別視点・保護
マオは遠くに逃げたと見せかけ、石廊崎集落の家のひとつに逃げ込んでいた。
非常の場合にそなえてマオは集落の家をこっそり調べ上げており、非常用の避難所を確保していたのだ。
そこにユミと逃げ込み、エルフ仕込みの巧妙なシールドで隠れ家の存在そのものを隠した。
外から発見するのは、同じ集落のエルフ以外には困難なレベルのものだった。
そして二階の窓から確認しようとした時、空気が急変した。
「ユー!!」
窓を開くと、ちょうど空中のユウがグラリ、と揺れたところだった。
遠目にも危険なレベルの攻撃を受けたらしい。
マオは蒼白になり、ただちに窓から飛び出そうとしたのだけど。
「……え?」
ソレに気づいた時、マオはその動きを止める事になった。
◆ ◆ ◆ ◆
ユウの攻撃が止まり、墜落を始めたので魔犬たちはとどめをさそうと動き出した。
今までの狩りでは見たこともない、べらぼうな『魔』の塊である。殺して食えば彼らの群れはとんでもなく強化されるだろうことは間違いなく、これなら北の山の向こうにいる怪物も倒せるだろうと喜んだ。
そして落ちるユウに殺到しようとした時、それは現れた。
『!?』
それは西の海から現れた。
唐突に巨大な気配が動いたかと思うと、明らかにクジラとも何とも違う想定外の何かが、海からぬっと顔を出したのである。
彼ら魔犬に歴史の知識があれば、それが首長竜と呼ばれる古代の生き物を想像したかもしれない。
だが、たとえ彼らに首長竜の知識があったとしても、その何かは異様と思えただろう。
なぜか?
歴史にある首長竜の首は細く、頭も小さいものだった。
だが目の前に現れたその頭は明らかにその古代竜より大きく、しかも凶悪な雰囲気を漂わせていた。
しかも、額にはサイのようなゴツい一本角まである。
「……」
竜は魔犬たちをジロリと睥睨すると、大きく口を開いた。
そして次の瞬間、巨大な白い灼熱のブレスを魔犬たちに叩きつけた!
『……!!……!!』
反撃も抵抗も何もできず、問答無用で魔犬たちは蒸発させられていく。
そして全体を嬲り尽くしたところで、竜はバクンと口を閉じた。
後には、焼け焦げた大地と、そして倒れているユウだけが残った。
「……」
竜はのそりと大地に上陸してきた。
現れたその姿は首長竜でなく雷竜、中生代の生き物でブラキオサウルスと名付けられた大恐竜に体型などがよく似ていた。
長い首と頭、それを支える力強い上半身。
巨大でがっしりとした前肢と、下半身にむけてゆるく下がっていくボディライン。
どちらにしろ、地球にはもういるはずのない、もう滅びて久しいはずの形態をもつ生き物だった。
「……キュウ」
竜はユウを覗き込むと、甘えるようないたわるような、まるで子供のような可愛い声を出した。
そして前足を折って座り込むと、頭をユウに近づけた。
額の一本角が不思議な輝きを発し、光がユウを照らす。
すると、ユウの身体の傷がみるみる消え始めた。
「……う、うう」
やがて傷がすっかり消えると、ユウが眉をしかめて動き出した。
ゆっくりと目を開き、そしてその視界に巨大な竜の顔が映った。
「?」
「キュウ」
眼の前にある顔がなんなのか理解できず、しばし眠そうにしていたユウだったが、やがて気づいたのか「アッ」という顔になった。
「リトル……まさかおまえリトルか!?」
「キュウ!」
「ははは、やっぱりそうかハハハ!なんだおまえ、でっかくなりやがってこのやろうって、うわっ!」
「キュウっ!」
竜──リトルはユウを軽くくわえると、空に放り投げ、ぽーん、ぽーんと頭で跳ね上げ始めた。
ちなみにこれは、異世界の竜たちが非常に喜んだ時によくやる行動であるが……当たり前だが人間はドラゴンではないので、ドラゴンの頭でヘッドリフティングなんかされたら普通は大怪我確実である。
だけどユウは、アハハ、ギャハハと笑いながらリトルにされるがままになっていた。
しばらくすると、やっと落ち着いたのかリトルはユウをおろした。
ユウはあぐらをかくと、リトルを見上げてゲラゲラ笑った。
「うわっははは、いやースリルあったわぁ!」
「キュウ!」
ぽんぽん飛ばされるユウを守っていたのか、まわりには何体もの精霊たちが待機している。
そんな精霊たちを「ありがとな」と、なでつつ笑うユウ。
「やられたやられた、お、怪我治してくれたのかリトル?ありがとな!」
「キュウ!」
二匹が仲良くしていたら、やがてマオがユミを連れて駆けつけてきた。
リトルはマオをわかっているようで「ああ、きたの」という反応だったが、ユミにはわずかに警戒した。
「ユー!」
「おーマオか、そっちは大丈夫だったか?」
「ユー!」
がばっとマオに抱きつかれ、ユウは言葉を失った。
「ああ、大丈夫だって。リトルが治してくれたから」
「あれが噂にきくアースドラゴンの角の力ですか。でも癒やしの角とは珍しいですね」
ユウに抱きついているマオと違い、ユミは興味深そうにリトルを見ていた。
「俺がよく怪我してたせいだろうなぁ。こいつ、こんなちっこい頃からピーピー鳴きながら癒やしてくれたから」
「ようするに、子供に心配かける困った養い親だったと?」
「ちげえねえ!」
ユウは笑うと、リトルの方を見た。
「ほう、今のマオの姿はわかってるのか。
リトル、こいつはユミだ。新しい仲間だから警戒しなくていいぞ」
「ユミです、よろしく。マオさんが妊娠したら、次はわたしの番になる予定です」
「!?」
ああ、そうかと納得したリトルは、スンスンとユミのニオイを嗅いで、そしてキュウと鳴いた。
ユミは笑顔で「よろしくね」とリトルの鼻をなでた。
「アースドラゴンは初めてですけど、やっぱり竜種なんですね。反応が似てて昔を思い出します」
しかしユミの笑顔と違って、ユウは慌てていた。
「お、おい、ユミ」
「あら、何ですか?」
「いや、次は自分とか「え?何か間違えましたか?」」
「いやいや次って、そんな話をした覚えはないんだが?」
「何いってるんですか、群れでわたしはマオさんの次席です。それってそういう事ですよ?」
「そりゃ動物の群れはそうだろうけど!」
「うちは多種族混成ですから、ルールもそれに従うべきでは?」
う、たしかに。
「でもなぁ」
正直ハーレムは抵抗があった。
そしたらユミは言った。
「まぁ、ご心配なさらなくてもハーレム展開ってやつにはなりませんから。
お忘れですか?わたしの役目はマオさんのサポートですよ?」
「……ああ」
「マオさんがまず妊娠し、子をなし、ひととおりの子育てをするまでお手伝いする事になります。
逆にいうと、それまでは基本、わたしの立ち位置は今のままです。
それにわたしも鍛冶がありますから」
「うん」
「そういう事ですから、当面はお気になさらず。
いずれその時が来たら、その時にまた続きのお話をしましょう」
「……そうだな、わかった」
要するに現状維持ってことだろ、脅かさないでくれよな。
現在のリトルの胴体はだいたい軽自動車くらいであり、尾や頭をいれても大型バスには届かない。
もちろんまだ幼体だからだが、拠点づくりをはじめたばかりの俺たちには朗報だった。
さっそく拠点が改造され、リトル用の寝室と大談話室が増設された。
ちなみに寝室の方は海にもつながっており、屋外に出る事なく海中に出る事もできる……アースドラゴンは水竜ではないが水を好む性質をもつので、実験的に設置してみたものだ。
ヒューマノイド用の出入り口が使えないリトルのために、大きな勝手口も作った。
勝手口は精霊布のカーテンだが二重構造になっていて、ちゃんと風雪は防ぐし、仲間以外は出入りできない仕組みにもなっている。さらに念の為に二重構造になっていて、余裕がもたされていた。
談話室の中心には綺麗な砂を敷いた土間といろりがある。
あ、これは俺の趣味な。
今も、急遽捕まえてきた大型魚を解体し、部屋の真ん中のいろりで焼いている。
室内には脂肪の焼ける音といい匂いがたちこめている。
煙はもちろん、精霊たちの手で換気用の煙突に送られていて、無駄に煙たいこともない。
「そうか、やっぱりリトルを送ってくれたのはエキドナ様なんだな?」
「キュウ!」
「そうか……よし、でも熱いから気をつけて食え?」
自分もかじりつつ、巨大なリトルに食わせていたら、なんかユミが顔をひきつらせていた。
「どうしたんだ?」
「これクロマグロですよね?」
「あーうん、たぶん」
「これ一本、たぶん何百万とかするんじゃないですか?
それを一食で使っちゃうとか。
もしかして、ユウさんが精霊使いじゃなかったら食費で破産するんじゃ……」
「ユミ、ユミ」
「なんですかマオさん?」
「普通のひとは真竜族を飼わない」
「……それもそうですね」
マオに指摘され、ユミは苦笑いした。
うん、まったくその通りだ。
「俺、食料集めはよくやったからなぁ」
「そうなんですか?」
「だって、マオもリトルもすげー食うんだもん。
あと、魔物に襲われて困ってる村で求められるのも食料援助が多くてさ。
よく狩りまくったんだこれが」
「なるほど修練のたまものなんですねえ。
あ、どうもマオさんありがとうございます」
「ポンズいる?」
「いります、で、このポン酢はどうしたんですか?」
「そこの民家の床下倉庫」
マオとユミもまた、それぞれに楽しんでいるようだった。
「それにしてもユウさん、戦いはほんとにダメなんですねえ」
「え?なんで?」
「なんでって」
ユミは絶句し、そして思い直すように続けた。
「本来、一対多数のベストは各個撃破に持ち込む事ですよね?
なんで対多数戦なんてやってるんですか。しかも狙われ放題の空中に止まっちゃって」
「いや、あれは逆に攻撃を集中させといて魔法で一気に叩こうと」
「その結果がアレですか?」
「……」
「未知の相手で反応を読み違えたって事でしょうけど、そもそも未知の相手を一度に畳みこもうとしたのが間違いではないんですか?」
「……」
「飛べるんですから狭い地形におびき寄せれば、もっと有利に展開する方法もあったと思うんですが。
避難したわたしが言うのもなんですけど、もう少し考えるべきなのでは?」
「……」
「ユウさんが墜落した時のマオさん、かわいそうなくらいに顔ひきつらせてましたよ?
あんな顔させないように、安全な戦いを模索しませんか?
練習や実験なら、いくらでもおつきあいしますから」
「……ああそうだな、わかった悪かった、気をつけるよ」
ユウはためいきをついて頭をさげた。




