種族変換
「忘却とは、救いなのじゃ」
エキドナ様は少し遠い目をした。
「命が形をかえ流転するように、魂もまた形をかえ流転する。これこそがいわゆる輪廻転生じゃ。
それでこそ正しく、そして救いでもある。
ひとは生きるうちに、いろいろなものを背負い込む。しがらみ、野心、こだわり、あるいはもっと単純な喜怒哀楽なども含めてのう。
せっかく死によって解放されたというのに、それをわざわざ背負って転生など、わざわざ願って苦難をしょいこむようなものじゃ。
ユミよ、そなたそれを今生で経験しておるであろう?」
「……はい」
「ひとは苦難に出会った時、過去を振り返るもの。過去の経験から今の問題を打破する道を探すのじゃな。
じゃがその知識の多くは、そなたがドワーフであった事を前提にしておる。
そして、そこに取り込んだ精霊たちが反応するのじゃよ」
「精霊……でもわたしは」
「精霊使いでなくとも精霊は反応する。だいいち、魔法を使う時に魔力を供給しておるのは誰じゃ?」
「それは、精霊……あっ!」
「うむ、そういうことじゃ。
無意識に反応する精霊。
それこそが、そなたの肉体をドワーフへと引き戻そうとしておる原動力じゃな」
「……多少言いたいことはありますが、理解しました。
では、2つの理由で止まっているというのは?」
「一つには単に魔力が足りぬ。これにより変化が半端になっておるのう。
そしてもうひとつは──そちらが一番問題なんじゃが、その身体が、そなたの願いを受け止めきれておらぬ」
「……どういうことですか?」
「ドワーフは元来、二百五十年あまりの寿命と頑強な肉体をもつ種族じゃ。
それを無理やり地球人の身体で再現しようとしても、何もかもが足りぬ。
で、それゆえにまぁ、安全機構のようなものが働き、一時的に変化が止まっておるのじゃな」
「一時的に、ですか……いつか再稼働するということですか?」
「うむ」
「具体的には?」
「……そなた今、新たに魔術を学んでおるな?そして魔力を実際に使い、戦闘も経験しておるな?」
「はい」
「戦闘によるレベルアップや魔法使用による効率化などで、第一の問題が解決しつつある。これが原因じゃな」
「……それってつまり、今の生活をしていると、いずれわたしは」
「あくまで可能性じゃが、否定はできぬじゃろう」
ユミの言葉に、エキドナ様は大きくうなずいた。
「さて、こんな話をしたのは提案がひとつあるからじゃ。
ドワーフの魂をもつ娘、ユミ・ハセガワよ。
そなた、わらわの手で転生するつもりはないかえ?」
「……え?」
「……なに?」
「……」
ユミも驚いたろうけど、エキドナ様の提案には俺もちょっと驚いた。
「可能なら願ってもないことですけど、ひとつ問題があります」
「何じゃ?」
「わたしはドワーフの女です。鎚をふるい、モノづくりをする生涯こそが望みです。
エキドナ様が生み出すのは獣たち。
失礼ながら、獣に鍛冶ができますか?
獣種に良き狩人や戦士はいても、良き鍛冶師となると」
「うむ、非常によい質問じゃ」
エキドナ様は大きくうなずいた。
「実は一種類だけおる。
今は滅びてしまった幻獣種でな、グロウ・ドと呼ばれていた連中がおるのじゃ。
彼らをひとことで言えば、鍛冶をする獣頭人身の犬の幻獣なんじゃが……」
「グロウ・ド?」
ユミは少し考え込み、そして言った。
「その名前は本当ですか?」
「ふふん、ドワーフ初代王の名、エディファント・グロウに似ていると言いたいのであろう?」
「あ、はいそのとおりです」
「似てるも何も、やつはそのグロウ・ド族の族長の息子で、獣人種の元になった古代の人種の女との間に生まれた混血じゃぞ。ちなみに鍛冶はグロウ・ド族の生業じゃった」
「!?」
「つまりグロウ・ド族とは、エディファント・グロウを生み出した原種の一族という事になる。
今は滅亡しておるが、鍛冶にすぐれた一族でな、そなたの転生先にはよいと思うがのう?」
「伝説の始祖様の一族ですか!わ、わたしがその一族に?」
「うむ、どうかのう?」
「こ、光栄のいたりですっ!」
へえええ。
ドワーフの源流を作ったってことは、犬の獣人族みたいな獣頭人身じゃなくて、むしろマオみたいに、人間プラス犬耳&シッポになる可能性高いよな?
ユミが、犬耳&犬しっぽになるですと?
うわぁぁぁ……それ見たいかも……ん?
「ほほう、そこで邪な想像しておる悪い子がおるのう」
「!!」
エキドナ様はおろか、マオとユミまでこっちを見ていた。
一瞬で我にかえったが、時遅し。マオとユミの目線が突き刺さる。
うう……。
「エキドナ様」
「何じゃな?」
「もしよろしければ、その転生をお願いできますか?記憶は保持したままで」
「ふむ……そうじゃな。
そなたの場合、転生は方便であり実態は治療じゃからな。それで問題あるまい」
「はい」
「うむ、たしかに心得たぞ。
とはいえ、すまぬが今夜まで待ってくれるかの?」
「今夜?」
「さきほど海で、この世界の多くの生体を取り込んだが、その整理がまだすんでおらぬのでな」
「そんなに色々取り込んだんですか?」
「うむ」
ああ、海でやってたのって地球生命のサンプリングだったのか。
「けどエキドナ様、地球の海ってそんな向こうと変わらないですよね?」
「いや、そうでもないぞえ。特に大型種は面白いのがおるのう」
「大型種?そんなの伊豆近海にいたっけ?」
「いろいろおったぞ、わらわの上半身にからみつくような大イカとかのう」
「いやいや、それダイオウってつく種類のイカだよね?どこまで潜ったの!」
「ふふふ、心配してくれるのかえ?まったく、あいかわらずじゃな、そなたは」
なぜか喜ばれた。
その日の夕食後、さっそくユミが取り込まれる事になった。
俺たちは家の裏、エキドナ様降臨用に作った広場に移動した。
ちなみに山崩れ対策だけど、精霊に頼み、白詰草、すなわちクローバーなど数種の野草で平らに覆い、根っこを張りめくらせて強化してある。
「取り込んだら、わらわは睡眠に入る。分身たちを活動させておくので、あとはそちらに」
「了解です……なんか、ゆっくり休む暇もなくてすみません」
「急ぐのはこちらの事情じゃからの。さっさと戻らぬと向こうの仕事が山積みでの」
「あいかわらずですね……俺の先生してくれてた頃だって、俺に教えてる時が休憩時間だって言ってたでしょ。働きすぎじゃないんですか?」
「ふふふ、そんな心配をしてくれるのはそなたくらいのものじゃ……ユミ、そこで気を鎮めよ」
「はい」
「うむ、よろしい……では行くぞ」
祈りの姿勢をしたユミが光に包まれて……。
そして終わったあとには、本体を失って落ちた服一式があった。
さてと前に出て、服を拾い集める。
「うわ、生暖かいのが生々しい……って、なに?マオ?」
「かして」
なぜか不機嫌なマオに奪われた。
首をかしげていたら、エキドナ様に笑われた。
「なんです?」
「あほう、最愛の男が、他の女の服を笑顔で集めてたら、そりゃ不機嫌にもなるじゃろ」
「理不尽ですよぅ。俺は雑用片付けようとしただけなのに」
「女は理不尽なものじゃ……さて、わらわは寝るぞ」
そういうとエキドナ様は丸くなり、睡眠の態勢に入ってしまった。
「……さて、俺も戻るかな?」
マオはユミの服をもち、先に降りた。
いつのまにか、空は満天の星空。
地球の星空をのんびりと楽しみつつ、俺もマオのあとを追いかけた。
そしてその翌日。
俺は素敵なものを見る事になった。




