作戦負け
魔狼や魔犬と呼ばれる魔物は文字通り、狼や犬が魔物になったものだ。
こいつらの群れには、ふたつのパターンがある。
ひとつは、一匹が魔を帯びて進化し、そいつが頭をとっているケース。これが普通だ。
しかし、この段階で討伐されずにいると、第2フェーズ……群れ全体が魔狼や魔犬に進化する事がある。
こうなると本気でやばい。
それらと戦うには、こちらも『数』を揃えるか、桁違いの広範囲魔法で丸ごと焼き尽くすとかになってしまう。
ようするに、一般個人でぶつかる相手ではないって事。
「逃げるってどこにですか?」
「下田方面に──いや」
俺は少し考え、考えを変えた。
「鵜渡根島に行く」
「聞き覚えのない名前なんですが……」
「ああ、近年は無人島だからね。伊豆諸島のひとつで、利島の近くにあるよ」
無人島ならゾンビもいないはずだ。
かりに誰か逃げ込んだとしても、大人数はいないだろう。
「まだ調査すらできてない状態で有人の島に逃げ込むのは危険だと思う。
安全と言える避難先がない以上、ゾンビがいる可能性の低い無人島を目指すよ」
しかし。
「質問、そこまで渡る方法はどうするんですか?」
「空を飛んでいくよ」
「海上を飛ぶとなると休めませんが、遠くないですか?
わたしを助ける時、ぎりぎりまで魔力を温存したとマオさんに聞きましたけど?」
「それは」
正論だった。
「仮に魔力が足りるとしても、その場合、現着時に魔力がだいぶ減っているわけですよね?
現地で何か問題があった場合、対処できますか?
すでに午後回ってますし、現地で夕方から夜になるとさらに危険が増大しそうです」
あ、時間か。
「なるほど一理あるな。
ただ、ここに留まるのも危険なんだ。ここはゾンビ対応にはいいけど籠城向きじゃない」
クソッ、こうなるとわかっていたら、戦闘拠点づくりを最優先にしたのに!
自分の段取りの甘さに内心、頭を抱えていたら、ふとマオが手をあげた。
「なんだマオ?」
「ユー、あっちの方向の海上、光るものがある?」
そういって東、いや南東かな?そっちを指さした。
「光るもの?」
海上で光るもの……灯台やブイのたぐいか?
しかも東の方?
社会が崩壊して一年、電源が独立してない灯台はもう停止していると思うが、灯台ってやつは独立電源を採用しているやつがあって、ある程度の期間なら本土が止まっても……って、ちょっと待て。
「マオ。それ、どれくらいの距離?」
「よくわかんない」
「おまえの感じたままでいい」
「んー……シモダとたぶん、そんな変わらない?」
ほほう、近いな。
その距離にある灯台ったら……いや、あるぞ!
あれはずっと前。家族できた時の親父の話。
『祐一、あれは神子元島灯台というんだ。歴史ある灯台なんだぞ?』
『へぇ……あそこは人がいるの?』
『普段はいない。たまに保守要員が作業するらしい』
『そうなんだ』
「神子元島灯台か!」
「えっと、みこもと……なんですか?」
眉をしかめたユミに説明する。
「日本有数の古い灯台のひとつだよ。
ほら、そこにある石廊崎灯台もそうなんだけど、こいつらは昔、日本が開国した時に建てた灯台のひとつなんだ。
ちなみに世界歴史的灯台百選ってのがあって、神子元島灯台はそれにも指定されてるんだぜ?」
「そうなんですか……」
ユミは灯台そのものにはあまり興味がないみたいだった。しかし、
「初耳です。それも無人島なんですか?」
「そうだよ」
「となると問題は、その島が避難に耐えるかってことですけど、どうですか?」
「たしか、ソーラーパネルつきの小さい休憩所があるって聞いたよ」
「距離はどのくらいですか?」
「マオのいった距離でだいたい間違いないよ、たぶん」
「その島がダメだった場合の保険はどうしますか?」
「船でいこう」
「船?」
「屋根つきのやつがあるだろ、あれをひとつ使おう。エンジンはかけないで、精霊に押してもらって外に出すんだ」
「それの中で寝るんですね?」
「そういう事になる……連中が来る前に港を出ないとダメだけどね」
「……」
「とにかくいこう、すぐにだ。急いだほうがいい」
「うん」
「わかりました」
まだここに住み始めたわけではないし、アイテムボックスの中身もほとんど出してない。
だから準備もほとんど必要なかった。
俺たちは、たった一日そこそこしか使ってない『新居』から、早々に逃げ出す事になった……はずだったんだが。
外に出た瞬間、俺はソレに気づいてしまった。
「マオ、ユミ連れて逃げろ」
「イヤ」
「言うことをきけ、つーか俺のそばからはなれろ、全力出すから!」
「!!」
マオの反応は劇的だった。
「どこ?」
「どこでもいい、なるべく離れて隠れてろ!」
「わかった!」
「あの、ユウさん?マオさ」
「来て!」
「え……わ、わかりました」
マオがユミを連れて弓ヶ浜方面に向けて走り出し、次の瞬間、その姿が消えて音も聞こえなくなる。
結界を発動させたんだろう。
それを確認した俺は、反対側……西の方を見た。
「ケッ、おとなしく道路を来やがるのか。獣なら獣らしく地べたを走りやがれっての。
……みんな頼むぜ、俺を空へ」
『おっけー』
『いくよー』
精霊たちが俺を持ち上げ、空に運んだ。
「お」
上空に出た途端、西の方から大量の何かが飛んできた。
俺は反射的に手をかざし、平べったいレンズ状の結界を作り上げた。
「お」
飛来した何かは平たい結界をほとんどすり抜けていく。
一部はそれでも当たるんだけど、レンズに斜めからぶつかるようなものなんで、弾かれて飛んでいってしまう。
──だけど。
「っ!」
そうまでして力をそらしているというのに、結界が震えるほどの衝撃がきた。
なんだこれ、魔弾か?
クソ、どこが犬だよ、犬の形してるだけの化け物じゃねえか!
ちょっと前の自分の甘っちょろさを内心罵倒したが、もう何もかも手遅れだ。
やるしかない。
「あいつらを調べてくれ!正しく知りたい!」
『みてみるー』
『ごーごー』
何体かの精霊が飛んでいった。
ほどなくして、俺の頭に彼らの調べてくれた情報が上がってきた。
【魔狼の群れ】※仮称、種族名および団体名は不明
元は逃げたり解き放たれた飼い犬たちだが、進化により知恵と力を身に着けた。
最初に進化した強大な個体がボスとなり、自分だけでなく部下も強化することで群れ全体の攻撃力を爆発的に上げている。
富士市から沼津、三島と避難生活していた人間や他の動物を襲い、食べながら移動してきた。
三島にて、精霊の動きから半島を南下する人間がいると感知した彼らは、その後を追いかけて西伊豆方面から南下してきた。
こいつら、最初から俺たち狙いで伊豆に入ってきたのか!
クソ、さらに悪い方向に予想の斜め上じゃないか。
これ、自分だけでなく部下も積極的に鍛え上げたって事か?
それって、食うためじゃなくて純粋に強化のため、狩りを組織的にやったって事だよな?
それもう、ただの獣や魔物じゃねーぞ、むしろ魔獣の部類だ。
千単位の魔獣と戦えってか?
アホか、俺は勇者でもなんでもねえよ!
「……」
精霊に頼み、彼らの展開している範囲を割り出す。
幸いにも彼らは広く展開していない。
もしかしたら、空の敵にはあまり慣れていないのかもしれない。
よし。
「範囲決定……気づくなよぉ」
飛んでくる魔弾をいなしつつ、攻撃範囲を定めていく。
慎重に、慎重に。
おそらく一発外したら、敵側のボスは俺の狙いを察してしまう。
外さなくても、匂わせるだけでもきっとやばい。
だから失敗は許されない。派手に動いて気づかれるわけにもいかない。
あくまで、連続する攻撃をさばくので必死に見せなくてはってっ!
「っ!」
いててて、一発食らったわ。
しかし集中は乱さず──よし。
イメージは、パイプ詰まりの掃除に使う吸盤みたいなアレ。
ただし引き抜くのでなく──。
両手をつきだし、そして、
「すっ──────そりゃっ!!」
パイプ掃除のアレのジェスチャーを……ただしスポンと引き抜かずに途中で止める。
「うおっ!」
ものすごい負圧が実際に両手にかかるけど、それを必死にその場にとどめる。
そして眼下の風景は──。
「……くっ、もちょっと、もうちょっと!!」
バタバタと一斉に倒れていく魔犬たち。
人間ならもう、これで戻しても良くて気絶状態、無力化完了だ。
でも相手は動物なので、ダメおしでもう少しガンバ──っとっ!
「!」
一頭だけいた毛色の違う犬が、すげえ速さで飛びかかってきた。
まさかこいつ、部下を囮に!?
「ウォンっ!」
「っ!」
ギリギリのところでかわしつつ、弾き飛ばす。
そして体勢を整える前に、背後から俺オリジナルの『針』を叩き込む。
「ギャイン!」
よしヒット!
いくら魔物でもアンデッドじゃないんだ、頭を撃ち抜けば!
「げっ」
魔犬のボスはそれでも、普通に軟着陸しやがった。
くそ、頭を撃ち抜いたと思ったけど、何とか避けやがったのか?
でも、さすがに限界みたいで、フラフラしてる。
よしよし。
では先に残りの掃討しなくちゃと思った瞬間。
猛烈な数の魔弾に、俺は集中砲火を受けた。
一瞬、何が起きたのかわからなかった。
それを放っているのが、気絶させたはずの大量の魔犬たちだと知った時、俺は自分のミスを知った。
……はは、ははは。
やられた、裏をかかれた。
自分がグラリと揺れた瞬間、さらに背後から強烈なインパクトが。
……このやろう。
「がはっ!」
鉄の味がする、何かを大量に吐き出した。
つまり。
なんらかの全体攻撃を受けることは予測済みだったわけだ。
ボスが飛びかかってきたのは予想よりも強い攻撃だったので、それを止めさせるためと、俺の防壁を解除させるため。
俺はというと、防壁をはりつつ全体攻撃していたが、これにくわえてボスも攻撃は無理。
だから防壁を解除してボスを攻撃したわけだが、それこそ彼らの狙いめで、部下たちは体勢を整え攻撃。
さらにそれで俺の攻撃がやんだと見て、ボスも傷つきながらとどめを刺しに来たと。
……くそったれ。
やっぱり俺って、戦いのセンスないんだなぁ……ハハハ。
まぁ、マオとユミを守れただけ良かったかな。
「……」
落下していく俺は、消えゆく意識の中で、最後にそんな事をぽつりと考えていた。




