融和政策と女神
エキドナ様から通信が届いたのは、翌朝のことだった。
俺たちはリトルの寝ている談話室に集まった。
今度はユミも精霊とつながっているので、前回のようなSF的な映像はいらない。
……はずだったんだけどなぁ。
俺は何もしてないのに、今回もまたウインドウみたいなのが開いていた……まぁ、間違いなくエキドナ様の仕業だろうけど。
「なんでわざわざ映像を結んだんですか?」
『そちらの風景が見えるというので、こちらの者たちに好評でな。是非と頼まれてのう』
「そうですか」
言われてみたら、画面のあちこちにエルフをはじめとする色んな種族の顔が見える。
しかも、みんなこっち見てるし……そんな面白いか?
なんだかなぁ。
『で、本題じゃがの。
侵略問題についてはもちろん把握しておる。
対策としてじゃが、生き残りの民を保護し、対話を進める方針に決まっておるよ』
「要するに仲良くしましょうと?」
『うむ、知っておる通り、まだ伊豆半島には4名の人間が暮らしておるからのう』
「え、本当ですか?」
『おや、知らなんだかえ?』
「あ、はい。下田のアレでてっきり全滅したと思ってました」
『む?生存者の人数は調べたのではなかったかの?』
「伊豆周辺ってくくりなら調べましたけど、伊豆そのものにいるとは思ってなかったんで」
伊豆に4名ってことは、足柄や三島の方には生存者がいないって事になるんだが……そうか。
『4名の内訳じゃが、三名と一名のふたつの組に分かれておるな。
まずは彼らに声をかけ、共に暮らさぬかと話をしてみるつもりじゃ。
そして、それを足がかりに手を広げていこうと考えておる』
「話をする……保護するわけではないと?」
『ユウ、仲良くするのと一方的にこちらの陣営に取り込むのでは話が違うであろう?』
「う、たしかに」
『孤立状態にあるのじゃから、心身の状態が懸念される。なので対話には医師を同行させるし、場合によっては問答無用の緊急搬送もありうるが、これはあくまで非常対応じゃ。
そして、かりに嫌われてしもうた場合でも、時々訪ね対話は継続する』
え、嫌われても?
「それはなぜです?」
『……妙に達観しておっても、そういうところは若いのう』
クスクスとエキドナ様は笑った。
『ひとの心とは移ろうものよ。
元気な時は強気で対応しておっても、怪我や病気で弱気になる事もあろう。
それに、好き嫌いと非常事態は別枠で考えねばな。
まさかの事態があれば素直に頼ってくれるかもしれぬし、場合によっては一時的に手を組む事態もありうるでのう』
「……なんかすごいですね」
『ユウ。交流とは本来、そうして気長にやるものじゃ。
だいいち、最初から歓迎される相手なら続けて対話交渉なぞいらぬ。そのまま交流を始めればよいのじゃからな』
「……なるほど」
『うむ』
エキドナ様は大きくうなずいた。
「そうやって、生存者の全てに声をかけるんですか?」
『全てではない。
伊豆にはおらんようじゃが、多人数のコミュニティもあるのじゃろう?
そうやって、自分たちだけで生活が成り立っている団体は後回しじゃ。
声をかけるのは、あくまで助けを必要とする者、孤立状態にある者とする』
「その理由は、自分たちの生活がまず第一だから、で間違いないですか?」
『そのとおりじゃ。
何しろ見知らぬ異世界じゃ、いかに我らとて余裕がない。
うっかりどこでグリフォンが寝ておらぬとも限らぬからのう』
グリフォンが寝ているというのは、地球の「やぶへび」みたいな決まり文句だ。
「最悪のパターンですけど、ゾンビ攻撃の犯人とか思われたくないですしね」
『うむ、それは絶対に避けたいのう……まったく厄介な問題じゃ』
うん、まったくです。
「ところで、そちらの人間族はどうなったんですか?」
『それなんじゃがな……そなた、わらわの分身たちがゾンビを転送したのを知っておるかえ?』
「え?転送?」
『どうやら知らぬようじゃな。
万単位のゾンビをとらえてのう、転送で人間族の国に送り込んだんじゃ』
「えっと、それはまたなぜ?」
『時間稼ぎの意味が大きいが、目的は、まぁ嫌がらせと時間稼ぎじゃな。
地球にやらかした事の万分の一でも思い知れという』
「それはまた……けど、そんなことしても結界で弾かれるんじゃ?」
『むろん、結界の破壊や解除と連動しておる』
うわぁ極悪。
けど、いたずら好きのエキドナ様にしちゃ歯切れが悪いな。なんだ?
「エキドナ様」
『む?』
「もしかしてなんですが、何かアホな事やらかしましたか?」
『……は?どういう意味じゃ?』
「だってその渋い顔、何かやらかしたんじゃないですか?』
なんか、ポカーンとした顔のエキドナ様。
そして、背後でおつきの人たちが困った顔してる。
うーん、これはやっぱり何かやっちまったんだな?
エキドナ様、すごい存在だけど、時々ありえないようなポンコツな事するからな。
「エキドナ様は皆に崇められる存在なんですよ?
俺なんかが生意気言ってすみませんけど、やっぱりもう少し落ち着いたほうがいいんじゃないですかね?」
『ちょっと待たぬか。
そなた、わらわをなんだと思っとるんじゃ?』
「いざという時は偉大で頼もしい存在だけど、普段はポンコツでおバカなおばちゃんかと」
『即答するでないわ!』
ふと見れば、なんか画面の向こうでみんなクスクス笑ってる。
『やれやれ困った子じゃ。
想定外の事は起きておるが、わらわは何もしとりゃあせんわ』
「想定外?」
『うむ』
エキドナ様は眉をしかめてうなずいた。
『聞いて驚くがよい。
なんと、人間族の間に女神への不信感が広がっておる』
「……え?」
最初、エキドナ様が何を言っているのかわからなかった。
「えっとすみません、もう一度」
『じゃから、人間族の間に女神への不信感が広がっておると』
「……マジで?」
『マジじゃ』
「そんなバカな!」
『わらわもそう思うが、そのバカが起きたんじゃよ。さすがに今回ばかりは心底驚いたわ』
うわぁ……なんなんだよそれ。
「経緯を説明してもらえます?」
『送り込まれたゾンビは元地球人じゃから当然、地球の服装や装備をしておる。
それに気づいたまでは良かったんじゃが、問題はその後じゃ。
彼らは召喚勇者、つまりそなたが原因と考えた。
そして、ひいてはそれをもたらした女神への不信を抱いたらしい』
「な、なんですかそれ!濡れぎぬじゃないですか!」
『そうなんじゃがのう……彼らの視点からすれば無理もなくはあるんじゃよ。
まずユウ、そなたが地球に帰還した事が知られておる点。
それはわらわたちが手を貸した結果であるが、彼らはユウ自身に渡航能力があると思ったんじゃな。
自由意志で異世界を渡れるのなら、一方的にゾンビを送りつけるなど簡単だろう……彼らはそう考えたようじゃ』
「……」
『もちろん人間族の言い分は濡れぎぬじゃ。
しかし彼らの目線で言えば、ユウとわらわたちの共犯というのは考えにくかったようじゃな』
「なんでです?」
『彼らは自力で世界を渡れぬ。
なのに、自分たちより劣った異種族に世界間転移が可能とは認められないんじゃよ。
だったらまだ、女神の手の入った勇者の方がマシであろ?』
「……なんてこった」
俺は頭を抱えた。
『わらわたちも、はっきりいって想定外すぎて状況がつかめておらぬ。
しかし事実、女神への信仰が大きく揺らいでおる。
そしてそれは、わらわたちにとっては追い風にもなっておる』
え?
「どういうことです?」
『どうもなにも、人間族たちの信仰心はそのまま、女神の力の源になっておるじゃろ。
しかも今まで、信仰が揺らいだ事は一度もなかった。
なのにその信仰が揺らいだのじゃ。
だとすると女神の力はどうなる?』
「!」
たしかに。
『人間族は女神により生み出され、女神との親和性が高いが、別に女神の分身というわけではない。自分の心をもっておるからのう』
「……疑問なんですけど。
生きてるだけで女神の収入になるとか、どうしてそんな構造にしなかったんでしょう?」
『それはわからぬが、まぁココロというものは厄介じゃからのう。
おそらく「信仰せよ」と操り人形に命令する方式では、力を得らぬのではないかえ?
一度自由意志を与え、そのうえで信仰に染め上げるという迂遠な方式の理由はおそらくそれじゃと、魔族の研究家も言うておる』
なるほど。
「それで何とかなりそうですか?」
『うむ、良くも悪くもな。
まず良いニュースじゃが、女神の力の衰えが実際に確認された。
それで女神じゃが、直接そちらの世界に影響を与えられなくなった』
「え、どういうことです?」
『女神にとり人間族は、物質世界における手足ようなものらしい。
ところが、その手足である人間族がおかしくなり、自分自身も弱体化してきた。
これでは、本来無関係の地球になんぞ干渉したくともできんというわけじゃな』
「!!」
それはすごい。
「ありがとうございます!」
『礼にはまだ早いぞ』
俺の言葉に、エキドナ様は首をふった。
『悪い方のニュースじゃが、こちらの世界のゆらぎが本格的になってきおった。
急いで作業を進めておるが、どのくらいがそちらに逃げられるかは微妙じゃな』
「そんなに早いんですか?」
『時間もそうじゃが、人間族の妨害や攻撃も油断できぬ。
我らがすべきはギリギリまで民をこちらに逃し続け、なおかつ人間族によけいな事をさせない事じゃ』
「来ますかね?」
『我らは最悪に備えねばな。
来ると思って準備しておくんじゃ』
「わかりました」




