さらに、なんかくるらしい
米軍らしき団体が東の海に去り、それでもしばらくは緊張が解けなかった。
でも、事件はこちらを待ってくれないらしい。
まったく、勘弁してほしいよホント。
「ユウ、食事中にすまないが緊急事態だ」
マオと食事中、唐突にやってきたのは、ラミアのお姉さんことアティーヤさんだった。
もちろんラミアなので下半身はガチの大蛇なんだけど、上半身は黒髪にムチムチプリンのお姉さんであり、実はなにげにすげー美女だったりする。
知ってるか?
ほとんど全裸で行動するラミアだけど、人間で言うと腰にあたる位置によく、ベルトのような鎧のようなものをつけてるだろ?
あれは人間で言えばパンツにあたるんだよ。
つまり、あの下にはお「ユー?」……おっと、なんでもない。
マオの「どこ見てるの」という目線に攻撃された俺はためいきをついた。
そして、そんな俺達をみたアティーヤさんはフフフと笑った。
「おっとすまない、ほっこりしている場合ではなかったな。
ユウ、伊豆半島のゾンビを始末して防衛戦を押し上げている部隊から、奇怪なドラゴンが現れたと緊急連絡があった」
「え、ドラゴン?」
思わず、横でねそべっているリトルの方を見た。
「もちろんリトルではない、まったく未知のドラゴンだ」
「まったく未知の……あれ、でも精霊たちは」
「すまん、精霊様には口止めを頼んだ。
何しろ精霊様が騒げば、即座に皆に知れ渡ってしまう。まずはユウに確認してと思ってな」
「そうですか……でも未知のドラゴンて」
どういうことだよそれ。
ちなみにリトルはというと、なあに?と首をかしげるだけだった。
「エキドナ様かな?リトル以外にもドラゴンを誰か送り込んでたって事ですかね?」
「いや、種別がわかるのなら奇怪なドラゴンとは言わないだろう。
我も精霊経由で映像を見せてもらったが、本当にまったく未知のドラゴンなんだ。
まるで我ら蛇族のように細長く、奇妙きわまりない形態をしている。
だが竜族に近い存在なのはわかる。少なくとも蛇種ではない」
「……細長いドラゴン?」
それ、むっちゃイヤな予感がするんですが。
「アティーヤさん、俺もその映像見られますかね?」
「うむ、一部ではあるが見せるつもりで持ってきたからな」
そして、精霊経由で映像を見せてもらったんだけど。
「……」
あまりの衝撃映像に、俺はあいた口がふさがらなかった。
「……」
「ユウ?」
「……」
「こらユウ!」
「うえっ!あ、ああごめん、つい」
「ついじゃない。
その驚きようだと心当たりがありそうだな。
どうか教えてほしい、この奇妙なドラゴンは何者なのだ?」
「何者って」
俺は映像をみながら、ごくりとつばを飲んだ。
「……俺自身、ちょっと自分の目か頭を疑いたい状況なんですが」
「?」
「いや、だってこれ……龍に見えますけど……そんな馬鹿な」
そう。
映像にあったのは、まぎれもない『龍』……中国や日本の昔話でおなじみの例のアレだった。
「りゅう?このドラゴンは、りゅうと言うのかい?
そんな馬鹿な、とはどういう意味だい?」
「いやだって、おとぎ話や伝説の存在なんですよ!なのにこんな!」
「ユウ、落ち着け」
「!」
気づくと、アティーヤさんが俺の顔をのぞきこんでいた。
めっちゃ至近距離なのに驚き、思わず絶句してしまった。
その一瞬を逃さず、アティーヤさんは言葉を紡いだ。
「なんとなく事情は察した。
要するに、ユウの常識では伝説の彼方で、実在しないはずの存在なんだな?」
「……うん」
「ならば話は簡単ではないか。
伝説にはその元ネタがあったという事なのかもしれないな」
「元ネタ……なるほど」
「あとは、そうだな。隣接亜空間の存在かもしれないな」
「隣接亜空間?」
なんだそれ?
「魔族の研究家によれば、世界というのはひとつ、ふたつと割り切れるものではないそうだ。
たとえば隠れ里のたぐいだが、あれはエルフの里のように幻術で隠す場合もあれば、自然にある隣接亜空間が元になっている、文字通りの『少し違う空間』というわけだ。
この『りゅう』も、そうした世界の住人かもしれないぞ。
伝説や目撃談があるのは、たまたまそれを見てしまったり、迷い込んだ者がいたのかもしれないな」
「隣接……亜空間?」
「ん?わからないか?」
「すみません」
「わかりやすい例でいえば、アイテムボックスさ」
「アイテムボックスですか?」
「うむ、あれは元々、隣接亜空間の一種だからな」
アティーヤさんは自分のアイテムボックスを開き、そして微笑んで閉じた。
「こんなものに可搬性をもたせ、多少の才があれば誰でも使える道具とする……我々は日用品のように使っているが、本来これは途方も無いものらしいぞ。ま、そこはさすがの精霊様という事だな」
へぇ……なるほど。
「他人のアイテムボックスの中を横から覗けないのは、少しズレた別の空間にあるからでしたっけ。なるほど理解しました」
俺はためいきをひとつついた。
「それで、映像だけですか?たぶんお話もしたんですよね?」
「ああ、それなんだが……当人、といっていいのか?彼は自分の事を『セノー』といったらしい」
「せのー?」
なんか、ひっかかる言い方だな。
「又聞きじゃなくて、当人の語った音声ってないですか?」
無茶振りかもしれないけど聞いてみる。
そしたら。
「これでいいか?」
そういってアティーヤさんが聞かせてくれた『音声』は、低く渋い男性の声で『セノオウ』と言っているようだった。
せのおう……瀬の王?
……いやまてよ?
もしかして!?
いやバカな、でも。
「それってもしかして、剗ノ王って言ってたんじゃ」
「せのおう?」
「富士山はわかりますよね?
昼間で晴れてて見通しがよかったら、あっちの方角にひとつだけ突出している高い火山です」
「ああ、わかる」
「富士山の北側に精進湖とか西湖なんて湖があるんですが。
実はあのあたり、古代には剗海っていう一つの湖だったんです。
千年ちょっと前ですかね、溶岩流に飲まれて大部分が埋まっちゃって、それで今の姿になったんです。
けど、今でも大深度地下でいくつかの湖はつながってるんだそうです」
「ほう……」
これは事実らしい。
実際、西湖や精進湖の水位などを調べていると、つながっているのがわかるそうだ。
「剗ノ王が本当の名前だとしたら……それは今で言えば、かつて剗海と呼ばれたあたりを中心とする龍王様という事になるかもしれません」
古き湖はもうないかもしれないが、要はそのあたりが勢力圏の中心という事だろう。
富士周辺には地下水脈などもあるわけだし。
もしかしたら、富士山全域が勢力圏って可能性もあるよな。
……で、そのまんまをアティーヤさんに話すと「なるほどな」と納得顔になった。
「あのフジサンなる山は、おそらく地元の信仰も集めているのだろう?」
「はい、霊山とか言われてますね」
「ならば竜王どのがいらっしゃっても不思議はないか……なるほど参考になった」
「あの、あくまで推測ですよ?」
「そりゃそうだろう、ユウは伝説と思っていたんだからな。
だが興味深いし、実際に確認がとれるまでこちらの竜王どのと仮定しておいて損はなかろう」
ふむ、とアティーヤさんは考え込んで、そして顔をあげて俺に言った。
「ユウの見解を皆に伝えてよいか?」
「はい、かまいません」
「わかった、こんな時間に悪かったな」
そういうとアティーヤさんは立ち去ろうとして「ああそうそう」とオマケのように付け足してきた。
「そのセノオウなる竜王どのだが、ユウに会いたいといっていたそうだぞ?」
「ちょっとまったぁ!」
思わず俺はアティーヤさんを止めた。
「そういう事は先に言おうよ、てーかどうして俺!?
いや、それ以前になんで俺を知ってるの?」
「さて、それはわからないな。
だがそもそも、最初防衛隊が聞いたのはユウでなく、おまえの母君の名だったそうだぞ?彼女は無事かと」
「……うちの親つながりですか」
「確認はとれてない。
だが、誰かがウソをついてなければ、そういう事なんだろうな」
アティーヤさんはクスクスと笑った。
「念の為、当面の間は我も石廊崎周辺に張り付く事とする。ユウも悪いが待機してくれるか?」
「……そんな話されたら待機せざるをえないですよ」
俺を訪ねて富士五湖の龍王様がやってくるだぁ?
なんなんだよそれ!?
思わず、俺はぼりぼりと頭をかいてしまった。
竜王どの:
ラミアは系統としては蛇なので、ドラゴンはあまり好きではない。
ちょっと呼称が微妙になっているのはそのため。
ただし、向こうの世界は種族間の嫌悪感よりも、子供や仲間に対する好意的感情の方が強い傾向がある。
そのため、アース・ドラゴンであるリトルがエキドナ様やラミアたちと仲良く共存できている。




