想定外は続くよどこまでも
オートキャンプ場が片付いた後も、ゾンビ焼き作業は続いた。
「よし、薙ぎ払え!」
リトルもだんだん慣れてきたみたいで、山中の施設のゾンビ掃討になると、すぐとなりの林をほとんど焼かないなどの器用さを見せるようになってきた。
さらに。
「風ちょうだい!」
『ぎぷりゃー!』
「『風壁』!!」
……精霊にもノリのいいのが混じってるなぁ。
ちなみにユミも俺に毒されたのか、かわいい精霊が見えてるそうだ。
よしよし、いいことだ。
「えっと、何がそんなにうれしいんですか?」
「みんな上達してるのを見てると、何か楽しいんだよ。
あと、向こうでさっぱり広がらなかった『精霊かわいい教』の同志が増えた事もね」
「かわ……何ですかそのセンス?」
「え?いいだろ?」
「……ユウさん、わたしは入信してませんからね?」
「なんでさ。精霊は可愛いに決まってるだろ?」
「精霊ですよ?聖なる存在ですよ?そんな、ゆるキャラみたいに扱うのは不謹慎です!」
ほうほう、そうかね。
でもさ。
『あげるー♪』
「え、いいの?ありがとう!」
「ねえ、その聖なる存在にお菓子もらって喜んでるの誰?」
「……」
しまった、ついうっかりみたいな顔してもダメだよ。
人間、苦痛には耐えられても、快楽には耐えられないものなんだ。
君も可愛い子たちに溺れるがよい、フフフ。
山中の施設のゾンビを丹念に焼いた俺たちは川沿いの道に出た。
近くに町がないせいか、対岸にもゾンビはいない。
川沿いに上がっていくと数体みつけたが、川向こうに飛ばしておいた。
「この山の区画そのものを周囲から切り離すんだ。離島化といったところかな?」
マオはすぐに納得したが、ユミは質問してきた。
「どうやってですか?」
「こうするのさ」
脇道に大きな石を並べ、ごくかんたんなバリケードもどきを作ってみる。
「侵入を防ぎたいのはゾンビだから、こんな単純なものでいいんだよ」
「人間やほかの魔物がきたらどうするんですか?魔犬みたいに」
「それはまだ無理」
俺は即答した。
「残念だけど、今はそこまでやってる時間がないからね」
「……それもそうね」
「だから、できる事からやろうってわけ。目の前の問題を片付けよう。どうかな?」
「なるほど、わかりました」
川沿いを北上していく。
「橋はみんな落としてあるんですか?」
「国道136号が川を渡る手前までね。ほら」
川沿いの道をあがっていくと、やがて国道にぶつかった。
周辺にわずかにいたゾンビを町中まで飛ばす。
「国道より山側への分岐を、さっきの要領でふさぐんだ。マオ、できるか?」
「やってみる」
マオが精霊に指示を出して、土のうを積んだ程度の軽い道路封鎖をしていく。
「わたしは出る幕がないですね」
「ん?じゃあ、ゾンビが出たら川向こうに飛ばすのを頼めるかな?」
「わかりました」
ユミの魔法や才は基本的にドワーフ寄りであり、別にここでガンガン役立つ必要はない。
けど何もしないと気に病む性格みたいだな。気をつけておこう。
「ユー、ここどうするの?」
「ああここか」
国道136号、二條のT字路。
ここで国道は南に折れるけど、道なりならそのまま進んだほうがいい。
「南に曲がれないように塞いでくれ」
「わかった」
一時的に国道から外れるが、2キロもいけば一色のT字路で再び戻ってくる。
これと先日の差田の三叉路のバリケードと組み合わせたら、ゾンビ対策としては完璧だろう。
やがて、とりあえず考えられる全ての道を塞いでから。
俺たちはゾンビを探しつつ石廊崎漁港の拠点に戻った。
道を塞ぎゾンビを焼いたので、次の作業にとりかかる事にする。
だけど。
「家の中を整備しよう」
「それはマオとユミがやる」
いきなり拒否られた。
開口一番でマオにぶったぎられた。
なんでやねん。
「えっと、なんで?」
「ユウさん、家を整備するのは女の領分です。男は外で遊んでてください」
「それ向こうの常識だよね?ここは日本で」
「ユー」
う……マオまで。
家の事は女の仕事なんていうと日本だと男尊女卑と言われそうだけど、あっちの世界は事情が現代日本とは全然違うので、そこは一律に判断できない。
向こうの事情をひとことで言えば、
『中の事は中の者がやる、外で働く者は口を出すな』
……である。
ちなみに中と外という言い方をするのは、性別関係ないからだ。
あちらは戦闘適性ってやつが第一で、例外は出産が絡む時だけなのだ。
さらにいうと、向こうの結婚ってのは、平安時代の日本のように女系の結婚でもある。
つまり女性は結婚しても家を出なくて、結婚生活も子育ても女性の家の方で行われる。
だからこそ家は、家を守る側が全権をもって管理して当然。
このあたりの感覚がことごとく日本と違うのである。
「ああもう、わかったって!でも力仕事くらい何か」
抵抗しようとしたら、今度はユミに笑われた。
「気持ちは嬉しいですが、マオさんもわたしも無力な手弱女じゃないですから」
「……」
そりゃまぁそうか。元ドワーフの鍛冶する犬耳女に、精霊使いの猫娘。
たしかに、助けようにも助ける隙がない。
しかしそうなるとアレかな?
「わかった、じゃあ海でも見てくるわ」
「海?」
「そそ。海」
「わかりました。いってらっしゃい」
「いってらー」
「おう」
俺はふたりに手をふると外に出た。
外は晴れから曇り空になりつつあったが、雨などにはまだ早いだろう。
慣れない異世界の半島を走り回ってお昼寝中のリトルを起こさないよう、岸の突端に移動して精霊に頼む。
「あっちの島まで運んでくれる?」
『いいよー』
次の瞬間、俺の身体はふわりと浮き上がり、東南東に飛び出した。
神子元島。
下田の南に浮かぶ無人島であり、有名な神子元島灯台とその保安設備等があるだけの小さな小さな島だ。
周囲には豊かな伊豆の海が広がり、ダイビングポイントでもあったはずだ。
もちろん今はダイバーどころか船の影もなく、ただ静かな海があるだけ……そんな島である。
「よし、到着と」
そんな島の外れに、俺は精霊たちに守られて静かに着地した。
「あーうん、思ったよりは大きいけど」
長期に住むのは無理だろうな。
ここに籠城すれば確実にゾンビから逃れられるはずだけど……誰かがいた痕跡もないか、残念。
「平地はあまりないけど……これはヘリポートかな?」
不自然なほどきれいに、丸く平らに均された場所がある。
ヘリポートか何かじゃないかなと思うんだけど、あいにくそっちの知識がないので断言はできない。
真っ平らだし、いざという時には多目的に使えるだろう。
さて。
「なんか建物が」
観光客用の設備があるわけないから、職員または非常用の避難所かな?たしかこの近くは岩礁が多く、危険な海だと親父が言ってた。
入れそうだったので、ドアをあけて入ってみた。
「ほう」
寒かったが、ふと思い立って電源スイッチをいれたら、なんと明かりがついた。
「LEDじゃん」
明かりがLEDになっていた。
上に太陽電池、そしてどこかに蓄電池があるんだろうな、これは。
風雪にさらされている設備類も、くたびれてはいるが維持管理されていた事が伺える。
うん、たいしたものだ。
……とはいえ、灯台が光ってないっぽいのはどうしてだろう。
破壊された?それとも昼間だからついてないだけなのか?
わからないな。
でもとにかく、非常時の逃げ場になる事はわかった。これならリトルはさすがに入れないけど、うっかり冷えただけで風邪をひきかねない人間には必要な──あれ?
「そういや、人間って俺だけなんだっけ?」
マオはもともと人間じゃないし、ユミも人でなくなっちまったからな……。
幻獣は病気にならないとは言わないけど、人間のように簡単に風邪ひいたりしないのは事実。
もしかして、ここの恩恵を一番受ける弱いやつって俺?わお。
ははは……自分が凡人とは思ってたけど、まさか、このうえさらに周囲からおいてけぼりですか。
情けないもんだ、やれやれ。
「ん?」
そんなことを考えていたら、大きな水音がした。
なにごとかと思って外を見たら、見覚えのあるでっかい顔が。
外に出て声をかけてみた。
「どうしたリトル、追いかけてきたのか?」
「ヴルッ」
ドラゴンの子は人間と会話困難だから誤解されがちだけど、知能は高い。
俺は向こうで色々とコミュニケーションを試みていたから、少しならわかる。
「腹へったのか。このあたりの魚は……あ?もしかしておまえ」
「ヴルゥ」
「ははは、そういうことか。けどここ地球だからな、あんまりデカいのはいないぞ?」
「ヴルッ」
「よしよし、ちょっとまってろ」
リトルの言いたいことを要約すれば、こういうことだ。
──タコが食べたい。
地球でもタコを食べる地域は限られるが、向こうの世界じゃクラーケンの悪評のせいか、タコを食べる人族はほとんどいなかった。単なる討伐対象だったし、浜で水揚げされても捨て値で貧民街にやられていた。
だが日本人の俺にしてみれば、タコはおいしいごちそうだ。
実際、向こうのタコはデカいわ美味いわ、本当に素晴らしいものだったんだが。
……俺の横でゆでダコ食ってたこいつまでタコ好きになったのは計算外だった。
タコ好きのドラゴンって……。
しかも自分でとればいいのに、なぜかタコだけは俺にとってくれっていうんだ。
いやま、かわいいからとってやるけどな。
「ちょっとみんな、タコ探してくれるか?大物のほうがいいぞ」
『わかったー』
『ちょっちまつー』
精霊たちが海中に散った。
「さて、しばらく待つうちに薪を確保するか。
おまえら、悪いけど流木でも材木でもいい、薪くれ」
『まりょく、ちょうだーい』
「おう、こんなんでいいか?」
『おけー』
うむ、取り寄せはやっぱり魔力食うわ。
しかし次の瞬間、大量の薪が神子元島の片隅に積み上がった。
そして精霊からの返事がきたんだけど。
「……ちょっとまて、それマジか?」
『まじー』
「そうか」
俺は少し悩んだけど、精霊に頼んだ。
「まず塩くれ。あと、見つかったヤツで一番でかいのを一匹だけ、ここに引き寄せてくれ」
『抵抗あるよ、魔力食うよー』
「そうか、じゃあそのタコに獲物の幻影みせたい。いけるか?」
『みせるのは、できる』
「みせるのは?ああそうか、効果のほどがわからないんだな?」
『うん、やったことない』
「おもしろい、ためしてみようぜ?」
『わかったー』
しばらくすると、俺でもわかるほどハッキリ、海中で気配が動いた。
しかしこれは。
「えらい大物だな。リトル、手伝えるか?」
「ヴルッ」
「よしよし、俺が釣り上げるから、上がってきたらいつものヤツな?」
「ヴゥ!」
気配の主が浮上してくる。
やがて、その影が上からも見えるようになったところで、俺は精霊に頼んでそいつを捕まえた。
「っしゃあ、あっがれぇっ!!」
大きな抵抗。
だけど海底から離れて移動中なので、吸い付くべき岩場などがない。
ゆえに、俺の力でも容易に海上に持ち上げることが可能で──よしきた!
「リトル!」
「ヴルッ」
ごばぁっと海面が盛り上がってその体が姿を現した途端、リトルがそいつに雷撃を浴びせた。
バリバリバリバリッ!!!
至近距離で落雷でもあったような爆音がそいつにヒットして、そして、やつの体組織の焼ける特有のニオイが漂う。重要器官を破壊しただろう事は明白だ。
俺はその傷ついた個体に、精霊に作ってもらった塩を一気にまぶして全体をシェイクしてやる。
うりゃうりゃうりゃあっ!
「よっしゃシールド!」
やがてそいつは急速に抵抗を弱めていった……。
「……ふう、おけ。うまくいったぞ」
俺はそいつを陸にひきあげた。
「しかしこいつ……エキドナ様の仕事だなこりゃ」
ああ、いつまでも「こいつ」とか「やつ」だとわからないよね。
通称ビビ・クラーケン。
ビビとは子供を意味する幼児語。ようするにクラーケンの子供だった。
リトルがユウにタコをとってもらう理由:
リトルだけでもタコはとれます。
しかしリトルはユウのタコとりを見るのが好きだし、それに自分だけでやるとタコに巻き付かれて大変になったりもするので、ユウに甘えて手伝ってもらってます。




