情報[1]
目覚めたマオと軽く食事をとり、それから情報交換をはじめた。
お互いについての細かい話をはじめるときりがないので、本来の俺の質問、現在の状況についての情報を求めた。
「えっとねえ、これこれ」
「ん?」
マオが何かをつぶやくと、ポンと空中に書類が現れた……ってオイ。
「おまえ、それって」
「アイテムボックスがどうかしたの?」
「いや、そうじゃなくて」
アイテムボックスは精霊魔法の一種で、もちろんマオは精霊使いじゃない。
だけど、精霊使いでないヤツでも精霊が認めれば持つ事ができるわけで、マオも便利に愛用していた。それはわかってる。
問題はそこじゃない。
「おまえ、なんで中身入ってるんだ?」
俺が帰ってきた時、服も荷物もなくなってアイテムボックスもカラッポだった。
なのに、マオのアイテムボックスにはどうしてモノが入ってる?
「ユーとマオの転送が全然違うからだよ」
「ん?」
「マオはただ、ユーのいるとこに飛ばしてもらっただけだもん。ユーは違うでしょ?」
「ああ、そりゃそうか」
あの世界にある転移・転送魔法の類いは基本、行ったことのある場所や知った者のそばに行くためのものだ。まったく未知の場所には行けないし、知っていても転移魔法等の習得前に知ってた場所にも行けない。
そうでないなら、せいぜい川の対岸など、見える範囲に飛べるだけだ。
当然だけど、その方法では俺は帰れなかった。
そりゃそうだ。
地球で暮らしていた時、俺は普通の人間だったんだから。
けどマオの場合、単に俺を追いかければいいわけだ。
今のマオに転移魔法が使えるかは知らないけど、どちらにしろ世界間転移はエキドナ様の仕業だろう。だったら、何とかなったに違いない。
「でも、なんで今さら?」
「え?今さら?」
「ん?」
「え?」
……なんだ、いまの妙な違和感?
そういや獣人マオの外観コンセプトは「頼れるお姉さん」だったっけ。
と、そこまで思ったところで、ふと気づいた。
もしかして俺とマオの時間って、ずいぶんと大きくズレてるんじゃね?
転生してる時点で、数ヶ月はズレてるとふんでたけど。
色々勉強したり修行したりしてるみたいだし、まさか月でなく年単位?
まさかとは思うが……。
むむ、確認してみるかな?
「まぁマオ、おまえもしかして随分がんばって勉強したか?」
「ん?わかる?」
「ドヤ顔せんでもいい、まぁよくがんばった」
「えへへー」
やれやれ、何がうれしいのやら。
「するってーと、やっぱり時間がズレてるみてーだな」
「時間がずれてる?」
「俺たちがエルフ領で別れてから、再会するまでの時間がズレてるんだよ。まぁ別の世界にいたせいだろうな。
それで質問なんだけど、あれからマオの方はどのくらいたったんだ?」
主観時間という言い方があるけど、あまり一般的な言葉じゃないだろう。
なるべくやさしい言葉で聞いてみた。
「ん?よくわかんないけど、転生してから精霊術は十年お勉強したよ。あとお話と魔法も習ったよ?」
「そう十年……え、十年!?」
「うん」
まじか。
これ十年たったんじゃなくて、最低でも十年以上過ぎたって事だよな?
……おいおい、こりゃまた想定外な。
「おい……俺、昨日帰ってきたばかりだぞ」
「うん、少しは追いついた?」
どう?どう?とドヤ顔。
その笑顔にどことなく、ニャーと機嫌よさげに鳴く前の姿がかぶった。
あー……今よくわかったわ。
この自慢げな感じ、活躍した後の、しっぽピンと立てて偉そうなマオそのものじゃねーか。
「うむ、まぁ、ちっとは大人になったかな?」
「む、それなに?あんなに激しくしといて」
「それはそれ、これはこれだ」
内心ドキッとしたが、何とか話をおさめた。
だけど、何かマオがニヤニヤ笑ってる気がするのが気に入らないんだが……。
「ところで、その姿で何か困った事とかないか?」
「?」
「だから、猫族から人の姿に変わったわけだろ?問題はなかったのか?」
筋力の低下とか夜間の行動とか、さぞかし制約も増えただろう。
だけど。
「んー、身体が重くなったねえ。いっぱい練習したけど」
「ほう、やっぱり運動能力は落ちたと……練習?」
「エルフのおねーさんたちが、シッポと耳をうまく使えれば大丈夫って、だから練習した」
「ああ、そういうことか」
要するに、耳と尻尾をうまく使えば、以前に迫る運動能力が得られると言われたんだな。
で、素直に練習して実際にそれをクリアしたと。
猫にとって耳は重要な感覚器だし、長い尾はバランサーだからな。わかる。
「あと、寒くなった」
「さむい?」
「うん」
「そりゃまぁ。モフモフから人肌だからな」
「寒い季節は服がないとダメだねえ」
「マオ」
「?」
「寒くなくても服は着なさい」
「えー」
「えーじゃない」
暑いからっていちいち全裸徘徊されたら困る。徹底しておこう。
「むう、やっとユーを悩殺できたのに」
「おい」
「……ユーはイヤ?」
「そんなことないが、ここは安全じゃないからな」
「え、そうなの?」
安全じゃない、の言葉にピクリと反応した。
さすが相棒、戦場は忘れてないな。
「安全確保されたんじゃなかったの?」
「確保されてるよ、ここは自宅だし安全地帯だ。
けど、残念ながら手放しで安全とは言えない。長居はできないぞ」
「……ここ、ユーのおうち?」
「おう」
「帰ろう、帰りたいって言ってた、ここがおうち?」
「おう」
改めてマオは、きょろきょろと周囲を見回し、ニオイを嗅ぎ始めた。
「ん、ユーに似たニオイがふたつ」
「俺の両親だ……ゾンビになっちまって紹介できなくなったが」
その言葉にマオはピクッと反応した。
「ごめん」
「いいよ、ありがとな」
しゅんとしてしまったので、よしよしと頭をなでてやった。
……モフモフでないマオも、これはこれで可愛いかもなと思った。
「話を戻すけど、あっちの見解はその書類か?誰から預かった?」
「エルフのおばーちゃん」
「村長?」
「ちがう、ばーちゃん違う、別のおばーちゃん」
「む?」
あー……発音が明瞭になったのはいいが、語彙が微妙に追いついてないのか。
まぁ語彙なんてそのうち増えるだろ。
「とりあえず見せてくれるか?
そういや、内容について話は聞いてるか?」
最後の質問は念の為だった。
だけど、マオの返答は予想外だった。
「うん、聞いてるよ」
「そうなのか?」
「うん──こっちの世界にゾンビが出たのは、向こうの人間族の仕掛けのせいだって。
詳しいことは手紙の中にあるから、ふたりで見なさいって」
「そ、そうか……おまえ文字まで」
「習った」
「……そうか」
どうやら俺は、相棒の認識を色々と変えなくちゃならないようだった。
マオの持ってきた資料は驚くべき内容だった。
「俺を召喚した魔法陣から、エネルギー収集システムを作ってた?……ゾンビはその副産物だと!?」
馬鹿野郎、人間をなんだと思ってやがる!!
いや、そんなことはわかってたか。
あいつら、自分たち人間族以外なんて道具未満としか思ってなかった。差別うんぬん以前に、農民が家畜に向けるほどの感情すら持ち合わせていなかったというべきか。
それが幼児から老人まできっちりと浸透しきっていたようなやつらだ。
生きた人間を召喚できるんなら、エネルギーだけを吸い上げれば便利じゃないか……なるほど、あいつらなら考えついても不思議はないな。
ぎり、と奥歯を噛み締めた。
「ねえユー」
え?
気がついたら、マオに抱きしめられていた。
「落ち着いて、ユー」
「……お、おう、すまん」
「ううん、いいよ。これはマオの仕事だもの」
「え?」
「ユーは、すぐ、ぼーそーして変なことになるからね。マオがついてないとダメなの」
「……あのー」
「なあに?」
「てい」
「いたっ!」
ドヤ顔にチョップくれてやった。
「いたいよー」
「何が痛いよだ、いつ俺が暴走したよっ!」
「いま」
「……」
「ユー、怒るとまわり見えなくなるよね。
だから、止めるのはマオのお仕事だよ」
「お仕事って」
「この身体、前よりユーを止めやすいみたいだから、助かる」
「どういう意味だ?」
「うりうり」
「うわ、胸でスリスリすんなっ!」
「ちんちん、おっきさせてるのに?」
「おま……」
「ん○?」
「昭和の青年漫画みたいな言い方すんなっ!」
「?」
「いや、いい……はぁ」
「……」
「……あぁ」
「ん?ユー?」
「ああ、なんでもねえよ」
マオの言葉で、ふと思い出したことがあった。
あっちで理不尽な目にあって激昂してた時によく、マオがニャーニャー言いながらまとわりついてきたんだよな。
最初はうぜえ、うるせぇとかやってるんだけど、いつのまにか怒ってるんだか猫と遊んでるんだか、わけわからなくなったんだよ。
あの時は、まったく猫ってのはマイペースだな、でも癒やしにはなるかぁって思ってたわけだけど。
もしかして、あの頃からこいつはこうだったのか?
積極的に慰めてくれてた?
「ユー?どしたの?」
「なんでもない、おまえはいい相棒だと思ったんだよ」
「ん?そう?」
「ああ、おかげで落ち着いた。助かったよ」
「うんっ!」
マオは満面の笑みをうかべた……ちょっとドヤ顔入っていたが。




