道路封鎖
エキドナ様を見送った俺は、遅れている道路閉鎖作業をする事にした。
まず、精霊経由でマオに連絡を入れる。
「マオ」
『なぁに?』
「おまえはそのままユミを見ててくれ、何かあったら連絡頼む。俺は道路封鎖してくる」
『え?マオもいく!』
あーうん、予想通りの反応だな。フォローフォロー。
「まてまて、ユミは生まれたばっかなんだぞ。エキドナ様も忙しいらしくて戻っちまったし、俺は男だから細かいところまでは見きれない。おまえの助けがいるんだよ」
『ん……でもぉ』
「わかってるって、安全第一、道路封鎖最優先で、ゾンビはなるべく出口塞ぐとかにしとくよ。
そのかわりなんだが、あとでゾンビ掃討手伝ってくれよ?」
『え?』
「ん?もしかして気づいてないのか?
今ちょっと確認してみろ、ゾンビがすげえんだよ山ン中」
マオの精霊使いとしてのレベルは俺より低いらしいけど、探知・探索系は俺より高い。
案の定、すぐにウワッと反応してきた。
『なにこれ、いっぱいいる!なんで?』
「理由までは俺もわからないな。
ただ、こんなん山火事起こさないようにいちいち焼いてたら、俺の魔力でも足りないだろ?
だからあとで二人でやろう。できるか?」
『うん……わかった!できる!やる!』
「よしよし。つーわけで悪いけど、俺が戻るまで今はユミを頼むな?」
『わかった!』
石廊崎のある南伊豆南端エリアでは、国道は先端まで入っていかず、末端は県道や地方道になっている。だから下田の町から時計回りに国道136号線を走った場合、石廊崎本体は素通りして西伊豆側に案内されるようになっている。
こういう道路構造は近年出来上がったって聞いたことがある。
親父の話だと、大昔の道路は大きな街とか宿場とか、ひとが訪れて欲しいところを直接通っていたらしい。
でも、車の時代になると事故やトラブルの元になった。
だから、ある時代から車を優先したいわゆるバイパス路を整備、町に入るにはバイパスを外れ、旧道や連絡道を通すようになっていったらしい。
いろいろなところを旅していると、その道がいつの時代のものか、どういう考え方で作られたのか。
そういうのが見えて楽しいんだって。
俺はその境地に達してないけど、たしかにそういうのがわかれば旅は楽しそうだ。
何しろ、海や空でも旅しない限り、旅人は道の上をいくのだから。
ちょっと思考がそれた。石廊崎に戻そう。
もし旅人が石廊崎に行きたいなら、南伊豆のどこかで国道から外れて県道16号に入る必要がある。
ただし現在、下田側からきた場合、県道16号経由で石廊崎に至る道はすべて潰されている。エキドナ様に橋を落としてもらったからだ。
ただし迂回路はまだある。
たとえば走雲境ライン。
これは下賀茂側から石廊崎に抜ける農道なんだけど、きちんと名前がつけられ、まじめに整備された道だ。決して立派な広い道じゃないけど、親父はお気に入りなのかよく使った。
当然、ここは塞がなくちゃならないが……問題もある。
まず、走雲境ラインは一本道でなく、脇道が複数、下賀茂側の出口も2つある事。今日は分岐の根っこで塞いでおくつもりなんだけど、下賀茂って温泉もあるっぽいんだよね。
温泉といっても色々あるけど、使えそうならもちろん再利用したい。お風呂は正義だ。
次に、沿線にあるいくつかの施設のうち、ぼっちの森キャンプ場にはゾンビがたくさんいるっぽいこと。
まぁ今回は入り口をふさぐにとどめるつもりだけど、マオに言ったとおり森を焼かずに掃討するのは大変だろう。
まだある。
西伊豆から国道136号を通って県道16号に至るなら、普通に入れる入り口が数カ所ある。
ここは今から塞いでまわるつもりだ。
さて、はじめよう。
【南伊豆町入間】
「あーいるいる、集落の出口だけ塞いどくかぁ」
入間入り口のT字路には簡単なバリケードがあった。地元の方々が作ったものだと思うけど、肝心の住民さんたちは誰もいない。
両手をあわせて冥福を祈り、そして石や蔓草などでバリケードを補強する。
よし、次。
【南伊豆町・差田の三叉路】
国道がVの字を描くところで、下田方面とは逆に、西伊豆方面から来ると石廊崎に誘導されてしまう。
ここは南側の山から石ころや土砂をもらい、がっちりとしたバリケードをこしらえてみた。
「ふむ」
石廊崎と弓ヶ浜いきを示す看板も外し、逆側にそれっぽくとりつけた。
もちろん来訪者を騙すためだが、実はこの指示ウソばかりではない。
ほら、石廊崎側の橋を落としただろ?あれでもう、指示通りだと弓ヶ浜には行けなくなっていた。
この改変指示通りだなら、今でも普通に弓ヶ浜に行くことができるってわけだ……まぁ需要があるかどうかはわからないけどな。
よし、封鎖完了。
このあと、県道16号ぞいに石廊崎に向かい、入間の次にあるもうひとつの集落も見たんだけど、こっちはゾンビがいないようだった。
遺体はあるのかな?けど、そこまで確認する時間がない。
なので手をあわせ、祈るだけで立ち去った。
「……ん?」
ちょっといやな雰囲気。なんだこれ?精霊たちに確認する。
「なぁ、何かいる?」
『わんこーずー』
なんだ犬かと思いかけたけど「ず」のひとことで思わず足を止めた。
「複数いるのか?まさか野犬の群れか?」
『そだよー』
「まじか!」
『まじだよー』
それはまた厄介な。
言っておくけど、なんだ犬かーなんて甘いこと言ってたら殺されるぞ。
群れを作った野犬はひとつ間違えると狼よりやばい。本当にやばい。
特に大集団ともなると最悪だ。
犬は古い時代から人間の友達であり続けてきた存在だろ?
だけどね、味方にすれば頼もしいってことはつまり、敵にすればおそろしいって言葉があるだろ?
そう。
保健所がああも徹底して野良犬をとらえるのはダテじゃない。
人類最高の友達が敵にまわる。
野犬の群れがやばいというのは、まさにそういう事なんだよ。
「周囲警戒発動、敵意や攻撃性のある存在が1km以内にきたら教えて」
『ういっすー』
『いいよー』
「うん、よろしくね」
即座に俺の頭に、近くにいる野犬の群れらしきものの情報が飛び込んできた。
う、こりゃまずいわ。
すぐにマオを呼び出した。
『なあに?』
「西の集落の近くで野犬の群れ発見。結構な集団だ」
『!』
マオの雰囲気が引き締まった。
『応援いる?』
「一度戻る。
マオ、ゾンビの前にこっち叩くぞ。覚えといてくれ」
『わかった、気をつけて』
「おう、ありがとな」
通信をとめて、ためいきをついた。
「……冗談じゃねえぞ畜生」
すぐに戦ってもよかったんだけど、実は魔力が回復しきってない。
特に下田で漫画の魔法を再現しようとして、馬鹿みたいに無駄遣いしたのが痛い。
しかもその後も、毎日わりと普通にガンガン使ってた。
なんつー平和ボケだよ俺。
何とか魔力を戻して万全で戦わないと。
【石廊崎オートキャンプ場入り口】
石廊崎のすぐ近くだけど、ここは来た時すでに封鎖されていた。
ただし「中の人」が外に警戒する種類の封鎖だったので、逆側も強化して中からも外せないようにしておく。
「うん、こんなもんかな……おっと」
「ああぁぁぁ……おぁぁぁ……」
後ろから迫ってきたゾンビを避け、バリケードの外に戻る。
「悪いけど、もうしばらくそのままでいてくれ。ごめんな」
さて次だ。
【走雲境ライン内部】
石廊崎の集落から少し東にいったところに、走雲境ライン入り口の看板がある。
自転車を出してまたがり、中に突入した。
「ほう……いい道だな」
車には狭いだろうけど、自転車には悪くない。
問題はゾンビの気配なんだけど。
「……いるなぁ」
けどこれなら、枝道の出入り口を塞いでおけば当面大丈夫だろ。
俺は周辺の雑木なんかを集め、分岐がみつかるごとに簡単なゲートっぽいのを作っておいた。
え?そんなもん効くのかって?
いったろ、ゾンビはちゃんとルールを守るって。
獲物が見えていればともかく、普通の状態なら道路から外れないし、バリケードやゲートを破ることもないんだよ。
そんな感じで、東の温泉郷に別れる分岐点のところまで作業を続けた。
「ふう、よし。とりあえず戻るか」
野犬の群れも気になるし、ユミの方も確認したい。
俺は魔力を節約しつつ、もと来た道を戻り始めた。




