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勇者なんかイヤだと帰還した男の新生活構築記  作者: hachikun
バイオハザード
53/76

閑話・かいこう

子フェンリルに転生して旅立った娘のその後です。


 車の一台もない、真っ昼間の国道246号線、通称R246(にーよんろく)

 ゾンビが人しか襲わないこともあり、幹線国道の多くは動物が利用していた。

 山から降りてきた彼らは整備されたバイパスを使ってまっすぐに町に現れ、商店や民家などに入り込んでは家の、場合によっては家庭菜園の放置された作物の成れの果てなどを漁っていた。

 たまにぶつかる事もあったが餌場は大量にあり、さほどの問題にはならない。危険な人間はおらず、彼らのやりたい放題だった。

『……』

 そんな中、一頭の鹿が歩いていた。

 鹿は民家に入る事こそないが、それでも幹線道路を有効活用している動物のひとつだった。

 何しろ巨大な川も簡単に渡れてしまうわけで、ちょっと大回りすれば安全に、しかも危険なく向こう側に渡れるのだ。

 そのことを理解した彼らは、橋梁の積極的ユーザーとなった。川にかかる橋だけでなく、線路などと交差する陸橋も積極的に使っていたのだが。

「……!」

 迫りくる何かの異様な気配を警戒した鹿は、ただちに道を外れた。河川敷の林の中に入り込むと、その中から橋の上にやってきた何か(・・)を知覚した。

「……」

 やがて現れたソレは、鹿を驚かすに足るものだった。

 幸いソレは一頭だけだったようで、しばらく待ってから鹿は用心深くR246に戻ってきた。

 そして前後を確認し、後続にソレの続きが来てないのを確認してから、再びのんびりと進み出すのだった。

 

 

 いわゆる狼と呼ばれる動物は瞬発力こそ猫族に劣るものの、継続した長距離移動には向いている種族が多い。

 これは猫と犬の生態の違いを考えるとわかりやすい。

 猫は奇襲戦法による瞬間的な狩りを行うため、優れた視力や優れた運動性能をもつが持久力がない。

 犬は時間をかけた追跡や集団での狩りを得意とするため、嗅覚や持久力に優れている。

 これは優劣でなく単に生活史が異なっているためである。

 また野生の犬や狼の行動半径はとても広い事で知られている。種によっては一晩で百キロ以上を踏破するという。

『……』

 その狼はR246を、ひたすら渋谷方面に向かい走っていた。

 ただしその姿は、いわゆる狼よりはだいぶ大きい。

 狼には、大量の精霊が付き従うように飛んでいた。もちろん精霊が見える人でなければ見る事などできないが、人間がいなくなった事で路上を徘徊している動物たちがそれを見て、おやと目を見開き、道をあける。

 そしてその場所を、音もなく風のように通り抜けていく。

 相模川を渡り、長津田(ながつた)を通り抜け、ゆるやかに駆けていく。東名高速の横浜青葉ICへの分岐の手前で側道におりると、鶴見川をわたったところの市が尾の交差点で右折。勝手知ったるように市が尾の市街に入っていった。

『……』

 やがて住宅地に入ると、住宅のひとつの前で歩みを止め、表札と家を見た。

 そこには『仁科(にしな)』と書かれていた。

『……』

 彼女は、ひとの気配がなくゾンビの気配がする家を見て、クゥンと小さく、そして悲しげに鳴いた。

 そして(きびす)を返し、再び移動を開始した。

 

 狼の旅は続く。

 広い道に出たと思ったらしばらく走り続け、やがて開戸(かいど)と書かれた交差点で左におれ、中原街道(なかはらかいどう)に入った。まるで勝手知ったる道を行くように迷いなく。

 いくつかの町を抜け、そしてもう少しで南武線と交差するというところで、唐突に南に折れた。

 少し進むと左手に大きなビルがあり、さらにもう少し進んだ場所に彼女の目的地はあった。

 小さなアパート改のワンルームマンションのようだ。

 公共の入り口に顔をつっこみ、入り口のひとつに目をやる。

 安全対策なのか表札も何もないのだが、張り紙がしてあった。

【連絡は梶が谷(かじがや)小学校へ 横井】

『……』

 スンスンとニオイを嗅ぎ、目的の人物のものと思われるニオイをいくつか嗅ぎ当てた。

 そして。

 彼女はそのまま、ニオイをたどり進み始めた。

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 市立梶が谷小学校……厳密には元小学校の一室。

「……」

 明かりのない部屋で、横井新一はスリットごしの窓から夜空を見ていた。

 停電したままのこの地域には街灯にあたるものもなく、地上に明かりはほとんどない。そのせいか、都心とは思えないような満天の星空が広がっている。

 一年以上前から、ここはゾンビからの避難所として機能していた。多数の人間が力をあわせ、共同生活を営んできたのである。

 だが今日、ひとつの秩序が終わりを迎えていた。

「……」

 横井はひとり、昼間の集会での会話を思い出していた。

 

『横井さん、いや横井!あんたの勝手気ままな世もこれまでだぜ!』

『皆の総意がそうだと言うのなら、私は従おう。やりたい事もあるしね』

『……なに?』

『ん?他の避難所を探索して回る事だが?

 ここのところ、やっていないだろう?』

『それにアンタが行くってのか?ひとりで?』

『君たちが、私に代わってここを束ねてくれるんだろ?

 ならば私としては、かねてからの懸念事項だった調査を再開しようと思う。

 私は何かおかしな事を言ったかね?』

『……』

 

 許可はあっさりと出た。

 向こうには向こうの思惑があるのだろうけど、それこそお互い様だ。横井も言葉通りに探索するつもりもなければ、戻ってくるつもりもないのだから。

(そうさ、わかっていた……わかっていたが、わからないふりをしていたんだ)

 あれからもう一年、外からはなんの音沙汰もない。

 もはや秩序の回復どころか国の存続すらも怪しい。

 わかってはいたが……それを指摘すればその瞬間、この避難所の秩序は崩壊を始めるだろう。

 それがわかっていたから、横井は無理やりでも秩序を保とうとしていたのだ……家族の安否が知れるまで。

 しかし。

(あれは、そういうことだよなぁ)

 実は昨夜、彼は不思議な夢を見たのだ。

 そしてその内容とは──。

 

 月夜の、どこかのビルの上だった。

 横井の眼の前には見たこともない巨大な狼がくつろいでいて、なぜかその狼と重なるように、見覚えのある半透明の女の子の姿が見えていた。

『さくら?さくらなのかい?』

『おじさま、ご無事でしたか。今どちらに?』

『私は避難所だよ。家のドアに連絡先を書いてある。

 それより君はどうした?下田の家は無事なのかい?』

『全滅しました……私もこのとおりで』

『このとおりって……すまない、説明もらえるかな?』

『信じられないでしょうけど、これは事実です──』

 

 そうして、歳の離れた義妹だった存在から、信じられない話が告げられた。

 

 横井は驚いたが、夢の中ということもあり、とりあえず納得した。そういうものなんだと。

 しかし。

『つまり地球にいきなりゾンビが出たのは、別の世界からの侵略みたいなものだったと?』

『はい、犯人たちは同じ世界の人たちが何とかしたようなんですが、向こうの世界も地球よりひどい事になってしまってるようなんです。もう住めないくらいに』

『それで、移住をめざす人たちの先遣隊が下田に来て、君が助けられたということか……』

『信じてくださるんですか?』

『信じるも何も、その姿を見てしまったら、信じないわけにもいかないだろう?』

 厳粛な雰囲気をもつ狼。

 元の少女……義妹のさくらとは似ても似つかない姿なのに、なぜか当人である事が確信できる。

『それで今、どこにいるのかね?』

『今いるのは小田原です。伊豆半島を一気に抜けたので疲れたんです。一眠りしたら、また走ります』

『無理をするなよ。

 ここで落ち合うわけにはいかないようだから、私も家に移動しよう。鍵はいつものところにある』

『わかりました』

『くれぐれも、私が家にいないからといって無理はしないように。その姿で人前に出たら何が起きるかわからないからね?』

『……』

『さくら?』

『……はぁい』

 

 ……と、そんな夢を見たのだった。

 横井は休みをもらうつもりで翌朝、話を切り出したのだ……それが弾劾裁判になったのは予想外だったが。

 いつのまにか若者を中心に根回しをし、横井をまとめ役から引きずり下ろす算段をしていたようだ。

 軽く驚きはしたが、それこそ渡りに船だった。

 困った様子もない横井の反応に彼らは不満そうだったが、それこそどうでもいい事だ。

「……」

 それよりも胸騒ぎがした。

 さっさと出ておかないと、大切な人がここに来てしまい、傷つけられるかも……そんな予感がしてならなかった。

 彼女はいつも好奇心いっぱいで、身体が弱く病気がちのくせに、やたらと行動派だった。

(あの暴走娘に、健康体はいいとして狼の身体を与えるなんて……鬼に金棒どころの話じゃないぞ)

 せめてもっとおとなしい動物にしてくれなかったのかと、どこかの誰かに横井は愚痴るが、それこそ詮ないことだ。

 とにかく危険は避けるべきと横井は考えると、緊急装備と短剣のみをもち、音もなく部屋を出た。

 

 

 避難所の中は静まり返っているが、いくつか起きている気配もあった。

 まがりなりにも安らかな眠りにあるが、ストレスなどで眠れない者は一定数いる。音楽室と音楽準備室には防音装備があるため、薬局から回収したコンドームとあわせ、他とバッティングしないようにしつつも使用できる決まりになっていた。

 だが今夜はいなかったはずだが……と横井は考え、苦笑してその考えを否定した。

 横井をおろした連中が(さか)っているのだろう。

 だが、気持ちを切り替えた横井にはどうでもいい事でもあった。

 

 横井がこの避難所を背負っていたのは、戻ってくるはずの家族のため。

 そして現時点で安否が判明してない残りの家族というと、下田の彼女たちだけだったのだ。

 それが判明し、そして、おそらく守るべき最後の生き残りが自分を目指して来ている。

 そして──ここの人たちには、もういらないと言われた。

 

 ならば自分は、喜んで家族の元に馳せ参じようと。

 

 つらつらと考え事をしていたせいか、横井はそれに気づくのが一瞬遅れた。

 だがそれでも、瞬時に見事に回避して見せたのは、彼の元々の資質のせいだろう。

「!!」

 パンパンと響く銃声。

 そして、それをかわした彼は、唐突にいくつも光に囲まれた。

「──ほう」

 まぶしさに眉をしかめつつも、横井はつぶやいた。

「こんな近くでやらかしていいのか?人殺しと騒がれるぞ?」

「なんの話だ?オレら、入ってきたゾンビを始末してるダケだしー」

「ぎゃははははっ!」

 はぁ、やれやれと横井は肩をすくめた。

 その余裕が気に入らなかったのか、男たちのひとりがさらに一発、発射した。

 だが、当たらない。

 素人が薄暗い場所で、しかも拳銃を振り回しているのだ。暴発したり怪我しないだけでも立派なもので、ましてや人間にあてるなど簡単な事ではないだろう。

 だがテンションの高い彼らはそれに気づかない。

 そして、気づかないがゆえに暴走する者がもうひとり──。

 

 ウォォォォォォオオオオオオオオオオオォォォォォォォォッッ!!!!!!

 

「「「「!?」」」」

 

 強烈な、明らかに普通ではない雄叫びが響き渡った。

 ビリビリと魂まですくませるような強烈なもので、世界全体が揺れているようにすら思えた。

 それは束縛叫(バインド・ボイス)と呼ばれる種類のものだが、それのわかる者はここにはいない。

「!?」

 何事かと横井は思った。

 だが同時に彼の身体の方は、まるで独立部隊のようにこの場からの離脱を選択していた。

「く、ま、待ちやが……」

 男たちも追いかけようとしたが、彼らは足がガクガクして歩く事すらできない。

 しばらくして復活し追いかけようとしたが、既に横井の姿は影も形もなくなっていた。

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 梶が谷の騒動から約半日後。

 若い娘を伴い、多摩川沿いに海に向かう横井の姿があった。

「おじさまのエッチ!」

「何がエッチだ、この暴走娘が。私が出てこなかったら避難所を襲うつもりだったな?」

「だってぇ」

「だってじゃない、まったく」

 途中、ひとに化けた時にあちこち触られた事を根に持っているらしい。娘は横井をジト目で見ていた。

 だがその態度や雰囲気は、明らかに上機嫌な女のそれだし、横井も余計なことは言わない。

 むしろ横井としては、娘が狼の姿で避難所を襲おうとした事を問題視していた。

「なんかおじさまに危険が迫ってたし……事実助かったでしょ?」

「あんな素人攻撃が当たるものか。

 あのまま行けば、無理に当てようとして自分の足元を撃つか跳弾で怪我していたさ」

 横井はしれっと肩をすくめた。

「それよりおじさま、避難所の方はいいの?」

「いい、私にできる事はもう何もないからな」

 娘の指摘に、横井は少しだけ肩を落とした。

「おまえたちが無事だった時のために居場所を残そうとしたんだが……どうも私には向いていなかったらしい。

 結局、協力しあって秩序を守るという空気を作ることができなくてね。

 ……結局、いつか爆発するものを引き伸ばしただけになってしまった」

「取り返しのつかないことになってる?」

「ああ」

 横井は苦笑した。

「主導権をとった若者のグループでも、とりあえず今すぐは問題ないと思う。

 しかし、私が皆に帰宅を禁止した意味を彼らは意図的に無視している」

「それはどうして?」

「意味を理解してない一般被害者を自分たちの味方にするためだな」

 そう言って、横井は肩をすくめた。

「それは、その人たちの責任ではないの?」

「もちろんそのとおりだ。状況を理解しようともせず、いつまでもお客さんであり続けようとしたんだからな。

 しかし、その事を皆に認知させられなかったのは、私の力不足というしかないよ……情けない話だ」

「おじさま、それは仕方ないと思う。下田の避難所も似たようなものだったよ?」

「そうなのか?」

 横井の問いに、娘はうなずいた。

「最初はみんな親切で和気あいあいとしてたけど、状況が切迫してきて余裕がなくなると、やっぱり色々あったよ。

 人間、追い詰められると本音が出るっていうの?

 ケータイが通じたら、何度電話しておじさまに泣きついたかわかんないよ」

「……すまん」

「おじさまのせいじゃないよぉ」

 困ったように娘は言った。

「それで、避難所は結局どうなると思う?」

「管理しきれないと彼らが放り出すのが早いか、一時帰宅した者が感染して帰ってきて大惨事が起きるのが早いか。

 ……彼らは彼らでうまくやるかもって気もしないわけじゃないけど、さてどうかな?」

「みんな死んじゃう?」

「素直に死ぬなら、まだ幸せな方じゃないかな。

 最悪なのは、素直に秩序崩壊しなかった場合だね。

 次第に居心地が悪くなっていって、でも外はゾンビだらけという不安から逃げられず。

 そんな中で、人災で切れた防衛ラインからゾンビが入ってきて中の人が汚染される……これが私の考えうる最悪のパターンだな」

「……地獄だね」

「ああ、地獄だ」

 ゾンビはたしかにおそろしいが、直接つかまらないようにすれば対処は充分に可能だ。

 しかし、中で与えられるままにお客様していた者たちは、ゾンビの行動パターンすらも理解していない。

 ただ無知なままゾンビをただ恐れるしかないし、権力を握った若者たちも、わざわざ自分の優位性を捨ててまで情報共有をしようとしない。

 そして、いずれは……。

 

「そっかぁ」

 下田で別の地獄を経験済みの娘は、それに対してコメントしない。ただ「そうか」と思っただけだった。

「軽蔑したかい?」

「ううん、おじさまは正しいと思う。

 それに今までがんばっていたのも、わたしのためなんでしょ?ありがとう」

「む?別にさくらのためじゃ……!?」

 ずいっ。

 女の顔で迫ってくる娘に、横井はたじろいだ。

 だが娘の顔を見た時、逃げられないと感じたのか力を抜いた。

 そして、そんな横井に、娘は抱きつきキスをした。

 それは子供が肉親に対してのキスではなく、ひとりの女が男にするキスだった。

「……」

 横井は困ったように手を動かしたが、やがて観念したように娘を抱きしめるのだった。

 

 

「……いつか茜に殺されるだろうな、私は」

「なんで、ここでお姉ちゃんが出るの?もう!」

「わかったわかった、で、君を助けた恩人たちに挨拶しないとな。案内してくれるかい?」

「あ、うん!」

「うんじゃなくてハイ」

「はぁい……」


茜:

 横井氏の奥さんで、さくら嬢の実姉にあたります。

 ちょっと歳が離れていますが、これは姉妹の歳が離れていたからです。


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― 新着の感想 ―
[一言] 一気読みしました。 更新が楽しみです。 ノリのいい精霊が現れたところで「クサイ」セリフもでてこないだろうかとワクワクしてます。
[一言] あかねちんは雌狼なのよ? 元からそのケがあったんか?
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