現実
「なあ」
『なに?』
「いるじゃねーかよ、魔物」
『え?』
「……おいまさか、ゾンビが魔物って知らないのか?」
なに?
どういうことだそれ?
俺は精霊たちに、ゾンビが魔物であること、魔物の発生に精霊が関係することを話した。
だけど。
『なるほど!』
『そうなんだ』
『ほうほう』
『それでわかったー』
「わかった?どういうこと?」
『ぞんび、なんだかよくわからなくて』
「……ゾンビをはじめて見たってことか?」
『うんうん』
『いきなりあらわれたー』
「……それ、いつの話だ?」
『んー、いちねんちょっとまえー』
……マジかよそれ。
精霊がいるのに魔物がいなくて、それどころか存在も知らない?
そんな状況でゾンビが、いきなり現れた?
しかも、一年ちょっと前ってことは……俺が召喚されて、少なくとも一年以上過ぎているのは確定?
だめだ。
いろいろありすぎて、全然考えがまとまらない。
「なぁ、おまえら異世界に、俺が飛んできた元の世界に連絡できないか?緊急で伝えたいことがあるんだ」
『なにを?』
「この世界に、いるはずのないゾンビがいるって事。何か色々おかしいって」
これたぶん、俺の帰還先が間違ってるだろ。
自宅も両親もいて、おそらく俺も存在するって事は、とんでもなく近い平行世界、あるいは可能性世界ってやつなんだろうけど、それでもゾンビがいるのはおかしいからな。
……なぁ、そうだよな?
『ん、れんらく、できるよー』
「おう、助かる」
『だれに、つたえるの?』
「エルフの研究者と、それから長老に頼む。できるか?」
『わかったー』
「それともう一件、都心に生きてる人、いるか?いるなら人数を調べてほしい」
『んーとね……わかった、ちょっとまって』
「おう、慌てなくてもいいから頼む」
『わかったー』
なんで東京にゾンビが?
いったい何が起きてる?
精霊の手を借りて両親の灰を集め、ペットボトルにおさめた。
父、母とそれぞれマジックで書いて『アイテムボックス』に収めた。
そう、アイテムボックスあるよ。服と一緒で、帰還の際にカラッポになってるけどな。
よくあるチート級の便利なものじゃないし容量制限もあるけど、何でもポイポイいれて手ぶらで動けるって事自体がチートだろ。
灰をおさめた理由は、自分なりに埋葬するためだ。
ふたりが真の意味で俺の両親であろうとなかろうと、それでも両親には違いない。
全部持っていかないのは、俺だってどうなるかわからないから。
最悪でも、ここでこの家と共に朽ち果てて土に帰ればいい。
そして状況によっては、持ち出した方を埋めるなり散骨するなりしよう。
あるいは、この世界の俺に会えたなら、ご両親だと渡してやってもいいだろう。
ここには住めない。
根拠があるわけじゃないけど、精霊術師になってから敏感になった俺の感覚が言うんだ。
ここから、いや東京から離れるべきだと。
え?自宅なんだから居ればいいだろって?
だめだ。
感覚でも理性でも、ここはまずいと訴えてくるんだ。
考えてほしい。
かりに東京にゾンビが出て大惨事になったとしたら、とっくに外から救援がくるなり、遺体処理活動に自衛隊が動いたりしてないとおかしいだろ、この国の首都なんだぞ。
でも、外は耳鳴りがするほどに静かだ。
これでも関東は長いつもりだけど、こんな異様な静けさは初体験ってレベルで。
絶対にこれは何かおかしい。
まぁかりに何もなかったとしても、ここじゃまともな生活ひとつ組み立てられない。
流通も人も、何もかも絶えた都会なんてのは、要するに廃墟だ。
あっちの世界に回収してもらうまでの短い時間だとしても、住むべき場所ではない。
『せいぞんしゃ、わかったよー』
え、もう?
「早いなぁ!それで何人だ?」
精霊たちに都心の生存者について調べてもらったわけだけど、なんつー早さだよ。
いるかいないかなんて情報ならともかく精霊って、野鳥の会的なカウントは苦手なはずなのに。
だけど。
その推測に対する答えは恐るべきものだった。
『21人ー』
「……え?」
──21人?
都心の生存者数が?
たったの、たったの21人!?
『うん、21人』
「……それは俺を含んだ数か?」
『ちがうよー』
たしか東京都23区の人口って、数年前の統計で920万人越えてたよな?
それが21人、いや俺をいれて22人?
は、ははは。
そりゃあ、数えるのも早いはずだわ。
「その生存者はどこにいる?」
『いちばん大きいグループが、もうすぐ、ちばけんに入るよ』
「移動中?避難してんのか?」
『そうだよー』
「そうか」
集団で無事移動しているんなら、行き先がちゃんとあるんだろう。
だったら、俺が混じったり干渉するのはやめたほうがいいな。
「小さいグループもいるのか」
『四人かぞくがひとつ、西に向かってるよ。
あとはみんなバラバラ』
ふうむ。
どちらにしろ、事情もわからないのに連絡をとったり合流するってのはナシだな。
もっと情報を集めてから考えよう。
「ありがとさん。
じゃあ悪いけど、次の調査頼んでいいか?」
『魔力もらえたら、いいよー』
「もちろんいいとも。
西に向かうから、人のいない地域を調べてくれ……そうだな、とりあえず伊豆あたりで」
伊豆半島にも人はいるだろう。
しかも田舎だから、ヨソモノが入ろうとすれば問題あるかもしれない。
関東からたくさん人が流れている可能性も高そうだ。
だけど、それは人間のコミュニティに入る場合だ。
精霊とつきあいがあり、むこうの世界を旅してきた俺なら、人の住む町でなくてもいられる。
それに東京と違って緑のある環境は、住み着くのに都合がいいはずだ。
とにかく、ここは良くない。
非常食と情報さえ確保できたら、さっさと動くべきだった。
出ていく事を前提に、家の中を再捜索していく。
冷蔵庫は止まっていてイヤな臭いもしているので、開けずに放置。
保存食と米はあった。
水は……断水じゃないかもしれないけど出ない。
蛇口タイプじゃなくて給湯などと一緒になってるタイプだから、電気が止まってるせいかも。
まぁいい、精霊たちに頼むとして、カラの水筒はひとつキープと。
火元はあるかな?
「ふむ……」
カセットガスがあった。
だけど俺は、カセットガスを持ち出すつもりはなかった……いや、ちゃんと理由もあるぞ。
俺ひとりなら何とかなる。
それに正直、途中で誰かに遭遇した時を考えると面倒なうえに危険だ。
手ぶらの男ひとり発見されたとして、普通は無視されて終わりだろう。
若ければ労働力にはなるかもしれないが、それは使ってみないとわからない。
だいたい、社会が崩壊している中、何ももたずに放浪しているなんて訳ありですと宣伝しているようなものだ。まっとうな人たちなら見つけてもスルーするだろう。
だけど、食料やら燃料を持っていると認識されちまったら?
それこそ、何をされるかわからない。
あんたひとりだろ、こっちは女子供もいるんだからソレをよこせ、なんて本気で言われたり、数に頼んで集団で奪いに来る可能性があるってことだ。
……うん、災いのタネは持たない事にしよう。
ただし非常用に、これだけ持っていこう。
キャンプ用メタルマッチに五徳ナイフを確保。
次にラジオをゲット。モバイルバッテリーから充電できるやつだ。
それから。
「あったあった」
バッテリーにつながる、最大150W仕様を謳い文句にしている某社の太陽電池セット。
これとバッテリーがあれば、ラジオとノートパソコンくらい駆動できるだろ。
まとめてアイテムボックスに収納。
テレビはいらない。
そもそも放送やってるのか疑問だ。
ついでにいうと、カセットガス同様に災いのタネになる可能性もある。
放送は一応、念のために両親の部屋の小型テレビをバッテリー出力につないで確認してみたんだけど。
「……やっぱり電波がないな」
地上波どころか衛星放送もやってないようだ。
決まった時間にしか放送してないって可能性もあるけど、正直そのために苦労してテレビを持っていく意義を感じない。
それに放送が成り立つほど人間の集団や集落が存在しているなら、そっちから情報を集められるだろ。
さて、だいたいの準備が整ってきた。
最後に車庫に降りて自分の自転車を確保。
『シャッターの外にゾンビー』
「おっと」
退治しようかと思ったけど、めんどくさ。放置でいいだろ。
自転車をアイテムボックスに収納。空気入れも一緒に持って家に戻る。
「出発は……日が暮れてからでいいか」
繰り返すが、ゾンビは生きてる時の情報を元に行動している。つまり、昼間より夜間の方が、一部繁華街を除けばゾンビは少ないはずだ。
ここは東京、ちょっと前まで900万人以上が住んでいた23区。
ある程度討伐されたとして、1割のゾンビがいまも動いていたって百万だ。夜遊びしていた個体もいるだろうけど、数でいえば夜は多くのゾンビが屋内にいるに違いない。
そして、最悪の場合でも自転車があれば、余裕で逃げ切れるだろう。
出発は今夜。
本当は今夜は情報の吟味に使って明日の晩に出たいけど、ここに残っても思い出に押しつぶされかねないだけだ。
さっさと出てしまおう。
「……夕暮れまでは、あと二時間ってとこか?」
それまでの間に、アルバムみたいな個人的な情報源は見ておこう。
持っていってもいいのかもしれないけど、万が一、ここが異世界だった場合、本来のこの世界の俺に悪い事をしてしまうかもしれないからな。
よし、見よう。
アルバムは両親の部屋にあった。
両親それぞれの昔の写真があり、それは以前見た通りだった。
それから、小さい頃の俺。
「……」
やはり、ここは俺の世界なんだろうか?
いやいやまさか、ちょっと待て。
まだ何かあるかもしれないじゃないか。
な?
俺の部屋に戻り、個人的な道具類や写真を見る。
どれもこれも見覚えがあったり、忘れていても「ああ、そういえば」となるものが多い。
「うーん……」
そうしているうちに、ふと、あるものに気づいた。
「髪の毛」
愛読書の、パンツかぶり変態野郎の古いマンガ本に挟まってた。
今日落ちたものではないから、ここが俺の世界なら転移前って事になる。
ごくりとつばをのみこんだ。
そして。
「なぁ」
『なあに?』
「この髪の毛なんだけど、誰の髪の毛だろう?」
そう質問してみたんだけど。
『それはユウのだよ』
『だねえ』
「俺の?」
『うん』
『そうそう』
「……俺は俺でも、別の世界の俺ってことはないか?つまり」
一抹の希望を求めて質問してみたんだけど。
けど、それに対する答えは。
『このせかいのユウだよ』
『うんうん』
「そ、そうか。
もしかして、俺ってこの世界の人間じゃなかったりするのかな?よく似た別の世界とか」
『ん?そんなこそないよぅ』
『なになに、どうしたの?』
『ユウがね、じぶんはこのセカイのニンゲンじゃないのか、だって』
『それはないねえ』
『だいじょうぶ、ちゃんとユウは、ここの子だよ?』
「……そうか」
そうか……そうなのか。
じゃあやっぱり、あれは俺の本当の両親だったのか。
気がついたら。
俺は声もなく涙をボロボロとこぼしていた。