敷へどうぞ」
その流れでまた屋敷に戻り、テーブルを囲んだ。ここからは台本通りだ。ラッドはそこから逸脱することなく、打ち合わせ通りの問いをかけてきた。俺はそれに「現代知識」を使った打ち合わせ通りの解決策を返す。一番楽なところだった。
「いや、タカシの知恵は素晴らしいな!」
「私たちが当たり前に思っていることって、遠い昔の賢い人の大発見だったのよね。知らない人からすればすごいことに見えるわけだわ」
ラッドが演技で感嘆を、母がおそらく心からの感嘆を漏らす。ことはスムーズに運んだな。
「今日は楽しかったわ! 本当は一、二泊ぐらいしたかったのだけど、お父さんが寝台も硬いし危ないからやめなさいって言うからもうお別れね。……最後に、行ってみたい場所があるのだけど」
長く滞在されるとさすがに誤魔化しきれない。日帰りで助かった。行ってみたい場所とはどこだろう。
「冒険者ギルドっていうのを見てみたいの」
想定内の要求ではあった。
「母さん、冒険者ギルドと言えばかっこいいけど、ごろつきの酒場みたいなところなんだ。道中も治安がよくないし、守りきれる自信がない。やめておいてくれないか」
「でも、タカシは強いでしょう?」
「母さんは、俺が人を傷つけるところが見たい? 守るってそういうことなんだ」
こう言えば諦めるだろう。そう思ったのだが。
「タカシの勇名が知られているなら、進んで喧嘩を売ってくる人なんていないんじゃないかしら」
言葉に詰まった。吟遊詩人ナラデに俺を讃えさせたのが仇になったか。結局押し切られ、トラウと共だって母さんに冒険者ギルドを見せに行くことになった。今度こそ年貢の納め時か。
「いいかい、遠目に見るだけだよ。中は危ないし、有名人に突っかかるのが勇気だと思うような人もいっぱいいる」
なんとか馬脚を露わす可能性を減らすようあがきつつ、周囲を警戒しながらギルドのある区画に向かう。
威圧感のある見た目のトラウが先頭を歩き、俺が最後尾を歩いて母さんを挟む。
——ガラの悪そうな男が、母さんに肩をぶつけた。
「ああ? いってーなあオイ!? 女ア! どこ見て歩いてる?」
お判りいただけると思うが、縦一直線になって歩いている三人のうち真ん中に偶然ぶつかることはありえない。こいつはわざわざ弱そうな者を狙って攻撃し、因縁をつけにきているのだ。
男が拳を振りかぶる。母が身をすくめて目を閉じる。
俺は、
男に体当たりをかました。スキンヘッドの大男を見ても怯まないような奴だ。俺が喧嘩で勝てる道理はない。龍を退治するような英雄が町のチンピラに負けるのはおかしい。しかし母に暴力を振るおうとするのを止めないのもおかしい。どちらをとるか——など、考える余地もなかった。
「どこ見て歩いてるはこっちのセリフだ! 母さんに何しやがる!」
「んん? 望んで死に向かうバカがもう一人いたかア〜」
男に胸ぐらを掴まれる。どうする。どうする。その時。男の足元に魔法円が浮かぶ。もちろん俺のやったことではない。
「なんだ、これ……体が、動か、」
「この辺で、……やめておいた方がいいんじゃないのか」
精一杯の虚勢を張る。引いてくれ。頼むからここで引いてくれ。
「ちっ……わかったよ、今日はこの辺で勘弁しといてやんよ!」
男が言うと同時に魔法円が消える。
「覚えてろよ!」
捨て台詞を吐いて逃げていく。助かった。
誰が魔法を使ったのか。辺りを見ると、女呪い師クルダが目に入った。顔を手で抑え、息が荒い。よく見ると、目と鼻から血を流しているようだった。
「クルダ!?」
「ちょっと、無茶、しちまったね……名誉は、挽回できたかな……」
無理に魔法を行使して苦しんでいるようだ。どうしてここまで。——決まっている。俺のためだ。俺のつまらない虚栄心のためにここまで体を張ってくれたのだ。
「タカシ、あんたの言ってた危ないっていうの、私わかってなかったみたいだわ」
「母さん」
まだ茶番を続けるのか。いや、ここまで来て見栄を張り通せなかったら、友人たちの努力を裏切ることになる。
「あんたは、立派だよ。安心した。元気で、過ごすんだよ」
そうして、なんとか無事に屋敷まで引き返し、元の世界に戻っていく母を見送った。
それから。
「——みんな、ありがとう。クルダ、ごめん」
「……いいや、呪い師なんてたまには無茶をしないと成長しない。それに、友のために負った傷は名誉の傷だよ……」
「俺なんて貴族ごっこやっていただけなのに、クルダはそこまで体張ったなんてな。俺について言えば、困った時はお互い様だと思ってるからよ。逆にお前も俺の無茶ぶりを覚悟しとけよ」
「私も楽な仕事でしたが——私がタカシを上げすぎたのが災難に繋がったとも言えますね。すみません」
「タカシさま。私って、お知り合いに似ているんですか?」
「そのことは忘れてくれ」
ギルドのラウンジで反省会をしていた。本当に、反省すべき点が多かった。そんな中、トラウが何かを取り出した。
「お前の母上からこれを預かっている。えらく上質な紙だが、手紙のようだな」
受け取って、開く。この世界の習慣にしたがって読み上げ聞かせようとして、……読み上げきれなかった。だって、それは。
『タカシヘ
今日は楽しかったよ。久しぶりに会えて、元気そうでよかった。友達にも恵まれたね。
本当はね、全部わかってたよ。異世界に行ったからって、簡単に変わるわけないもんね。
お母さんは、タカシは英雄じゃなくても偉人じゃなくてもいいと思ってるよ。ちょっと世間からずれたって構わないよ』
「そんな、なんで」
『タカシのことを思ってくれる友達に囲まれて、健康に過ごして、女の子を買っているのはショックだったけど、この世界にはこの世界のやり方があるよね。乱暴にはあたっていないみたいで、少し安心です』
「なんで、こんなに都合のいい、優しいことを書いてくるんだ」
嘘をついて、騙したのに。普段クズとして生活しているって、感づいただろうに。
『英雄じゃなくてもいいって書いたけど。偉人になれなかったと思ってるかもしれないけど。
タカシは、迷わず怖い人からお母さんを庇ってくれたよね。
嬉しかった。タカシは、勇気があるよ。偉いよ』
「そんなわけ、俺は、どうしようもない落伍者で、あれだって、本当は見栄を張ろうとして、計算尽くで、なんで」
「なんでって、そんなの決まっているだろ。わからないのか?」
ラッドが呆れたように言う。手紙の最後の行が、答えだった。
『愛を込めて 母より』