満天の星空
本話で、第一部の最終話となります。(全三部予定)
おつきあいいただき、本当にありがとうございます。
深夜に、ふと目覚めた。
まとわりついて眠っているマオをそっと外すと、天幕の外に出た。
静かな夜だった。
横にはエキドナ様が巨大な蛇のようにとぐろをまいて眠っていて、こちらも動きがほとんどない。大量の精霊たちがまわりに思い思いにくつろいでいて、まるでホタルか何かの群れのようだった。
静かな夜。
ただ、すぐそばに海がある事から水音や波音が響き、無音ではなかったが。
「……」
夜空を見上げたけど、湾内の少し引っ込んだ土地なので微妙に空が狭い。都会のそれほどひどくはないんだけど、障害物のないきれいな空を見たいと思った。
「……」
精霊に頼み、少し離れた西の広い場所に運んでもらった。
石廊崎オーシャンパーク駐車場。
前に見た時はまだ工事中だったけど、いつの間にかオープンしていたのか。
きれいに整えられた駐車場はバリケードが作られていて、おそらく避難所として使われていたのがわかる……が、中は生存者はもちろん、ゾンビも数体いるだけだった。
こんな深夜に燃やすまでもないだろう。バリケードの外に捨てて安全を確保した。
座れるベンチをみつけたので、のんびりと座って夜の海に目をやった。
「……」
ふと、衝動的に口が開いた。
うん、これくらい距離があれば寝ている皆には聞こえないだろ。
楽器をもってきてないので、精霊たちに頼んで記憶にある音を流してもらう。
「む」
音楽が静かに流れてきた。
そして、それに乗せて──歌う。
この歌は多くの人がカバーして、そしてアニメやドラマでも使われてきた。
俺も大好きで、そして忘れられない歌だ。
「──♪」
満天の星空と海を見つつ歌っていたら突然、横に気配が湧いた。
「!」
「あ、すみません無粋でしたか?」
「……いいですよエキドナ様……で、いいんですよね?」
エキドナ様にしては小さいけど、同じ気配だ。分身というやつだろう。
「この身は分身とはいえ別個体ですので、意識も異なりますから別人と認識いただければ幸いです。
そうですね、ヒュドラとでもお呼びください」
「あー了解です、ではヒュドラ様で」
「さま、ですか?」
「……ヒュドラさんで」
「はい、よろしくお願いします」
「はい、こちらこそ……!?」
ためいきをつきつつ目を向けて、そして心底驚いた。
だって。
そこにいたのは、髪の毛のかわりに無数の蛇が生えてる女の人だったんだ。
「うわぁっ!!」
「どうされましたか?」
女の人、ヒュドラさんの方は全然気にしてない様子で、にこにことのんきに笑うだけだった。
な、なんか蛇がこっち見てるし、うわぁぁぁ。
「えっと、あの……い、い、石にしないでくださいね?」
「石化能力はありませんが?」
「えっと、そうなんですか?」
「はい。麻痺攻撃は得意ですが」
「……そうなんですか?」
「石にしちゃったら、精を吸い取れないじゃないですか」
「……」
突っ込むな、突っ込むなよ俺。突っ込んだら終わりだぞ。
「なんで髪の毛が蛇なんですか?」
「蛇体部分からの分身ですから、髪の毛って意外と難しいんですよ。
さんざん苦労しても結局、みすぼらしいと言われてしまったり……だったらこれでいいかなと」
「……なるほど」
基本的に髪型ってセンスの世界で、創意工夫はともかく、努力が報われる世界じゃないもんな。
合理的といえば合理的な考え方だろ。
「けど、こわがる人とかいるんじゃ?少なくとも俺は驚きましたよ」
「驚いた、だけですよね?」
「そりゃあ、精霊が笑顔で群がってて警告もしない人は危険じゃないでしょ」
「……ふふふ」
ざわり。ヒュドラさんの頭の蛇たちが一斉にうごめいた。
「歌ですけど、歌われていたのは『見上げてごらん夜の星を』ですよね?」
「ええ、まぁすごく古い歌らしくて、俺が知ってるのもカバー版で……って、なんで知ってるんです?」
「あら」
コロコロとヒュドラさんは笑った。
「ユウさんは、エキドナ様に一度再生されてますよね?その時の情報を共有してますから」
「あぁ、なるほど」
エキドナ様に助けてもらった時のことか。
「あれはでも治療であって、再生はちょっと違うんじゃあ」
「記憶もふくむ一人の全情報を取り込んで、それでなお魔獣に変えず、ひとのまま元に戻したんですよ?
はっきり申し上げますけど、取り込みを行ったら普通は魔獣に転生コースです。わざわざ何もせず、完全に元に戻したはおそらくユウさんがはじめてです。
……どうしてそうなさったかは、わかりますか?」
「……人間のままにしないと俺が帰れなくなるから?」
「ええそうです」
ニッコリとヒュドラさんは笑うと、俺の横に腰掛けた。
そして、信じられないような事を言い出した。
「ご家族がゾンビにされて亡くなっていた件ですが、エキドナ様は激怒されました。
ご自分の苦労が無駄になったからじゃありませんよ?
エキドナ様はカオリさんシゲフミさん、そしてユウさんの行く末を気にされてましたから」
「……なに?」
俺の目はたぶん、点になったと思う。
今、言われたことが理解できなかったんだ。
「ちょっとまった、それはどういうことです?」
「もしやと思いましたが、やはりご存知なかったのですね。
ユウさんのお母様は、かつて人間族に召喚された勇者カオリ。お父様はカオリ様の召喚に巻き込まれた幼馴染にして天才的精霊使いとして知られていた、シゲフミ・アイザワ。
おふたりはユウさん同様に即日でお城を逃げ出し、帰り道を探しながら修行の旅をしました。
そしてエキドナ様の目にとまり、エキドナ様の元で修行をなさったのです」
「なん……」
俺は言葉をつげなかった。まさかと思った。
だけどその瞬間、思い出したことがあった。
あれはたぶん、エキドナ様とはじめて会った時のことだ。
エキドナ様はあの時、日本人二人組の勇者チームを修行したことがあると言ってた。
それが誰だと聞いても教えてくれなかったし、伝え聞く話の名前はジーンとカチュアになっていたけどな。
「ああ、それ偽名ですね」
「偽名!?」
「実名とは別の呼び名をもつのはよくある事です。ユウさんもそうですよね?」
「あー、うん、それはそうなんだが」
「相沢祐一。それがユウさんのお名前ですよね?」
「……そのとおりだけど、その名前はもう意味がないよ」
「え?」
「その名前を知ってるやつは、もう誰も生き残ってないんだ。
祐一は言いにくいみたいだからユウと名乗ったんだけど。
俺を大切に思ってくれるヤツも、親しくなったヤツも、みんな俺の名をユウだと認識している。あ、マオはユーだけど、あいつは特別だから」
「……」
「俺の名前はユウ、それでいいさ」
「……そうですか」
ヒュドラさんは少し考え、そしてうなずいてくれた。
ユミに「名字なんて意味ない」という趣旨の話をしたのは、そういう事だ。
明らかにもう、日本という国は機能を失っているし、改めて名字を名乗るような相手もいない。
そして、そもそも誰も知らない。
こんな名字に今さら意味があるのかと。
しかし親父たちがね。
「まさか、そんな秘密で俺が召喚されたとはね……親に逃げられた仕返しって事かな?」
「いえ、それはないでしょう。
だいいち、おふたりが召喚されたのは向こうの時間では数千年前になります」
「……エキドナ様もそんな昔から?」
「今よりはずっと小さかったようですが、精霊術の大家として関わったようです」
なんてこった。
「女神の指示で同じ召喚元を設定した結果、ユウさんがターゲットになったという事のようですね。
このような事が起きてほしくないからこそ、エキドナ様はジーンさんとカチュアさんを送還なさったあと、敵はもちろん味方の誰にも送還について語らず、座標データも執拗に探して処分させていたようなのですが」
「……」
「あの、ユウさん?」
「うんわかってる、俺だってエキドナ様が悪いなんて思わないよ。
だいいち、エキドナ様がふたりを帰してくれたから俺が生まれたんだろ?文句なんて」
しかし、俺の言葉にヒュドラさんは首をかしげた。
「いえ、それは違いますよ」
「え?」
「そもそもユウさんが生まれたのは地球でなく、あちらです。エキドナ様の居城にある魔獣部屋をご存知ですか?」
「知ってる、5つあるんだけど、5つ目だけ離れた場所にあって、俺たちが滞在する時はそこが割り当てられてたよな?」
「その部屋こそ、おふたりのいた部屋で、そしてユウさんが生まれたお部屋でもあるのですよ」
「……マジで?」
「マジです。
あと祐一さんの名前ですが、最初にユウという名前をエキドナ様が提案したんです。
それにカチュアさんが地球の文字をあて、ジーンさんが一の字をつけました。
つまりエキドナ様はユウさんの誕生を祝福し、ユウの名を与えた方でもあるのですよ」
「……ほんとに?」
「あの巨体ですから、直接ユウさんをとりあげる事ができませんでしたからね。せめて名前と」
「……なんだ、そういう事だったのかよ。
水くせえ、名付け親ならそう言えってんだ」
「エキドナ様は、ユウさんに立場的な縛りを増やしたくないのですよ」
「……そうか」
向こうの世界だと、名付けるというのは特別な意味をもつ。
神獣エキドナが自ら名を与えた子……しかも偶然とはいえ、その最初の名が今の名だと。
……たしかに、変なしがらみが増えそうだ。
俺はためいきをついた。
「じゃあなにか、俺はもともと向こうの人間なのか?帰還は無意味だったと?」
「いえ、間違いなくこちらの人間ですよ。
生まれたのは向こうですが純血の地球人ですし、単にご両親がそこにいたというだけですから。
それに、今後のことを思えば帰還は無駄じゃありませんよ」
「……どういうことだ?」
「人間族がこちらの世界に植民を試みているのは、あちらの世界がおかしくなったからなんですよ。
彼らは古代兵器を誤って用いてしまい、世界──かつて星間文明時代の民が惑星ロンサと呼んだかの世界の大地の底に、取り返しのつかない歪みを与えてしまったようなのです。
おそらく近い未来に、あちらの大地は人が住めなくなるでしょう」
「なんだって!?」
さすがにギョッとした。
「今、エルフや魔族の生き残りたちが、彼らの妨害を行っています。
あと──これはユウさんと相談して決めるとしてますけど、こちらの世界に人を逃せないかと考えているようです」
「そんなの俺の許可なんて関係ないでしょ」
俺は即答した。
「利害のある人間族はお断りだけど、他の種族は別にかまわないよ。
だけど風土病とかどうすんだ?そっちの問題山積みじゃないの?」
「そのためのエキドナ様なのですよ。
エキドナ様は現地の生命から体質などと共に、免疫情報も取得しますから」
「エキドナ様当人はどうなってるんだ?」
「あの方は妊娠・出産という母体にとり危険を伴う行為を日常的に行っています。
おまけに産み出す種族も多種多様です。
このため、病魔などを避けるための機構も執拗なまでに完備しているんです。
普通に生き物が生きられる場所で、あの方がいられない場所はありませんよ」
「そして、体得した体質を子どもたちに与える、か」
さすがというか何というか。
いきなり急展開をはじめた事態。
なんで俺が召喚されたんだって理由のひとつとして、かつて両親が召喚されていたなんて新事実が。
あげくのはてに、実は俺は異世界生まれだって?
なんか、とんでもない新事実ばかりで頭がおかしくなりそうだよ。
けどまぁ、俺のやるべき事は全く変わらないけどな。うん。
まずは拠点の整備をしつつ、人間族の挙動についての監視だな。
転生中の女の子がどうなるかも不明だし。
「ユー」
「む、起きたのか?」
ふと気づくと、マオが駆けてきていた。
ヒュドラさんはマオを見ると立ち上がり、おじぎして一歩後ろに下がった。
マオはそんなヒュドラさんをちょっと見ると、俺に言った。
「そろそろ生まれそうだよ」
「お、マジか。でも」
なんでエキドナ様は何も伝えてこない?
「エキドナ様、出産シーンを見られるの嫌がるから」
「ちょっとまて、じゃあ、なんでそれを俺に教えた?」
「……」
なんで横むくんだマオ?
ああまあ、そういう事か。わかった。
「まぁいい、だったらすぐ戻ろう」
「うん!」
「えっとヒュドラさん?」
「わたくしはかまいませんので、お先にどうぞ」
「ごめん、じゃあ先いきます!」
俺はヒュドラさんにあいさつすると、マオと共に駆け出した。
背後では。
夜明けにむけて、夜空が少しずつ朝の空に変わりつつあった。
(第一部おわり)




