侵略者
今の俺たちの拠点はエルフ式の建築物で、主にマオが精霊に頼んで作り上げている。
ユミはその手伝いをしているようだ。
まぁユミとしてはドワーフ式をやりたいんだろうけど、あいにく彼女は都市住まいの元一般人。
一流の鍛冶師の妻であり自身も鍛冶師だったらしいけど、あいにくとドワーフ式建築の知識はなかった。
せめて田舎住まいなら、家屋の修理などで知識もついたかもだけど……。
そしてマオはたぶん、世話をしてくれたエルフに習ったんだろうな。
そんなわけで、ユミはマオの作るエルフ式を手伝うしかなかったわけだ。
……まあそのエルフがどうして異種族のマオに教えてくれたのかは不明だけど、おかげさまで俺たちは新築の立派な家に住めるわけだ。
うん、ありがたいことだよ。
さて。
エルフ式は森からもらった間伐材や流木、干し草などで作り上げる素朴なものなんだけど、釘を一本も使わず頑強に組み上げる事で有名だ。
その理由は素材をパズルのように組み合わせる工法にある。日本の木造家屋でも使われてきた方法だから、俺たち日本人も歴史的には馴染みがあるものだ。
ただし本来それは、その道のプロフェッショナルだけに許された技能の世界。
幸いにもエルフは生まれながらに精霊とやりとりできるため、その精霊の手を借りる事で作成が可能なんだと……まぁさすがに完成品を見る限り、日本の職人さんが作ったほど美しくはないようだけど、強度はガッチリ出てる。
土台をきちんと作る事もあり、地震にもよく耐える。
なんたって、現時点でも乗用車なみのリトルの重さに耐えるもんな。立派なもんだよ。
「なぁマオ、質問なんだが」
「なに?」
「リトルが大きくなったら、さすがにエルフ式でも支えきれないよな?そうなったらどうする?」
「あのお部屋は、そうなったら床板を外せる」
ほほう?
「あと、もし重すぎて壊れても、母屋から外れて壊れるようにしてある」
「なるほど、対策もしてあるのか」
「もちろん」
まぁ、もっと根源的な問題があるけどね。
家の素材は、東の森を切り開いた時に切り開いたものが中心になっている。
精霊に頼んで強制乾燥させてはいるけど、おそらく天然の乾燥には勝てないだろう。
だから年単位の時間の間には変形をおこす可能性がある。
伊豆半島には何箇所か製材所もあったと思うし、あちこち回って廃屋や廃材をもらってくるつもりだ。
さて、目的のバッテリーは二階の寝室にあった。
「ここに設置したのか」
「うん、タイヨウデンチは外」
「ふむふむ……あ」
問題点発見。
「マオ、ちょっと直していいか?」
「どこ?マオが直す」
「ここだここ」
屋内に引き込んでいる線を指差してやる。
線は屋根から降りているが、そのまま屋内に引き込まれている。
「これな、雨がふったらどうなると思う?」
「あめ?」
「うん、雨水が伝って部屋に入ってくるんだぜ」
「あ」
気づいてくれたらしい。
「マオ、対応法はわかるか?」
「んー……こう?」
マオは精霊術を使い、引き込む手前の線をのたくらせた。
「うん、それで正解だ。一旦垂れ下がらせると、それで水はそこで止まる。できるか?」
「やる」
精霊に呼びかけると、マオは丁寧に配線を手直しした。
「これでいい?」
「オーケーだ、屋根の方は固定してるんだろ?」
「うん」
「だったらいい。よくやったな」
「えへへ」
俺たちは素人だ、一歩ずつやればいいさ。
「ちょっと試してみるかな……どれ」
バッテリーからUSBの出力をとり、ラジオにつなぐ。
電源を入れてみると、ラジオは音を出したのだけど……。
「無音?」
奇妙なくらいに静かだった。
「FMか?いやAMだよな。もしかして壊れて……いやまてよ?」
もしかして。
「もしかして、日本上空の放送電波が止まってるせいか?」
親父が言ってた。
昔、日曜深夜にはわずかだけど、ほとんどのテレビやラジオの電波が止まる時間帯があったって。
その時間にラジオをつけると不思議な静けさがあって、いつもより雑音とかも少なく感じたって。
……親父はその時間に、よくわからんけど、ぬかるみんだか、ABC何とかとか、マンスリージャズなんたらとかマニアックなラジオ番組を聞いてたといってたけど、そっちはよくわからない。
「!」
チューニングをいじっていたら、かなり遠くの放送らしいのが聞こえてきた。
雑音が少ないおかげで聞こえているが、これかなり遠いな?
それに言語がわからない。中国語……いや、これは台湾かな?
「なぁみんな、これの言語わからないか?」
精霊に問いかけてみたら返事がきた。
『これ、たいわんー』
「なるほど台湾の方だったのね」
当たりだったか。
「言ってる意味はわかるかな?」
『くりかえしてる』
くりかえしてる?
「もしかしてだけど、避難指示か何かを流してる?」
『あたりー』
『まちはだめ、やまににげてって、いってるー』
町はダメ、山に逃げてか。
「つまり、台湾も大差ない状況ってことか」
だけど放送電波が伊豆まで届くってことは、それなりの出力は出してるはずだ。
AM放送の電波はFMに比べて遠くまで届くが、減衰が激しい。
外国まで電波が届くからには、それなりの電力があるってことか。
それともまさか?
「この発信源に誰かいるのか?電力はどこから確保してるのかわかるかな?」
『んー、まりょくちょうだい』
「おお使ってくれ、頼む」
グーッと魔力を持っていかれる感じがして、たくさんの精霊が飛び交う姿が見えた。
そして。
『ほうそうきょく、だれもいない。はつでんしょ、ひとりでうごいてる』
「自動運転か。発電所の電源は何なんだろ?」
秩序崩壊からそう長い年月がたってるわけじゃないから、そのまま動いてる発電所もあるってことか。
それに避難誘導の放送を繰り返しているのなら、わざと、すぐに止まらないように工夫したのかもしれないな。
「そもそも台湾に人は残ってるのか?
あ、厳密な人数までは数えなくていいぞ。
誰かいるのか?
いるとして、彼らは集まって生活しているのかバラバラなのか?
全体を見て、そんな漠然としたところがわかればいい」
『……いる、ばらばら』
「ある程度はいるってことか。秩序はあるのかな?」
『んー……よくわからない』
ああ、そういう抽象的なのは無理か。
「だったら、ちょっと調べてくれるか?たとえば……」
精霊は融通がきかないが、調査力だけはすごい。
ならば、きかない融通の分だけ、こっちが悩めばいいこと。
散発的な情報をかきあつめ、状況を分析していく。
ふむ。
どうやら台湾も似たような状況のようだが、一部で生産活動がおこなわれているようだ。
生き残った人たちは田舎に多い。
彼らは飼う人のいなくなった動物に餌をやり、畑の手入れをし、周辺のゾンビを地道に狩り減らし、状況が落ち着くのをじっと待っているんだとか。
集落によっては、ほぼ全住人が生き残っているとか。
……それはすごい。
大したもんだ、さすが台湾。
そういえば、今まで俺が見たのは都心とその影響の大きい地域だけだな。
伊豆もたしかに田舎だけど、外から多くの人が来る。そして実際にキャンプ場や民宿などにゾンビがいるのは、逃げ込んでいた人がたくさんいたって事だろう。
だが、生き残っていた町もあった……そう、下田だ。
悲しいことに異世界人の襲撃でやられちまったわけだけど、逆にいえば、侵略を受けなければガチで生き残っていたわけだしな。
……いやまて、ちょっとまてよ?
もし、下田がなんの問題もなく住民も生活できていたら。
そうしたら……俺たちの立場ってどうなったんだ?
「……」
今さらだが、背中に氷を入れられたような気持ちになった。
俺は精霊に頼んだ。
「現在の伊豆の生存者を調べてくれるか?俺たちはぬきにしてな。
あと日本全国の生存者の状態が知りたい。といっても厳密な人数でなく、地方別で、いるかいないか程度でいいぞ。
地方はどんな感じでわかる?都道府県でいけるか?それとも旧国名の方がいいのか?」
『わかったー』
『ちょっちまってー』
「おう、よろしくな」
精霊たちが散っていくのを見てから、マオが質問してきた。
「ユー?」
「ああ、ちょーっとまずい可能性に気づいてな。このままだとやばいかもしれん」
「やばい?なにが?」
「あのなマオ、下田が人間族にやられてただろ?
あれはこっちの人間的にいえば、異世界人の侵略だよな?」
「……うん」
「それで問題なんだけどな。
エキドナ様が連れてくる連中……俺にとっちゃ馴染みのお仲間だけど、地球人的には下田を襲った連中の仲間に見えるんじゃないかってことだ?
……つまり、俺たちは侵略者の一味と認定されるって事だよ」
「!!」
俺の言いたいことを察したマオが顔色を変えた。
「一応言っておくが、俺は精霊使いだし、立場で言えば間違いなくエキドナ様陣営の所属だぞ。
自分たちがいなけりゃ俺は地球側とか、おかしな事は考えるなよ?」
「う、うん」
そもそも、リトルがいる時点でごまかしはもう効かないしな。
あいつに人化能力みたいな便利なもんはないし、隠そうとも思わない。
さて、どうしたものか。
この日の夕方、日本国内の生存者の状況が知らされた。
俺はためいきをついて、そしてエキドナ様に報告した。
ああくそ、やばい事になったなぁ……どうしよう?
ラジオ番組の名前の元ネタは以下の通り:
ぬかるみん: 鶴瓶・新野のぬかるみの世界。ラジオ大阪。
ABC何とか: ABCヤングリクエスト。ABCラジオ
マンスリー: マンスリージャズワイド。TBSラジオ
すべてユウ当人は聞いたことがなく、父親の昔話でのみ知っている。




