合流
それが夢の中であることは、すぐに理解できた。
おだやかな森の一角にある、小さなあずまや。
マオとふたりぼっちの旅の中、偶然みつけた、いつの時代のものとも知らない小さな休憩所だ。
俺は、すやすや眠る猫耳少女状態のマオの頭をなでてやると、あずまやの外でくつろいでいる巨大な影に目をやった。
『やっぱり、エキドナ様でしたか』
『うむ、ひさしいなユウよ』
巨大な影の正体は、ほとんど怪獣サイズの超絶巨大な蛇だった。
ただしのその蛇は、これまた巨大な人間の、しかも美しい女の上半身をつけている。
おまけに背中からは巨大な翼が生えているという、どこからどうみてもラスボス全開のお方。
エキドナ。
異世界におけるすべての魔獣の母とされるお方で、邪龍とも言われるが龍呼ばわりはNGだ。当人は神獣あるいは単に蛇と呼んでほしいらしい。
たぶん、これは夢であって夢じゃない。
エキドナ様はそういう能力を持っているからな。
『世界まで越えて通信できるんですか……さすがですね』
俺はためいきをついた。
2つの世界は時間すら同期していない。
なのに、その2つの世界の間を越え、俺にコネクトしてくるなんて……さすが化石ができるほどの巨大な歳月を生き、なかば女神と化しつつあるだけの事はある。
さすがとしかいいようがない。
向こうの世界では、エキドナ様には本当にお世話になった。
人間族に兵器として召喚された俺は、当たり前だが他の種族に警戒された。
異世界人だからというより、人間族の指示に従って殺される可能性を考えてのことで、まぁ当たり前なんだけど、俺にしたらたまったもんじゃなかった。
そんな時、唯一の話し相手だった精霊たちを通して「一度おいで」とお誘いをかけてくれたのがエキドナ様だ。
正直ちょっと恐ろしかったが、ままよと行ってみた。
そしたら、エキドナ様は巨大でヤバそうな外見に反して、妙に既視感のある……具体的には、うちの母が中に入ってんじゃねえかと思うくらい気さくなひとだった。
しかも、そのエキドナ様のお墨付きってやつで、人間族以外の種族の態度も一気に軟化した。
さらに、完全独学だった俺の精霊術の先生にもなってくれた。
いやホント、まじで助かったんだ。
巨大で恐ろしげな姿をもち、ろくに武器もないのに視線だけでひとを殺せる存在。
だけど、俺から見たら精霊術の先生で、おまけに、あの異世界では異物だった俺を色々と心配してくれた、本当に母の如きやさしい存在。
……ただし、マオはエキドナ様がこわかったみたいで、毛を逆立ててフーフー威嚇しまくってたけどな。
やっぱりあれか、巨大な蛇の女ってのがいけないのかな?
当のエキドナ様はそんなマオを面白がり、ずいぶんと楽しそうにかわいがっていたが。
エキドナ様は俺の顔を見て微笑み、そしてマオを見てにっこりと笑った。
『どうやらマオの望みはかなったようじゃな』
『え?』
『わかっておるじゃろ?マオは以前から、おまえと番になりたいと望んでおった。
しかし、人族と猫族ではあまりにも違いすぎた。そうじゃな?』
『そりゃまぁ』
マオの気持ちはわかりやすくて、この俺にだって理解できるほどだった。
だけど、俺はたしかにモフモフ好きだけど、猫科の大型獣とするほど上級者ではない。そもそも立たねえ。
こればっかりはどうしようもなかった。
エキドナ様は、とりこんだ命を他の種族に転生させる能力がある。魔獣や神獣限定だが。
つまり。
彼女はマオの命をとりこみ、その記憶を保ったまま、人間っぽい容姿の異種族として転生させたわけだ。
『本当にマオが転生を望んだんですか?あれほどエキドナ様を警戒してたのに』
『うむ、震えながら、それでもユウの子を生みたいと言い切りおったぞ』
『そうですか』
それほどまでに俺は、マオを追い詰めていたのか……。
別れの時のマオを思い出し、俺は胸が痛くなった。
『ユウのために種族までかえたのじゃ。わかっておるな?』
『はい、わかってます』
もともとマオの事は好きだった。
さすがに異性という意味ではなかったけどな。
ニャーニャー鳴きながらしがみついてきた、小さな子猫。
頼りない柔らかさ。
そのくせ、絶対放さないとばかりに俺の肌にたてられた爪の痛み。
腕に巻き付くシッポの細さ。
そして何より、なんの駆け引きも何もなく、ただ純粋に庇護者を求めている目。
気がついたらマオを懐におさめ、こいつ何食べるんだろうって考えていた。
俺自身も逃亡者で、行く先も何もない身の上だったのに。
それ以来、俺の帰還で道がわかれるまで、俺たちは常に一緒だったんだ。
そのマオが人間っぽい身体を手に入れた。
少しさびしくはあるが、それがマオの願いなら、それもいいだろう。
……まぁ、猫耳とシッポをどうしようかって大問題はあるが。
『ところでマオのデザインですが、なんでこの姿なんです?』
『もちろん、ユウが最も好む姿ということで選んだんじゃが?』
『いやそうじゃなくて、どこでこのデザインを?』
異世界の魔獣の母たる存在が、俺の使ってたゲームキャラを知っているわけがない。
でも、偶然にしては似すぎている。
いったい何がどうなってるんだろう?
『わらわはユウが考えているよりも、はるかにユウのことを知っておる。それだけのことじゃよ』
『説明になってないんですが?』
『ふむ、ではもう少し詳しく説明しようかのう?
わらわは取り込んだイキモノを魔獣として転生させる能力をもつ。
転生するためには当然、相手のあらゆる情報を取り込まねばならん。あらゆるすべてじゃ。
ならば記憶から好みを読み取るなど造作もないことよ』
『そりゃそうだろうけど、でも俺は転生してねえし』
『たしかに転生はしておらぬな。
しかし、一度とんでもない大怪我をしてきた事があったであろう?
あの時、わらわはユウのすべてを一度取り込んでおるとも』
『……マジすか』
『もちろんじゃとも』
にこにこと笑顔のエキドナ様に、俺は盛大にためいきをついた。
ああ、うん、これなんだよな。
エキドナ様ってなんかこう、どこか母親に似た雰囲気があるんだよな。
記憶を読まれたのは間違いなくプライバシーの侵害なんだけど、掃除のついでにエロ本発見されたような気持ちしか抱けないというか。
困ったもんだ。
『まあ、微笑ましい幼子の成長記録はともかくとしてじゃ』
『何が微笑ましいんだよ』
『ふふふ、まぁ幼子は自分を幼子とは思わぬものよなぁ』
いやいや、わけがわかりませんて。
『ところでマオの種族なのじゃが。
知っての通り、わらわはヒト族を産む能力はない。ゆえにマオも魔獣や妖獣の中からヒトに近い姿をもち、なおかつ、ヒトと交配できる種族をえらんでおる。心配はいらぬぞえ』
『そっちは心配してねえよ。けど、完全にヒトにはなれないのか?』
『すまぬが無理じゃ。まぁ耳と尻尾を精霊術の幻惑で隠せば、そちらの人間には見破れまいよ。逆に見破られる相手なら』
『身内に引き込めだよな、わかった……逆に元の猫族には戻れるのか?』
『元の姿をとる事は可能じゃな。そもそも人に変ずる猫の魔獣じゃからな』
『……それって元の猫族とどう違うんです?』
『猫族はあくまでああいう種族であって魔獣でもなんでもない、知っておろう?
耳と尻尾つきとはいえ2つ以上の異なる形態に変ずる、これは普通の生命体ではできぬこと』
『なるほど』
納得した……納得はな。
『なんじゃ、ユウはマオが猫の方がよいのか?あれほど下半身をそそり立たせたくせにか?』
『やかましい、つーか、変なとこ見てんじゃねえよ』
めっちゃ笑われた。
◆ ◆ ◆ ◆
「……なんだかなぁ」
寝起きの重い頭のまま、俺は夢のことを思い浮かべていた。
エキドナ様の夢だが、たぶん、というか間違いなく夢ではない。単に眠っている俺の意識に世界ごしにアクセスしてきた、ただそれだけだろう。
普通はそんなことできない。
けど、ど素人の俺が精霊に頼んで異世界にアクセスできるんだ。精霊術の大先輩のエキドナ様にできないわけがない。
そして。
「……みんな、この子に精霊の服を」
『いいよー』
『ふくふく』
俺に抱きついて寝ているマオが、たちまち緑と茶系の精霊の服に包まれた。
はぁ、よしよし。
柔らかい身体の感触とか、それでも理性が飛びそうだけど、まぁ何とかなるだろ。




