おいてけぼり
「こちらでもらった連絡によりますと、東京に古代兵器が使用されたようです」
「地球ではカク兵器と呼んでいるそうですが」
「そんな言葉のアヤは置いときましょう。
そもそも誰がトウキョウに古代兵器を撃ち込んだと?」
前にもチラッと話題に出ていたけど、向こうの世界では過去にすごい科学文明があったらしい。
だから彼ら研究者や学者は、自分たちで作れなくても知識だけは持っている。
彼らにとり、核兵器も、さらにその上と言われる地球では夢物語の超兵器たちでさえ「かつて誰かがこしらえたもの」なのだ。
「被害状況は?誰か巻き込まれた者は?」
「誰もいません。現地にいた人員は精霊または自身の能力で感知、脱出ずみです」
「地球人の生存者の被害は?」
「現地で接触した者が少しいるようですが、ともに周辺部に一次避難して無事だそうです」
「そうか、それはよかった」
ホッとした空気が流れた。
だが。
「ただ、近郊に残存していたコミュニティが反応したようです。
こちらの具体的な状況までは不明ですが、より関東中心部から外れる方向に移動しそうです」
「接触はしていないのか?」
「数百人から千人以上のコミュニティだそうですから。
あちらの先遣隊の目的と違いますし、だいいち現段階で大きなコミュニティとの接触は、伊豆方面隊の我々にだって危険すぎますよ」
「……」
ああうん、そうだろうな。
俺は先遣隊の人たちの会話を聞きながら、思わずひとりごちた。
エキドナ様の分身が動いているのは知ってたが、先遣隊の別働隊がいるというのは初耳だ。
けど、そちらの連中の目的がなんであれ、現時点で千人以上の集団ということはないはす。
その状況で自分たちと同数かそれ以上の集団と関わるのは難しいだろう。
この分だと、他にも派遣部隊がいる可能性あるな……。
ちょっと気になるところではあるが。
「今回の爆発ですが、実は発射元と思われる国の方でも異変が確認されました」
「ん?どういうことだ?」
「わかりません。
しかし、火消しの精霊が動いたようですね」
「火消しの精霊?」
なんだそれ?
「古代兵器の過剰なエネルギーを嫌う精霊のことです。
かつての地球がどうだったかは知りませんが、今は精霊がこれだけ活発に動いているんです。
環境が大きく変わるような強力な兵器を使うと干渉が行われますよ。
使った者たちには大きなマイナスの補正が働きます」
へぇ……そんな精霊がいるのか。
「なんでそんなに嫌うんだろ?」
「まあ簡単にご説明すれば。
熱量のほか、地上では毒になるものも盛大にばらまかれるからだそうです」
「……ああ、なんとなくわかったかも」
核兵器のばらまく大量の放射線などは、生き物に害をなすものが多いもんな。
そりゃあ嫌われるか。
「それで発射元の状況は確認したのか?」
「精霊様に情報を求めていますが……発射元では大きな事故が起きたようです。
これにより兵器類が使えなくなったほか、現状の国家体制の維持にとどめをさされた形となったようです」
ほほう。
「もしかして、外国に干渉以前の問題になっちゃったんですか?」
「食料やエネルギーなど、元々かなりギリギリの状態だったようですね。
そんな状況で、何を考えたのか東京に核ミサイルなんか撃ち込んだんです。
当然の反撃をうけて、社会秩序の根本が壊されたようです」
「なるほど」
くわしい話はきかないほうがよさそうだな。
なるほど。
何を考えたのか知らないが、この状況でひとの国に核ミサイル撃ち込んだんだ。同情する気にはなれないな。
「他からの干渉といえば、無人の偵察機械の件はどうなっている?」
「わかっているのは二カ国。しかし今回、攻撃を行ったとされる国ではありません。別の国です」
「違う?」
「その二カ国は、どちらも部隊をこちらに派遣するようです。時期が前後すると思いますが、いずれここ石廊崎にやってくるでしょう。
目的はそれぞれ異なります」
「それが判明しているということは、精霊様経由の情報かな?」
「はい、そのとおりです。
片方の国は、こちらに問い合わせのため使節をたて護衛を率いてくる模様です。
本拠地は、すぐ西の大陸にあるようです。
可能性としては、我々とソンビたちに何らかの関係があると予想し、情報を欲している可能性を考えていますが、油断はできないでしょう」
となると中国かな?
「もう片方の目的は判然としませんが、精霊様に調べていただいた範囲でいえば、彼らの目的は我々先遣隊のようです。
最終的に故郷に戻るつもりであり、故郷とは、ここの東の大海をはるか東にわたった向こうの大陸にあるようです」
太平洋の向こうだとするとアメリカって事か。
「我々自身が目的……正体を探る、つまり異分子の調査でしょうか?」
「それがよくわからないのです。
異種族以前にまず単に女と見ている者まで混じっておりまして、精霊の答えもハッキリしません」
「はぁ?女?」
「集団としての意思統一がとれていない可能性を考えておりますが」
「どちらにしろ物騒だな」
最悪の場合、武装した軍隊がみんなを追い回し狩るってことだよな?
まずいじゃないか。
「まさかと思うけど、みんなの容姿に反応したんじゃないだろうな……さすがにそれはないか」
思わず、ぽつりとつぶやいた。
そしたら。
「ユウさん、それはどういう意味ですか?」
「あ、すみません。さすがに俺の妄想だと思うんで」
「いえ、よろしければ聞かせてください。
かりに妄想だとしても、この世界の人間の妄想だ。我々の知らない情報があるかもしれません」
そのエルフは、皆の会話中どっと何かを考え込んでいたひとだ。
この先遣隊でも俺と面識があまりない──おそらく学者だと思うんだが。
妄想は妄想でも、地球人目線の妄想ってことか。
なるほど一理ある。
「そうですか、でも本当に妄想レベルですよ?」
俺は地球の人種、特に白人・黒人・黄色人種について手短に説明した。
「他にも少しいるけど、大多数はこのあたりに収まると思います。
で、重要なのは、俺たち日本人は東洋人のくくりになって、この黄色人種のひとつになります。
そんでエルフやラミアの皆さんの人間部分のデザインって、どちらかというと白人ぽいんですよね」
「なるほど、我々の容姿からむしろ自分たちに近いと考えたと?」
「故郷に帰るのが目的なら、ここでいい女をとらえて持ち帰ろう、なんて者もいるかもですね」
「いや、だから妄想ですって。エルフはともかくラミア相手にそれはないでしょうし」
俺は苦笑いした。
けど、その笑いにすぐ反応した人がいた。ラミア族のアティーヤさんだ。
「いやまてユウ、その仮定でいけば、少なくともエルフは女とみえるのだろう?」
「はい、それは」
なんせエルフたちって、地球製ファンタジーお約束のエルフそのままだしなぁ。
「だったら、ユウの妄想は全くの絵空事とは言えないのではないか?
我らラミアにしても、たしかに下半身は蛇なのだから異形ではあるが、もしかしたら仮装か何かと思っている可能性もある」
「えー……ありえますかね?」
「ひとつ聞くが。
ユウ、おまえはエルフや我々ラミアの女を見て、ちゃんと女と見ているのだろう?」
「あ、はい。そりゃもちろん」
「だったら、おまえより容姿の近いその連中が、我々を女と見ないとなぜ断言できる?」
「!?」
「わかったかな?」
「……はい、なんか納得しました」
いやでも。
そう仮定すれば、別に不思議はないのか?
あまり当たってほしくない仮定だけども。
「しかし、アメリカから来るってことは米軍なのかな……けど変じゃないのかな?」
「変?」
「俺は国だの軍隊だのって基本的に信用できないんだけどさ。
けど日本はアメリカと同盟結んでるんだぜ?
なのに、その日本に女さらいに来るかね?」
「そもそも正規の軍隊なんでしょうかね?」
「え」
そのコメントを入れてきたのはユミだった。
「どういうこと?」
「こんな状況ですよ?保護した民間人に最低限の訓練して使っている可能性は?」
「……なるほど、非常時だもんな」
「はい、わたしもそう思います」
普通、軍隊でそんな事をするのは非常識だろう。
けど、ソレを言うなら世界中ゾンビだらけの今が普通のわけがない。
それに米軍は世界のあちこちに展開していて、本人だけでなく家族が行ってる場合もあるときいたことがある。
かりに帰国するとしても、家族は民間機で、なんてわけにはいかないだろう。
そして人も足りない。
だったら若者をスカウトして臨時の補充要員に、なんて事もありえないわけじゃないか……よくわからんけど。
だけど俺は、本質的なところで、まだ見通しが甘かった。平和ボケと言い換えてもいい。
そう。
よその軍隊の襲来というイベントは遠い世界の話でなく、もはや目の前の事になっていたのだから。




