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龍王

 振り向いたら、そこに知らない爺さんがいた。

 チェックのハンチング帽に、それとセットと思われるスーツ上下。

 ただし、裕福というよりも一張羅(いっちょうら)を長年使い込んでいるような年輪を感じた。

 ……なんか、いろんなもんを通り越してるような爺さんだな。

 それに、なんでだ?

 どこか懐かしいような気がするのは?

「……」

 精霊とつながってる俺の感覚に、エキドナ様も鼻白むほどの恐ろしい力を感じる。

 なんで、真後ろにつかれるまで気づかなかった?

 かけてもいい。

 このじいさん、断じてまともな存在じゃねえぞ。

「ふふふ、こうして見るとかすかに面影があるのう。

 しかしユウよ、さすがにわしの事は覚えておらんじゃろうなぁ」

「……ええっと」

 面影?

 この妙な懐かしさといい、もしかして?

「まぁ、あの頃は赤子に毛が生えたようなもんじゃったからのう」

 あの頃だって?

 感じる懐かしさ。遠い記憶。

 どこかで会ったような、それを必死に手繰り寄せて……いやちょっと待て。

「……あっ!」

 俺は思わず叫んでいた。

「まさか……ミナセのじっちゃん?」

「ほほう、まだ少しは覚えておったか。

 うむ、そのとおり。水瀬のじじいじゃが……よう思い出したのう」

「あ、さすがに細かいとこまでは。ごめ、いやすみません」

「よいよい、敬語もいらぬぞ?」

「あ、はい」

「ユウ?」

「……了解じっちゃん」

「うむ、それでよい」

 ニコニコと楽しげに笑うのは小さい頃、よく家族で遊びにいってた爺さんだった。

 なぜか、いつしか全然行かなくなってしまったんだけど。

「それで、じっちゃんどうしたの?……こうして改めて見ると無事なのは当然ぽいし、知ってる人が無事ななのは嬉しいけど、何かあったの?」

 小さい頃になついてた爺さんが人外だったのには驚いたけど、逆に言うと安心でもある。

 だってこれなら、ゾンビどころかあの犬たちにだって負けやしないだろ。

「わしが人でないとすぐに察し、しかも精霊連れ。

 どうやら香織(かおり)の試みは失敗したようじゃの……まぁ予想はしておったが」

「え?母の試み?」

 なんのことだ?

「もちろん、おぬしが力に目覚めぬように苦心しておったのよ。

 精霊とやりとりする力なぞ、この世界で所有しておっても良い事はない……少なくとも当時はそう考えられておったしのう」

 苦笑するように、じっちゃんはためいきをついた。

「わしのところに来ぬようにしたのも、そのためじゃよ。

 存在そのものに刺激され、目覚めてしまう可能性がある。

 今のおぬしならわかるじゃろ?」

「……はい」

 たしかにそのとおりだ。

「おぬしに父親譲りの才があると気づいた時点で、わしのところには連れてこないと決めたんじゃが。

 ……しかし、これは驚いたのう。

 精霊の数だけでいえば、もはや最盛期の成文(しげふみ)にも匹敵するではないか。

 ユウよ、おぬしに何があった?」

「あー、それについて説明するけど……ここじゃなんだし、家で話さない?じっちゃん?」

「家?」

「うん、家」

 そう言うと、じっちゃんは俺を不思議そうに見た。

「それはいいが、おぬし、わしが人でないのが気にならぬのか?」

「気になる?……ああ、そんな事か。

 俺のまわり見てくれよ、じっちゃん。今さらだと思わないか?」

「……なるほど」

 じっちゃんはマオを見て、ユミを見て、そしてさらに何かを嗅ぎ取って納得していた。

「なぁじっちゃん」

「なんじゃ?」

「じっちゃんってもしかして、富士五湖の龍王様じゃないのか?」

「いかにも、そのとおりじゃ……エルフ族とやらの者たちに聞いたのか?」

「うん」

「そこまでわかっておって、なおかつ家に誘うのか?」

「なんで?じっちゃん敵じゃないでしょ?

 それに話も聞きたいよ。俺の知らない親父たちの事とか知ってそうだし」

「……敵じゃない、か。そうか、そういう解釈か。フフフ」

「違うの?」

「いや、正解じゃ。たしかにわしは敵ではない」

 楽しそうにじっちゃんは笑った。

「よしよし、では喜んで招待は受けよう。

 じゃが、その前にさっきの問題を片付けんのか?」

「問題?」

「ほれ」

「あ、トンボ」

 じっちゃんがピッと親指でさした先──空には、ヤツがまだ巡回を続けていた。

「まだ飛んでる……龍王様(じっちゃん)の気配に気づいてないのかな?」

「気づいておるが、敵とみておらんのよ。

 実際、わしもアキツごときを敵と見たことはないからのう」

「あー……そりゃそうか」

 アキツってのはトンボのことだ。

 たしかに龍王様が、飛んでるトンボなんて気にするわけないもんな。

「で、どうする気じゃ?」

「どうするも何も、精霊でも魔法でもダメなんでしょ?

 俺、武器とか使えないし、打つ手がないよ。

 じいちゃんは何か手ある?」

「そうじゃなぁ……ふむ、ちょっと待つがよい」

 じいちゃんは精霊に何か指示した。

 で、精霊たちは一斉にトンボに向かっていった。

「じいちゃん、でもあいつに精霊術は……って、え?」

 トンボのまわりの精霊たちが、なんかうごめいてるけど……会話してる?

「ほほう、どうやら会話できる知能があるようじゃぞ」

「え、ほんとに?」

「うむ、自分を襲わないのなら情報をくれてやるそうじゃ。どうする?」

「じゃあ、お互いに不干渉でかまわないかって伝えてくれる?」

「うむ、いいとも……よし、了承されたぞ」

「マジすか」

 トンボはやがて精霊たちから離れ、少し翼を揺らすような動作をしたあと、元の巡回ルートに戻っていった。

「どれ、では招待を受けようかの。よいかな?」

「あ、うん、わかった」

 

 

 家に入ったじっちゃんを出迎えたのは、寝ていたリトルだった。

「ああ、嬢ちゃんはここにおったか。うんうん、無事に会えてよかったのう」

「ヴルッ!」

「……嬢ちゃん?」

 なんでリトルが嬢ちゃん?

 首をかしげていたら、じっちゃんがとんでもない事を言いだした。

「この異界の竜はお嬢ちゃんであろう。

 ……まさかユウ、そなた。

 この子がまだ幼いからオスもメスもないと、ひとっからげに扱っておるのか?

 そういう男はモテぬぞ?」

「いやいやいや、待ってじっちゃん……メス?え?ほんとに?」

「……ああ、メスと知らなんだのか?」

「てっきりオスだとばかり……って、なんでみんなヘンな顔してるんだ?」

「ユウだから」

「ユウさんですねえ」

 おい、おまえら。

 

 まぁ、そんな小さなドタバタをやっているうちに、気配を嗅ぎつけたのかエルフとラミアの担当さんまで来ちゃった。

 エルフの担当者さんは持ち回りなのか俺のよく知らない人。

 ラミアの担当は、なんとスアードちゃんだった。

「これは異世界の龍王様。エルフ族の対外担当です。名を呼ばれるならリリアとお願いいたします」

「ラミア族の族長代理を拝命しております、スアードと申します。龍王様、以降よしなに」

「よろしく頼む。

 わしは剗ノ王(せのおう)を名乗っておるが、剗海(せのうみ)の大部分が埋もれて等しい。今では、ただの隠居の古龍(じじい)にすぎぬよ。

 こうして人化して水瀬(みなせ)の名で暮らしておる。

 そなたらも好きに呼ぶがよい」

「では、ミナセ様でかまいませんか?」

「うむ」

「では、わたしはミナセどので」

「ああ、よいよい」

 ちなみに、殿呼ばわりはスアードちゃんの方ね。

 ラミアは蛇族だから、龍であるじっちゃんを無条件に上にしにくいんだろうな。

 じっちゃんはそのあたりが理解できるようで、まるで小さい子でも相手にするみたいな余裕の態度だったけども。

「それでミナセ様、本日のご用向きは?」

「いやなに、ここに『ユウ』がおると聞いての、用を済ませに来た。それが半分じゃな。

 もう半分は、このお嬢ちゃんが無事にたどり着けておるかの確認のつもりだったんじゃが……こうして無事確認できたからのう」

「ユウ様にご用という事ですか?」

「うむ」

 そういうと、じっちゃんは俺を見た。

「実は以前、香織(かおり)からこの世界にあらざる道具を預かっておった。

 理由はユウ、そなたがいたからじゃ」

「俺?」

「異界の魔道具なんぞが近くにあれば、いつ影響されて目覚めぬとも限らぬであろう?

 ふたりは、そなたがこの世界で力に目覚める事を望んでおらなんだ……誰も持たない力など、きっと災いの元になるとな。しかし」

 そこまで言うと、じっちゃんは俺を見た。

「理由はともかく、ここまで目覚めてしまっては意味がなかろうし、それにこんなご時世じゃからな。

 あのふたりがおらぬなら、息子のそなたが求めるなら引き渡そう。

 で、確認じゃ。

 そなた、魔弓(まきゅう)の使い手になる気はないか?」

 え?弓?


アキツ(秋津): トンボの古名。


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