お礼とイカ
「……」
なんとも言えない目覚めだった。
悪夢ではない。
悪夢ではないし救いもあるんだけど、切ない夢ではあった。
……とりあえず、やる事はひとつだろ。
俺に抱きついて眠ってるマオを起こす事にした。
「おいマオ」
「にゅ」
ニュ、じゃないって。
ほっぺたをつついてやると、今度は「ぷう」とか言い出す。
ちっ、猫の時なら鼻をつまんでやったんだが……よし、つまんでやろう。
「……んんんん〜」
「起きろ」
鼻をつまむと、眉をしかめてマオが抵抗を始める。
マオと俺の激しい攻防は、いつのまにか入り口にユミが、とても残念なものを見る目で見ているのに気づくまで続けられるのだった。
「来てたなら教えてくれればいいのに」
「楽しそうでしたので」
「お、おう」
それくらい自分で気づけって事だよね?
はい、すみません。ごめんなさい。
次第に集会場と化しつつある、元石廊崎漁港のはずれに建てた俺たちの家、いろりの間。
今朝はエルフの人たちが来ていたので、さっそく夢の話を聞いてみた。
「ポロ……ああ、南の若枝のポロですね。はい、生存者捜索チームにいますよ。彼女が何か?」
「その人が訪ねてる、一人暮らしの爺さんなんだけど精霊使いで間違いないか?」
えっという声が聞こえた気がした。
「ちょっとお待ちを。今、本人に確認します」
担当さんは額に指をあてて連絡を飛ばしていたが、やがて顔をあげた。
「どうやら間違いないようですね。
しかし、なぜその情報を?
ポロが生存者に接触した連絡は受けておりましたが、人物そのものについては我々もこれから聞くところだったのですが?」
「夢で見た」
「精霊夢ですか。なるほど」
納得してくれたらしい。
「ポロさんに、その人に伝えるよう頼んでくれるかな?俺がありがとうと言っていると」
「お礼ですか?何かあったのですか?」
「県道以南のゾンビだけど、その爺さんがレベル上げがてら退治してくれたっぽいんだ。今のエルフ居住区のやつもだよ。俺たちの仕事だったから、せめてお礼くらいはね」
「ほう、わかりました」
エルフの担当さんはそれだけ言うと、再び遠くに通信するような顔をした。
「了解とのことです。しかし、ユウさんご本人がおっしゃらなくてよろしいのですか?」
「真正面からお礼を言えば、たぶんお叱りを受ける種類の人だと思うんだ」
自分のレベルアップのためにやったんだと言われると思う。
けど、そう言ったら担当さんは少し考えてからこう言った。
「そういう事ですか……わかりました。
ですが、ひとつよろしいですか?」
「はい」
「お礼をなさりたい気持ちがあるのなら、無駄でもしておく方がいいと思います」
「そうかな?けど不愉快にさせたら」
「それはそうですけど、お礼を言われて悪印象をもつ人は少ないでしょう。ユウさんがひどい態度をとれば別ですが」
「……」
「これは私個人の考えですが、そういう時に使える、よいイイワケがありますよ」
「言い訳?」
「あなたのご事情はわかりましたが、私はありがたいと思ったのでお礼をしたいと押し切るのです」
涼しい顔で担当さんは言い切った。
「贈り物だけは渡してしまうのです。笑顔で直接手渡し&お礼つきで。どうですか?」
「……それ迷惑になりませんかね?」
「当人のお嫌いなものでなければ大丈夫でしょう」
なるほどね。
「今ならポロもいますからね、フォローもしてもらえるでしょう」
ああなるほど、それもそうか。
「じゃあポロさんにさ、彼の喜びそうな物を尋ねてくれないかな?足りない物資とかでもいいよ」
「わかりました、しばしお待ちを」
そう言うと担当さんは再び黙った。
少しして、ウンとうなずいて担当さんは言った。
「山なので魚介類がいいそうです。特にイカやタコがおすすめだそうです」
「それはまたなんで?」
「いくらか食べ物の差し入れをしたそうですが、イカ・タコ類について聞かれたそうです」
「わかった、ありがとうございます」
それはありがたい。
俺は素直に、その流れに乗っかる事にした。
話を終えた俺は、さっそく来ました神子元島。
すいません、灯台関係の皆さん。勝手にお借りしてます。
「みんな悪いけど、イカを探してくれるかい?──こんな感じで」
『わかったー』
だいたいの大きさや形についてのイメージを送ると、精霊たちがパーッと散っていく。
ところで。
「なんでリトルまできたの?」
「ウル?」
「あのなあリトル、俺はよそにあげるお土産をとりにきたんだ」
「ヴルウ」
問題ないっておまえ……。
困っていたらマオがクスクス笑った。
「なんだ?」
「ユー、まだリトルが小さい子だと思ってる」
「まだ子供だろ?」
アース・ドラゴンって、大人になったらすげー大きさになるんだろ?
「それはそうだけど、もう十歳過ぎてるんだよ?いつまでもダダッ子じゃないよ。ねえリトル?」
「ヴルッ!」
んー、そんなドヤッ!みたいな反応されてもなぁ。
けどまぁ、わかった。
精霊に探してもらっている間に、別の精霊たちに頼み、近くに転がっていた残骸のようなものを集めてもらう。ボロボロの木材やら何やらで、しかも水に沈んで半分腐ったようなものまで。
こんなん何に使えるのって言われそうだよなぁ……実際、俺も昔はそう思った。
だけど精霊たちにかかると、話がちょっと変わる。
精霊たちは素材を粉末以下のレベルまできれいに粉砕する。
で、使える部分だけを集めてもらって組み直すとアラ不思議、元が木材とは思えないキレイな板が完成する。一種の合板ってやつになるのかな?
で、同じことを繰り返し、2つほど箱を作り上げた。
「ん、いたか!」
いいタイミングで精霊が、大型のイカと思われる群れを発見してくれた。
その中から特に大きな個体ばかり選び、次々に引き上げてもらう。
半数ほどはその場で解体して干すが、それ以外は向こうの漁民に習った方法で墨を吐かせ、片方の箱には生きたまま収納する。
やがて生とそうでないイカの箱ができあがった。
生の方には氷をいれてまぜておく。
で……とどめに一本、なぞのカツオみたいなのが釣れたので、これもつけよう。
「よし、これでいいか」
即座にさっきのエルフの担当さんを呼び出した。
『もう集めたのですか?』
「あくまで気持ちのレベルですから」
すぐにひとりで食べるには多いと思うけど、おそらく問題ないだろう。
そして念の為に半分はもう干してあるし。
『それでは、指定する地点まで移動できますか?』
「あ、はい」
指示を受けた場所は……。




