拠点整備・橋梁破壊
巨大な蛇の下半身に女の上半身、翼まであるエキドナ様。
そんな、巨大怪獣か神話の怪物かという彼女が、南伊豆の海水浴場の隣から川をさかのぼっていく。
巨大ではあるが、エキドナ様の本体は蛇。長さに比べて太さの方はそうでもない。
具体的には、きちんとセンターラインがある道路なら移動できるし、接地範囲が広いせいか、道へのインパクトも意外に少ないんだ。
四輪車のタイヤって、実はせいぜい名刺一枚ずつくらいの広さしか地面に接触してないって知ってる?
それに比べ、エキドナ様の接地面は蛇体の下側べったりだから広いんだよ。
……まぁ、さすがに電線にはひっかかるけどな。
そしてこのサイズなら、実は市街地の細い川でもない限り、たいていの河川にも入れるのだった。
「さて、はじめようかの?」
「はい、よろしくお願いします」
ゆっくりと川を遡りつつ、行く手をさえぎる橋をばりばりと壊していく。
「途中の橋は全くなくしてしまう事になるが、それで本当によいのじゃな?」
おまえは使わないのかと、わざわざエキドナ様が気遣いをしてくれる。
ありがたく感謝しつつ現状を告げる。
「はい、大丈夫です。
このあたりの橋をぜんぶ落としたとしても、西の方で陸路がつながってるから完全に孤立化はしないんですよ」
「ほう、そっちはどうするんじゃ?」
「バリケードで塞ぎます。で、こっちは全部やっちゃってください」
「よいぞ心得た」
そういうと、さらに出会った橋を破壊する。
「しかし頑丈な橋じゃな。まるで古代遺跡の橋梁のようではないか。
……ああなるほど、つまりこれも天災に耐えうる構造という事なんじゃな?」
「親父たちに聞いたんですか?」
「ん?ああ事情を分身から聞いたのじゃな……いや、カチュアたちからも少しは聞いたが、それだけではないな」
懐かしむようにエキドナ様は言った。
「結論から言うとじゃな、歴代の勇者はことごとくこの国から召喚されておる。カチュアたちだけではないのじゃ」
「なんでまた?」
「大した理由はないじゃろう。
おそらく、女神の持っている座標データがこの世界の、この時代になっておる。それだけの理由のはずじゃな」
え?
「それだけなんですか?」
「充分な理由じゃろ?
だいいち、同じところ・同じ時代から召喚させた方が最低限の手間ですむであろ?」
「……たしかに」
要するに、最初につながったのが現代地球の日本だったから、ずっとソレだったと?
「そなたも知っての通り、向こうの世界には日本由来とおぼしきものがたくさんあったであろう?
あれがすべて、ひとりやふたりの影響によるものと思うかや?」
「いや、すみません。俺武器とかは使えないし興味もなかったんで」
そう言ったら、エキドナ様はなぜか動きを止めて笑い出した。
え、なに?
「ふふふ、すまぬな。いやいやしかし興味深い勘違いじゃな」
「は?勘違い?」
「日本人由来とされる影響にはいろいろなものがあるが、武具に関するものはほとんどきかぬのう。逆に最も多いのは食文化じゃの」
「え、食べ物?」
「ちなみにエルフ豆も味噌も日本人じゃぞ」
「……」
出たよ食い物チート。
いったい誰だ、ファンタジー全開なエルフの里を、味噌田楽やおでんの似合う田舎にしちまった大馬鹿者は。
いや、別に責めてないけどさ。
いいものと思ったから根付いたんだろうし。
食生活の改善はいいことだもんな。
「時間のかかる発酵食品を、忌み嫌われていた腐食魔法を応用して試作してのう。
堪能させておいて、こんな小手先でなくじっくりと熟成させたら何倍も美味いですよとやらかしたのじゃ。
そりゃあもう、どこの民も面白いように食いついてのう。
野菜などの長期保存にも役立つとあって、食料生産量が何倍にもなった里もあってのう」
「……やりたい放題だなぁ」
「ふふ、そうじゃな。
しかし実際に、エルフの里で餓死者がでなくなった上、飢餓や戦乱による死者も劇的に減らしておる。多くの命を救っておるのじゃ。
召喚した人間族どもには皮肉な話じゃが、彼らはまさに剣もたぬ英雄・聖女といえるであろう」
「……」
……なんともはや。
「それで橋の話に戻すが、西の道は残すと。それは誘導目的かえ?」
「全部落としてもいいんですが、やりすぎじゃないかと思うんですよ。執拗すぎて勘ぐる人が出るかなと」
「一理あるのう。
となると、残すのは交通量が少ない道じゃな?いかにも、安全対策してこちらを使っていましたと言わんばかりに擬装するのではないか?」
「はい、よくわかりますね?」
「まぁ、わかりやすくはあるからのう。ほれ」
ひとつの橋をこわし、そこでエキドナ様は「ふむ」とさらに前にある橋を見た。
「あれは話による国道とやらの橋であろう。ここまでかや?」
「はい、一度戻ってもらえますか?陸地の方はマオとふたりで行きます」
「うむ、あいわかった」
それだけ言うとエキドナ様は巨体を器用にまわし、逆に川をくだりはじめた。
……器用なもんだなぁ。
「このあとの予定はどうなっておる?」
「西側の入間というところからあがって、国道との接続点を破壊しておきます」
「ほほう、具体的には?」
「県道と国道の接合点に軽くバリケードを敷きます。
それから、入間集落までの間にある白坂トンネルというトンネルを塞いで利用不可にします。
これにより、石廊崎集落につながる県道16号と国道136号は切り離されます」
「ふむ、山中に迂回路があるのではなかったかえ?」
「今の橋を落としたことで、少なくともさっきの国道までグルッと迂回しないと、ふたつの入り口うち、東の弓ヶ浜方面からは入れなくなってます。
もうひとつの入り口からはまだ入れますけど、そっちは山越えする細道があるだけなので、あとでマオと石廊崎側から掃除して塞ぐつもりです」
「ふむ……そういう事なら、わらわの本体が出張るまでもないかのう」
「はい、ありがとうございます」
「礼などいらぬ、どうせ暇つぶしにすぎぬからのう」
そんな話をしている間にも、エキドナ様は河口の弓ヶ浜周辺まで戻ってきた。
ああ、きれいな海水浴場にゾンビがいる……本来とてもきれいな浜なのに。
「あの建物は宿であろう?あそこには集団がおるようじゃな」
「あそこは……たしか安くないとこですからね。特別な滞在客がいたのかもですね」
ゾンビさわぎの中、一般客を泊めていたとは考えにくい。
けど帰りそびれた客をそのまま保護していた可能性はあるし、本当に特別な客だけギリギリまで泊めていた可能性もあるだろう。
「おそらく最後まで秩序だった運営がされておったのであろうな……さすがじゃのう」
「そういやエキドナ様、ここに人を入れるんですよね?」
エキドナ様のことだ、俺たちのために来てくれたのもウソじゃないだろうけど、何か仕事もしていることだろう。
俺の質問に、エキドナ様は「うむ」と微笑んだ。
「むろん入植するのはまったくの異種族となるじゃろうから、住みにくいところは改造するであろう。
じゃが、自分たちの町を大切にしていたのがよくわかる……このような町をいたずらに壊す輩は入植させぬ。そのような者は森の中などに新規で入植させる事となろう」
「え、そうなんですか?」
「何を驚く?
この星に少なくとも数千年ないし数万年、生きてきた者たちの遺物であり、生きた記録じゃぞ?
むざむざ朽ちるに任せるなど、ありえぬわ。
せめて敬意をもって大いに学ばせてもらい、記録をまとめ、今後の糧にさせてもらおう。
それが先達への敬意というものではないか?ん?」
エキドナ様は、そういって静かに笑った。




