(終)これから
別れの寂しさと明日への希望を胸に、この世界に戻ってきた俺。
しかし戻ってきたはずの地球社会はゾンビにより壊滅していた。
俺は元気な親の顔すら見られず、それどころかゾンビに成り果てた両親を自分で焼き尽くす羽目になったわけだ。
思うんだけど。
もしあのまま無人の東京にひとりでいたら、きっと俺は潰れていたと思う。
何もする気をなくし、精霊に水を作ってもらい、ソーラーパネルで電気を作り……思い出しかない家に閉じこもったまま最後の日を迎えてしまったのかもしれない。
そうならなかったのは、マオが俺を追いかけてきてくれたからだ。
マオは人間じゃなく猫だ。
たしかに再会したマオは人間プラス猫耳みたいな姿に変わっていたけど、それは単に化けただけ。結局、食性などの本質的な部分は何も変わらなかった。
そんなマオにとって、緑もなく、無数のゾンビが徘徊する東京が住みやすいわけがない。
いやおうがなしに動く必要があった。
つまり俺はマオのおかげで危機を回避できたわけだ。
そして仲間が増え、異世界からの増援も来て、まがりなのにも居場所が確保できた。
……そしてとうとう、マオのお腹に子供までできたと。
いやま、一抹の寂しさもあるっちゃあるんだけどね。
だってそうだろ?
ひとりぼっちだった俺が出会った、全滅した集落で鳴いていた子猫。
俺の腕の中で震えていたあの子が大人になり、女になり、そしてついに母になろうとしている。
それはすごい事だけど……うん。
この寂しさは、育てた者としての感情なんだろうな。
俺は独身で育児の経験なんかないけど、そんなもんなのかな、とも思う。
「はぁ、ほんといろいろと問題山積みだよなぁ。
マオの妊娠はホントにいいニュースだけど」
「まぁ生きるとはそういうものでしょう……おやリトル、起きましたか?」
「ウー」
「そうですか、空腹ですか……さすがに君のおなかを満たす量はありませんが……まぁこれでもどうです?」
「お、森イモじゃん」
収納袋に何を入れてるのかと思ったら、あちらの世界でよく作られている森イモって里芋みたいなやつだった。
大人の頭ほどもある生の森イモをもらったリトルは、こりこり、ぼりぼりと美味しそうに食べ始めた。
「料理に使わないの?」
「これはリトル用にもってきたので」
鍋をかきまわしていたエルフが、にっこり笑った。
「リトルは森イモが好物のようで、里ではよく畑にねだりにきていたんですよ」
「うわぁ……すみません」
「いやいや、とんでもない。
盗み食いするのでなく、ねだりに来るのがかわいいと評判でしたよ?
ユウくんの育て方がうまいんだろうと皆、噂してましたが」
「あー……欲しい時はくれといえ、勝手にとるなって徹底してましたからねえ。
ちなみに、これで終わりって言ったらちゃんと聞きました?」
「大丈夫でしたよ。
やはり、あれもユウくんの仕込みでしたか。たいしたものです」
「そうですかね?」
「竜種は強いですから、素人が育てると甘やかしたり、強く出られなかったりするんですよ。
ユウくんは本当にすごいですねえ」
「いやいや、大型動物二匹の餌管理してたら自然とそうなりますよ。
好き放題やらしてたら、いくら食料とってきても足りなくなるもの」
幸い、マオもリトルもいい子だったんで助かったけど。
「精霊まで駆使して徹底的にしつけたときいてますが?」
「そこまで厳しくした覚えはないけどな……まぁ猫の盗み食いはその場で頭を叩け、あとで甘やかして後で叱るのは絶対ダメって小さい頃に習ったことがあって、それを実践はしたよ?」
「……それをリトルにも?」
「試してみたら、マオと同じ反応だったので、いいかなと」
「……」
「いやでも、一緒にいるのに片方だけ甘やかすのは論外だと思うよ。均等に叱らないと」
「……なるほど、そういうことですか」
なぜかエルフは、楽しげに微笑むのだった。
ここは俺たちの家の大部屋。
リトルも入れるサイズの部屋だが、中央に大きな囲炉裏を設置している関係で、うちだけでなく近所のひともやってくる。
エルフ式は基本、自宅にかまどがないからな。
うちは俺が「かまどがほしい」と言ったわけだけど、完成してみたら、キャンプ場みたいに複数で炊事ができる立派なものになっていた。
正直なんでやねんと思ったけど、これはこれで正解だった。
だって、今日みたいな事があるからさ。
エルフの集落には必ずひとつ、火を使うための中央広場があり、みなそこで火を使う。
炊事もすれば談笑も、時には会議もする。
雨の日はさすがに屋内に移動するが、そうでなければ夏でも冬でもいろいろやっている、エルフにとって火を使う場所とは、そういう場所なのだ。
そして、そうした広場に来るのは大人だけではない。
子供が遊んでいたり、保護したけが人や動物がやってくる事もある。
彼らはそういう光景に長年馴染んでいるので、リトルが寝てるウチのかまどでも驚きもしない。
起きていたら軽く遊び相手になってくれたり、中にはさっきのように、何かおやつをくれる者すらいる。
しかもだ。
集落の炊事場は屋根がないけど、うちには屋根も壁もあるからね。
つまり外が寒かったり天気が悪かったりすると、近くの人限定だけど、食材持参でみんなこっちにも来ちゃうんだよねえ。
しかも彼ら、火と水は共有物って感覚だろ?
だから、朝「なんか賑やかだなー」って一階に降りると、普通に近くのエルフが「おや、おはようございます」って堂々と朝食作ってたりするんだこれが。
最初は驚いたよ。「ここで食事作っていいですか」って言葉すらないんだぜ?
しかもこれを、向こうの世界でも義理堅く誇り高いことで有名なエルフがやるってのがまたすごい。
でも「借りている」感覚はあるのか、やたらと差し入れが増えた。
これはこれで嬉しいことなので、俺も放置している。
って、おや?
「おや、その味噌って?」
「ああユウくんはご存知なかったですか?
三年味噌といって、むかし異世界からもたらされたと言われている味噌です」
「……あっちの世界から持参したってこと?」
「おいしい味噌は、食卓に欠かせませんからね」
「たしかに」
猫をこよなく愛する森の護り手。
かつての、あちらの世界のエルフ族をひとことで表現すると、こんな感じだったそうだ。
ところが、いつの時代か日本人の手によってもたらされた味噌が彼らに革命をもたらした。
というのも、彼らは独自の保存食を欲していて、そのニーズにあまりにもフィットしてしまったからだ。
持ち込まれた味噌はスーパーで買ったパックもので、そこから直接味噌を量産する事はできなかった。
だけど、長い寿命を背景に何かをコツコツ進めるのが得意なエルフたちにとり、現物がそこにあるというのは素晴らしすぎるヒントだった。
本質や性質を精霊に助けてもらって解析するや、驚くべき熱意で改良を繰り返した。
そして、その味噌フィーバーぶりは他種族にも伝わり、とうとうエルフを象徴するもの『猫』と『森』に『味噌』が追加されるまでに至ってしまったという。
なんともコメントに困る話だ。
……ま、そんなネタは置いといて、俺ににもひとつだけわかっている事がある。
明日も見えないこんな暮らしだが、相棒も仲間も、みんなも元気だって事だ。
今はただ、走り続けよう。
俺はふと、そんな事を考えたりもしていた……。
◆ ◆ ◆ ◆
(……大丈夫のようですね)
鍋をかきまわしながら、そのエルフは静かにユウたちを見ていた。
敏感な子ドラゴンや用心深い猫にさえも察知されないよう、細心の注意を払いながら。
彼らエルフ、それにラミアたちもそうなのだが、彼らには新天地の調査のほか、ユウには知らせていない別の役目もあった。
それは、ユウを女神の手から守る事。
ユウはもう女神との縁が切れたと考えているようだが、彼をサポートしていたエルフも、ラミアも、魔族さえもそれを時期尚早と考えていた。
たしかに女神は今、順調に弱体化しつつある。
しかし、そもそも女神がどうして先代勇者、つまりユウの母親に目をつけたのかも判明していないのだ。
状況からすると偶然だというのが最有力だが、油断するわけにはいかない。
それに、いよいよ最後となったら女神がどんな動きを示すかわからない。
(彼を、彼らを守る事が、同時に我々の未来も決める……正念場はこれからですね)
もともと彼らが動いていたのは、単なる厚意だった。
かの勇者の息子を助けてやりたい、ただそれだけ。
しかし隷属させられる前に救出をと手勢を放とうとしたが、自力で精霊を味方につけてすぐさま脱出し、皆を驚かせる事となった。
容姿は母親に似て、そして才能は父親の方に似た青年。
安全を確認できたところで、見守ろうという事で一致した。
誰も教えないのにユウは、みるみる成長していった。
精霊たちと毎夜のように語らい、息をするように精霊術を駆使する。
やきもきしながらそのさまを見ていたが、やがて猫族の生き残りを拾ったところでエルフ族が動いた。
そこで彼らは、もう見ているだけではいられないと判断し、何食わぬ顔で接触をはじめたのだ。
(我々は、いわばユウの導きでこの世界にやってきた。
彼は我々にとり今や未来を開く英雄、勇者となりつつある。
女神の狙った、人間族の兵器としての勇者でなく、我々の未来への旗頭に。
……まぁ、彼本人はそんなつもりは全くないのだろうけど)
「えっと、エルフさん?」
「ああ、私ならプロポとお呼びください」
「プロポ……いえ、実はその役職名についてなんですけど」
エルフは人間で言う音声の固有名を持たない。ひとりひとり違う魔力をもち、その魔力を示すことで名前とするからだ。
音声で名乗る名が役職やポスト名だけなのもそのためだ。魔力では役職はわからないから。
しかし。
「また誰か来た時に名乗るための個人名は必要ですよね?
通名でいいですから、何か考えませんか?」
「名前ですか……ウーンそうですねえ」
もっともな話だ。
実はエルフ側でも個人名採用の動きがあるのだけど、使ってなかったものを急に使おうとするから問題が発生している。
具体的には、センスがないとラミアたちに総ツッコミを食らったあとだ。
なんでだろう?
若草とか若枝というと集落や年代はわかるから、あとは一番、二番、三番でかまわないはずなのだが、それはダメだという。
なぜに?
番号だと、誰の番号が若いかで言い合いになるからか?
……異文化とは難しいものだ。
「では、私の名はポカパマズと」
「……うちのゲームの本読みましたね?」
「え、なぜわかりますか?」
「はぁ、そりゃあわかりますよ。わかりますって。
いや、もうちょっと考えましょうよ?」
そういって、ユウは額に手をやって、ためいきをついた。
「では、レンとかヨウタとか」
「それ、日本名の名付けランキングですよね?
ですから、そういう名前じゃなくてですね……」
……なんでダメなんだ?
さっぱりわからぬ。
このように問題を色々はらみつつ、事態は進んでいく。
冬にはふたりの子も誕生することだろうし、縁起の良いことだ。
問題は山積みしているし、今度も無数の問題が起きるだろう。
ただ、ひとつだけわかっている事がある。
我々は、止まる事はない。
向こうの世界の破滅は、もう秒読み段階だ。
残りの転移もまもなく始まるが、そろそろ女神側も世界の異変に気づくはず。
あちらが力の回復に固執してくれるなら、その間に逃げ切れるだろう。
だけど、むきになってこちらの妨害など始めてしまったら、ただではすまない可能性もある。
がんばらねば。
楽しそうにリトルと遊んでいるユウを見つつ、私はそんなことを考えた。
……結果。
私は、ちょっと煮すぎて味のボケた鍋を食する羽目になったのだった。
(おわり)
とりあえずの終了となります。
今までおつきあいいただき、ありがとうございました。




