弓ヶ浜
南伊豆周辺の海岸は険しい土地が多いが、東に向かうと唐突に河口と、それに並ぶ美しい弓形の浜辺に遭遇する事になる。
その名も弓ヶ浜といい、温泉と海水浴の両方が楽しめる場所として、立派な海水浴場の近くにはホテルや温泉旅館も設置されていた。
近郊には遺跡などもあり、古い時代から栄えてきた事が伺える。由緒正しい土地なのだ。
たしかに今は全滅しており、避難民のひとりも残ってはいない。
だけど、建物などが何一つ損なわれていないあたり、ここの人たちはもしかしたら礼儀正しい人たちだったのかも、なんてことを考えたりもする。
ゾンビは生前の行動を繰り返す。
信号をきちんと守るゾンビがいる事からわかるように、正義正しい人間はゾンビになっても礼儀正しい。
ならば、ゾンビウロウロの状況でも町がきれいってのは……うん、たぶんそういう事なんだろうね。
俺たちは三姉妹を伴って県道を移動、弓ヶ浜と川をはさんだ対岸の路上にいた。
案内役は俺とマオ、そしてリトル。
ユミはドワーフ組とさっそく建築をはじめてしまったので、来てない。
「ほほう、ここがそうなのか」
「はい」
ラミア三姉妹は「ほうほう」「なるほど」などと口々に見回した。
「これは良い土地ですね。ユウさんが推薦なさったのもわかります」
「ねえお姉ちゃん」
「ん?なんだスー?」
スーて……ああ、スアードちゃん、姉妹のプライベートではスーなのか。
「こちらのゾンビは、できれば敬意をもってお弔いしたほうがいいと思うんだけど」
「……なるほど、いい考えだな」
アティーヤさんは、妹さんの提案にお姉さんの笑みを浮かべた。
「これからお世話になる土地の先住民の方々だ。
ご存命なら土産物をもち挨拶に伺うところだが、皆亡くなられているわけだ。
ならばせめて魔物として処理するのでなく、敬意をもち当たれということだな?」
「はい!」
「だがスアード、ひとつ忘れてるぞ」
「え?」
「責任者はおまえだ。意見するだけでなく指示も出してくれ。
でないと我もシャーも動かないぞ?」
「あ、は、はい!ではおね……いえ、アティーヤ姉様、シャーディア姉様、彼らに敬意をもってお弔いしてください!」
「ウム」
アティーヤさんは大きくうなずいた。
「聞いたなシャーディア、かのゾンビたちは単なる魔物でなく丁重に浄化せよとのことだ」
「わかりました。では、可能な限りですが浄化の炎で焼き、建物などもなるべく再利用させていただく方向で進めましょう。スアード、それいでいいかしら?」
「はい、かまいません!」
三姉妹には、それぞれ考え方や態度に温度差がある。
長女のアティーヤさんはどこか無骨な戦士のようなところがあり、次女のシャーディアさんは反対に冷静な軍師タイプ。
そして末娘のスアードちゃんは心優しい、小さなお姫様。
前から思っていたけど、三人はどうも偉い立場みたいだな……。
え、なんでかって?
だって、そうじゃなきゃ先遣隊のトップなんて任されないだろ?
どっかの族長の娘とか、そういう立場なのかもしれないな。
三姉妹はそれぞれに川を渡り始めた。
「まずは、ゾンビがこれ以上来ないように街道を塞ぐ。ユウ、道はあれだけでいいのか?」
「いえ、隣の逢ケ浜に向かう小道が東にあるはずです」
「ふむ?そっちも塞ぐべきかな?」
「絶対とは言わないけど、俺なら塞ぎますね」
「よろしい、では我が東から塞いでおこう。シャー、スー、おまえたちはどうする?」
「では、わたくしは北側を閉鎖いたしましょう。
スアード、あなたは、わたくしと姉さんが街道を閉鎖している間に町の人々の供養をはじめてほしいののだけど、かまわないかしら?」
「それはできますけど」
「けど?」
「……お姉ちゃんと姉様だけで街道閉鎖をするんですか?」
「あらスー、貴女はわたくしが信用できないのかしら?」
「い、いえそんなっ!」
あわてたスアードちゃんに、シャーディアさんはウフフと笑った……あ、笑い方はアティーヤさんそっくりだ。
……ああなるほど、妹ちゃんを励ましてるのか。
「そりゃあ、すっとこどっこいでアーパーの姉さんひとりだと心配かもしれないけど、そこはホラ、ユウさんたちもいるから心配無用よ?」
「ちょっと待てやコラ」
姉御肌のアティーヤさんが食いついた。シャーディアさんとケンカをはじめる。
で「お、おねえちゃん……」と姉ふたりの間にはさまれたスアードちゃんが困っていたが、そのうち眉をつりあげて表情が劇的に変わった。
おー、おっとりスアードちゃん、怒ると姉ちゃんズより怖いな。
「もーダメでしょ!こんなとこでケンカしちゃあ!」
「「はーい」」
……妹ちゃんダシにして遊んでるだろこのふたり。
で、楽しく遊びつつも妹ちゃんにわざと説教されることで、妹ちゃんとの立ち位置調整もしているってとこかな?
うん、どうもそれっぽい。
「お姉ちゃん姉様、それで戦力的にはいいの?」
「ん?なんだ、本当に不安なのか?」
「そうじゃなくて、ふたりで手分けっていうことはひとりずつ分かれるんでしょ?手数が足りないんじゃないですか?」
ああ、そういうことかとアティーヤさんがやさしく笑った。
「東の街道は細いし次の集落まで距離もある。当然、ゾンビの数も限定的なものだ。ひとりでいけるだろう。
北側は問題だが──ユウ、おまえたち手伝ってくれるんだろ?」
「はい、向こうにある集落のゾンビも減らしておきたいんで、マオもリトルもコミで北側に回ろうかと」
「だ、そうだ。どうかなスー?」
「はい、納得しました。
ではお姉ちゃん姉様、そしてユウさんマオさんリトルさんも、すみませんがよろしくお願いします!」
「うむ了解だ」
「ええ、了解しました」
「オーケーわかった!」
どれ、では作業に入るとしようか。
弓ヶ浜の西側には一本の川が流れている。青野川というらしいのだけど、実に絶妙な位置にある川だと思う。
たしかに昔、ドライブの時に親父が言ってたっけ。
『似てるなぁ』
『にてる?なにと?』
『俺のふるさと、高知という町だが、そこの出口にもこれと似た地形があるんだ。ま、大きさが全然違うけど、本当によく似てる。
弓ヶ浜はたぶん、この川の流れから生まれたんだろうなぁ』
『?』
『祐一。川の末端、つまり海に流れ込む河口のあたりにはな、川が上流から運んできた土砂がたまるんだよ。
そいつは年月とともに蓄積し、三角州や三角江なんて地形を生み出す元になったりする。
いや、そればかりか、東京のある関東平野という土地のほとんどもおそらく、そうやって川の運んでくる土砂が生み出したものなのさ』
『へぇー!』
『いいけど、ちょっと祐一には早いんじゃないかしら?』
『物理現象は決められた法則通りにしか動かない。たとえ今理解できなくても、学校にいけば自然と理解できるさ。ああ、昔誰かがこんなこと言ってたなってね』
ああ、全くそうだよ親父。
まったくうちの両親は大した人たちだ、色々と。
ところで。
「……なんか変じゃね?」
「ゾンビいないねえ」
川沿いにさかのぼり、近くの集落のゾンビを探しはじめたんだけど……なんか変だった。
まずゾンビが全然いない。
「なぁ、ちょっといいか?」
『なになにー』
精霊に頼んで見ることにした。
「このへんにいるゾンビの数を教えてくれる?家の中のやつも、外にいるやつも。
下田くらいまででいいよ」
『いいよー』
『わかったー』
しばらく待つと、精霊がピクっと反応した。




