思わぬ事態発生
一息ついたところで、工房づくりの場所を決める事になった。
「この奥でいいかな?」
「いいと思います、その方が街道からも見えないと思いますし」
エルフ小屋をマオがこしらえたのは、漁港のすぐそばに一軒だけぽつねんと民宿があったところだ。
おそらく客のものだろう他県ナンバーの車が前にあり、建物の中にはゾンビがいた。
建物は使えなかったそうだけど、元の場所に沿うように建築してあった。
その裏の山中を使うつもりのようだ。
ちなみにエキドナ様降臨に使った広場は、地形的にいえばこの民宿だった土地の裏山の上になる……まぁ、山というほどの高度はないが、家に隣接させるにはさすがに高低差がありすぎた。
それに、今後の世界間転移の際のポイントにしてもらうつもりなので、あのまませいぜい芝生を張る程度にするつもりだ。
よって、そちらに影響がない場所にする必要があった。
「ここがいいですね」
「狭くないか?」
「入り口だけですから」
「え?入り口だけ?」
「前世にいた工房でもやってたんです、工房本体は山中の迷惑にならない場所で、町には店舗や入り口だけ置きます」
「へぇ……それって伝統なの?」
「たとえばですが、ミスリル鉱山のそばに工房を置く場合もありますから」
「ああ、そういうこと……?」
でもそれ変じゃないか?
俺が首をかしげていると、今度はユミに質問された。
「何か問題がありましたか?」
「いやそれ、空間魔法だよね?」
「あ、はい、そうですけど?」
「それ、使えるの?」
「はい、可能だと思いますよ?」
いや、思いますよって……。
今朝は晴れましたね、みたいなノリで普通に言われたもんで、俺は返答に困ってしまった。
「あの、ユミさん?」
「なんですか改まって?」
「空間同士を接続するような魔法って、勉強してない魔法使いには使えないよね?」
「あ、はい、そうですけど……あれ?」
もしかして、自分で矛盾に気づいてないのか?
「あれ?あれ?でも……あれ?」
自分で両手を広げて、何やら魔法らしきものを発動してるんだけど……空間曲げてるんじゃね?
「……使えますね。なんで?」
「いや、なんでって、それは俺の方が知りたいんだけど?」
そもそも、空間同士を接続できるんなら、下田で自力で飛べたんじゃないか?
けど本人も無自覚なら無理か……むむむ?
「ユミ、ひとつ質問」
「あ、はいどうぞユウさん」
「とりあえず質問だけど、その魔法って前世では使えたんだよね?」
「あ、はい。属性が合うってことで、空間接続を工房仕事の延長で覚えた……はずです」
はず?
「ああ、もしかして記憶の一部が不鮮明?」
「そうみたいです……なんで?」
なんか、だんだんオロオロしだしたなって、そりゃ当たり前か。
彼女にとって前世のドワーフとしての記憶はアイデンティティみたいなもんだ。
それが揺らいだら怖いはずだ。
……となると、俺にできる事は……ある。
うん、よし。
「なぁ」
「はい?」
「ユミって自分のステータスとか確認できる?」
「ステータス……無理ですよ。現実はゲームじゃないんですよ?」
何を馬鹿なこと、と言わんばかりの目を向けてくる。
なんだかなぁ。
「よし、じゃあエキドナ様に色々確認してもらうか!」
「え?」
「なんだ知らないのか?エキドナ様は魔獣の母と言われてるけど、ステータス確認して治療くらいなら人族でもできるんだぜ?」
「……それってまさか、エキドナ様にわたしの情報を!?」
「うん」
「そんな、おそれおおい!」
「いやいや大丈夫だって。ちょっとまってね確認すっから。『あのーエキドナ様?』」
「まって、なんでそんなノリ軽いんですか、待ってくださいよっ!!」
あわてるユミを放置して、俺はエキドナ様に連絡を飛ばすのだった。
「話はきいたぞ、ユミ嬢の種族に何か疑問があると?」
「は、はいぃ……」
十分後。
まるで普通の老人会の会場に今上陛下がお忍びでいらっしゃって、ビックリ仰天してるジジババみたいに恐縮しまくったユミ。
そのユミに対し、巨大なエキドナ様がやさしく語りかけていた。
「あの、前世がドワーフというだけで今は日本人なんです。
なのにドワーフ時代の空間魔法が使えたみたいで。でもその記憶も曖昧で」
「ドワーフ族は工房や鉱山とつなぐため空間魔法を使うらしいのう……ふむ?それだけかえ?」
「ええ、当人の記憶と能力に齟齬があるかもって疑惑もありまして、なんか変だなと」
「……そういう事か。しかし記憶の齟齬なら別に珍しくはないぞえ?」
え?
「よいかな、ユミ」
エキドナ様はやさしく、幼子に語りかけるように続ける。
「そもそも、生まれる前の記憶らしきもの自体は、そう珍しいものではない。
まぁ多くの場合、断片的で像もぼやけすぎておって、誰もそれを前世の記憶などと思わぬわけじゃが」
「そうなんですか?」
「記憶とは連想的かつ有機的に結びついたもので、整理整頓された本のようなものではないからのう。
そんな中に、わずかに含まれた断片的なデータというのが、多くの前世記憶の実態じゃよ。
当たり前じゃが、そんな記憶がいつまでもとどめておけるわけがない。
早ければ乳幼児期に、遅くとも幼児期に自我を確立する段階で消えてしまう。
前世記憶がおとぎばなし扱いされる背景には、そういう事情もあるのじゃ」
「へえ…・・・そういうことならユミの場合って」
「うむ、はっきりと前世を、しかも大人になっても覚えておるというのは結構なレアケースじゃな」
なるほど、そこはやっぱり珍しいのか。
ところで、なぜかエキドナ様は上機嫌だった。面白そうにユミを見ている。
で、見られているユミも不思議に思ったんだろう。おそるおそるエキドナ様に質問した。
「あの、何か?」
「そなた侵食しておるのう。異常の原因はむしろ、そちらではないのかえ?」
「侵食?」
「エキドナ様、侵食ってなに?」
「知らぬか。つまり無自覚な強い念に精霊が暴走を起こし、その影響を受けてしまうことじゃな」
エキドナ様は、優しく微笑むと地を這うように姿勢を低くして、ユミをのぞきこんだ。
「そなた、とても強い念を抱いたことがあるであろう?
おそらくじゃが……それは前世の自分に戻りたいとか、その手の願いではなかったかえ?」
「!」
「おお待て、責めてはおらぬ。命に別状などはないし、そなたは何も悪くないのじゃから……待てというのに」
大きなショックを受けて震えだすユミを捕まえようとして、一瞬とまどった。
そしてその間に、エキドナ様がユミをやさしくすくい上げ、手のひらに乗せた。
「すまぬな、軽率に言い放ちすぎたようじゃ。許すがよい」
「いえ、とんでもないです」
「しっかりした子じゃな……よい子じゃ」
「……わたし、もう成人してます」
「ふふふ、100も生きておらぬ小娘が何を言っておるかのう」
エキドナ様は、いつにもまして穏やかな顔でユミに微笑んだ。
その姿はどこか、巨大な菩薩様を思わせるものだった。
しばらくして、落ち着いてきたところでエキドナ様が話をはじめた。
「結論から言えば、そなたの身体は変化しかけておる」
「変化?」
「うむ、そなたの記憶にあるドワーフ族そのものにのう……今のところ2つの理由で止まっておるが」
「どういうことですか?なぜそんなことに?」
「そなたの気持ちに反応しておるよ」
優しい目でエキドナ様は言った。
「わらわはのぅ、他の命を取り込み転生させる力をもつが、記憶を保持したままの転生はよほどの事がなければ推奨しておらぬ。生まれ変わりを欲する者には過去を捨て、新たな生を謳歌せよと勧めておる。
その意味、そなたなら理解できよう?」
「……過去にとらわれ、今の生活を壊すから。そうですよね?」
「それもあるが、それは理由のひとつじゃな」
「理由のひとつ?」
「忘却とは、救いなのじゃ」
エキドナ様は少し遠い目をした。




