獣の女神
注意: 尾籠なネタが出ます。(トイレの話を延々している部分があります)
「ふむふむ、ここがニホンか。……大気によどみがあるのう」
「あー、それは長年の公害とかですね」
開口一番、エキドナ様は眉をよせると、きょろきょろと周囲を見渡した。
「けどまぁ、鎮静の気配はあるようじゃな」
え?
「そうなんですか?」
「おそらく、よどみの元が止まりつつあるからであろう。
どのくらいかかるかはわからぬが、そう遠からず汚染は払拭されるであろうな」
「……そうですか」
それは喜べばいいのか、悲しめばいいのか。
当の『汚染の元』を生み出した種族の生き残りだもんな、俺。
俺は現代日本生まれではあるけど、文明社会ってやつにそれほどの執着はない。
せっかく帰ってきたのに両親や、少ないとはいえ居るにはいた友達にもう会えないのはつらいけど、逆にいえば、身近な人たち以上に思い入れるほど、俺は現代文明社会を愛してはいなかったって事だろう。
……まぁアレだ、好きな本の続きがもう読めないのはつらいけど。
拠点を確保してから、あまり年数がたたないうちに本探しをしたいとこだね。
ひとが保守しなくなった現代本なんて、あっというまにダメになるだろうから。
「さて、では先に仕事をするかのう。──マオよ、問題の娘をこちらに」
「はい」
マオが女の子を抱きかかえ、てくてく歩いてきた。
「これ」
「ふむ、たしかに手足が失われておるのう、かわいそうに。
それだけではない、体内にも重篤な疾患がいくつもあるぞえ」
え?
「もともと病気だったって事ですか?」
「それも、かなりの重病だったようじゃの。
じゃが、そのおかげで今、助かってここにいるのであろうがのう」
「え?」
「わからぬかえ?
いくら胸と尻がよければ良いといっても、反応の弱い病人ではつまらぬであろ?
しかも人間族基準で言うと小柄じゃから、そこの娘のようにドワーフを想像させるしのう。
ようするに、不人気がゆえに多用されず、結果として殺されず今まで生き残ったんじゃろう」
「なんですかそれ」
異性として魅力に感じないからこそ生き残ったなんて……クソ、何を言えばいいのやら。
しかし、この状況で言うのは不謹慎かもだけど、美少女だと思うんだけどなぁ。
「ほう、そなたの基準では愛らしく見えるようじゃな?」
ぎくっ!
「そ、そこで意味ありげに見回して言わんでください。今のところ該当するのはマオだけですからね?」
「今のところ、であろ?」
ところで。会話しながらエキドナ様は、片手間で何かしているようだった。
いったいなんだろうと思ったんだけど、すぐに理解できた。
いきなり、背後でシューッと何かの魔法が発動した。思わず振り返ったが、
「お」
座り込んでいるユミに、たぶん浄化と清潔化の処置が行われていた。
なるほど、さっきのアンモニア臭ですな──っ!?
「……」
「っ!」
無言でユミに睨みつけられ、いそいで前に向き直った。
さて、エキドナ様はその巨大な手で女の子を持ち、両手のひらの上に乗せた。
そして、わざわざ手をさげて俺たちに見えるようにしてくれた。
「お」
そのわずかな一瞬で、女の子の身体は見違えるほどリフレッシュされていた。
つーか待て、とんでもない美少女じゃないか!
ぽろり、と、いつのまにかきれいに浄化されたサラサラの髪が、音もなくこぼれた。
おお、これはすごい──!?
「「……」」
思わず全身眺めようとしたら、いきなり背筋が寒くなったのでやめた。
そんな俺たちにエキドナ様は楽しげに笑った。
「さて、知り合いの生存者もおらぬようだし、別れの儀式は不要であろ──始めるぞえ」
そう宣言するや否や、女の子がパアッと光に包まれた。
光は次第に強くなり、女の子の輪郭がわからなくなって……やがて光が消えた時、そこにはもう女の子はいなかった。
「もう終わりですか?」
「うむ、娘の命は無事取り込んだ。
フェンリルのたぐいじゃが、ちょうどよい精があるのでな。ただちに転生をはじめようぞ」
「フェンリル?」
「……こちらで言うフェンリルとはおそらく違う意味であろう。
わらわがフェンリルと云うたのは、狼の神獣・幻獣という意味じゃな」
「ああ、なるほどわかりました」
言葉が伝わるうちに意味を変えるのは、よくあることだ。
「今持っておるフェンリルはちょっと変わっておってな、変化の術をもつ幻獣との混血児じゃが……ああ、もしかして精を使う転生を知らなんだかえ?」
「初耳です」
いろんな種族を産み分けるのは知っていたけど、単純に製造するのかと思ってた。
そういうとエキドナ様は苦笑いした。
「たしかに完全な無から産み出すこともできるが、新規生成は手間暇がかかるし思わぬ失敗もする。すでにおる種族なら、その精を利用するのが最も自然なやり方でな。
……ちなみに、どうやって精を集めるのか知りたいかえ?」
「結構です」
この巨体でどうやって精を集めるのか、という質問が出かかったけど、エキドナ様の言葉であわてて引っ込めた。
エキドナ様はお見通しなんだろう。俺を見て意味ありげに微笑んだ。
「なに、人型の分身体を使うから難しくもなんともないぞ?こう、シコシコっとやったり、ねぶってやると容易に取得できるからのう。……体験してみるかえ?」
「勘弁してくださいよもう、ていうか人間の俺の精集めてどうすんだよ!?」
「ふふふ」
クスクスとエキドナ様は笑った。
このラスボス然とした巨体で、でも上品に笑うんだよなぁ。
「まぁ冗談半分はそこまでとして、うむ、無事に育ち始めたぞ。誕生は明日の未明になるじゃろ」
「……あいかわらず早いですね」
「産み、増やし、世にはばかる。これこそが長い年月、ろくに戦闘力もないわらわが生き延びてきた根っこじゃからのう」
「なるほど」
事実なだけに、コメントのしようもなかった。
魔獣・神獣・幻獣のたぐいなら、どんな種族であろうと、毎日だろうと産み落とす能力。
このスキルをもつがゆえに彼女は、途方も無い年月を時に守られ生かされ、生き延びてきた。
彼女は文字通り、世界中の獣たちの聖なる母であり女神なのだ。
「さて、無事に仔を産み落とすまではこちらに滞在するわけじゃが……家造りでも手伝おうかの?」
「え、いいんですか?」
「かまわぬぞ……もっともわらわが作ると魔獣の里方式になるが」
「自分でやります」
あれは住むにはちょっと。
「えっと、魔獣の里方式ってなんですか?」
ああ、さすがにユミは知らないのか。
「ただ屋根があるだけの、あずまやみたいなやつなんだよ。とても頑丈でいいんだけどね」
「なるほど、それは不便ですね……けど、頑丈ならそれはそれでいいんじゃ?それを元に改造するという手もあると思いますけど?」
「トイレもセットになってるんだけど、スライムトイレだよ?」
「わたしたちでやりましょう」
トイレの話をした途端、ユミは自分でやると決めたようだ。
スライムトイレはイヤか……ま、そりゃそうか。
ああ、ちょっと説明しておこう。
あっちにはファンタジーな謎トイレがたくさんあったけど、スライムトイレはその典型になる。
地球の水洗以前のトイレよりは全然いいものだし臭くもないんだけど、中のスライムが育つんだよな。
それの何が悪いのかというと、手入れしないで育ったのを放置しておくと、つきだした尻に張り付いて中身を吸い出しに来たりするんだよね。
トイレのスライムはスカベンジャースライムといって、ヒト種の老廃物を食べるように長年かけて品種改良された安全なスライムらしいんだけど、だからってトイレで座っていきなり尻穴に吸い付かれたら、当たり前だけど悲鳴もんだろ。
だから、スライムトイレがイヤってひとは驚くほど多い。
それにスカベンジャースライムって、たまにそのまま腸内に寄生しちまうからなぁ。
腸内清掃してくれるから積極的に住み着かせてる人すらいるんだけど、何しろ定着すると退治困難なうえ、定期的に増殖したスカベンジャースライムを尻穴から生み落とすんだよね。
まぁ、ここまでいえばわかるよね?
つまりスライムトイレといえば向こうの世界では、日本のボットン便所同様、怪談や都市伝説の温床なんだよ。ついでにアダルトなネタも。
「あら、でも地球にスライムなんていませんよね?どうやってスライムトイレ作るんです?」
「ふだんはスライム核を処理して持ち歩いておる。ま、わらわが直接使う事は少ないがのう」
「スライム核おもちなんですか?」
あっちの世界じゃスライムは日用品に近い。当然、転生者であるユミはスライム核を知っていた。
「あるぞ……そうじゃな、こちらにはあまりおらんだろうし、少し分けてやろう」
「すみませんエキドナ様の手ずからそんな」
「よいよい、そなたはユウたちの身内候補であろう?」
なんかユミが向こうの人な会話をしてるけど、通常営業なので放っておこう。
家をすぐに建てようと思ったんだけど、下田のアレとさっきの整地で魔力をだいぶ使ったもんで、さすがにちょっときつい。相談の末、明日に回す事にして昨日同様にテントを建てた。
あ、今夜はユミも同じテントになった。
異世界式のテントは色々あるけど、エルフやドワーフのものは住居代わりにする事もあるので、元々何人も寝泊まりできるようになってるからね。
エキドナ様は巨大すぎるのでもちろん、外で就寝。
まぁ本来ならエキドナ様も自分で簡易天幕を張れるんだけど、何しろ世界間転移をしたあとだから、さすがの彼女も魔力が心もとないようだ。
宴席を設けることになったけど、エキドナ様のぶんをどうしようと考えていたら、なんと魚群探査にクジラがひっかかった。小型の7mほどのやつだ。このクラスはよく知らないが、ミンククジラかな?
シイラも一尾かかり、なかなかの大漁になった。
そして宴会を楽しみ、夜が更けた。




