ザ・デイ・アフターのソーシャル対策
なぞのゾンビ討伐問題は、精霊使いに目覚めた老人、ヨシオさんのレベル上げによるものだという事がわかり、とりあえず解決となった。
ヨシオさんは今のところ合流の予定がなく、奥さんを埋葬した山の家で生活を続けるつもりらしい。
普通に考えると年寄りの独居は危険だと思うけど、精霊使いだもんな。
まぁエルフが監視下に入れたみたいだし、何かあれば保護するんだろ。
それより別の問題がある。
「そうくるとは思わなかったなぁ」
例のドローンの件をヨシオさんは危険視していた。
そしてこうも言われたんだよ。
『ユウくん、離島に逃げ場を作る件だが、伊豆の内部に作る事はせんのかね?』
『もしかして、それは籠城用ということですか?』
『ああ、そうだ。
南伊豆にどれだけの人がいて、どれだけの戦力があるのか、わしは知らない。
しかし、近代兵器をもつ者相手の戦いとなると未知数だろう?
万が一を考えれば準備は必要じゃないかね?』
うん、そうなんだよなぁ。
俺は先遣隊の戦力を低く見積もってはいないけど、アメリカや中国の軍隊が来たら対処しきれるかっていうと……情報が足りなくて見積もり困難だけど、いやな予感しかしない。
まぁそりゃ俺だってさ、ここに来る前に、銃をもった連中にまがりなりにも対処した。
けどそれは相手が素人で、しかも拳銃レベルの小火器の場合だけだ。
プロの軍人相手に戦えるのか?
ミサイルだの迫撃砲だの、重機関銃だの相手にできるもんなのか?
さて、どうしたものか?
しかし現実は、そんな俺の逡巡なんか待ってはくれないのだった。
ヨシオさんのとこから朝帰りしてマオにニオイを嗅がれ、とりあえず受け入れられた。
そして、たった一日の留守でずいぶんときれいになった家に驚くことになった。
しかも。
「玄関できてる」
うちがエルフ式の家なのは話したと思う。
別にエルフ式に限らないけど、向こうは土足厳禁の家は少ない。なぜなら、さっさと家の中に入って安全確保するという考え方があるからだ。土禁にするなら特定の部屋のみそうするらしいんだけど、めんどくさいという事か、あっちでもほとんど見なかった。
なのに俺の寝室だけ、入り口に三和土に似た空間が用意され、靴を脱ぐように変わっていた。
それだけではない。
「……」
精霊靴を脱ぎ、あがりこんでみた。
室内にも、畳とは少し違うけど素足で歩き回る前提の柔らかい床が整備されていた。精霊靴に守られていた俺の柔らかめの足であっても違和感や硬さがなく、畳のように歩き回る事ができそうだった。
そしてベッド……なんかデカイ。
この大きさの理由は言うまでもあるまい。
「どう?」
後ろでドヤ顔のマオに質問する。
「なかなかいい部屋になったな。けど、なんで土禁になってるんだ?」
「イヤだった?」
「ありがたいよ。でも俺、マオにリクエストしたっけ?」
「ユー言ってたでしょ、寝室は土足厳禁にしたいって」
それは俺のひとりごとだ。マオに伝えたつもりはないし、聞こえるところで言った記憶もない。
「……聞いててくれたのか」
「あたりまえ」
えっへんとふんぞりかえるマオだが、実際ふんぞり返るだけの事はあった。
「ありがとうな」
「えへへ」
感謝をこめて頭をなでてやると、マオは嬉しそうにプルプルとふるえた。
さっそく休んでみたかったけど、その前にやる事があった。
先遣隊の責任者な人たちに、精霊経由でヨシオさんの言葉を伝えた。
そうすると、すぐに反応があった。
『エルフ側は、すでに非常用の避難地を確保ずみです。結界を張り巡らせてありますので、いざという時はユウさんたちも来てください』
「はやっ!」
『ラミア側もまもなく設営完了する。こちらは異空間を利用したものだが、もちろんユウたちが入る程度の収容には問題ない』
「あの……なんでそんなに早いんですか?」
思わず、素で質問してしまった。
そしたら、すぐに返答がきた。
『もともと危険にそなえ、最初から集落を二重化していました。
かなり優先的に作業していましたが、無人機の件から最優先に切り替え、昨日は多くの者が避難拠点や防衛機構の確立に走り回っていました。
あらゆる事に対応しなければならない、それが先遣隊ですから』
「……なるほど、わかりました」
これは、あれか。
みんながすごいんじゃなくて、俺が平和ボケのバカってことか。
……そうだよな。
外国のドローンなんかみつけた時点で、万が一の対策をするなんて考えてみたら当たり前のことだった。
だめだろ俺、しっかりしろ。
『イズ半島の随所に監視所も作っています。精霊に頼んでいるところもありますが、部分的には実際に人員を配置もしています』
おお、すごい。
『あと、ニホン側の関係者を探しているのですが、こちらは難航しています』
「え?」
日本の関係者って?
「関係者って、誰を探してんですか?」
『政治関係に話の通せる人物を探しているのです。できれば事件直前まで現役だった方を』
「え、なんでまた?」
この状況で政治家なんか探してどうすんだよ。
けど、そんな俺に答えはすぐかえってきた。
『法的な根拠なり、実質的な承認なりを得る事ですよ。
我々はニホン人でなく、またこの世界の民でもないでしょう?
避難民という事情があるとはいえ、異分子なのです。
どうせ住み着くなら、たとえ念書レベルでもいい。誰かの承認があったほうがいいんですよ。
ユウさん、我々は新参者なのです』
「……な、なるほど、そうですね」
そんなことまで考えてたのかよ。
やばい、俺、なーんも考えてなかった……。
『目の前の問題として、ニホンには住民台帳のようなもの……コセキ制度でしたか、あるのでしょう?
かつての社会秩序が完全に戻るのは困難だと思いますが、地方単位で社会システムが再稼働する可能性はありますよね。
ユウさん。
かりにそうなった場合、マオさんをどうやって住民登録なさいます?』
「それは……!」
そんなこと、考えたこともなかったよ。
「すんません、俺、想像もしてませんでした」
生活できれば問題ないって思ってたよ。
正直にそう言ったら、軽く笑われた。
『そりゃユウさんは若いですから、そういう考えに及ばないのは当然の事でしょう』
『大人びた部分もあるが、そういうところは普通に若いな。
ま、これは我々大人が指摘すればよい事だろう』
『ですねえ。
あらためて申し上げますがユウさん』
「あ、はい」
『たしかに地球の人類社会は大きなダメージを受けたわけですが、全滅してしまったわけではないという事です。
生きている人が集まれば村が、やがて町ができます。
生存者同士が呼び合い集まり、ついに都市レベルに到達したならば、そこには互助の考え方ができます。村なら個人の厚意で動かせていた事でも、大きくなると予算にしろ采配にしろ、流れが必要になるからです。
かつてのように住民登録を行い、社会を再建しようという動きは出るはずです』
「……できますかね?」
さすがにそのレベルになると俺は懐疑的なんだが?
『限定的ならありえるでしょう。
ユウさんはご存知ないと思いますが、向こうの世界にも住民台帳を採用している国はありましたよ?』
「え、そうなんですか?」
『はい』
そりゃ初耳だ。いったいなんのために?
『要はけが人や遺族の支援目的なんですよ。
皆で少しずつ税を支払うことで、魔物や戦乱などで収入のあてを失った者、働けなくなった者、さらに残された遺族を支援するシステムを組んであるのです。
当然、ただ恩恵にだけあずかろうという人を排除しなくちゃ破綻してしまいますから、そのために台帳を作り利用しています。
こちらでも現実的にありうる事ではないですか?』
「……ありえそうですけど、うーん」
ヨシオさんは健康だったけど、あれで生活困難な病気を持っていたら?
生き残りの人が皆、若くて健康とは限らない。
怪我をした人もいるし、風邪をひいて寝込む人もいるだろう。
どうやって皆で生き残るかを考えたら、ありうる事かもな。
社会が崩壊している状況で、具体的にどうすればいいのか想像もつかない。
けど、たとえば衣食の保証なら避難所のように皆で集まり、共同生活の仕組みを作り、皆の少しずつの負担で運営できればいいわけかな?
……ああ、それで戸籍みたいに、このひとは仲間ですよってものが必要なわけか。
だよな、でないと義務を支払わず、恩恵だけを食べようってヤツが出るもんな。
『ご理解いただけましたか?』
「はい、理解できました。ありがとうございます」
俺は精霊通信ごしに頭をさげた。




