表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者なんかイヤだと帰還した男の新生活構築記  作者: hachikun
拠点周辺の整備
45/76

やばい想定外

 拠点に戻ると、ユミはどうやら無事に目覚めていた。

 ベッドから半身起こし、ふわふわの枕を背にマオと話して笑っていた。

「おかえりなさい、ユウさん」

「よう、調子はどうだ?」

「……悪いところなんかひとつもないです。

 最近感じていた窮屈さもすっかりなくなって、もう気持ち悪いくらいに絶好調ですよ」

 以前はなかった犬科動物の耳をヒクヒクと動かし、ユミは晴れ晴れと笑った。

「これが生まれ直すって事なんですね、まるで超人にでもなったみたいな気分ですよ!」

 ほほう。

 そりゃまぁ、生まれたての新品の身体なんて普通、体験できるのはガチの赤ちゃんだけだからなぁ。

 しかもそれだけじゃない。

「ちょっと失礼」

「え?……!?」

 先がちょっとヘタレている、かわいい犬耳をつまんでみた。

 おお、いい感触。

 ふうん、人間の耳はなくなったのか。なかなか可愛いじゃないかって、あだっ!

「あいたたた……何すんだよマオ」

 唐突に頭をどつかれた。すげー痛かった。

「ユー、刺激しちゃダメ。生まれたてで敏感だから」

「え、びんかん?」

 見ればユミはコチンコチンに固まり、顔も真っ赤になっていた。

「あ……すまん、なんか可愛いもんでつい」

「!?」

 あれ?ますますユミが変な感じになっていくんだが?

「ユー……」

 しかもマオまで、ドスのきいた低音で威嚇してくるし。

 なんなんだよ。

「まてまてマオ、よくわからんが誤解だ!」

「耳から手を離す!」

「お、おう」

 それは残念だ。いい感触なのに。

 しぶしぶ手を離した。

「ユー、耳や尻尾は敏感だから勝手にいじったらダメ」

「そうなのか?おまえは喜ぶだろ?」

「マオは猫だからかまわない。ユミは人だからダメ」

「……そういうもんなのか?」

「ユーは、誰かに突然お尻なでられたらイヤでしょ?」

「そりゃあイヤだな、相手にもよるが……ああ、そういうことか」

「わかった?」

「うんわかった。ごめんユミ、俺が悪かった」

 頭を下げると、ユミは大きくうなずいた。

 なんか前より可愛くなったよな、やっぱり。

「ユー?」

「おう、わかったって」

 

 

 話を仕切り直して、いろいろと情報交換することになった。

 俺は外で見聞きした色々について。

 マオとユミは転生したユミの状況や、留守番中の色々について。

「精霊が見えるようになった?」

「はい、あいにく一般的な精霊術は無理のようですけど……でも鍛冶には使えそうです」

「鍛冶限定?」

「おふたりに意思を伝えていただくくらいはできそうですけど、それ以外は」

 クスクスと笑った。

「うれしそうだね」

「そりゃあもう!

 実は鍛冶師の最上級スキルの中にはですね、精霊鍛冶といって精霊ありきのものが結構あるんです。

 前世では断念したことが叶うかもしれません!」

「すごいじゃん!」

「はい、まぁ色々と覚えるべきスキルはありますが」

 エキドナ様の言ったとおりなら、近いうちにドワーフも来るはずだ。

 そうなれば地球にない、または見つかってない素材の道も開けるし、鍛冶に必要な相槌の相手も見つかるだろう。

 ユミにとっては、これから色々と報われるということだ。

 ただ、唯一気になることを質問してみた。

「ところで、後悔はしてる?」

「えーと……もしかして人間を捨てたことですか?」

「ああ」

「いいえ」

 きっぱりとユミは首をふった。

「わたしを異邦人、異物と見た両親の感覚は、気持ちでは納得してないけど正しかったと思ってます。

 異世界の記憶をもち、異世界のものを作り語る子供……たしかにわたしは異分子でした。みにくいドナルドでしたっけ?」

「どういう勘違いだよ。みにくいアヒルの子でしょ?」

「あ、そうでした。あれって色々な意味で考えさせられる作品ですよね?」

「……えっと、そうなの?」

「主人公は、自分の姿も知らず異種生物の集団の中で迫害されていて、そして孤独な闘争の果て、ついに本来あるべき場所を見つけるのですよね?」

「……そんな話だったっけ?」

 あー……えっと?

 みにくいアヒルの子って、読んだの小さい頃だしなぁ。正直ほとんど覚えてないや。

「わたしは地球人に生まれても、ドワーフのアイデンティティを捨てられませんでした。

 そして、この世界のわたしの両親は人間であって、自分たちからドワーフの子が生まれるなんて当たり前ですけど考えもしてなかった。

 そりゃ拒否もしますよ。無理ないです。

 少なくとも、わたしには二人を責められません」

「……」

 前世の記憶とか異世界転生ものとか、結構好きだった人間としては耳の痛い話だな。

 あれって現地側からすれば、そういう事だもんな。

「おばあちゃんも言ってました。ふたりは別にわたしが嫌いなわけじゃないって。ただ、わたしが規格外すぎて受け付けられなかったんだって」

「……ずいぶん、はっきり言う人だなぁ」

「あったかい人でしたよ?」

 そういうとユミは、思い出すように微笑んだ。

「ある時、おばあちゃんに言われたんです。

 『何かができる、何かに秀でているというのは素晴らしいこった。

  オレにはユミの知識や技術がどこのモンか理解できねえけど、イイモンなのは見りゃわかる』って。

 わたしが作ってプレゼントした煙草(たばこ)入れと根付に大喜びして、ずっと愛用してくれました」

「煙草入れと根付?」

「おばあちゃん昔の人ですから。……もしかして根付、ご存知ないですか?」

「うん、ごめん」

「着物ってポケットないですよね。

 で、帯にヒモで小物入れなんかを挟んだりするんですけど、ずり落ちないようにするストッパーみたいなやつらしいです。ケータイのストラップのご先祖様とも言われてるらしいです。

 まぁわたしも、おばあちゃんが使ってたやつしか知らないんですけどね」

「へぇ……」

 根付って名前はよくきいたけど、そういうもんだったのか。

「でも、なんでまたソレ作ったの?」

「おばあちゃんが愛用してた煙草入れ、何かこう漢らしいっていうか、女の人が持つって感じじゃなかったんですよ。しかも根付の方は二百年くらい前のものだそうで、こっちは艶めかしいっていうか、いかにも男の人向けって感じでしたし。

 そこで、使っていた煙草入れを参考にドワーフ式のデザインで、女の人が持ちそうな柔和なものを作りました。ヒモもドワーフ鍛冶で刀剣の柄や飾りに使う方式で、刺繍糸使って作った組紐で」

「へぇ……ドワーフ式デザインの和風装身具かぁ。見てみたいなぁ」

「ごめんなさい、おばあちゃんと一緒に焼いちゃったので」

「ああいやそうか、ごめん」

 孫に作ってもらった愛用品かぁ。どんな気持ちだったんだろうなぁ。

「おばあちゃんのお友達にも頼まれていくつか作りました。

 手製で時間も手間もかかるからっていい値段をつけてくださいまして、嬉しかったです」

「へえ……なんか素敵なおばあちゃんだったんだな」

 しかし値段をつけた?ふむ?

「そっちも現物はないの?」

「デザインはドワーフ式じゃないですよ?」

「いいよ、見てみたい」

「あ、はい。どうぞ」

 ひょいと手を出すと、小さなベルトポーチがあった。

「そのポーチ」

「はい、アイテムボックスいただくまでベルトにつけてたやつですが……ほら、これです」

 ベルトポーチにはストラップ穴みたいなのがあって、そこにケータイ小物みたいなのがとりつけられていた。大きさは一円玉くらいの小さなものだ。

 よく見ると、それは木製なのだけど。

「……なんでクマ?」

「地球で木彫りっていうと、鮭をくわえたクマですよね?」

「それ色々と間違ってるよ……って、なんだこれ。めちゃめちゃ緻密なんだけど、機械彫り?」

「いえ、彫刻刀で手彫りです」

「……このグレードで、皆さんに作ってあげたの?」

「はい、これでもおばあちゃんの奴ほど凝ってはいないんですよ?あれはメンテが面倒なので、少し簡略化させてもらいました」

 これでも最高じゃないってか。

「すっげー……こりゃたしかに値段つけるわ」

 俺の目にも、これマジな工芸品だろってわかる代物だった。

 こんなもんホイホイ無償で譲ってたら、逆に問題の種になるわ。値段つけた婆さんたちは正しい。

 さすがは年の功ってやつだな。

 

 

 話を変更し、外の話になった。

「大量のゾンビの始末もそうですけど、野犬の群れの方が気になりますね」

「元は飼い犬が逃げ出したり、自分が長くないと気づいた人が逃したやつなんだろうけど……なーんかイヤな感じがするんだよね。群れになってるし」

「凶暴というのは決まってるんですか?

 そういえば精霊使いって魔物や動物となかよしですよね?問題ないんじゃ?」

「あーそれな、すべての相手と仲良くできるわけじゃないんだよ」

「え、そうなんですか?」

「うん」

 ユミはそこで首をかしげ、そして眉をしかめた。

 どうやら納得できないようだ。

「まず前提なんだけどさ、そもそも精霊見えないやつは仲間扱いしてくれないってのはわかる?」

「はい、それは」

「あとね、仲間と認識するほどの知能がないヤツもダメ。小さい虫系や低位アンデッドはこのタイプね。

 最後が、精霊見えた上で敵対認定するやつら。そういうのもいるんだよ」

「結構難しいんですね……そういう相手とは?」

「うん、もちろん戦うしかないよ」

「……わたし、精霊使いは魔物と仲良しなものと思ってました」

「よくある誤解だね、もしそうならゾンビ相手に苦労なんかしないさ」

「あ、そっか」

 理解してくれたようだ。

 精霊いれば皆なかよしってのは、たまにある誤解なんだよね……向こうでも言われた事あるもんな。

「それでどうします?規模や状況は確定なんですか?こちらに攻めて来る可能性が?」

「総数はよくわからないけど、多いよ。千や2千じゃないはずだ。

 あと、なーんか嫌な感じがするんだよ。

 たぶんだけど、飢えて殺気立ってる。こっちに気づいたら攻めて来ると思う」

「ユー、追加情報」

 おっと。

「はいよ、なんだマオ?」

「魔の気配。強い」

「……なに?」

 俺はマオの顔を見た。

 魔の気配?つー事はゾンビでも野犬でもないのか。

「どこにいるかわかるか?」

「あっち。たくさんの弱い気配といっしょ」

「あっちって……野犬の群れの中にいるってのか?」

「ボスかも」

「……最悪だろそれ」

 魔物が頭についてる野犬の群れは、さらに危険度がドーンとはねあがる。

 まぁ、兵隊が魔狼でなく犬ってあたりが不幸中の幸いだが。

 そんなことを言っていたら、今度はユミまで動いた。

「いえ、ちょっと待ってください。何か変です」

「え?」

「精霊に見せてもらってますけど、あっちの無数の弱い気配が野犬の群れで、一個の強いのが魔物ってことですか?」

「どう見えてるのか知らないけど、たぶんそう」

「だったらおかしいです」

「おかしい?」

「わたし精霊に、あっちにいる魔物を教えて(・・・・・・)って頼んだんですよ。

 なのにどうして、野犬の存在まで感じるんですか?」

「「!?」」

 俺とマオは顔を見合わせた。

「おいマオ」

「今、調べてる……ユー!」

「おいまさか」

「うん」

「えっと、あの?」

 状況がわかってないらしいユミに、俺は頭をかきながら言った。

「ユミ、大金星だ。ありがとう助かったぜ」

「え?え?」

「敵の種別なんだが、やばいぞ。ボスだけじゃない、部下も全部魔犬だ。

 しかも気配を隠すスキルまで持ってやがる!」

「……それって」

「ああ」

 俺はうなずいた。

「四桁の魔犬の群れとかシャレにならねえよ、真正面からぶつかったら俺たちなんかひとたまりもねえぞ!」

「!」

「よし、いったん逃げるぞ!」

 俺は言い切った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ