閑話・夢
別の人の視点です。
次回から元に戻ります。
『どうしたの?何を泣いているの?』
『な、なんでもねえっ!』
『うそ、泣いてたじゃない』
『……ねえやが、ねえやが』
『さびしい?』
『うわぁぁぁぁっ!!』
『ああごめん、ごめんね、泣かないで。ね?』
妻が亡くなって、もう一年が過ぎた。
わしみたいな半端な男を黙って、ずっと支えてくれたいい女だった……歳をとり、せめて少しは楽させてやりたいと思っていた、そんなある日にそれは起きた。
突然に現れた、歩く死体──まるで映画のアレのような連中だ──に妻は襲われ、足を踏み外して転落死してしまった。
油断していた。
平和ボケしていたのかもしれない。
少し前からニュースになっていたが、まるで別の世界のように思っていた。だからその日も妻を誘い、父の残した山小屋に向かっていた。移動は車だし問題ないと。
その途中、休息中に妻は襲われたのだった。
「……」
その妻はここ、山の屋敷の裏山に埋めてある。
ゾンビを避けて車に妻を積み込み、ここに来るのでせいいっぱいだったからだ。
葬儀屋にも連絡がつかず、坊主も呼べなかった。
父の遺物にお経があったからそれをとなえ、わしの手で仮の葬儀をした。
いずれ治安が戻れば葬儀屋に相談すればよかろうと思った。それまでは夫であったわしが守ろうと。
だが、治安は戻らなかった。
町に降りられなくなった……いや、降りても意味がなくなった。
ひとの町でなくゾンビの町と化した麓。これはもう無理だ。
わしは燃料を無駄にして走り回るのをやめ、山の家に戻った。
あれが何とかなるまでは籠城するしかなくなったのだ。
父は金がないなりに道楽者だった。
知人のツテで狭い土地を入手し、そばにあった小さな小屋とともに一種の別荘のようにしていた。生前は時おり、ミニバイクに農具を積んで走る姿が見られたものだ。
そんな父の小屋だが、大型の太陽電池とバッテリーがあった。
最新の高効率なものとは比べ物にならないが、代わりに大きさでカバーしたのだろう。バッテリーもまだ生きていたし、夜の明かりと最低限の家電品には、有り余るほどの発電力を持っていた。
さらに未完成の菜園に野菜の種、家庭菜園の本まであった。
わしは数ヶ月はもつ量の保存食を探してくると、さっそく父の菜園にクワを入れた。
育ちの早い芽モノも並行で育てた。こちらはすぐに食卓に華を添えてくれるようになった。
それからは、近郊のゾンビ退治と、菜園の作業が日課になった。
しかし、わし自身にも問題が起きた。
何やら珍妙なものが視界のあちこちに見え始めた事だった。
奇妙な存在だった。
小さい頃、遅くなった家路の夕闇で見かけた事があるような気がする。
あの頃はてっきり、逢魔が刻に現れる不吉なものを垣間見たように思ったのだが。
たしかにそれは、人とは違う奇妙な子供たちだ。
奇妙というのは姿かたちではない、目だ。
いやまぁ、たしかに着物姿は今どき珍しいが、変わっているのは服装だけではない。
とてもとても、澄んだ目をした子供たち。
いったい、わしはどうなってしまったのだ?
万が一にも家にこないよう、近郊のゾンビを始末していたせいか?何かに感染でもしてしまったのか?
悩んでいたら、子供たちのひとりが話しかけてきた。
『ねえねえ』
「ん?わしか?」
『やっぱり、ぼくたちが見えるんだね!』
たちまち、わっと声をあげて子供たちが集まってきた。
聞けば彼らは精霊といって、普通のひとの目に見えないだけで幻でもなんでもないらしい。
よくわからないが──しかし、小さい頃に見たような気がした理由はそういう事か?
きいてみたら、たぶんそうだと言われた。
やはり、わしは病気か何かになっているのではないか?
病気の人間が、普段気づかないような事でも知覚するように、子供の頃にしか見えなかったものを見させているという事か?
ううむ。
だがまぁ、こんな生活だ。
気がつけばその精霊たちとわしは、作業中やら夜やらに話すようになっていた。
何しろ向こうは常に近くにいるわけで、自然と話は進んだ。
そして、いくつか面白いことも耳に挟んだ。
「君らと話せるようになったのは、あのゾンビを始末したせいだと?」
『うんうん』
『もともと、そしつがあって、めざめたんだね!』
興味深い事だったが、彼らの話を聞き込んで見ると、さらに面白いことがわかった。
ゾンビをこの世界に仕込んだ犯人は、別の世界の人間たちであること。
その者たちは、この状況を利用してこちらの世界に渡り、下田を占領していたが退治された事。
退治したのは、異世界帰りの青年と、彼の仲間である向こうの世界の、ただし犯人とは違う種族の者たちだという。
聞けば向こうの世界は、その人間たちによって地球よりもひどい状況であるとのこと。
そしてその異世界帰りの青年は、向こうでお世話になった者たちの避難を世話するため、全滅した南伊豆に拠点をこしらえ、自活できる環境を整えているのだという。
ほほう。
まるで、孫が見ていた『ラノベ』というやつの主人公のようではないか?
それは面白そうだな。
わしは精霊たちに手伝ってもらい、見つからないように調査してみたんだが。
「……もしかして、手こずっておるのではないか?」
近日中にそんな大人数を受け入れるのなら、安全地帯を広くとらねばならんだろう。
しかも南伊豆地域は、町や施設の規模のわりにリピーターも多い人気の土地だったはず。つまりそれはゾンビも多くいるという事。
なのに、道路封鎖ですら限定的だ。
簡単に封鎖して橋は落としているようだが、積極的に作業している雰囲気がない。
ふうむ。
もしかしたら仲間内の調整に難儀しているのかもしれんな。
まぁ、そこが若さか。
どれ。
わしは家にある地図を広げ、あれこれ見聞した。
……ふうむ。
あからさまに手を出せば、迷惑と言われるかもしれんな。
しかし、わしとしても『レベルアップ』とやらのためにゾンビ狩りを勧められている身。
だったら。
このへんの手つかずのゾンビどもを貰ってもかまわんよなぁ?
「君ら、ちょっといいか?」
『なあにー』
「ゾンビの始末を手伝ってくれると聞いたが、どこまでできる?」
『んー』
『いまのおじいちゃんの力だと、40くらい?』
40?40体か?
「そんなものか。休み休みするしかないかの」
『しまつしたら、そのぶん増えるよー』
他でもないゾンビを始末していくことで、一度にゾンビを始末できる上限が増えるというわけか。
ふむ、よくできたものだ。
「そうか。
ならば訓練がてら、明日から積極的に狩りに行くとするかの……手伝いを頼めるかね?」
『いいよー』
『おけー』
精霊たちは楽しそうに笑った。
月のきれいな夜だった。
翌日から、南伊豆方面のゾンビの掃討を開始した。
ちなみに。
『ユウたちに会わないの?』
「いらんじゃろ」
こちとら勝手にやっておるだけじゃ。
それに向こうもゾンビ狩りして魔力を増やしたいのなら、わしのやっておる事は邪魔に思われるかもしれん。
「ま、用があればそのうち来るじゃろ」
ユウというのが問題の者のようだが、わしは会う話を断った。
いやま、わしだって男じゃからな。
今の暮らしで健康になったのかのう。どうも、そういう意味でも体が元気になってきておる。
そして、青年はあのおそろしい犬の群れも討伐し、若い娘も侍らせているという。
正直な話、年甲斐もなくいやな気持ちになってしまいそうでな……情けない話じゃが。
まぁ、あからさまに県道を境にラインを引き、人間の仕業と露骨にわかるように討伐しているんじゃ。
そのうち誰かくるじゃろ──わしはそう思っていた。
そして本当にすぐ、そのとおりになったのだった。
冷たい雨の日じゃった。
晴耕雨読ではないが、雨の日には家の用事をする事にしておる。
しかし、相方がおらんのは、まことにさびしいものよな。
精霊たちは可愛らしくはあるが、やはり生きている者とは根本的に何かが違う。ましてや、長年の連れ合いには到底かなわない。当たり前のこと。
よく妻が死ぬと夫は長生きできないというが、本当かもしれぬな。
おそらくそれは、この、なんともいえぬ寂寥感のせいもあるんじゃろうなぁ。
「……」
思わず窓から、妻を埋めてある場所を見る。
そこには大きな石と、妻が喜びそうな鉢植えをいくつも置いてある。
なぁ静江。
おまえはこんな、わしなんぞの元で本当に幸せじゃったか?
……と、そんな時じゃった。
「何を泣いているの?」
「!?」
思わず顔をあげると、そこにいたのは、はじめて出会った頃の妻だった。
いや、妻にひどくよく似た娘だった。
違っていたのは、娘が異国の服を身にまとい、そして耳が尖っていた。
──そう。
孫が読む本によく出てくる、エルフなる種族のように。
「な、なんでもねえよ。それより何の用だ?」
「南伊豆に生活拠点を築きつつある者の代表です。
わたくしの名は、南の若枝のポロ。ポロとお呼びください。
孤立した生存者を探し、支援するために参りました。
──それで、なんで泣いておられたのですか?」
「別に泣いてはおらん」
「ごめんなさい、見てしまったもので──どなたか、親しい方が?」
う。
昔の妻と同じ顔で心配そうに見られ、ごまかしきれないと感じた。
仕方なく、わしは無言で妻のいる場所を指さした。
「妻だ。一年前、ゾンビどもに襲われて墜落死した」
「そう、ですか」
たぶん、おくやみの言葉がくるのだろうと思った。
所詮は他人なのだ。多少は共感してくれる事があっても、それ以上のことがあるわけがない。
どんなに昔の妻に似ていようと、他人は他人なのだ。
──なのに。
「──さびしい?」
「!?」
目線をあわせ、悲しげにわしに言うその姿は、遠い昔の妻そのまんまだった。
おもわず涙腺がゆるみそうになり、必死にこらえた。
ふざけるな!
こんな小娘に、こんな汚いジジイが泣かされてどうすんだこの──。
しかし、どうしてだろう。
人恋しさに心が弱くなっていたのか、わしはとうとう泣き出してしまった。
「う、うぉぉ、おおおぉぉぉぉおおおおっ!!!」
まるで子供のように、わしは大泣きに泣いた。
そして。
ポロさんなる異郷の娘さんは、いい年して男泣きするわしを抱きしめ、よしよしと優しく慰めてくれたのだった。
あの日から、ポロさんはわしの元に来るようになった。
わしは日本人としての色々な事を話し、ポロさんからは若干の食料支援のほか精霊の扱いについて教わっている。
なんでもエルフ族は精霊と話せるものが多くいるらしい。
「年寄りがひとりで暮らすなど、とは言わんのじゃな?」
「その気になったら、いつでも申し出てください。
あと、倒れたりしたら治療のためお連れします。
けど、その気がなく問題なく暮らしている方にそんな事はしません」
問題なく、ね。
「たしかに」
魔力をちょっと支払えば、精霊がいつでも助けてくれる。
呼べば答えてくれるヘルパーがいるようなものじゃからな。
「それに精霊と触れ合うことで、ヨシオさんは元気になってます。その意味でも問題ないでしょう」
「ふむ、たしかに最近調子がよいが」
ちなみにポロさんの歳だが、なんと我々とそんなに変わらなかった。
驚いて訪ねてみたら、それは長命の種族だからだそうだ。
「歳は気にするだけ無駄ですよ、寿命なんてそれぞれバラバラですから」
「ほほう」
このあたりはよい土地だという事で、ポロさんたちは南伊豆にある拠点の分所をかまえようとしているらしい。
なぜか代表者になってくれと言われて驚いた。
「なぜわしが?先の短い老人じゃぞ?」
「気づいてませんか?精霊をたくさん宿すことでヨシオさんの体は健康になっていますよ?
若返った、といってもいいかもしれません」
「なんと、そうなのか?」
「もちろん検証は必要ですが、寿命も大幅に伸びるかと」
その後も色々と説得されて、とうとうエルフ村・伊豆北部地区の代表を引き受ける事になったのだった。
やれやれ、人生どうなっているのやら。
しかしまぁ、人生の最後に、なくした妻によく似たひとを助けるというのもまた運命かもしれぬ。
のう、そうは思わんか?静江?
わしは、妻の場所に話しかけた。
もちろん妻の墓は何も語らない。
だけど。
『困った子だねえ、ヨシオちゃんは』
遠い昔の、まだ妻ではなかった頃の彼女の声をきいたような気がした。
じいさん(ヨシオ): ゾンビ騒ぎで奥さんをなくした老人。実はユウのように精霊使いの才があった。
ゾンビを始末することで目覚めた。
静江: ヨシオじいさんの死んだ奥さん。
年の離れた姉がお嫁にいって泣いてたヨシオをなぐさめたのがきっかけになり、後に夫婦になった。
南の若枝のポロ:
エルフ先遣隊のひとりで、生存者探索チーム兼生活圏捜索チームの一員。
若々しいし実際若いが、歳は(ry




