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勇者なんかイヤだと帰還した男の新生活構築記  作者: hachikun
拠点周辺の整備
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さいたん

 翌朝、俺はがんばって早起きしてエキドナ様の元に急いだ。

 理由?

 もちろん、先日のわんこ出産の時に見られなかったので、見物である。

「おはようございます!……おぉ、これからですね?」

「……あいかわらずじゃなユウ、そんなにわらわの出産シーンが見たいかえ?」

「もちろん!」

 実は向こうの世界でも、エキドナ様の出産はヒマさえあれば見に行った。

 誕生とか羽化とか、俺はそういうシーンを見るのが大好きだ。

 特にエキドナ様はいろんな種族を産み落とすので、何度見たって全然飽きない。

 まぁ、なんだ。

 もしかしたら、動物学者になりそこねたっていう親父の血のせいかもな。

「まぁ、よい。準備はしておるか?」

「はい、身体や衣服はすべてリフレッシュずみです」

「よろしい、ならばそこに座っておれ」

「はい」

 後ろをみると、いつのまにか石の椅子ができている。エキドナ様がつくってくれたんだろう。

 おとなしく座り、時がくるのを待つ。

 ……あ、清潔にするのは、まさかの可能性のため。手伝うためじゃないよ念のため。

 しばらく待っていると、エキドナ様の身体がピクッと動いた。

 

 

 蛇は卵を産むと言われるが、子ヘビを産む蛇もいる。

 そういうヘビを昔は卵胎生、つまり胎内で卵をかえして産み落とすものだと考えられていたが、実は近年、それらの蛇の中に、臍帯や胎盤をきちんと作り、人間同様に赤ちゃんを育てて産み落とす種類がいる事がわかっている。魚にも、そして中生代の首長竜にもいたらしい。

 哺乳類は赤ちゃんを生み、爬虫類以前は卵を産むという常識は、もはや完全に過去のものになった。

「……」

 フワフワに整えられた謎素材のベッドの上に、白い膜に包まれたような姿でソレは産み落とされた。

 すぐに膜は破れ、その中には犬耳としっぽの生えた全裸のユミが入っていた。

 肌の色が全体的にしろっぽくて、手足やしっぽなどが毛に覆われている他は傷一つない濡れた肌。小柄ではあるが成熟した大人の姿に、さすがの俺もドキッとする。本来見ちゃいけないところに目が吸い寄せられたりもする。

 だけど、そっちに目が走る途中で、大人の女性ならあっちゃいけない光景──へその緒があり、しかも胎盤らしき組織につながっているという、成人女性なら普通ありえない光景に目が止まる。

 おおすげえ……普通なら絶対見られない光景だよな。

 へその緒は意外なほどに細く、こんなんで大丈夫なのかと考えてしまう。

 で、そのうち、へその緒のまわりに精霊が集まってくる。

「お」

 へその緒が切断され、末端がきれいに処理されていく。

 ユミのへそはあっというまにきれいに整えられ、普通の大人らしいものになった。

 そうなると、そこに寝ているのは犬耳犬しっぽの生えた大人のユミなわけで、俺は精霊に頼んでリフレッシュをかけ、彼女と周囲を綺麗にする。

 え?胎盤?

 そっちはいつのまにか精霊たちによって綺麗に消されていた。

「エキドナ様、普通の精霊服でいい?」

「かまわぬが、一番やわらかい設定で作るように。しっぽの処理を忘れるでないぞ?」

「はい」

 言われる通りに精霊に頼み、精霊服を着せていく。

 このへんは緑が多いせいか、深緑色の服が出来上がっていく。

「靴はいらないよな」

 赤ん坊と違って泣き叫ばないのが不安をそそるが、眠っているだけのようだ。

 丸くなって眠る獣人姿のユミは、耳としっぽだけでなく全体にも犬っぽさが追加されているようだった。

 

 精霊服は、その場で身体にあわせて精霊に作ってもらうのでサイズのズレというものがなく、継ぎ目もボタンも何もない。

 素材は、周辺でとれる植物繊維などを勝手に精霊が集めたもの。

 もちろん着心地は最高なのだけど、反面、脱着も精霊に頼まなくちゃならないという不便さもあったりする。まさしく精霊使いのためにあるような服だ。

 え?精霊術使えないユミに着せてどうするつもりだって? 

 いや、その心配は無用さ。だって。

「あだっ!」

 いきなり後頭部を叩かれた。ふりかえると、もちろんそこにはマオがいる。

「おはよう」

「なんで置いてくの」

「寝てただろ?」

「すけべ」

「……前から思っていたけどさ、おまえは命の誕生ってやつをなんだと思ってるんだ?おめでたいことだろ?」

 たまにスケベというやつがいるが、意味がわからん。

 犬猫の出産に立ち会ったらスケベか?違うだろうが。

 好奇心や楽しみで見ているのは否定しないが、エロい意味と思われるのは心外だ。

「うー」

 マオがうなっていると、エキドナ様がクスクス笑い出した。

「マオや、来た所悪いがユミを連れて行って寝かせてやれ。眠っておる」

「あ、はい」

「ん?俺が運b──いや、おまかせします」

 俺が運ぶよといい駆けたらマオに睨まれた。

 なんでやねんと思ったが、ここは素直に従っておく。

 マオを見送っていたら、エキドナ様に言われた。

「ユウ、そなた、わかってやっておるな?」

「俺的には異論があるんですけど……それに、マオにばかり仕事させるのもどうかと思うんで」

「だったら別の雑用を手伝ってやれ。女のことは女に任せるがいい」

「うーん……」

「やれやれ、そなたのお産好きにも困ったもんじゃな」

「すみません」

「ふふ、まぁそなたが知的好奇心で見に来るのは知っておるからのう。

 また、そうでなくては、わらわもさすがに毎回許可はせぬ。

 しかし改めて尋ねるが、そんなに面白いものかえ?」

「そりゃ面白いですよ。

 たった一晩で人間サイズ以上を胎内で育て、それを毎日でも産み落とせる……地球の動物学者が聞いたら悶絶するか、まず信用してくれない光景ですからね」

「ふむ」

「けど、そんな事差し置いてもお産ってのは不思議で、暖かくて──そんで残酷で寂しくて。

 何度みても飽きませんね」

「前にもきいたが、そなたの感想は変わっておるのう」

「そうですか?」

「うむ、お産に寂しさを感じるというのはのう」

「だって、産まれる子からしたら、やさしく守られていた母親の身体から追い出されるんじゃないですか?

 俺、子供の頃、赤ちゃんが泣くのはそのためだと思ってましたよ」

 それは俺、ユウという人間の正直な気持ちだった。

 で、そんな俺の話を聞いたエキドナ様はというと。

「……やはりそなたは、あのふたりの子よのう」

「え?」

「ふふふ……なんでもないとも」

 くすくすとエキドナ様は笑った。

「さてユウや、そろそろわらわは引き上げねばならぬ。向こうの仕事が待っておるからの」

「仕事?」

「先日、とりこんだこちらの生物の情報などを持ち帰るのでな」

「あ、海の動物ですか?」

「海だけではないぞ。

 少し北にいったところにある施設から、大型爬虫類を何体か確保させてもらった。管理者は死亡しておったし、放置しておくと危険な種類だったようなのでな」

「あ……もしかして熱海のバナナワニ園とかiZooとかですかね?」

「分身の仕事なので細部は把握しておらぬが、おそらくそのへんじゃろう。

 ちなみに管理者たちの名誉のために言っておくが、兵団でも率いてこない限り破れないほど完全閉鎖されており、一部の動物は毒殺もされておったそうじゃ……おそらく、これはもう無理だと判断した時点で、運営再開の可能性よりも人々の安全をとったのじゃろうな。見事な仕事といえよう」

「ですね」

 時間切れで始末もできず、仕方なく設備ごと封印したのか……スタッフの皆さん、さぞかし辛かったろうな。

 それによく決断したよ。

 思えば、世界中の動物園とかサファリパークとか、どうなってるのやら……こわい事になってなきゃいいけど。

 そういえば、富士山麓にサファリパークあったっけ?

 ……まぁかつて、マグニチュード7の直下型地震食らっても死者ゼロ、けが人はコケた婆さんひとりだけだったって伝説の静岡県だしな。災害対応できっちり閉鎖してくれてるだろうとは思うんだけど。

「それでは行くぞユウ、またすぐ戻ってくるがのう」

「え、そうなんですか?」

「今、向こうの各種族の間で移住計画がすすんでおるのは知っておろう?

 順調にいけば、こちらの時間で数日以内に最初の集団がくるであろう……おそらくはエルフの一団にドワーフが数名、あとはラミアあたりになるかのう」

「わかりました。じゃあこっちは、道路封鎖と地域のゾンビの掃討しとけばいいですかね?」

「うむ、そうじゃな。封鎖と掃討は助かるのう、ぜひ頼む」

「了解です」

「うむ、ではな」

 そういうと、エキドナ様の巨体は揺らぎ、そして、何もなかったように消えてしまった。

 あとには、さらさらと風のそよぐ音だけが残った。


さいたん: 最短と再誕、ふたつの意味をこめて。


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― 新着の感想 ―
[一言] お産に寂しさというあたりで、THE BOOMの「子供らに花束を」という曲を思い出しました。 さてさて、旅立ったフェンリル嬢とかもあるし、もう一波乱ぐらいありそうですね。
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