連絡
どれくらい俺は我を忘れていたんだろ?
ふと気がつくと周囲は真っ暗。壁の時計は21:30過ぎをさしていた。
(暗いな)
目覚めて暗いと思った瞬間、周囲の風景が変わった。
色彩がなくなり、同時に明るさがグッと増した。
ただし視力をアップしたのではない。
「……」
起き上がり、洗面所に行って顔を洗う。
鏡に映る自分の顔を見ると、モノトーンであるほかはいつもと変わらない。
動物のように目が光っているわけでもない。
ちょっと特殊な魔法を自分の内側にかけ、風景を明るく見せているだけだから、外見上は何も終わらないのである。
面白いだろ?
まぁさすがに動物の夜目にはかなわないけど、これでも実用にはなる。
俺のオリジナル魔法『夜目』だ。
この魔法を開発した簡単にいうと、あまりにも異世界の夜が暗かったからだ。
ライト、つまり灯火の魔法はあったけど、虫も魔物もガンガン引き寄せてしまうし、だいいち目立ちすぎる。
人間族を避けつつ旅を続けたかった俺にとって、これは致命的だった。
そこでふと思い出したのが、昔やった洋ゲーに登場した夜目のスキル。
真似してみたら見事、夜でも見える目を手に入れることだったわけだ。
たったこれだけなんだけど、夜の灯りの少ない異世界ではめちゃめちゃ役に立った。
とことん使い込んだ結果、俺の魔法でも指折りの完成度になったんだ。
俺は名目こそ勇者の美名で召喚されたけど、はっきりいって武器戦闘はダメダメだ。
そもそも、ただの誘拐被害者だしね。どこぞのチート主人公みたいなわけにはいかないよ。
人間族を見限ってからの旅なんか、完全に家路を求めての探索旅行になってたしな。戦ったのは、連れ戻して隷属させようという人間族勢力からきたバカくらいのものだ。
反面、精霊とのつきあいは異世界初日からで長く、魔法にも興味があった。
精霊は可愛いし、魔法は面白い。
気がつけば俺は魔術師、または精霊使い認定されてたし、自分でもそう名乗っていた。
さて。
「じゃあ、このまま」
出発しようかと思ったところで、精霊たちがピクッと動いた。
『へんじきたー』
「返事?まさか異世界の返事!?」
なんだその速さ。まだ数時間だろ。
「わかった、読み上げてくれ」
さてさて、どんなメッセージが届いたのか。
でも。
『「安全な場所を確保してから合図してほしい」だって』
「なんだそれ?」
思わず聞き返したが、戻ってきた返事は順当なものではあった。
『「送るから」だって』
「送る?いきなり何か送りつけてくるってのか?」
『わかんないー』
「……そっか、じゃあ広さの指定はあるか?」
『おへやのなか、だって』
「部屋の中?」
『あんぜんで、もうひとり、いられるようにっだって』
「あー……なるほど、使者を送ってくるってことか」
いきなり人を送るとは驚きだけど、それだけ重要視されたって事か。
「だったら居間がいいかな」
この家の中はクリーンで、外から侵入もできないし雨戸類もすべて閉鎖ずみだ。
そして居間が一番広い。
俺は居間に移動した。
窓などが閉鎖済みなのを改めて確認してから、キャンプ用ランタンの電源をいれた。
「よし、とりあえず安全確保。悪いけど、もういいですよって連絡してくれるか?」
『ちょっとまって……うん、したよー』
はやっ!
「お、おう、ありがと、じゃあ後は待つだけだフォワッ!?」
その瞬間、俺の背後から暖かいものが抱きついてきた。
な、なななんだ!?
反射的に柔らかいそれを突き飛ばしつつ、俺自身は反対方向の壁を背にした。
「ユー!」
「……え?」
その、あたたかいものの正体を見据えた俺は、わけのわからない光景に目が点になった。
そこにいたのは、全裸の猫耳美少女だった。
身長はたぶん150センチ台前半くらいで、手足が長め。肌は健康的に褐色に焼けているが、衣服や下着の跡が一切ない、まるっきりの滑らかな、傷ひとつないすっぽんぽんだった。
やばい。
女の子の裸体を意識した瞬間、全身がドクンと鳴った気がした。
体表にはほとんど産毛しかなくて、むき身の卵のようにつるっとしている。ただし猫耳の埋まっている頭には長い髪が、長い尾の生えている腰の部分は、そのあたりだけ保護のためか濃い毛が生えている。
……なんだこの子?
いやまぁ、間違いなく向こうから送られてきた使者なんだろうけど。
けど、なんで全裸?
ついでに言うと、こんな人間に猫耳プラスしっぽ、みたいな半端な獣人族って向こうでも珍しいよな?
だいたい獣人族はもっと獣に近いか、重要部分は毛皮でがっちり覆われている事が多い。
こんな無防備な生身に猫耳としっぽだけ、なんて個体は獣人よりもむしろ──。
いや、それだけじゃない。
ランタンの光で女の子を照らした俺は、その容姿に見覚えがあることに気づいた。
いや、しかし、そんなまさか。
俺が知ってるその子はゲームキャラのはずだ。
なのに、驚くほどそっくりだった。
──獣人マオ。
とあるネトゲで俺のパートナーをさせていた半獣の少女。
人間であるにも関わらず猫耳と尾と猫の瞳、そして獣の体力をもつ娘。
異世界の相棒にマオと名付けた、その由来、元ネタとなった存在でもある。
十年以上遊んだPC用ゲームなんだが、パートナーシステムというのがあった。
要するに調査、支援に有効利用することができるサブキャラのうえに容姿や性格も決められた。そんでキャラクタ生成画面を改造することで、本来ありえない容姿を与えることも知られていた。
俺も自分の好みで魔改造したうえ、つくりあげたキャラクタにマオの名をつけ、支援キャラとして利用していたんだ……。
で、異世界で拾った猫を見た時、なぜかマオを思い出した。
俺は、架空の相棒の名をとりマオと名付けた。
彼女のように有能で、そして美しい存在であれと願いをこめて。
ここまでいえば、俺が驚いた理由がわかるだろ。
架空の存在で現実にはいないはずの獣人マオと、どうしてここまでそっくりなんだ?
それに。
「何者だ?」
やっとのことでその言葉を口にしたんだけど。
「ユー!」
……ちょっとまて。
この言い方。
そして、耳と尻尾の柄には見覚えがあった。
「まさか……まさかマオなのか?」
「ユー!!」
俺がマオと言った途端、目の前の美少女が、ぱああっと満面の笑みになった。
「ユー!!ユー!!」
「ちょ、ちょっと待てマオ、おまえ本当にマオなのか?俺の相棒の?」
「うんうん、そうだよユー!!」
ンなバカな!
俺の知ってるマオは、二本足で立ち歩く猫そのもののファンタジーなイキモノだったんだぞ。そもそも人間のパーツなんかひとつも使われてなかったんだぞ。
なんでマオが、こんな猫耳人間の姿で……しかも俺がゲームで作った獣人マオの姿になってる?
いくらファンタジー世界の住人でも、おかしいにもほどがあるだろうが!
「ちょっとまてマオ」
俺はあわてて止めた。
「全然わからんから最初から教えてくれ。
おまえがマオなのは何となくわかるし、使者として来たんだろうこともわかる。
まぁ、その話はあとでしよう。
それより、その姿はいったいなんなんだ?」
「え?こういうのがユーはいいんでしょ?」
「アホか、意味わかんねえよ。
まぁ、ちょっとまて、いま服を「いらない」……は?」
俺はマジマジとマオを見た。
「あのなマオ、おまえにはわからないかもしれないが、人間の姿をしている以上、服を着ないとダメなんだぞ」
「それはあと、それより今はすることがあるの」
「すること?」
「それ」
言われて、はじめて気づいた。
そこにはその、なんだ……俺の、あまり婦女子の前で解説すべきでないものが、思いっきり元気に、のびのびと健康的に天をあおいでいた。
うわぁっ!
あわてて前かがみになって隠そうとした。
だけど。
「よかった」
「え?」
見ると、マオはうっとりと俺のちんこを見ていた。
「ちゃんと立った、よかった」
「え?え?」
マオは本気で嬉しそうにしていた。
「これでマオはユーの子を産める」
「……なに?」
それで俺は気づいた。
「マオ、まさかおまえ」
「だから、その話はあと」
改めて真正面からのしかかられ、唇をふさがれた。
柔らかい身体が俺を押し倒し、たわわな乳房がふにゃっと潰れた。
◆ ◆ ◆ ◆
深夜。
電気も何もなく、ひとの目にはまっ暗闇にしか見えない空間で、裸の男女がベッドに眠っている。
ふたりとも疲れた様子で熟睡していた。
そんな中、女の猫を思わせる瞳が唐突に開いた。
「……」
その瞳の持ち主はゆっくりと起き上がった。
闇の中のシルエットに、ひとにあらざる猫科の大きな耳のついた頭が浮かぶ。
その頭は、横で力なく眠り込んでいる青年を、いたわるようにじっと見ていた。
外れかけた毛布をかけなおそうとするのだが、その時、青年の身体がビクンとはねた。
「まって、お父さん、お母さん、いかないで……いかないで!」
いつもの青年からは信じられない幼い慟哭。決して使わない呼び名。
どこかに去っていく両親に涙を流し、泣いている青年を、やさしい瞳の持ち主は、そっと抱きしめた。
「……」
「いかないで……いかないで」
眠ったまま抱きしめてくる青年を優しく抱き返し、あやしていると、次第に青年は落ち着いてきた。
やがて、再び安らかな眠りに落ちた青年に、自分ごと布団をかけなおした。
そして、耳元で彼女はささやく。
「だいじょうぶ、しんぱいない……もうぜったい、ユーをひとりになんかしない。
いつまでも、どこまでも。
マオはユーのもの。ユーはマオのもの。けっして、にどとはなれない」
「……」
「だからおやすみ、ユー」
「……うん」
耳元で囁かれる言葉に、もうろうとした意識の中で答えるユウ。
猫の瞳はユウが完全に眠りに落ちるまで見つめ続け、そしてそれから眠りに戻ったのだった。