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勇者なんかイヤだと帰還した男の新生活構築記  作者: hachikun
地球で異世界旅?
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移動開始

 東京ではダメだから地方に逃げよう。

 この結論は、俺としては自然なものだったと思う……ちょっと複雑でもあったけど。

 

 俺は東京生まれの東京育ちだけど、同年代の友人たちと少しズレている自覚はあった。

 マイペースで、アウトドアと温泉が大好きな田舎出身の両親。

 本当はふたりとも、俺を田舎で育てたかったらしい。

 で、都心で息子を育てる事になった事の反動なんだろうか、やたらと「外に」連れ出してくれたもんだ。

 

 キャンプの記憶がやたら多いのもその一環と言える。

 親父は、独身時代にバイクで野宿旅の経験があって。

 お袋はというと、単独で北海道の山々を縦走するような女だったらしい。

 そんなふたりの教えてくれるキャンプだから当然、いわゆるファミリーキャンプとは全く隔絶されたガチなものだった。

 便利な道具に頼らず、最低限の荷物だけでやってみたり。

 いろんな種類の燃料やコンロを使い分けて、その使い方や特性を実地で教えてくれたり。

 ライターやマッチを使わず、フェザースティックを作って火花を飛ばすような方法もわざと実演してくれた。

 子供だった俺はきっと、目をキラキラさせてそれを見ていたろう……よく母は呆れていたが。

 

 俺は自分がアウトドア野郎だとは思わない。

 だけど異世界で生き延びるのに、これらの知識がどれだけ役に立ったか、正直数え切れない。

 本当、両親には感謝しかないよ。

 

 って、話がずれた。戻そう。

 

 まぁそんなわけで、俺は外で寝泊まりするのに抵抗はない。

 それどころか、長く停泊するのなら精霊の手を借りて、とてもとても快適に過ごせる環境を作ってみせよう。

   

 

 新宿駅前、国道20号線。

 よくテキストなんかでは「R20(あーるにじゅう)」と省略されるけど、Rの語源はおそらく米国のRouteだろう。向こうでは国道66号線はRoute66なんて書くらしいから。

 俺も便利だから国道20号線なんて言わず、R20って言うよ。

 で、話を戻そう。

 朝の新宿駅はいえば怒涛の大混雑が日常である。たとえ利用者がすべて死に、右往左往しているのがすべてゾンビと成り果てていても、だ。

 そんな地獄の一丁目みたいな新宿駅前のR20を、俺とマオはテクテク歩いていた。

「……いっぱいいるねえ」

「ははは、こりゃまた、えらいことになってんな」

 予想をしていた事ではあるけど、実際にまのあたりにすると正直、腰がひけそうだった。

 あふれかえるほどのゾンビの「通勤ラッシュ」なんて、もちろん向こうの世界じゃ未経験だ。人間とわからないようにゾンビの感覚を騙してはいるけど、異世界でもやらなかったような大冒険に内心ヒヤヒヤしっぱなし。

 そんな中、俺たちは雑踏の中を歩くカップルのごとく、ゾンビの『人々』をすり抜けつつ歩いていく。

 お互いの手の熱さだけを感じて。

 目的地は、伊豆半島。

 その南の端、石廊崎(いろうざき)をとりあえずの目標にしていた。

 

 ルートはいくつかあるが、あいにくと歩いて石廊崎に行ったことがない。

 だから最短ルートはわからないが、まぁ仕方ない。現代日本で歩いて東京から石廊崎に行った人となると、そう多くはいないだろうしね。

 とりあえず明治通りで新宿に出た。

 で、そこから国道20号線(R20)で西に。

 環七の大原交差点で南に向かい、国道246号線(R246)に入って厚木方面に。そこから相模川沿いに大磯の近くに出て……とまぁ、だいたいそんな感じで行くつもりで歩いていた。

 

 もう少し説明しよう。

 R246は、いわゆる東海道の別ルートになっている。箱根を通らずに山越えをして、やがて東海道に合流して終わる道なのだけど、日本橋でなく渋谷方面から発して、東海道とは別の道を通って駿河方面に行ける。箱根の山も超える必要はないが、そのかわりに山北から御殿場までの、富士登山の麓にもなっている地域を通って富士裾野経由で三島・沼津近郊で東海道と合流する。

 この道を使って、まず海老名・厚木方面に出る。

 で、相模川(さがみがわ)にそって下って相模湾沿岸に出る。

 あとは海沿いに西に進んでいけば、小田原や熱海などを経由して下田、そして石廊崎方面に連れて行ってくれるというわけだ。

 土地勘のない人にも、なんとなくイメージは掴んでもらえたかな?

「おっと、尻尾に気をつけろよ?」

「うん」

 当たり前だが、昼間の新宿はゾンビだらけだ。みんな生前の行動を繰り返しているんだから無理もない。

 明治通りからR20に入るところも、いつもと大差ない大渋滞だった。

 違うのは車が一台もないこと、歩いているのが人間でなくゾンビってこと。

 信号が動いてないだろうと思ったら、手旗信号を出している警官ゾンビがいたのには笑ったが。 

 その雑踏の中をすり抜けていく。

 

 え?なんでゾンビに襲われないのかって?

 

 ゾンビは生きた人間より視力などが低い。死体なので眼球のレンズが濁っているのかもしれないけど、とにかくあまり綺麗に見えてないようだ。

 かわりに熱や音、ニオイを感知している。

 逆にいうと、熱やニオイを散らして音を消してしまうと、こちらを生きてる人間だと判別できないんだよ。

 触られたりしたら当然バレるわけだけど、捕まる前に逃げればまず問題ない。

 

 だけど、実際に歩いている俺たちにしてみたら、緊張で気持ち悪くなるくらいスリル満点だ。

 まわりはすべてゾンビ。

 そしてゾンビの力は、いわゆる無意識のブレーキがかかってないから異様に強い。

 ひとつ間違えたら、ゾンビに掴まれ、囲み潰されてもおかしくないんだ。

 

「ひっ!」

 マオが時々、小さな悲鳴をあげている。

「大丈夫か?」

「ニオわないのはいいけど……うう」

「よしよし、手は放すなよ」

「気持ち悪い……」

「よしよし」

 マオのしっぽだが、たまにゾンビと接触してしまうようだ。

 結界のおかげで汚れることはないみたいだけど、そのたびに気持ち悪そうにしている。

 神経が集まってる組織だからなぁ、気持ち悪いだろう。

「新宿出れば減るから、そこまで頑張れ?」

「う、うん」

 なぜか気合いをいれてフンスと息をするマオ。

 自然と、耳と尻尾がピーンと立つ。

 

 神様、クソ女神でない別のどっかの神様。

 どうしよう、うちのマオが可愛いです。

 

 ひとになったのに耳と尻尾だけは元のままとか反則だろ。

 まぁ猫耳と尻尾があるし、正しくは人じゃないけどな。はっきり言えば化け猫。

 それもたぶん──。

 

「さ、がんばっていくぞマオ」

「うん!」

「声が大きい」

「あ、うん……、(いくよー)」

 なんだろうな、この微妙なポンコツ感。

 こいつ、いくつになっても小さい時の微妙なポンコツっぷりが抜けないんだよな。

 確かに、猫の時と変わらずかわいいけどさぁ。

 困ったもんだ。

 

 

 R20をひたすら早足で歩いていると、やがて人が減ってきた。

 東京の人口密度は高いけど、そのすべてが駅前のスクランブル交差点みたいになってるわけじゃあない。というか、どこでもあの調子だったら東京なんか住めやしない。

 静かなところは、たとえ都内でも誰もいなかったりするんだよ。

「あ、ここだ……ここだけど……」

 環七にぶつかったので予定通り南に向かおうとしたんだけど。

「……なんだこれ?」

 環七出口の逆方向、つまり外から中に向かう車道にバリケードの跡がある……今はゾンビが少しいるだけなんだけど。

 ──あ、もしかして、そういう事か!

「震災対応か!」

「なになに?」

 知るわけもないマオのために少し説明する。

「えっとな、大災害なんかがあると、都内、つまり俺たちがいた中心部への乗り入れが禁止になるんだよ。

 要は火事の対応とか人助けが最優先になって、私用の通行は不許可になる、といえばわかるか?」

「あー、うん。わかる」

 これは本当だ。確認できないけど、警視庁のホームページなんかにも書かれていたはずだ。

「封鎖のためのバリケードが残ってるんだ……これはまずいな」

「どういうこと?」

「秩序が崩壊するまで時間があったって事だよ──いやな予感がする」

 

 ちょっと考えてみてほしい。

 ある日ある時、日本全国の人口密集地に突然、数千から万程度のゾンビが現れる、あるいは住民のうちのいくらかの人間が唐突に生命力を失い、ゾンビ化したとしよう。

 おそらく日本社会は一日以内に崩壊する。

 え?なぜかって?

 日本は、日本人は、隣の人間がある日突然にゾンビになった、なんて事態を誰も想定していないからだよ。

 

 ある日突然に起きたゾンビ騒ぎはおそらく、最初は暴徒だのなんだのという報道をされるし、警察も諸機関もそのように対応するだろう。いきなり全住民を避難させる者はいないし、それが噛んだり傷つけられる事で感染し、どんどん広がる事も知らない。

 ゾンビと認める頃には、被害はありえないほど拡大しているはずだ。

 

 だがそれでも、あっというまに社会が崩壊した結果が今なら、まだマシな方だろう。

 最悪なのは、政府も社会秩序も崩壊してからも半端に生き残ってしまった場合だ。

 つい先日まで平和日本にいた人たちが、ゾンビと無秩序(ヒャッハー)の世紀末世界に投げ込まれてしまったら、何が起きるか?

 最悪、まさに生き地獄が繰り広げられかねないぞ。

 

『ユウーユウー』

 お、そんなことを考えていたら精霊たちだ。

「なんだい、何かわかったのかい?」

 この世界のゾンビ発生からこっちの状況、という大雑把な調査依頼をしたんだよね。

 出発時に頼んでおいたんだけど、もう何か出たのか。

『簡単な状況、わかったー』

「おう、歩きながらになるけど聞かせてくれるかな?」

『わかったー』

 R246に入る前に聞いておくべきだと思うからな。

 長くなるようなら途中で休憩してもいいだろう。

『それじゃあねえ』

『いっくよー』

「おう」

 そして、精霊たちは俺のいない間に起きたことを話しはじめた。

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