食料とデータ
その場で食いたいリトルに半分わけてやり、さらに解体して持ち帰った。
買い食いのパンでも食うように、前足にクラーケンをのせ、器用にモフモフしながら泳ぐリトル。
それは可愛いんだけど、後肢と尾のパワーだけで泳ぐわけで、無駄に波がたつ。
で、漁港に帰るとマオとユミが何事かと出てきた……そもそも漁港のすみっこに家をたてたんだから当然だな。
そんでリトルのくわえている、半身でも2tトラックくらいある巨大なタコを見てびっくり仰天しちまった。
「それってバイオハザードじゃないですか!!……ところでクラーケンて美味しいんですか?」
ああ、食い物に関してはユミもきっちり日本人だな。
「子供のうちはうまいよ、ほら、人間用はこっちだ」
四角く切り分けておいたクラーケン肉ブロックを渡した。
「ありがとうございます!」
「ユー、マオは?」
「あーごめんなマオ、猫にタコはよくないから」
「ユウさん、マオさんはもう猫族でなくネコマタ、幻獣種なんですよね?」
「そうだけど?」
「幻獣種はそういう縛りないですよ。ひとが食べられるものなら基本大丈夫かと」
「え、そうなの?」
「はい。むかし幻獣種のお客様にうかがいまして、そのように対応してました」
「ほう……じゃあマオも食べてみるか?」
「食べる!」
「そうか、じゃあこれも出そう」
もうひとつの包みも渡した。
俺ひとりならツマミにするつもりだったが、皆で食べたほうがいいからな。
「これ、料理方法は普通のタコでいいんですか?」
「そうだな、そんなもんだ。
だけど素人考えなんで、気になるなら実験してみてくれ」
「だったら、リハビリがてらわたしがやっていいですか?」
「リハビリ?」
それってもしかして。
「もしかして今だけでなく、しばらく自分がやりたい?」
「はい。
ひとりぶんだと、どうしても妥協で作るでしょう?
良く言えば、人のために作ってた頃の感覚を戻したい。悪く言えば実験台です」
ああなるほど。
「いいよいいよ、そういう事ならかまわない……じゃあ悪いけど頼めるか?」
「はい、じゃあ鍛冶が入るまでは当面、料理はわたしにやらせてください。でも食材はお願いしますね?」
「わかった」
ここは談話室。
子クラーケンの半身を食ったリトルは、満足そうに部屋のすみで丸くなっている。
俺とマオはリトルの身体を背もたれに毛皮っぽい絨毯のうえに座り、ユミは、いろりの火で二人むけに、俺たち用の調理をはじめた。もちろん素材はクラーケン肉だ。
「それで、さっきの話ですけど。エキドナ様はどうしてクラーケンを地球に?」
「たぶんだけど、食料の仕込みだと思う」
俺はズバッと言った。
「竜種や蛇種って、でかいヤツは怪獣レベルだからなぁ。大物用のエサが必要なんだよ」
「クジラとか、あと大きいイカ、いますよね?あれじゃダメなんですか?」
「うーん……それじゃ足りないんじゃないかな」
「足りないんですか?」
ああ。
「イカ・タコ類や小さな生き物などはその幼生体も含めて、海の莫大な食料需要を支えてるってのは向こうもこっちも変わらないんだよ。
あっちの世界の大型種が地球にくるわけだろ?
イカは数がよくわからないけど、大型クジラの方はちょっとやばいと思うよ」
「……そんなにいるんですか?」
「数もそうだけど、あっちの大型種は大型種同士の食い合いと生き残りが本道だろ?
地球じゃ、そういうガチンコバトルむけの大型種はだいぶ前に絶滅ずみで、大型種はだいたい濾過摂食者だからね。例外ったら、深海イカが好物のマッコウクジラくらいだろ。
正直、分が悪いと思う。
イルカの仲間なら賢く逃げ回れるだろうけど、大型種は軒並みやばい。さっさと食い尽くされるかも」
「……」
俺はため息をついた。
「たぶん調査して、テコ入れが必要と思ったからこそのクラーケンなんだろう。
長期的視点なら他にも色々やるだろうけど、とりあえずの食糧問題は解決できるしね。
それに来る方だって、食いなれたものがあるほうがいいに決まってる」
「……クラーケンが生態系を壊すんじゃないですか?ほらえーと、マングースみたいに」
「ああ、マングース問題?」
「はい」
たしか明治時代だけ、ネズミやハブ退治のため沖縄や奄美にマングースを導入した話は有名だよね?
だけど、結論から言えばマングースはハブを食べず、むしろヤンバルクイナみたいな貴重な現地動物が大量に食われる事になり、他にもいろんな大問題を引き起こしてしまった。
しかも沖縄や奄美だけでなく、こういう問題が世界中のあちこちであったらしい。
ちなみに今ではマングースは駆除対象で、数十年とか百年とか、そういうスパンで退治すべき動物になってしまっている。
これがいわゆるマングース問題ってやつだ。
以上、説明終わり。
「んーどうかな。クラーケンってアレで基本、掃除屋だからなぁ」
「掃除屋?」
「うん、そうだよ」
要は弱った大型生物とか、あるいはいっそその遺体とか食べる生き物。海の生き物には多いけどね。
客船を襲うクラーケンとかの話は、向こうの世界でも都市伝説のたぐいだった。自然にはありえないんだと。
「そういや知ってる?
クラーケンってアンデッドを食う数少ない生物なんだぜ。ヤツのいる海域は海難系のアンデッドがいないんだけど、クラーケンが根こそぎ食っちまうらしい。それこそ幽霊船だってね」
「そんなもの食べたって栄養には」
「うん、普通は意味ないよね」
「というと、何かあるんですか?」
「幽霊船を食らうことで、船についてる精霊を取り込むらしい。
ま、それでエネルギーをためこみ強力な個体になったところで、おいしく竜種が食べに来るわけだけど」
「なるほど」
「ちなみに当然っちゃあ当然だけど、アンデッドを食えるということはアンデッド耐性もあるんだよ。
魔族の薬師にきいたんだけど、ゾンビ化治療薬ってクラーケンの血から作るんだってさ」
「それは知りませんでした」
ユミは驚いた顔をし、そして、ためいきをついた。
「クラーケンについてはわかりました。
ですけど、移住の先遣隊って結構すぐに来るんですよね?食料としては間に合わないんじゃ?」
「ああ、それは大丈夫」
俺はうなずいた。
「たぶん先遣隊は蛇が主体で、あとはエルフになるはずだよ。それから協力的なドワーフ数名に、個体でエキドナ様に従う一部の魔獣とかね。
クラーケンを食べたいようなやつは、もっと後にくるんだよ」
「えっと、そうなんですか?どうしてわかるんですか?」
「全部エキドナ様関係だからさ」
俺が告げると、ああとユミはも納得した。
「そういう事ですか……ところで蛇種も大きいのはすごいですよね?」
「ナーガはナーガでも最初にくるのはラミアの系列だから」
「それはなぜ?」
「なぜって、そりゃエキドナ様がラミアの長でもあるからだけど?」
「長ですか?それはどうして?」
え?知らないのか?
「どうしてって、エキドナ様の種族ってラミアだぜ?
神獣化みたいになって色々変わっちまってるけど、ご本人は今もラミアの親玉のつもりなんだよ。
……知らなかったのか?」
「そんなの知りませんよ、初耳です!」
あらら。
「ま、そのあたりは今度当人にでも聞いてくれ。
それと、ユミが考えてるナーガの大きいのって、八大龍王の系列とかの巨大種だろ?あっちは来たとしても最後だよ」
「えっと、そうなんですか?なぜわかるんです?」
「まぁ、そこはいろいろとね」
俺は言葉をごまかした。
エキドナ様の事は言ってもいいって言われてるけど、さすがに八大龍王はまずい。
うん。
「話をもどすけどさ。
とにかく、そんなわけで神子元島はいざという時の避難所にできるよ。
ただし本格的な予備の住み家にはできないから、別の島を開拓したいね」
「そうですか……では、その見定めをお願いできますか?
その間に、ここの拠点整備はマオさんとわたしで進めます」
「わかった。リトル、おまえはどうする?」
「ヴル」
「そっか、来てくれるか。そんじゃ悪いけど頼む」
「ヴルゥ!」
「……本当に、かわいがってるんですねえ」
「ん?」
見ると、ユミがなんか微笑ましそうに見ていた。
「あー、そりゃ孵化した瞬間から見てきたからね」
「真竜ですよ?たとえ卵から育てても基本、人には懐かない存在です……こわくないんですか?」
「頼もしくはあるけど、こわいと思ったことはないなぁ。仲間だし」
「……自覚がないんですねえ」
「え?」
「いえ何でも。
あえて言えば、真竜を仲間と心の底から言い切る人は普通いませんよ?」
「そうか?だって仲間は仲間だろ」
「はいはい」
「?」
ユミは笑うだけでそれ以上、何も言わなかった。
「おっとそういや、アレはどうなってるかな?」
「太陽電池とバッテリーですか?」
「そそ」
預けておいたわけだが、さて。
「マオさんが屋根に設置して、バッテリーは二階のおふたりの部屋に置いてますよ。
充電開始までは確認してます。見ますか?」
「そうだな、機械の具合とか確認したいし」
「わかりました、マオさん」
「ユーきて」
「おう」
マオにうながされて、俺は立ち上がった。




